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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「頭蓋・あたま」



 物部真言は、ふと遠逆日無子のことを思い出していた。最近彼女の姿を見ないからだ。
 彼女は何を求めて退魔をしていたのだろうか?
(まあ……事情があるだろうからと何も訊かなかったんだが……)
 もっと親しくなれば、きっと聞けていたことだろう。
 何を抱えていたのかも。
(……思い過ごしならいいんだが)
 だがあんな年若い娘がこんな危険な仕事をするのは……やはり少し変だ。
 こつ、と足音をたてて真言は足を止める。
 こんな夜遅くに、あんな袴姿でいる人物を一人しか知らない。
「遠逆……?」
 冷たい目で立つ日無子は腰を少し落とし、構える。彼女の影がみるみる浮き上がり、薙刀の形になって握られた。
「…………」
 無言でそれを見ていた真言は、少し顔をしかめる。
 あの目……。
(知った顔にそういう目で見られるのは……)
 古傷を抉られるようで……イラつく。
「何があった?」
 尋ねるが、日無子は答えない。間合いを計算しているのか、一歩分だけ真言との距離を詰めた。
 見たことのない表情をしている。だがそんなことは当たり前だ。真言が見ていたものは、きっと日無子の一部でしかないのだから。
 だがなぜ……人形のように、なんの感情も浮かんでいないのか……。いつも笑顔で明るかったのに。
「そんな顔をしているのは……何か訳があるんだろ?」
「真言さん」
 遮るように日無子が口を開く。
「あたしに関係する記憶を、貰いにきた」
「…………なんだ、と?」
「記憶を渡せば、命まで奪わない」
 理解、不能だ。
 日無子が何を言っているのか真言はわからない。
「どうした……? 何かあったのか?」
「何もない」
 彼女はあっさり言う。声も淡々として、なんの感情も含まれていない。
 なにもない?
 そんなバカな、と真言は思う。いきなりこんな風に態度が変わるのはおかしい。
「訳があるなら、どんな些細なことでもいいから教えてくれ!」
「…………」
「俺と会っていた時に見せていた表情が偽りだったんなら、友人のような関係だと思っていたのが俺の自惚れなら、おまえの口でそう言って欲しい!
 それが本心なら……なんでも受け入れる。おまえが何かを必要としているのなら、尽力する。だから……!」
 ぐ、と拳を握りしめた。
「だから……真実を言ってくれ、日無子」
 ややあってから、日無子は無感動に言う。
「真実……。おまえにとっての真実などわからないが……ようは、あたしが何者か知りたいということなのだろう?
 そこまで言うなら、話してやる」



 日無子は、正座していた。畳はとても冷たい。
 とうとう終わったのだ。
 彼女に与えられた仕事は、終わった。
 新しい当主がたてられていない今、遠逆家を動かしているのは奥に座っているあの老人だ。
「ようやった。日無子よ」
「ありがたきお言葉」
 日無子は面をあげて、巻物をずいっと前に押し出す。
「お望みの東の逆図にございます」
「…………おまえの目に適うほどのモノたちだな」
「左様にございます」
 淡々と喋る日無子には表情などない。一切ない。
 老人は笑った。
「ヒトの真似事はもうしないのか?」
 途端、日無子は表情をつくった。薄く微笑む。
「これでいかがでしょうか?」
 その口調さえも、柔らかなものになった。今までの冷たい声とは違って。
「…………まあどちらでも良いがな。
 日無子よ、ではおまえに告げる」
「なんなりと」
「命を寄越せ」
 日無子は動揺すらしなかった。
 彼女はわかっていたかのように「はい」と小さく頷く。
「その前に、一つうかがいたいことがございます」
「なんだ?」
「長……あたしには記憶など、元からないのでございましょう?」
「よく気づいたな」
「ではないかと、思っておりました」
 確信になったのは、つい最近のことだ。
 記憶が戻らないのは、そういう理由ではないのかと薄々気づいていたのだから。
 目覚めてからしばらくの自分のことを思い出せば、そうではないかと思い至るしかない。
 言葉もわからない。身体の動かし方もわからない。自分の顔を鏡で見ても実感がわかない。なにもかもわからない。
 これでは、まるで生まれたばかりの赤ん坊ではないか?
「話してもらえますか。冥土の土産に」
「よかろう。
 おまえは、我々が作った人造の魂だ」
「…………やはりですか」
「察しがついておったのか?」
「おかしいと思っておりました……いえ、そのような感情さえ、ヒトの真似ですが。
 あたしには感情などというものがなかった。ですから、目覚めてからは人間を観察し、その動作を真似るようになった」
「おまえは賢い。それが一番手っ取り早いのだと気づいておった」
「お褒めにあずかり、恐悦至極。
 人真似をすることが、人間社会に溶け込む一番の近道でしたゆえ」
 言葉も、動作も、感情すらも。
 人間の……他人の真似で得たものだ。
 パターンにしていけばいとも容易いことだった。
 こういう時にこういう反応をする。そうすればいい。
 それだけをおぼえた。
 そこに自分の感情はない。
 どう言えば相手が喜ぶか。
 どう言えば相手が悲しむか。
 どう言えば…………相手を怒らせるか。
 わかっていて、やっていた。
 それが一番簡単で、誰にも気づかれない。
 感情がないなんて。
 自分が、人真似をしているだけなんて。
「日無子、おまえの名前の由来……気づいておったか」
「…………我が名は、負の名。死へと帰属する名にございます」
「その通りだ。太陽の存在しない闇の娘。おまえは闇へと属する死人の名」
「…………」
「その肉体は、永い間氷に閉じ込められていた四代目当主……ひな……遠逆雛のもの」
 日無子はそれを告げられてもぴくりとも動かない。
 その脳裏には、夜な夜な訪れる悪夢。
 死にたくないと、死にたくないと告げる………………この肉体の持ち主の怨恨。
「心臓病でな、長くはなかった。文字通り、十代で世を去った。最期は、妖魔の氷に閉じ込められて息を引き取った」
「左様にございますか」
「封じられておったのだが…………」
「……なんらかの理由で、雛を閉じ込めていた氷が溶けた……ということですか」
「そうだ」
 雛はすでに死んでいた。動いたのは彼女の無念の想いのせいだ。
 死にたくなかった。彼女は。
 そして、さ迷い出てきて、車に轢かれた。
 その身体を遠逆が回収したのだ。
 日無子の魂を入れて、その肉体を生かした。
 病弱だった肉体そのものを、『無理に』強化して。
「おまえは保険だったのだ、日無子」
「それも、なんとなくわかっておりました」
 憑物封印の前任者である四十四代目のことを、誰も口にしない。失敗した儀式のことすら。
 それはすでに『代わり』を用意していたからだ。『遠逆日無子』という贄がすでに用意されていたからだ。
「四十四代目は……あやつの血は、少し問題のあった者の血を濃く継いでおるゆえな…………無理ではないかと思っていた」
「だからあたしを造ったのですね。その時のために」
「運命だと思ったのだ。元々雛の肉体を使うつもりではいた。だが我々が使おうと思っていた時期より前に雛は氷から解放された……。
 四十四代目が失敗し、その時のためにおまえを使えと……天よりの思し召しかと思ったほどだ」
 この老人は、確信めいた予感を持っていたのだ。
 四十四代目が失敗すると。
 そしてそれは現実になった。
「……いつ気づいた? 自分が造られた存在だと」
「三ヶ月ほど前から……。肉体と魂の連結が外れ始めてからです」
 無理に繋げていた魂と肉体の鎖。
 鎖は劣化し、次第に肉体制御をできなくさせていたのだ。
 元々日無子の肉体ではないので仕方がないことだ。
 指が、腕が、足が、顔が。
 動かなくなってきて、日無子は自分の死期を悟っていた。
 元々長くは動かないのだろう、この身体は。日無子が憑物封印を完遂させるかどうかは、一種の賭けだったはずだ。
「思う通りに動かせなくなってきていたので、そうではないかと思いまして」
 肉体と魂の連結が外れれば外れるほど、肉体を生かそうと日無子の身体は強力な治癒力を発揮していたが、それは気休めにしかならない。
 徐々に冷たくなっていく指先を見ながら日無子は考えていたのだ。
 蘇らない記憶。欠陥のある肉体。感情まで存在しない者など、正常な『人間』ではないと。
「では、よいのだな?」
「御意。
 元より、あたしはこの時のために存在していた幻にございます」
 日無子は指をつき、深く頭をさげた。



 愕然とするしかない。
 日無子が造られた存在だったとは。
「憑物封印は……?」
「それも長に聞いた。
 憑物封印は我が一族を退魔士として存続させる契約の儀式。代々『四』のつく当主が贄になる」
「四……」
 そう、目の前にいる日無子は四代目当主『雛』の肉体を使用しているのだ。
「殺せと命じられたが、東京で世話になった礼だ。あたしの記憶を寄越せば、命は助けてやる」
 淡々と告げる日無子の瞳に感情の揺れはみられない。
 ただ告げているだけだ。
 なんでも受け入れると先ほど言ったが、あまりのことに真言は反応できずにいた。
 彼女の肉体はすでに死んでいる? 彼女の魂は造られたもの? もう死んでしまう?
 真言と会っていた時に見せていた表情どころか、何もかもが――偽りだったなんて。
「……おまえは、ついさっき言っていたな。あたしが必要としているものがあるなら、尽力すると。
 あたしが望むのはおまえの記憶だ。残らず寄越せ」
「…………」
「なに、タダでとは言わない。おまえの望む『日無子』を演じてやる。友人、の演技でいいのか?」
 何も応えられない真言の前で、日無子はにこりと微笑んだ。真言のよく知る、遠逆日無子の笑み。
「わざわざ死ぬ必要はない。簡単なことだ。忘れるだけなのだから」
 今までの彼女の行動は……全て「嘘」だったのだ。
 あの笑顔も。あの振る舞いも。
 彼女は表情を完全に消して真言に刃を突きつける。
「さあ選べ。
 忘れるか、
 ――――――それとも死ぬか?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4441/物部・真言(ものべ・まこと)/男/24/フリーアルバイター】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、物部様。ライターのともやいずみです。
 記憶喪失の顛末と、「誕生の秘密」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!