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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「頭蓋・あたま」



 結局、そうなのだ。
 獅堂舞人は苦笑した。
 たとえフラれてしまっても、自分は日無子の味方でいたいのだ。それだけ、だ。
 どうすればいいか悩み、考え……そして出た結果がコレか。
(俺も……単純というか)
 とはいえ。
 後頭部を掻いて舞人は空を見上げる。
(俺に日無子の味方として力があるかはわからないけど、な)
 力が足りないにせよ……それでも日無子の力にはなりたい。
「休憩終わり」
 そう言って舞人はゴミ箱に飲み干した空き缶を投げる。

 鈴の音の噂は、日無子が帰ってからパッタリと途絶えた。
 夜の町をしらみ潰しに歩いていた舞人は嘆息する。
(まぁ……こうしてウロウロしていて会えるわけがないんだが……)
 でも万一。
 日無子が東京に来ることがあれば噂があるはず。
 収穫のないまま、今日は帰ることにした。
 舞人は、は、としてそちらを見遣る。
 まるで待ち構えていたように電柱の陰から誰かが出てきた。細い路地の真ん中に来ると、その人影が誰のものかはっきりと見えた。
「ひ、日無子……」
 どうしてここに?
 いつもの退魔服に身を包んだ日無子はすぐさま構えた。手に持っているのは御馴染みの影を収束させた薙刀だ。
 なぜ攻撃する構えなのか理解できないが、舞人はすぐに日無子に近づく。
「また東京に来たのか?」
 気軽にそう言って距離を詰めるが、日無子は逆にすっ、と後方へと退がった。まるで間合いをとっているようだ。
(近づかれたくない……のか?)
 そう思うと悲しいが、まあいい。伝えたいことを、いま、伝えなければ。
「『味方でいること』。これは俺が決めた俺の誓いだ。日無子を心配すること、無茶して傷ついて欲しくないと思うことは友達としても、好きになった子に対しても当然のことだから」
「…………」
 だからなんだと言わんばかりの冷たい瞳でいる日無子の態度に、舞人は挫けない。
「またここに来た時、気まぐれでもいいから……顔を見せてくれよ。味方って言ってた人がいたなって頼ってくれよ。それだけ……言いたかったんだ」
「舞人さん」
 小さく口を開いた日無子。
「あたしに関する記憶を、残らず渡してくれないか」
「…………」
 舞人は疑問符を浮かべた。なにを言われたか、すぐに理解できなかったからだ。
「命を奪われるよりはマシだろう?」
 囁くような日無子の声。
 ぞくっと背筋に悪寒が走った。
「なん……? どうしたんだ突然……? 仕事で、失敗でもしたのか?」
「……失敗などしていない」
「何かあったなら話してくれ……! なにがあっても、味方だって言ったじゃないか!」
「……うるさい男だ。いいだろう、そこまで言うなら教えてやる」



 日無子は、正座していた。畳はとても冷たい。
 とうとう終わったのだ。
 彼女に与えられた仕事は、終わった。
 新しい当主がたてられていない今、遠逆家を動かしているのは奥に座っているあの老人だ。
「ようやった。日無子よ」
「ありがたきお言葉」
 日無子は面をあげて、巻物をずいっと前に押し出す。
「お望みの東の逆図にございます」
「…………おまえの目に適うほどのモノたちだな」
「左様にございます」
 淡々と喋る日無子には表情などない。一切ない。
 老人は笑った。
「ヒトの真似事はもうしないのか?」
 途端、日無子は表情をつくった。薄く微笑む。
「これでいかがでしょうか?」
 その口調さえも、柔らかなものになった。今までの冷たい声とは違って。
「…………まあどちらでも良いがな。
 日無子よ、ではおまえに告げる」
「なんなりと」
「命を寄越せ」
 日無子は動揺すらしなかった。
 彼女はわかっていたかのように「はい」と小さく頷く。
「その前に、一つうかがいたいことがございます」
「なんだ?」
「長……あたしには記憶など、元からないのでございましょう?」
「よく気づいたな」
「ではないかと、思っておりました」
 確信になったのは、つい最近のことだ。
 記憶が戻らないのは、そういう理由ではないのかと薄々気づいていたのだから。
 目覚めてからしばらくの自分のことを思い出せば、そうではないかと思い至るしかない。
 言葉もわからない。身体の動かし方もわからない。自分の顔を鏡で見ても実感がわかない。なにもかもわからない。
 これでは、まるで生まれたばかりの赤ん坊ではないか?
「話してもらえますか。冥土の土産に」
「よかろう。
 おまえは、我々が作った人造の魂だ」
「…………やはりですか」
「察しがついておったのか?」
「おかしいと思っておりました……いえ、そのような感情さえ、ヒトの真似ですが。
 あたしには感情などというものがなかった。ですから、目覚めてからは人間を観察し、その動作を真似るようになった」
「おまえは賢い。それが一番手っ取り早いのだと気づいておった」
「お褒めにあずかり、恐悦至極。
 人真似をすることが、人間社会に溶け込む一番の近道でしたゆえ」
 言葉も、動作も、感情すらも。
 人間の……他人の真似で得たものだ。
 パターンにしていけばいとも容易いことだった。
 こういう時にこういう反応をする。そうすればいい。
 それだけをおぼえた。
 そこに自分の感情はない。
 どう言えば相手が喜ぶか。
 どう言えば相手が悲しむか。
 どう言えば…………相手を怒らせるか。
 わかっていて、やっていた。
 それが一番簡単で、誰にも気づかれない。
 感情がないなんて。
 自分が、人真似をしているだけなんて。
「日無子、おまえの名前の由来……気づいておったか」
「…………我が名は、負の名。死へと帰属する名にございます」
「その通りだ。太陽の存在しない闇の娘。おまえは闇へと属する死人の名」
「…………」
「その肉体は、永い間氷に閉じ込められていた四代目当主……ひな……遠逆雛のもの」
 日無子はそれを告げられてもぴくりとも動かない。
 その脳裏には、夜な夜な訪れる悪夢。
 死にたくないと、死にたくないと告げる………………この肉体の持ち主の怨恨。
「心臓病でな、長くはなかった。文字通り、十代で世を去った。最期は、妖魔の氷に閉じ込められて息を引き取った」
「左様にございますか」
「封じられておったのだが…………」
「……なんらかの理由で、雛を閉じ込めていた氷が溶けた……ということですか」
「そうだ」
 雛はすでに死んでいた。動いたのは彼女の無念の想いのせいだ。
 死にたくなかった。彼女は。
 そして、さ迷い出てきて、車に轢かれた。
 その身体を遠逆が回収したのだ。
 日無子の魂を入れて、その肉体を生かした。
 病弱だった肉体そのものを、『無理に』強化して。
「おまえは保険だったのだ、日無子」
「それも、なんとなくわかっておりました」
 憑物封印の前任者である四十四代目のことを、誰も口にしない。失敗した儀式のことすら。
 それはすでに『代わり』を用意していたからだ。『遠逆日無子』という贄がすでに用意されていたからだ。
「四十四代目は……あやつの血は、少し問題のあった者の血を濃く継いでおるゆえな…………無理ではないかと思っていた」
「だからあたしを造ったのですね。その時のために」
「運命だと思ったのだ。元々雛の肉体を使うつもりではいた。だが我々が使おうと思っていた時期より前に雛は氷から解放された……。
 四十四代目が失敗し、その時のためにおまえを使えと……天よりの思し召しかと思ったほどだ」
 この老人は、確信めいた予感を持っていたのだ。
 四十四代目が失敗すると。
 そしてそれは現実になった。
「……いつ気づいた? 自分が造られた存在だと」
「三ヶ月ほど前から……。肉体と魂の連結が外れ始めてからです」
 無理に繋げていた魂と肉体の鎖。
 鎖は劣化し、次第に肉体制御をできなくさせていたのだ。
 元々日無子の肉体ではないので仕方がないことだ。
 指が、腕が、足が、顔が。
 動かなくなってきて、日無子は自分の死期を悟っていた。
 元々長くは動かないのだろう、この身体は。日無子が憑物封印を完遂させるかどうかは、一種の賭けだったはずだ。
「思う通りに動かせなくなってきていたので、そうではないかと思いまして」
 肉体と魂の連結が外れれば外れるほど、肉体を生かそうと日無子の身体は強力な治癒力を発揮していたが、それは気休めにしかならない。
 徐々に冷たくなっていく指先を見ながら日無子は考えていたのだ。
 蘇らない記憶。欠陥のある肉体。感情まで存在しない者など、正常な『人間』ではないと。
「では、よいのだな?」
「御意。
 元より、あたしはこの時のために存在していた幻にございます」
 日無子は指をつき、深く頭をさげた。



 愕然とするしかない。
 日無子が造られた存在だったとは。
「憑物封印は……?」
「それも長に聞いた。
 憑物封印は我が一族を退魔士として存続させる契約の儀式。代々『四』のつく当主が贄になる」
「四……」
 そう、目の前にいる日無子は四代目当主『雛』の肉体を使用しているのだ。
「殺せと命じられたが、東京で世話になった礼だ。あたしの記憶を寄越せば、命は助けてやる」
 淡々と告げる日無子の瞳に感情の揺れはみられない。
 ただ告げているだけだ。
「何かの……冗談じゃないのか?」
 彼女の肉体はすでに死んでいる? 彼女の魂は造られたもの? もう死んでしまう?
 舞人が見ていた『日無子』は……なんだったのだろう?
「納得できなくてもいい。その必要はない。おまえはもうすぐ、悩む必要はなくなる。
 記憶を素直に渡すなら、おまえのよく知る『日無子』で、おまえの求める言葉を言ってやろう。友情ごっこも演じてやる。
 なんだったか……? 『味方』がどうとか言えばいいのか? おまえはやたらとそればかり言っていたな。よっぽど好きなんだろう? その言葉が」
 日無子はにこりと微笑んだ。いつもの笑顔だが、やはり違う。
「忘れろ。そのほうがいい」
 今までの彼女の行動は……全て「嘘」だったのだ。
 あの笑顔も。あの振る舞いも。
 彼女は表情を完全に消して舞人に刃を突きつける。
「さあ選べ。
 忘れるか、
 ――――――それとも死ぬか?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2387/獅堂・舞人(しどう・まいと)/男/20/大学生・概念装者「破」】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、獅堂様。ライターのともやいずみです。
 記憶喪失の顛末と、「誕生の秘密」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!