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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「頭蓋・あたま」



 気付けば橘穂乃香は、彼女と初めて出会ったあの彼岸花の咲く場所にきていた。
 花はあの時のように咲いてはいない。
 彼女――遠逆日無子のことを、穂乃香は思い返す。
(……嫌われて、しまったでしょうか)
 穂乃香は肩をおとして、木に背をあずけている。
 みっともなく泣いてしまい、挙句、日無子に不愉快そうな顔をさせてしまった。
 泣くつもりはなかったし、困らせるつもりもなかったのだ。だが、どうしても涙が出てしまった。
(ひなちゃんなら、あんなふうに泣いたりしない……でもひなちゃんだって、悲しいことや辛いことがあるはず……)
 それを少しでも知りたい。彼女に話して欲しいと思うのはワガママだろうか?
 俯き、穂乃香は足もとの影を見遣る。
 太陽が傾き、そろそろ夜に近づく。帰らなければならない。
 そう思って顔をあげた穂乃香は、硬直した。
 彼岸花が咲き乱れていたはずのあの場所に――――袴をなびかせて立っている少女がいた。
 遠逆日無子、だ。
「ひな……ちゃ……」
 無表情で立つ彼女は影を浮き上がらせて掴み、すぐさま薙刀へと変えて構えた。刃を向ける先は……穂乃香だ。
 何が起きているかわからない。だが、いるはずのない日無子がここに居る。どうして!?
「ひなちゃん……なにか……あったんですか?」
 脳裏に浮かぶのは、憑物封印のこと。遠逆和彦を苦しめた、あのことだ。
「何もない」
 冷えた声で言い放った日無子は穂乃香との間合いを少し詰める。
「穂乃香ちゃん、あたしに関する記憶……貰えないか?」
「え?」
「簡単に言えば……あたしのことを忘れてもらいたい」
 意味が……わからない。
 理解できない穂乃香は困惑し、緩く首を左右に振った。
「ど、どうしたんですか……? 憑物封印で何か言われたんですか?」
「…………」
「あの、内緒にしていたんですけど、穂乃香は、四十四代目の……」
「知り合い、なんだろ?」
 それがどうした、と言わんばかりの日無子の言葉に穂乃香は動けなくなる。
「あたしのことを忘れれば、命まで奪わない。そのほうがおまえにも、いいと思うのだが」
「命……?」
 向けられた刃。それは……まさか本気で?
 ぎゅ、と胸の前で拳を握り、穂乃香は言う。
「お、教えてください……! どうしてひなちゃんのこと、忘れないといけないんですか? 憑物封印は、どうなったんですか?」
「…………なぜそんなことを知りたがる?」
「なにも知らずに忘れろなんて……無理です!」
「…………」
 日無子は武器を構えたまま、静かに口を開いた。
「いいだろう……。では話してやる」 



 日無子は、正座していた。畳はとても冷たい。
 とうとう終わったのだ。
 彼女に与えられた仕事は、終わった。
 新しい当主がたてられていない今、遠逆家を動かしているのは奥に座っているあの老人だ。
「ようやった。日無子よ」
「ありがたきお言葉」
 日無子は面をあげて、巻物をずいっと前に押し出す。
「お望みの東の逆図にございます」
「…………おまえの目に適うほどのモノたちだな」
「左様にございます」
 淡々と喋る日無子には表情などない。一切ない。
 老人は笑った。
「ヒトの真似事はもうしないのか?」
 途端、日無子は表情をつくった。薄く微笑む。
「これでいかがでしょうか?」
 その口調さえも、柔らかなものになった。今までの冷たい声とは違って。
「…………まあどちらでも良いがな。
 日無子よ、ではおまえに告げる」
「なんなりと」
「命を寄越せ」
 日無子は動揺すらしなかった。
 彼女はわかっていたかのように「はい」と小さく頷く。
「その前に、一つうかがいたいことがございます」
「なんだ?」
「長……あたしには記憶など、元からないのでございましょう?」
「よく気づいたな」
「ではないかと、思っておりました」
 確信になったのは、つい最近のことだ。
 記憶が戻らないのは、そういう理由ではないのかと薄々気づいていたのだから。
 目覚めてからしばらくの自分のことを思い出せば、そうではないかと思い至るしかない。
 言葉もわからない。身体の動かし方もわからない。自分の顔を鏡で見ても実感がわかない。なにもかもわからない。
 これでは、まるで生まれたばかりの赤ん坊ではないか?
「話してもらえますか。冥土の土産に」
「よかろう。
 おまえは、我々が作った人造の魂だ」
「…………やはりですか」
「察しがついておったのか?」
「おかしいと思っておりました……いえ、そのような感情さえ、ヒトの真似ですが。
 あたしには感情などというものがなかった。ですから、目覚めてからは人間を観察し、その動作を真似るようになった」
「おまえは賢い。それが一番手っ取り早いのだと気づいておった」
「お褒めにあずかり、恐悦至極。
 人真似をすることが、人間社会に溶け込む一番の近道でしたゆえ」
 言葉も、動作も、感情すらも。
 人間の……他人の真似で得たものだ。
 パターンにしていけばいとも容易いことだった。
 こういう時にこういう反応をする。そうすればいい。
 それだけをおぼえた。
 そこに自分の感情はない。
 どう言えば相手が喜ぶか。
 どう言えば相手が悲しむか。
 どう言えば…………相手を怒らせるか。
 わかっていて、やっていた。
 それが一番簡単で、誰にも気づかれない。
 感情がないなんて。
 自分が、人真似をしているだけなんて。
「日無子、おまえの名前の由来……気づいておったか」
「…………我が名は、負の名。死へと帰属する名にございます」
「その通りだ。太陽の存在しない闇の娘。おまえは闇へと属する死人の名」
「…………」
「その肉体は、永い間氷に閉じ込められていた四代目当主……ひな……遠逆雛のもの」
 日無子はそれを告げられてもぴくりとも動かない。
 その脳裏には、夜な夜な訪れる悪夢。
 死にたくないと、死にたくないと告げる………………この肉体の持ち主の怨恨。
「心臓病でな、長くはなかった。文字通り、十代で世を去った。最期は、妖魔の氷に閉じ込められて息を引き取った」
「左様にございますか」
「封じられておったのだが…………」
「……なんらかの理由で、雛を閉じ込めていた氷が溶けた……ということですか」
「そうだ」
 雛はすでに死んでいた。動いたのは彼女の無念の想いのせいだ。
 死にたくなかった。彼女は。
 そして、さ迷い出てきて、車に轢かれた。
 その身体を遠逆が回収したのだ。
 日無子の魂を入れて、その肉体を生かした。
 病弱だった肉体そのものを、『無理に』強化して。
「おまえは保険だったのだ、日無子」
「それも、なんとなくわかっておりました」
 憑物封印の前任者である四十四代目のことを、誰も口にしない。失敗した儀式のことすら。
 それはすでに『代わり』を用意していたからだ。『遠逆日無子』という贄がすでに用意されていたからだ。
「四十四代目は……あやつの血は、少し問題のあった者の血を濃く継いでおるゆえな…………無理ではないかと思っていた」
「だからあたしを造ったのですね。その時のために」
「運命だと思ったのだ。元々雛の肉体を使うつもりではいた。だが我々が使おうと思っていた時期より前に雛は氷から解放された……。
 四十四代目が失敗し、その時のためにおまえを使えと……天よりの思し召しかと思ったほどだ」
 この老人は、確信めいた予感を持っていたのだ。
 四十四代目が失敗すると。
 そしてそれは現実になった。
「……いつ気づいた? 自分が造られた存在だと」
「三ヶ月ほど前から……。肉体と魂の連結が外れ始めてからです」
 無理に繋げていた魂と肉体の鎖。
 鎖は劣化し、次第に肉体制御をできなくさせていたのだ。
 元々日無子の肉体ではないので仕方がないことだ。
 指が、腕が、足が、顔が。
 動かなくなってきて、日無子は自分の死期を悟っていた。
 元々長くは動かないのだろう、この身体は。日無子が憑物封印を完遂させるかどうかは、一種の賭けだったはずだ。
「思う通りに動かせなくなってきていたので、そうではないかと思いまして」
 肉体と魂の連結が外れれば外れるほど、肉体を生かそうと日無子の身体は強力な治癒力を発揮していたが、それは気休めにしかならない。
 徐々に冷たくなっていく指先を見ながら日無子は考えていたのだ。
 蘇らない記憶。欠陥のある肉体。感情まで存在しない者など、正常な『人間』ではないと。
「では、よいのだな?」
「御意。
 元より、あたしはこの時のために存在していた幻にございます」
 日無子は指をつき、深く頭をさげた。



 愕然とするしかない。
 日無子が造られた存在だったとは。
「憑物封印は我が一族を退魔士として存続させる契約の儀式。代々『四』のつく当主が贄になる」
「四……」
 そう、目の前にいる日無子は四代目当主『雛』の肉体を使用しているのだ。
 日無子には当てはまらないと思っていたが……完全に彼女は条件に合っていた。
「殺せと命じられたが、東京で世話になった礼だ。あたしの記憶を寄越せば、命は助けてやる」
 淡々と告げる日無子の瞳に感情の揺れはみられない。
 ただ告げているだけだ。
「嘘……でしょう? ひなちゃん」
 彼女の肉体はすでに死んでいる? 彼女の魂は造られたもの? もう死んでしまう?
 日無子が憑物封印の犠牲にならなければいいと、いつも思っていた。だがそんなことはムダだったのだ。
 憑物封印はやはり日無子を殺すためのものだった。だが……和彦と違って日無子はもう、死んでしまうのだ。憑物封印の犠牲にならなくとも。
 それに。
(では……穂乃香の見ていた『ひなちゃん』は……誰だったのですか……?)
 日無子は、うまく思考の働かない穂乃香に言う。
「記憶を失くすにせよ、死ぬにせよ……どちらにしろあたしを忘れることに変わりはない。今さら嘘などついてどうするというんだ。
 辛いなら記憶を寄越せ。寄越すなら、願いをきいてやる。おまえが好きな『日無子』で、おまえの望む通りにしてやるぞ」
 穂乃香は一歩後退してしまう。すぐ後ろは木なのでこれ以上さがれない。
 日無子はにこりと微笑んだ。いつもの笑顔だが、やはり違う。
「なにも辛い思いをしてまであたしを憶えておく必要はない。楽になれるぞ、忘れれば」
 今までの彼女の行動は……全て「嘘」だったのだ。
 あの笑顔も。あの振る舞いも。
 彼女は表情を完全に消して穂乃香に刃を突きつける。
「さあ選べ。
 忘れるか、
 ――――――それとも死ぬか?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 記憶喪失の顛末と、「誕生の秘密」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!