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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


アルマンディンを探して


------<オープニング>--------------------------------------

「僕の妹、アルマンディンを探して下さい」
ある日、草間興信所を訪れた青年アスタベリルの依頼から、その事件は始まった。

「殺人鬼ダガーが、あの子の命を狙っています。早く探し出さないと…」

恐るべき殺人鬼・ダガーの魔手から少女を守り、無事に連れ戻せるだろうか?

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その男の名を、黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は聞いた事があった。

「『ダガー』か。聞いた事のある名だ」
ひんやりとした月光に似た眼差しが、依頼人アスタベリル・M・I・ソーンベイルに注がれる。
「そいつは、表向きは牧師なんだそうだ。何でも、正式な資格を持っているって話だったな」

「…牧師と、殺し屋の兼業なのか…キてるな…」
草間・武彦(くさま・たけひこ)が、世も末だ、と呟いた。

「それだけじゃない。そいつが殺すのは人間ではないんだ」
冥月の言葉に、アスタベリルの肩がピクッと震えた。
「? 人間じゃ無い?」
「…そいつは、ヴァンパイア・ハンターというヤツだ。つまり、奴のターゲットになるという事は…」

草間が、はっとしたように依頼人に目を戻した。
数人の視線を受けて、アスタベリルは微かに溜息を落とした。

「…この事は、あまり広めないでいただきたいのですが…確かに、僕たちの父はヴァンパイアです」

「では、貴方と妹さんは、ダンピール…?」
草間の問いに、青年は頷いた。
やはりか、と冥月は内心で呟く。

「ダガーもまた、ダンピールですが、幼い頃そのせいで迫害されたようで、ヴァンパイアを異常に憎んでいます」
アスタベリルは淡々と説明した。
「心情的には、熱狂的なキリスト教徒で、異教徒を皆殺しにしたい程嫌っています。そして、僕たちの母は、古い神の巫女です。奴にとっては、異教神官。奴は、二重の意味で僕と妹を殺す理由があるんです」

ああ、という無言の呟きが、空気の中に混じったようだった。

「ダガーは特徴のある格好をしている。牧師の、あの格好をしているんだ。武器の短剣は、聖書を模したケースの中に収めてあるんだそうだ」
直接の面識は無いものの、冥月の属していた世界では、ダガーはその特異性のせいか、かなりの有名人だったのだ。
「殺しまで、牧師さんの格好でなさるのか…全く」
そうした事にはあまり拘りの無い草間も、流石にいささか呆れ気味だ。

「彼女の鉱物を伝う能力の、最大移動距離は?」
数百km単位で移動出来るようなら、追跡は著しく困難になる。それはダガーも同じであろうが。
「まだ、子供ですので…せいぜい十km足らずだと思います」
アスタベリルの返事に、冥月は頷いた。
『…その程度なら、追跡しようとすれば出来ない訳では無いな…』
異能は、少女の身を大して守ってくれないかも知れない。アルマンディンは、やはりまだ幼過ぎるのだ。

「一刻を争うな…私は先に行くぞ」
彼女の得意とする能力である、影を渡る力を振るおうとして、足下の陰にしゃがみ込み…ふと、アスタベリルに向き直った。
「そう言えば…お前にはどんな異能があるんだ?」

ダンピールなら、ヴァンパイアの能力を受け継いでいるのは分かるが、妹の鉱物伝いに移動する能力というのは珍しい。
影と鉱物の違いはあるとは言え、親和性の高いものを扉にする、という点では共通項だ。いささか興味を持った。

「…大した事は出来ませんよ。鉱物…宝石類を作り出すのと、こういう物を使いこなすくらい、ですかね」
そう言って見せたのは、風変わりな装飾の鞘に収められた日本刀だった。通常のそれではなく、恐らく神社にでも奉納するような種類のものだ。
「これで斬ると、相手は石と化すのです。これでダガーを斬ったら、どんな石になるんでしょうね?」
閃くような笑いの中に、戦う者の風貌が見て取れた。

「…面白いな。それで切りつければ、完全に殺せる、か」
相手を誘い出し、手強いようなら、こいつの力も借りるか。本人かどうかも確認させた方が良い。
冥月は大まかな作戦を決めつつ、まるで黒い水に沈む魔の如く、影に消えた。

「浮上」した先は、人気のないさびれた廃工場の敷地。
冥月は、影にうずくまったまま、アルマンディンの「影」を探した。
柔らかな巻き毛の、ほっそり小柄な…
『いた!』
間違い無く、写真で見たあの影。
これは…数km離れた、大きなホテルのロビーだろうか。恐らく床や柱に張られた石材を伝って入ったのだろう。

だが。

「消えた…!」
冥月は思わず舌打ちした。
少女の影は、まるで怯えたように周囲を見回した後、一瞬で消えてしまったのだ。

恐らく、自らに危険が迫っているのを薄々感じてはいるのだろう。
「…ったく、厄介な…」
再び集中する。
最大移動距離が十km足らずというのでは、そんな極端に遠い場所に現れる訳は無いが。

万が一にも備えて、冥月はダガーの影をも探した。
身に着けているはずの、牧師服のシルエット。
片手に聖書型の短剣のケース、知る限り背の高い男…

「!!」
冥月の背後に戦慄が走った。

いた。
短剣を何か四角いものから取り出した、その影の側に、小さな巻き毛の…

一瞬で、冥月は影に消えた。

次に現れたのは、薄暗い木陰に覆われた、神社の敷地。

「なっ…!?」
突然足下から迸った、間歇泉の如き影の奔流に、吹き飛ばされた男が声を上げた。

「間に合ったようだな」
凝ったレースを使ったドレスの少女を、人形のように背後から抱きかかえた黒衣の女が不敵に笑う。
その姿、まさに漆黒の月の如し。

「貴様…ッ!!」
短剣を構えたまま跳ね起きた、牧師服の男が歯噛みする。転んだ時切ったのか、口からは血が滴り、狂犬を思わせる凶暴なご面相だ。
大した「聖職者」がいたものだな、と冥月は変に感心した。

「草間、聞こえるか!?」
影を無数の蛇のようにうねらせ、ダガーを四方八方から押さえながら、冥月は携帯電話で草間を呼び出した。
「依頼人と一緒にいるのか? 妹を確保したと伝えてくれ。近所に、廃工場跡があるだろう。そこにダガーを呼び出す。そこで合流だ、いいな!」

短剣から迸る光で、必死に影の蛇を切り裂き続けているダガーに、冥月は冷たく言葉を投げ付けた。
「聞いた通りだ。この先の、廃工場に来い。そこで決着をつけてやる」
相手の返事も待たず、冥月は影に消えた。

「あっ…冥月さん!?」
突然、事務所の一角の物陰から現れた冥月に、草間・零(くさま・れい)は驚きの声を上げた。
「取り敢えず…探していた子供は確保した」
冥月に抱えられ、安っぽいソファにぽんと下ろされた少女を見て、零が小さく声を上げた。
「じゃ、その子が…!?」
「済まないが、少しの間見てやっていてくれ。私はあの殺人鬼を片付けて来なきゃならん」

殺人鬼、という言葉に反応したのか。
まるで、驚き過ぎてどうにかなってしまったかのように放心していた少女が、火が点いたかのように泣き出した。

「あ、よしよし、もう大丈夫よ、ね? もう何も怖くないから」
零が少女の頭を撫でて、どうにか落ち着かせようとする。
こう見えても、零は強力な存在だ。ダガーにここが嗅ぎ付けられるとも思えないが、万が一踏み込まれたとしても、零ならこの子を連れて逃げるくらいなら出来るだろう。
『たかが、些細な反抗のつもりが、こんな大事になるとは。この子も災難かも知れんな…』
少女にいささかの同情を覚えつつ、冥月は再び影に潜った。


周囲は、既に薄闇に支配されている。

点き始めた街燈の明かりにくっきり影を落とす廃墟に着いた冥月は、そのまま物陰で味方と敵を待った。
大した時間も置かずやって来たのは、黒衣の青年一人だ。
「? 草間と一緒じゃなかったのか?」
「それが…僕が、ダガーの事を詳しく説明すると『俺じゃ役に立ちそうもない』と…」

はぁあ〜っ、と、盛大に冥月は溜息を落とした。
「…まぁ…確かに、あのテの奴と五分に渡り合うタイプじゃないがな…」
娯楽ものの探偵のように大口径の拳銃でも隠し持っていれば良いのだが、生憎草間にそうした装備の持ち合わせは、無い。

「…我々だけで、十分でしょう。黒冥月さん、あなたの力は、草間さんから大体伺いました」
青年の声には、冗談の欠片も無かった。
「報酬は、相応の額をご用意します。どうか、僕と一緒にあの殺人鬼を仕留めていただけないでしょうか?」
あの男は、もう殺す以外に対処法がありません。
そう、きっぱり言い添えた。

彼の言いたい事は、冥月には嫌と言う程良く分かった。
あの種の偏執的な殺人鬼は、対象と定めたものを諦めることは滅多に無い。もしもう一度追い払っても、必ず一家を狙いに戻って来るはずだ。

「元より、そのつもりだ…来たぞ」
冥月が警告する。
錆びた工事用の鉄板に挟まれた廃工場の入口に、牧師服の男が立っていた。

「お嬢さん。警告しておこう」
ざらついた地面を踏みながら、ダガーは近付いて来た。手には短剣。アスタベリルが神刀を抜き放った。
「…そいつはダンピール。そしてそいつの父親はヴァンパイア。人間の敵だ。そいつに与する事は、神の子たる全人類への裏切りだ…」
冥月は、その言い草をあっさりはねつけた。
「私はその手の話に興味は無い。布教なら他所でやれ。ついでに、こちらのご一家が人間に迷惑をかけたとは聞いていないがな」

無言で、ダガーが短剣を振るった。
飛び出した光の長大な刃が、まっすぐ冥月とアスタベリルを狙う。
彼女は影の壁を作りつつ、足下の闇の中に沈んで避けた。アスタベリルは神速で身を翻したようだ。

一気に間合いを詰めたアスタベリルが、ダガーと剣を合わせた。
得物自体の長さでは、無論アスタベリルの神刀が勝るのだが、ダガーの短剣は無限に伸びる光の刃を放つ。青年はなかなか一撃を浴びせられないようだ。

だが。
ダガーが一際濃い影に踏み込んだ時、真っ黒にうねる影の蛇が、無数の縄のように彼の全身を縛り上げた。
ほんの瞬きの間に。
ダガーは攻撃どころか言葉を発する事も出来ない程、全身を影の縄に覆われていた。
その姿は、さながら黒い包帯で覆われたミイラのようだ。
「相手が悪かったな」
それでも光の刃を放とうとするダガーの前に、冥月が影の中から浮かび上がって来た。手には、影で作った漆黒の刃。
それが一閃すると、ダガーの右手は短剣ごと切断されていた。

塞がれた口から、くぐもった悲鳴が迸った。血が噴出し、地面を濡らす。
「確かにお前には、これしか方法が無いな…牧師様」

影の刃が横殴りに閃いた。

ダガーの頭が地面に落ちる。
深まり行く闇の中で、血が踊った。



その数日後。

興信所所長である草間武彦の元には、破格の金額が記された小切手が郵送されてきた。
アルマンディンの面倒をみてくれた零にも、また別口で報酬が送られたようだ。
これだけあれば、と小躍りした草間だが、結局零に全額貯金させられた。どの道、今度の金もきっと、身に付かないのだろうが。

冥月の元には、殺しにしても破格な報酬が振り込まれた。
ソーンベイル一家からの礼状が届き、それには、あの兄妹の母親だという女性からの品が添えられていた。

『…こういうのも、たまにはいいもんだな』
あの少女が兄と共に家に帰る際の、小さな礼の言葉を思い出して、冥月は、ふと笑みを漏らした。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

NPC
【NPC3822/アスタベリル・ソーンベイル(あすたべりる・そーんべいる)/男性/17歳/ヴァンパイア・ガーディアン】

公式NPC
【 ― /草間・武彦(くさま・たけひこ)/男性/30歳/草間興信所所長、探偵】
【 ― /草間・零(くさま・れい)/女性/ ― /草間興信所の探偵見習い】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの愛宕山ゆかりです。この度は、「アルマンディンを探して」にご参加いただき、誠にありがとうございました。
ソーンベイル兄妹の母親よりのお礼の品「巫女の勾玉」を進呈いたします。

今回お預かりしたPC、黒冥月さんは、そのいかにも暗殺者テイストにライターがシビレさせていただいたキャラクターでした。
その情け容赦無い戦闘スタイルに、NPCのアスタベリルがほぼ役立たず(笑)と化し、当のダガーもあっさり撃沈、と相成りました。
戦闘シーンをもう少し引っ張ろうかとも思いましたが、こうした能力の方は短期決戦に限る! ということで、私としてはいささかあっさり目の決着となりました。
もし、お気に召していただければ幸いです。

では、またお会い出来る日を楽しみにしております。