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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「頭蓋・あたま」



 守永透子は深夜の町を徘徊するように、なっていた。
 それは遠逆欠月を探すためだ。
 彼と会えなくなったから。
 今までは、会いたいと願えば会えることがあった。だが今は違う。
(もう……帰ったのかな)
 その考えに透子は震えた。――――こわい。
 彼は仕事をするために東京に来ていただけだ。もう帰っていても不思議はない。
 帰ってしまうなら、せめて一言欲しい。
(違う。まだ、帰ってない)
 認めると、もう彼はこの東京にいないことになってしまう。それは嫌だ。
 ただ日々だけが過ぎていく。彼は見つかりはしない。
 透子は視線を俯かせ、歩くのをやめる。
 少し休憩しよう。
 空を見上げるとそこには月があった。
(欠月さん……声が聞きたい)
 ぼんやりとそう考え、塀に背をあずける。
 こうして歩き回っていることで、自分は諦めないようにしているだけなのかもしれない。だが今は、これしかできないのだ。
(もう一回、好きだって伝えよう)
 なんだか目が熱い。こみあげてくる気持ちに透子はたまらなくなり、鼻をすすった。
 こんなところで立ち止まっている場合じゃない。
 透子は再び歩き出す。
 が、その足が止まる。
 街灯に照らされて、道の真ん中に佇んでいる人影が見えた。
 濃紫の制服姿は……遠逆欠月だ。
「欠月さ……」
 透子の呼びかけと同時に欠月は影で武器を作り上げ、構える。
 え? と透子は動きを止めた。だがすぐに考えを切り替える。せっかく会えたこのチャンスを、潰したくない!
「欠月さん! あの、私! ずっと逢いたくて……!」
「…………」
「帰るのなら、一言でいいの! さよならでもいい……。私、待ってる……から。欠月さんのことが、好きだから」
 必死にそう言う透子を、欠月は冷たい目で見ていた。
 ああ、痛い。
 まるで――――見えない、トゲ。
「待たせて……! 私、待たせて欲しい! だ、……って。す、き……なの」
 すきなんです。あなたのことが。
 涙が流れていた透子の、霞む視界の中で彼は口を開く。
「――――透子」
「…………」
「そんな風に、悲しむ必要はない」
 はっきりと、彼はそう言った。
 掛け違えたボタンのように、なんだか変だ。透子は怪訝そうにする。
「ボクの記憶など、捨ててしまえばいい。そうすれば……命は、奪わないし、おまえも苦しくないだろう」
「………………え?」
 なに?
 聞き間違い? そう透子は思ってしまう。 
「なに……? なに、言ってるの?」
「ボクのことを、忘れろ」
 あまりの言葉に、透子は力が抜けてその場に座り込んでしまった。
 今まで、求めて。求め続けて探していた相手から言われた言葉が……「忘れろ」?
 いや、だ。
「……嫌……。忘れるなんて、できないっ!」
「なら、死ぬしかない」
 欠月は透子との間合いを縮める。一瞬で透子の首を掻っ切るつもりだ。
 なにかの悪夢なのだろうか、これは。
「やめて……! どうしたの欠月さん!? おかしい……なにかおかしい!」
「……おかしいことなど、何もない」
「いきなり忘れろだとか……そんなこと言われても私」
「なるほど。納得できないから記憶を渡す気にならないということか。
 人間はそういう生き物だった。なら、教えてやろう」



 欠月は、正座していた。畳はとても冷たい。
 とうとう終わったのだ。
 彼に与えられた仕事は、終わった。
 新しい当主がたてられていない今、遠逆家を動かしているのは奥に座っているあの老人だ。
「ようやった。欠月よ」
「ありがたきお言葉」
 欠月は面をあげて、巻物をずいっと前に押し出す。
「お望みの東の逆図にございます」
「…………おまえの目に適うほどのモノたちだな」
「左様にございます」
 淡々と喋る欠月には表情などない。一切ない。
 老人は笑った。
「ヒトの真似事はもうしないのか?」
 途端、欠月は表情をつくった。薄く微笑む。
「これでいかがでしょうか?」
 その口調さえも、柔らかなものになった。今までの冷たい声とは違って。
「…………まあどちらでも良いがな。
 欠月よ、ではおまえに告げる」
「なんなりと」
「命を寄越せ」
 欠月は動揺すらしなかった。
 彼はわかっていたかのように「はい」と小さく頷く。
「その前に、一つうかがいたいことがございます」
「なんだ?」
「長……ボクには記憶など、元からないのでございましょう?」
「よく気づいたな」
「ではないかと、思っておりました」
 確信になったのは、つい最近のことだ。
 記憶が戻らないのは、そういう理由ではないのかと薄々気づいていたのだから。
 目覚めてからしばらくの自分のことを思い出せば、そうではないかと思い至るしかない。
 言葉もわからない。身体の動かし方もわからない。自分の顔を鏡で見ても実感がわかない。なにもかもわからない。
 これでは、まるで生まれたばかりの赤ん坊ではないか?
「話してもらえますか。冥土の土産に」
「よかろう。
 おまえは、我々が作った人造の魂だ」
「…………やはりですか」
「察しがついておったのか?」
「おかしいと思っておりました……いえ、そのような感情さえ、ヒトの真似ですが。
 ボクには感情などというものがなかった。ですから、目覚めてからは人間を観察し、その動作を真似るようになった」
「おまえは賢い。それが一番手っ取り早いのだと気づいておった」
「お褒めにあずかり、恐悦至極。
 人真似をすることが、人間社会に溶け込む一番の近道でしたゆえ」
 言葉も、動作も、感情すらも。
 人間の……他人の真似で得たものだ。
 パターンにしていけばいとも容易いことだった。
 こういう時にこういう反応をする。そうすればいい。
 それだけをおぼえた。
 そこに自分の感情はない。
 どう言えば相手が喜ぶか。
 どう言えば相手が悲しむか。
 どう言えば…………相手を怒らせるか。
 わかっていて、やっていた。
 それが一番簡単で、誰にも気づかれない。
 感情がないなんて。
 自分が、人真似をしているだけなんて。
「欠月、おまえの名前の由来……気づいておったか」
「…………我が名は、負の名。死へと帰属する名にございます」
「その通りだ。満ちることのない不完全な月。おまえは闇へと属する死人の名」
「…………」
「その肉体は、永い間氷に閉じ込められていた四代目当主……かづき……遠逆影築のもの」
 欠月はそれを告げられてもぴくりとも動かない。
 その脳裏には、夜な夜な訪れる悪夢。
 死にたくないと、死にたくないと告げる………………この肉体の持ち主の怨恨。
「心臓病でな、長くはなかった。文字通り、十代で世を去った。最期は、妖魔の氷に閉じ込められて息を引き取った」
「左様にございますか」
「封じられておったのだが…………」
「……なんらかの理由で、影築を閉じ込めていた氷が溶けた……ということですか」
「そうだ」
 影築はすでに死んでいた。動いたのは彼の無念の想いのせいだ。
 死にたくなかった。彼は。
 そして、さ迷い出てきて、車に轢かれた。
 その身体を遠逆が回収したのだ。
 欠月の魂を入れて、その肉体を生かした。
 病弱だった肉体そのものを、『無理に』強化して。
「おまえは保険だったのだ、欠月」
「それも、なんとなくわかっておりました」
 憑物封印の前任者である四十四代目のことを、誰も口にしない。失敗した儀式のことすら。
 それはすでに『代わり』を用意していたからだ。『遠逆欠月』という贄がすでに用意されていたからだ。
「四十四代目は……あやつの血は、少し問題のあった者の血を濃く継いでおるゆえな…………無理ではないかと思っていた」
「だからボクを造ったのですね。その時のために」
「運命だと思ったのだ。元々影築の肉体を使うつもりではいた。だが我々が使おうと思っていた時期より前に影築は氷から解放された……。
 四十四代目が失敗し、その時のためにおまえを使えと……天よりの思し召しかと思ったほどだ」
 この老人は、確信めいた予感を持っていたのだ。
 四十四代目が失敗すると。
 そしてそれは現実になった。
「……いつ気づいた? 自分が造られた存在だと」
「三ヶ月ほど前から……。肉体と魂の連結が外れ始めてからです」
 無理に繋げていた魂と肉体の鎖。
 鎖は劣化し、次第に肉体制御をできなくさせていたのだ。
 元々欠月の肉体ではないので仕方がないことだ。
 指が、腕が、足が、顔が。
 動かなくなってきて、欠月は自分の死期を悟っていた。
 元々長くは動かないのだろう、この身体は。欠月が憑物封印を完遂させるかどうかは、一種の賭けだったはずだ。
「思う通りに動かせなくなってきていたので、そうではないかと思いまして」
 肉体と魂の連結が外れれば外れるほど、肉体を生かそうと欠月の身体は強力な治癒力を発揮していたが、それは気休めにしかならない。
 徐々に冷たくなっていく指先を見ながら欠月は考えていたのだ。
 蘇らない記憶。欠陥のある肉体。感情まで存在しない者など、正常な『人間』ではないと。
「では、よいのだな?」
「御意。
 元より、ボクはこの時のために存在していた幻にございます」
 欠月は指をつき、深く頭をさげた。



 愕然とするしかない。
 欠月が造られた存在だったとは。
「憑物封印は……?」
「それも長に聞いた。
 憑物封印は我が一族を退魔士として存続させる契約の儀式。代々『四』のつく当主が贄になる」
「四……」
 そう、目の前にいる欠月は四代目当主『影築』の肉体を使用しているのだ。
「殺せと命じられたが、東京で世話になった礼だ。ボクの記憶を寄越せば、命は助けてやる」
 淡々と告げる欠月の瞳に感情の揺れはみられない。
 ただ告げているだけだ。
「う、嘘……よね?」
 彼の肉体はすでに死んでいる? 彼の魂は造られたもの? もう死んでしまう?
 透子が見ていた『欠月』は……まぼろし?
「事実だ。おまえが好きだと言っていた『欠月』は、ボクが演じていたものにすぎない。
 忘れるというのなら、願いをきいてやる。『欠月』としておまえに愛を囁いてやるし、おまえの望むようにしてやる」
 零れていく涙を、透子は止められない。
 欠月はにこりと微笑んだ。それはいつもの笑顔だったが、透子には別のものに見えた。
「涙など流す必要はない。忘れれば、楽になれる」
 今までの彼の行動は……全て「嘘」だったのだ。
 あの笑顔も。あの振る舞いも。
 彼は表情を完全に消して透子に刃を突きつける。
「さあ選べ。
 忘れるか、
 ――――――それとも死ぬか?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5778/守永・透子(もりなが・とおこ)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 記憶喪失の顛末と、「誕生の秘密」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!