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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇を、挽き千切る。




 ザバリ。
 夜空の漆黒の中で、重たい羽撃きの音が風を震わせた。ほんの一瞬だけ、月が翳り──地上にぼんやりとした影を落させる。
 闇夜のなんとやら、とはよく云ったものである。新月の晩には彼の艶やかな翼を照らす光りはない。一雨ごとに暖かくなっていく。そんな湿った温度の夜空の中を、東京の空を。
 我が物顔で舞い翔ぶ、一羽の鴉がいた。
「地上の星とやらは、良ぉく見えるんですけどねぇ…‥・」
 古い日付が、新しい日付に変わろうかと云う時合い、それでもまだ彼の眼下には無数の灯火が瞬いていた。しっとりとした濡れ羽は黒、オニキスのような硬質の嘴も黒、鋭く地上を見つめる真ん丸の瞳も、黒である。夜の闇の中を、伝うように、舞うように、彼──レイリー・クロウは羽を撃ち、晩春とも初夏とも呼べぬ気怠い真夜中の空気を裂いて翔ぶ。
 西の明かりに、ふと意識を奪われた。いや、明かり、と呼ぶのはふさわしくなかったかもしれない。
 天の河のように細かな光りの帯を作り上げている住宅街の煌めきからすこしそれたところに、電灯が距離を保ちながらささやかに光りを放っている一帯がある。その電灯に、と云うよりは、その電灯がりんかくを作っている漆黒の四角、に、意識を奪われたのである。
 明かりが灯されていない、大きな建造物。双眸をほんの少しだけ細めて目を凝らすと、それがひとけのない朽ち果てた廃虚であることがわかる。
 ──闇がある。
 レイリーは嘴の先をうっすらと開け、大きく空を旋回した。

 レイリー・クロウ。
 人の心に根ざす闇を糧に生き、己に取り込んだ闇を放散させることで身を保つ。
 数百年の時を経て、種族と種族の境目を往く力を得た者──あやかし、である。



 ガラスが割れて、本来の役割を果たさなくなった窓の縁に降り立ち、じっと建物の中の気配をさぐった。ごうごう、ごうごう、と、背羽根を逆立てるように建物の中に風が吹き込んでいる。室内と外気の温度に差がある証拠である。平素、無人の廃虚であれば──むろん、都下にあり、こう云った古い建築物が幾年もうち捨てられているケースはとても少ないが──起きない現象である。
 何かがいるのだ。
 この暗闇の中に──おそらくは、ヒト、が。
「丑の刻参り? 死体遺棄? オヤジ狩り? ──別れ話でも良いんですけど、」
 それならば、もう少し──鳥類特有の乾いた舌が嘴を舐める。あえて途切らせた語尾を、オニキスめいた硬質に刷り込むかのような仕草だった。言葉には言霊が宿る。『霊』の宿った言葉にも、それが『意識ある者』の産んだものである以上、『闇』は宿る。
 逆毛立つ追い風に押されるように、1度だけ大きくバサリと翼を広げると、打ちっぱなしのコンクリートの床に両足を下ろした。
 カツン。
 コンクリートを打ったのは『トリの足』ではなく、革靴の踵だった。
「・‥…──、飛ぶの、しばらくなまけているとダメですよねぇ……肩、痛くなっちゃって」
 顔にかかった長い前髪を正すように大きくかぶりを振ると、音もなくひらひらと真っ黒い羽毛が彼の両肩から舞い落ちる。大振りのマントの中からすいと伸ばした右手には、美しい流線を描いたシルクハットが捉えられていた。それを神経質そうに角度を調整して頭にかぶると、ようやく人心地がついたと云うようにレイリーはストンと両肩を落す。
 ゴシック。正統派。時代錯誤的。
 見る者がどう考えようと構わない、そう思う。
 ヒトとしての振るまいをする自分を、レイリーはことの他気に入っていた。『ヒト』は面白い。どれだけの時間を生き長らえようと、どれだけそれに、近づこうと。
『ヒト』に対する興味は、まったく尽きることがない。
「……そうそう。私、思い出しちゃいました」
 だからそんな呟きも、まったく歌でも口ずさんでいるかのように、すらりと彼の口唇から零れ落ちる。
 コツン、コツン、と、朽ちた廃虚の乾き切った壁に残響する靴音も、その靴音を齎す歩調すらも、ひどく優雅で、舞いのようですらある。
 レイリーの降り立った部屋はとても大きく、果てではまた大きな扉が人ひとりぶん開いた状態で彼を待ち受けている。オレンジ色に変色してしまった鉄さびがひどくて、その隙間よりは広くも狭くも動かせそうにない。
 そしてその隙間から空気は流れ零れていて、壊れた蛇口か何かのように『闇』もまた、流れ零れている。
「何を思い出したかって? いやぁ……少しばかり前のことなんですけどね」
 彼の声音は、決して大きくはないが、闇色に湿った倦怠の空気を静かに震わせながら残響している。扉の前で、コツン──もったいぶって足を止めた。さながら、映画演出である。ピンクパンサー、ディックトレイシー……前世紀的。彼はそう云った映画がとても好きだった。古臭さの中に、人情味がある。
 人情味の裏にはまた、濃密な『闇』が存在する。
「私のことを呼びつけて、特上の手鏡を寄越せ……そう申し付けてきたお客さんがいたんです」
 扉の隙間から、隣の部屋をそっと覗き込んだ。もとはそれなりの規模を誇る生産工場か何かであった様子で、大きな木箱がいくつも重ねられて部屋の隅にうち捨てられている。使わなくなった機械にかけてある木綿の布は裾がぼろぼろに朽ちてしまっていた。日の当たりやすい窓際の機械などは、そんな覆い布がやぶれてしまっていて所々が露出している。
「いったい、何に使うんだろう……私は考えあぐねたものです。だってそうでしょう、『特上』だなんて……ただ単に、『仕上げが美しい』ものだとか、『良い素材を使っている』ものだとか云う手鏡だったら、何も、この私に注文する理由なんか、ひとつもありゃしないんです」
 ──クスリ。
 機械と機械の間で、闇がほんの少し揺らめいたのをレイリーは見た。
 見たので、思わず笑ってしまったのだった。構わず、レイリーは己の下口唇を舐めてから、言葉の続きを探す。
「ええ、勿論──商売は信用が第一です。きちんと取引させていただきましたね、お客さんが望まれるままに、特上で、しっとりとした手触りで、思わず……その鏡に顔を映したご夫人が、自分のあまりの美貌に鏡面から目を逸らすことができなくなるような──そんな素敵な手鏡をね?」
 ──…‥・、………。
 ………──…‥・。
 その時、先ほど闇の揺れた機械のほうで、低い声音が何やらぶつぶつと言葉を紡いでいるのをレイリーは聴いた。
 空気を、闇を震わせる、ごくごく小さな男の声。
 だがそれは次第に大きくなり、空気中に満たされた闇の粒子を掻い潜るようにして部屋中に伝播していく。
 大海で波が生まれ、海岸線に打ち寄せるときの現象にも似ていた。始まりが静粛で、厳かであればあるほど、その末端は始まりの意図を忘れて荒れ狂う。
 常より笑みを浮かべたままの、レイリーの薄い色の口唇がニィッと笑った。
 海岸線に到達した津波──男の『声』が孕んだ呪詛が空気を満たし、扉の前に伝播しきったその瞬間だった。
 
 扉をはさんでふたつの部屋にある、ありとあらゆる『鋭角を持つ物質』が、レイリーの身体を突き貫こうと飛閃した。
 
 情け程度に窓枠に貼り付いていたガラスが砕け──
 コンクリートに投げ出されていた鉄製の定規──
 溶解して何かの部品にする筈だったらしい薄いプラスチック片が──
 錆びて閉じなくなってしまった大きな鋏が──電動鋸が──
 そして、それらの間を縫うように、現代日本では到底お眼にかかることもできないような、重々しい大剣や細身の槍が雨あられと降り注いでいった。
 それぞれの鋭角は闇の粒子ごと、レイリーの身体を縫い止めようとした。
 さながら、爆音のような轟きが廃虚中の壁を揺るがしている。
 鋭角の雨と云う名の津波を起こした男は黒衣を纏い、深々とローブをかぶっていた。彼の足許には白いチョークで、いびつなヘキサグラム──ふたつの正三角形を逆に重ねた、六芒星と呼ばれる印が刻まれている。男が呟いていた呪詛の言葉はやがて怒声となり、絶叫となり、肺の中の空気を全て吐き出してしまったあとも、まるで窓に吹き抜ける風のようにごうごうと咽喉を鳴らして男の中から漏れでていた。

 渦中の中、レイリーの姿が扉の前から忽然と失われていたことに、男はいまだ気がつけずにいる。



 ──俺は、あの女がうとましかったのだ。男はぜいぜいと両肩で息をしながらそう心の中でつぶやいた。
 両親の言いつけを守って、学生時代には年相応に遊び回ることもなくひたすら勉学にはげみ、志望としていた一流の大学に入学し、卒業したあとは一流の証券会社に入社して5年の社会勉強をしてから親父の跡目を継いだ。
 だが、それはあんな女──俺の財産や地位や名誉や金だけを嗅ぎつけて近づいてきたあばずれ女なんかに良いようにさせるためにやってきたことなんかじゃ決してなかったんだ。
 荒いだ呼気のままだらしなく開いた口唇の下から唾液が零れた。ドロリと濁った両目で、自分の視線の遠く──扉のの前に出来上がったジャンクのかたまりに視線を投じる。
 だから、あんな女は、うとましくて、寒気がするくらい腹立たしくて、もう本当に少しの間でも自分のそばになんか、おいておきたくなかったんだ。
 ──わかりますよ。
 そんな言葉が自分の中で、自分に向けて呟かれた。誰だ。俺はそんなことを思っていない。
 俺の稼いだ金、俺の親父が残した金。何もかも、そんな俺の金を使ってあの女は、やれ美容整形だのアスレチックジムだの、ホストクラブだの会員制のバーだの、好き放題やりたい放題に遊びまわっていやがった。頻繁な出張から戻ってくるたびに女の、妻の顔がちょっとずつ変わって行く。見るたびに違うジャケットスーツを纏い、出掛けるたびに違うブランドの時計を手首に巻き、細くて華奢な手首をぷらぷらと振って、『生きていくには宝石を纏えるだけの腕力があればそれでいい』と曰った憎たらしい女。
 亭主が疲れて仕事から帰っても、自分の顔を鏡に映したまま、こちらを見向きもしない妻。だから手鏡だったんですか。誰だ。俺はそんなことを思っていないんだ。誰だ、俺の頭の中で俺に話し掛けて来るやつは。
 あの手鏡は確かにすごかったよ。最初は疑心暗鬼だったが、でも、なんだろうな。あの手鏡にじっと見入っている妻と、一度だけ目が合ったんだ。
 ゾクゾクしたね。あの女を美しいと思ったことは、それまで一度だってなかった筈なのに。
 次の日から俺はまた海外に仕事で出掛けなきゃいけなかったから、あいつの死に様は見ることができなかったんだ。壮絶なことになったらしいけどね。鏡が割れて、あいつのつるりとした白い顔にびっしりと苔が生えてるみたいに突き刺さっていたらしい。
 大きな茶色い瞳にも、形の良い額にも、ツンと上を向いた生意気そうな鼻にも、柔らかそうな頬にも口唇にも細い顎にも、びっしりさ。死に化粧師ってのはうまいもんだ、最期に対面したときにはそんなふうには微塵も見えなかったもんな。
 俺は自由になった。俺は生まれてはじめて、何にも縛られない俺だけの人生を手に入れた、そう思ったんだ。でも違ったんですね。えい、うるさい。さっきから俺の中に茶々を入れてくるやつはいったい誰なんだ。
 だが、あの女め! 俺をさげすんだ目で見下しながら、俺の金を使って、外に男を囲っていたなんて!
 俺の通帳や不動産の権利書、果ては会社の株にいたるまで、全部自分と、自分の男の名義に書き換えていやがったんだ。俺か? あの女が死んだせいで、一文無しさ。あの女と同じ目で、俺を見下してたあいつの男、あいつのことも呪い殺してやりたいと思ったが、云ったろう。俺は一文無しだったのさ。
 俺は呻いたよ。どうしてこうなっちまったんだろう。俺は何のために、ここまで私欲を削いで生きて来たんだろうってな。そもそも、こうなったのはどうしてだろう──そう考えたときに、俺は思い至った。あの黒づくめの商人、まるでカラスみたいに光りものばっかり集めていやがったあの男が、俺に手鏡なんか寄越しやがったのがいけなかったんだ。
 あの男のことを調べて、六芒星を使った呪術を使って、あいつを殺してやらないと気が済まなかった。逆恨み? 好きに呼べばいいさ。俺はあの男が憎かった。腹の底がどす黒いタールみたいな怒りで煮え立っちまいそうだった。
 今か? そうだな。今、気分は爽快だよ。なんたって、あのカラス男を串刺しにして、ミンチにしてやったんだからな。
 あの女は顔面がミンチになって死んだ。カラス男は、全身がミンチになって死んだ。次は、あの女が囲っていたチンピラみたいな若造をミンチにしてやる番だろうな。なんだろう。俺の頭の中がうるさい。もぐもぐ。ぺちゃぺちゃ。ずる、ずるる、ああ、俺の頭の中で何かものを食うのをやめてくれよ。
 男はふらりと一歩を踏み出して、自分が作ったがれきの山に歩み寄っていった。あのニヤけたカラス男をしとめたのだと云う確証と自信が欲しかった。ローブの隙間から両目を眇め、がれきの間から幾度か角度を変えてその中心あたりを見通してみた。
 が、カラス男──レイリーの姿はどこにもない。
「・‥…──ど」
 どういうことだろう。ここに至り、はじめて男はうろたえた様子を見せ、よろけて半歩を後ろに引いた。ユダヤにまつわる呪いの儀式は万全だった筈だ。地響きのような自分の怒号も、自分の鼻先や頬を掠めて飛んでいったガラスの破片のことも良く覚えている。呪術が生み出した大剣や槍こそ──ユダヤ由来の呪術だったせいか、見慣れない武器が飛んでいたのもおぼろげに記憶していた──がれきとなる前に正体を失ってしまったようだったが、実現している工業機械や鉄くずは今も男の目の前でみじめな山を作っている。
 ──自分の記憶に自信がありますか?
 また頭の中て声がした。うるさい──男は大きくかぶりを振った。今、俺はそれどころじゃないんだ。
 ──覚えていますか、ご夫人のお顔。男の拒否をものともせずに、『声』は男に語りかける。一瞬、男の脳裏に、病院の安置所で見た妻の死に顔が浮かんだ。だが、それは妻の顔ではない、と思い直す。死に化粧は、いかに崩れ落ちてしまった人間の顔や手足でも、生前のそれと見まごうばかりの精密さで修復がなされる。あれは、妻の肉体にほどこされた、妻のものではない顔なのだ。
 ──思いだしましょうよ、あなたの奥様、どんなお顔していらっしゃいました…‥・?
 いつしか、男は、『声』に逆らえぬまま、かつて自分が手鏡で呪い殺した女の面影を追い始めていた。出張から戻るたびに、小鼻や目尻に細かな美容手術で手を加え、違う女に見えた妻の顔。美しさを追求するあまり、それぞれの部品こそは整っていたものの、何の特徴も、心に残る表情も失ってしまった、かつての妻の顔。立ち振る舞いこそおぼろげに思い出すことが出来たが、彼女の『顔』と問われると、まがりなりにも十年余りの時間を共にしてきた妻の面影が、しっかりとしたりんかくで浮かんで来ないのだった。
 ──教えてあげましょうか。『声』が問う。
 応、と男は頷く。思い出そうとしているのに思い出せないというのは何にしろ気持ちが悪い、だから、知りたい。男はそう心の『声』に心で返した。自分が『声』を──レイリーの存在を受け入れていることに、やはり男は気付いていないのだ。

 次の瞬間、男の背後から、するりと──女のなめらかな両手が肩ごしに伸ばされて、彼の首にからみついた。
 理性よりも先に、とっさに振り返ってしまったのは反射神経のせいである。まがりなりにも「妻」であった女の、肌の感触は何より己の肌が覚えている。
 知った感触。それに振り返った男の顔の上で、大きく目が見開かれ、双眸がまぶたから零れおちそうになっていた。
 あんぐりと開けた口唇からは、顎を伝って唾液が零れている。ア、ア、ア…・‥…そう吐息だけで吐き出した声のあとで、男の咽喉が、声帯を挽き千切られたかのようなおぞましい絶叫を吐き出した。

 甘えるように男にしなだれかかっていた女の、纏っている衣服は黒づくめ。
 漆黒のマントから伸ばされた両腕にも、その顔全体にも、びっしりと、細かなガラスの破片や粉が突き刺さっている。
 ぬらり、と口唇を舐めた舌は深紅のなまめかしさで、前歯を擦った舌の裏でザリリとガラスが粉っぽい音を立てた。

 男の絶叫が止まない。
 ガラスの割れた窓枠で、ごうごう、と吹き抜ける闇が鳴っている。



「なんですかねぇ……逆恨みも良い所じゃないですか」
 やがて。
 自分が手にかけた女の、生きたデスマスクを目の当たりにした男はその場に崩れ落ち、絶叫も枯れ、うなだれた頭の毛髪が真っ白に変色してしまっていた。
 女の顔は、元の通り──レイリー・クロウ、男が『カラス男』と呼んだ彼のものに戻っている。戻った表情はやはり口許に浅い笑みを浮かべたまま、それでも眼差しは凍てついた妖艶さを宿らせている。
「『貴方がやった』んですよ、あれは。人のせいにするなんて、大人のする事じゃありませんよねぇ……あ、私、人じゃないですけど」
「……………………」
 男は両手をコンクリートに突いたまま、微動だにしない。その手の甲は血色が悪い。おそらくは白い毛髪の下で、彼の顔面も蒼白になってしまっているのだろう。
 レイリー・クロウは闇を喰らう。
 そして、闇を喰らいつくしてしまった『食べかす』には、もう興味を示さない。
 男はこれからの半生を、廃人として生きることになるだろう。それも、レイリーの興味の範疇にはない。
「あの手鏡、高かったんですけど……そういえば、あなたから代金を受け取っていなかった気がします。利子も含めて、これくらいで手を打って差し上げますよ」
 優しいでしょう、私。そう呟いて、レイリーは居住まいを正してからマントを翻した。

 空高く舞い上がってから、改めて廃虚のあったあたりを見下ろせば、そこは何の魅力も変哲もないただの暗がりだった。
 男の『闇』は、根こそぎ喰らった。深く、大き過ぎた闇が男を破滅させたのだ。己を見失うほどの闇──そんなものを肚の底に飼うのはヒトだけだ。
 だから、ヒトに対する興味は尽きない。
「さ……今夜はどこに、床を持ちますかね──」
 闇で膨れた心の腹が、地上の星を見下ろして羽撃くレイリーに至福を伝えている。

(了)


──登場人物(この物語に登場した人物の一覧)──
【6382/レイリー・クロウ/男性/999歳/商人】