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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「頭蓋・あたま」



 ぜえぜえと浅葱漣は息を吐き出した。
 やっと調伏が終わった。
 本来ならこんな下級の妖魔に漣が手間取るわけがない。
 理由は――わかっている。
 漣の肉体の奥深くに潜む、呪いという名の鎖が次第にその締め付けを強くしているのだ。
 歩くだけで疲労を感じ、呼吸するのも辛い時がある。
 本家からは帰還命令が出ていたが、漣はそれを無視していた。
 自分はまだ、この東京でやることがあるのだ。遣り残して帰りたくはない。
 漣は塀に手をつきつつ歩く。家までは遠い。
 霞む視界。
 歯を食いしばって一歩ずつ前に進む。
 重い。足が。いや……この肉体の重みに足が耐えられない。
「う……」
 小さくうめいて塀に背をあずけ、空を見上げた。
 鮮やかな青い空に目も眩むほどの強い光を放っている太陽が在るのが悲しい。
「太陽に……嘆く、きみに…………祈る、か」
 どこで見たのか憶えていない。
 だが強く印象に残っている詩。
 目が痛い。眩しすぎて。
 漣は緩く手をあげ、太陽に向けて伸ばした。
 ――届くものか。
 その事実に漣は悔しそうに眉をひそめ、腕をおろす。
(太陽に嘆いてるのは…………俺だ)
 彼女は太陽だった。自分にとって。
 アレは自分だ。彼女をこんなにも渇望している。
 声が聞きたい。顔が見たい。触れたい。――――彼女を一人にしたくない。
 そうなのだ。自分が東京に居る理由は……彼女、だ。
 遠逆日無子。彼女に会うために、漣はここに留まっている。だってこの場所しか、わからないのだ。彼女がどこに居るのかわからない以上、ここに居たほうがいい。
 自分から探しに行く可能性もあったが……すれ違いになるのだけは嫌だった。
(こんなところで休んでる場合じゃない……)
 そう思ってゆっくりと塀から離れた漣は、目を見開いた。
 息が詰まる。
 道の真ん中に立っている影。
 こちらを見ているその冷たい眼差し。
 あの黄色い袴。そして黄緑の着物。なびくその衣服と黄色のリボンに漣は熱い感情が胸にわき上がるのを感じた。
「……ひ、ひな……こ……」
 漣は掠れた声で彼女の名を呼んだ。
 彼女は無言で漣を見ていたが、ぐっ、と構えた。影がすぐに薙刀の形になる。
 突然の戦闘態勢に漣は困惑した。
「漣」
 久しぶりに聞いた彼女の声は、まるで氷のようだ。感情が含まれていない。しかも、口調が違う。
「あたしに関する記憶、消させてくれないか?」
「…………なん……?」
 頭を強い鈍器で殴られたような、ショック。
「そうすれば……命まで奪わない」
「命……? 奪う……?」
 なんだ? 彼女はなにを言っている?
 意味が理解できない漣はよろよろと彼女に近づいた。日無子は構えを解きはしない。しかも漣の攻撃範囲を考えて間合いもとっている。
「突然……ど、どうしたんだ……? ワケ、がわからない……。せ、説明してくれ……」
「……そうだったな。人間というのは、『意味』を求める生物だった。いいだろう、教えてやる」



 日無子は、正座していた。畳はとても冷たい。
 とうとう終わったのだ。
 彼女に与えられた仕事は、終わった。
 新しい当主がたてられていない今、遠逆家を動かしているのは奥に座っているあの老人だ。
「ようやった。日無子よ」
「ありがたきお言葉」
 日無子は面をあげて、巻物をずいっと前に押し出す。
「お望みの東の逆図にございます」
「…………おまえの目に適うほどのモノたちだな」
「左様にございます」
 淡々と喋る日無子には表情などない。一切ない。
 老人は笑った。
「ヒトの真似事はもうしないのか?」
 途端、日無子は表情をつくった。薄く微笑む。
「これでいかがでしょうか?」
 その口調さえも、柔らかなものになった。今までの冷たい声とは違って。
「…………まあどちらでも良いがな。
 日無子よ、ではおまえに告げる」
「なんなりと」
「命を寄越せ」
 日無子は動揺すらしなかった。
 彼女はわかっていたかのように「はい」と小さく頷く。
「その前に、一つうかがいたいことがございます」
「なんだ?」
「長……あたしには記憶など、元からないのでございましょう?」
「よく気づいたな」
「ではないかと、思っておりました」
 確信になったのは、つい最近のことだ。
 記憶が戻らないのは、そういう理由ではないのかと薄々気づいていたのだから。
 目覚めてからしばらくの自分のことを思い出せば、そうではないかと思い至るしかない。
 言葉もわからない。身体の動かし方もわからない。自分の顔を鏡で見ても実感がわかない。なにもかもわからない。
 これでは、まるで生まれたばかりの赤ん坊ではないか?
「話してもらえますか。冥土の土産に」
「よかろう。
 おまえは、我々が作った人造の魂だ」
「…………やはりですか」
「察しがついておったのか?」
「おかしいと思っておりました……いえ、そのような感情さえ、ヒトの真似ですが。
 あたしには感情などというものがなかった。ですから、目覚めてからは人間を観察し、その動作を真似るようになった」
「おまえは賢い。それが一番手っ取り早いのだと気づいておった」
「お褒めにあずかり、恐悦至極。
 人真似をすることが、人間社会に溶け込む一番の近道でしたゆえ」
 言葉も、動作も、感情すらも。
 人間の……他人の真似で得たものだ。
 パターンにしていけばいとも容易いことだった。
 こういう時にこういう反応をする。そうすればいい。
 それだけをおぼえた。
 そこに自分の感情はない。
 どう言えば相手が喜ぶか。
 どう言えば相手が悲しむか。
 どう言えば…………相手を怒らせるか。
 わかっていて、やっていた。
 それが一番簡単で、誰にも気づかれない。
 感情がないなんて。
 自分が、人真似をしているだけなんて。
「日無子、おまえの名前の由来……気づいておったか」
「…………我が名は、負の名。死へと帰属する名にございます」
「その通りだ。太陽の存在しない闇の娘。おまえは闇へと属する死人の名」
「…………」
「その肉体は、永い間氷に閉じ込められていた四代目当主……ひな……遠逆雛のもの」
 日無子はそれを告げられてもぴくりとも動かない。
 その脳裏には、夜な夜な訪れる悪夢。
 死にたくないと、死にたくないと告げる………………この肉体の持ち主の怨恨。
「心臓病でな、長くはなかった。文字通り、十代で世を去った。最期は、妖魔の氷に閉じ込められて息を引き取った」
「左様にございますか」
「封じられておったのだが…………」
「……なんらかの理由で、雛を閉じ込めていた氷が溶けた……ということですか」
「そうだ」
 雛はすでに死んでいた。動いたのは彼女の無念の想いのせいだ。
 死にたくなかった。彼女は。
 そして、さ迷い出てきて、車に轢かれた。
 その身体を遠逆が回収したのだ。
 日無子の魂を入れて、その肉体を生かした。
 病弱だった肉体そのものを、『無理に』強化して。
「おまえは保険だったのだ、日無子」
「それも、なんとなくわかっておりました」
 憑物封印の前任者である四十四代目のことを、誰も口にしない。失敗した儀式のことすら。
 それはすでに『代わり』を用意していたからだ。『遠逆日無子』という贄がすでに用意されていたからだ。
「四十四代目は……あやつの血は、少し問題のあった者の血を濃く継いでおるゆえな…………無理ではないかと思っていた」
「だからあたしを造ったのですね。その時のために」
「運命だと思ったのだ。元々雛の肉体を使うつもりではいた。だが我々が使おうと思っていた時期より前に雛は氷から解放された……。
 四十四代目が失敗し、その時のためにおまえを使えと……天よりの思し召しかと思ったほどだ」
 この老人は、確信めいた予感を持っていたのだ。
 四十四代目が失敗すると。
 そしてそれは現実になった。
「……いつ気づいた? 自分が造られた存在だと」
「三ヶ月ほど前から……。肉体と魂の連結が外れ始めてからです」
 無理に繋げていた魂と肉体の鎖。
 鎖は劣化し、次第に肉体制御をできなくさせていたのだ。
 元々日無子の肉体ではないので仕方がないことだ。
 指が、腕が、足が、顔が。
 動かなくなってきて、日無子は自分の死期を悟っていた。
 元々長くは動かないのだろう、この身体は。日無子が憑物封印を完遂させるかどうかは、一種の賭けだったはずだ。
「思う通りに動かせなくなってきていたので、そうではないかと思いまして」
 肉体と魂の連結が外れれば外れるほど、肉体を生かそうと日無子の身体は強力な治癒力を発揮していたが、それは気休めにしかならない。
 徐々に冷たくなっていく指先を見ながら日無子は考えていたのだ。
 蘇らない記憶。欠陥のある肉体。感情まで存在しない者など、正常な『人間』ではないと。
「では、よいのだな?」
「御意。
 元より、あたしはこの時のために存在していた幻にございます」
 日無子は指をつき、深く頭をさげた。



 愕然とするしかない。
 日無子が造られた存在だったとは。
「憑物封印は……?」
「それも長に聞いた。
 憑物封印は我が一族を退魔士として存続させる契約の儀式。代々『四』のつく当主が贄になる」
「四……」
 そう、目の前にいる日無子は四代目当主『雛』の肉体を使用しているのだ。
「殺せと命じられたが、東京で世話になった礼だ。あたしの記憶を寄越せば、命は助けてやる」
 淡々と告げる日無子の瞳に感情の揺れはみられない。
 ただ告げているだけだ。
「嘘だ……」
 漣は震えた。その場に座り込む。もう立っていられなかった。
 彼女の肉体はすでに死んでいる? 彼女の魂は造られたもの? もう死んでしまう?
 うまく理解できない。脳が考えを拒む。認めたくない。嘘だ。嘘だ嘘だ!
「事実だ。おまえが見ていた『遠逆日無子』は幻にすぎない。おまえは幻に惚れたのだ。
 最後くらいは願いをきいてやろう。この肉体をおまえの好きにさせてもいい。それくらいは許容範囲だ。感情が必要ならそのように演技してやる。いつもの口調がいいならそちらで喋るがどうする?」
 冷たい言葉に漣は打ちのめされた。
 途端、日無子はにこりと微笑んだ。いつもの笑顔だが、今は残酷に映る。
「なにも辛い思いをしてまであたしを憶えておく必要はない。楽になれるぞ、忘れれば」
 今までの彼女の行動は……全て「嘘」だったのだ。
 あの笑顔も。あの振る舞いも。
 彼女は表情を完全に消して漣に刃を突きつける。
「さあ選べ。
 忘れるか、
 ――――――それとも死ぬか?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 記憶喪失の顛末と、「誕生の秘密」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!