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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「頭蓋・あたま」



 近い背格好とか。
 似た色の髪を持つ人とか。
 つい、目で追ってしまう。
 けれどどれも違う。
 黒崎狼は小さく嘆息した。
(ほんと……俺って、欠月のこと、なんにも知らないんだな……)
 彼の家がどこにあるのかとか。なにもかも。
 けれど諦めたくない。
(…………)
 謝りたい。素直に謝れるか自信はなかったが……。
 不用意な言葉で傷ついてしまうのに、それを、自分はよく知っていたのに、やってしまった。
 夜の町をさ迷う狼はふと、足を止める。
 ひと気のない道。その闇夜の中、誰かが立っている。
「……!」
 狼は目を見開く。
 立っていたのは濃紫の学生服姿の欠月だ。
「欠月……?」
 駆け寄ろうとしたが、欠月がすぐさま構えたのに気づく。
 矛の形をした漆黒の武器を狼に向けていた。
 やはり、まだ怒っている……のだろうか。
「あ、えっと……」
 謝らないと。
 狼はもぞもぞと口を動かし、視線を伏せた。
「こ、この間は……その、あの」
 わるかった。
 ただその一言を出すのにこんなに時間がかかる。
「狼くん」
 呼ばれて「ハイッ?」と裏返った声で返事をした。
 欠月は冷たい表情でいる。能面のようだ。
「ボクのこと、忘れてくれ」
「…………は?」
 疑問符を浮かべてしまう狼から欠月は視線を外しはしない。むしろ、攻撃のタイミングを計っているようにみえる。
「な、に言ってんだ? 忘れろって言われても、そんなヒョイヒョイ簡単に……」
「安心しろ。記憶搾取の術はある」
 淡々と告げる欠月の言葉を冗談と判断するが、笑えない。
 それに何かおかしい。
(口調が……違う?)
 なんで?
「忘れれば、命は奪わない」
「…………」
 狼は冷汗が噴き出した。
 本気だ。彼は。
(俺を……こ、殺す……?)
 うそ、だ。
 タチの悪い冗談だ。
「ふ、ざけるなよ……。なに言ってんだ? おかしいぞ、おまえ」
 ハッとして狼は欠月を凝視した。
「実家で、なに言われたんだ?」
「べつに何も」
「なんか言われたんだろ!? 憑物封印のことか? 俺、知ってるんだ! 憑物封印がどんなものか!」
「……四十四代目と知り合いだからか?」
 ぎく、と狼は動きをためらわせる。
「そういえば、おまえは最初からやたらと憑物封印にこだわっていたな」
「ああ、知ってる。月乃を殺すために憑物封印がおこなわれていたことは。
 だから驚かない! 全部話してくれ!」
「…………いいだろう。知れば、素直に記憶を差し出す気にもなる」



 欠月は、正座していた。畳はとても冷たい。
 とうとう終わったのだ。
 彼に与えられた仕事は、終わった。
 新しい当主がたてられていない今、遠逆家を動かしているのは奥に座っているあの老人だ。
「ようやった。欠月よ」
「ありがたきお言葉」
 欠月は面をあげて、巻物をずいっと前に押し出す。
「お望みの東の逆図にございます」
「…………おまえの目に適うほどのモノたちだな」
「左様にございます」
 淡々と喋る欠月には表情などない。一切ない。
 老人は笑った。
「ヒトの真似事はもうしないのか?」
 途端、欠月は表情をつくった。薄く微笑む。
「これでいかがでしょうか?」
 その口調さえも、柔らかなものになった。今までの冷たい声とは違って。
「…………まあどちらでも良いがな。
 欠月よ、ではおまえに告げる」
「なんなりと」
「命を寄越せ」
 欠月は動揺すらしなかった。
 彼はわかっていたかのように「はい」と小さく頷く。
「その前に、一つうかがいたいことがございます」
「なんだ?」
「長……ボクには記憶など、元からないのでございましょう?」
「よく気づいたな」
「ではないかと、思っておりました」
 確信になったのは、つい最近のことだ。
 記憶が戻らないのは、そういう理由ではないのかと薄々気づいていたのだから。
 目覚めてからしばらくの自分のことを思い出せば、そうではないかと思い至るしかない。
 言葉もわからない。身体の動かし方もわからない。自分の顔を鏡で見ても実感がわかない。なにもかもわからない。
 これでは、まるで生まれたばかりの赤ん坊ではないか?
「話してもらえますか。冥土の土産に」
「よかろう。
 おまえは、我々が作った人造の魂だ」
「…………やはりですか」
「察しがついておったのか?」
「おかしいと思っておりました……いえ、そのような感情さえ、ヒトの真似ですが。
 ボクには感情などというものがなかった。ですから、目覚めてからは人間を観察し、その動作を真似るようになった」
「おまえは賢い。それが一番手っ取り早いのだと気づいておった」
「お褒めにあずかり、恐悦至極。
 人真似をすることが、人間社会に溶け込む一番の近道でしたゆえ」
 言葉も、動作も、感情すらも。
 人間の……他人の真似で得たものだ。
 パターンにしていけばいとも容易いことだった。
 こういう時にこういう反応をする。そうすればいい。
 それだけをおぼえた。
 そこに自分の感情はない。
 どう言えば相手が喜ぶか。
 どう言えば相手が悲しむか。
 どう言えば…………相手を怒らせるか。
 わかっていて、やっていた。
 それが一番簡単で、誰にも気づかれない。
 感情がないなんて。
 自分が、人真似をしているだけなんて。
「欠月、おまえの名前の由来……気づいておったか」
「…………我が名は、負の名。死へと帰属する名にございます」
「その通りだ。満ちることのない不完全な月。おまえは闇へと属する死人の名」
「…………」
「その肉体は、永い間氷に閉じ込められていた四代目当主……かづき……遠逆影築のもの」
 欠月はそれを告げられてもぴくりとも動かない。
 その脳裏には、夜な夜な訪れる悪夢。
 死にたくないと、死にたくないと告げる………………この肉体の持ち主の怨恨。
「心臓病でな、長くはなかった。文字通り、十代で世を去った。最期は、妖魔の氷に閉じ込められて息を引き取った」
「左様にございますか」
「封じられておったのだが…………」
「……なんらかの理由で、影築を閉じ込めていた氷が溶けた……ということですか」
「そうだ」
 影築はすでに死んでいた。動いたのは彼の無念の想いのせいだ。
 死にたくなかった。彼は。
 そして、さ迷い出てきて、車に轢かれた。
 その身体を遠逆が回収したのだ。
 欠月の魂を入れて、その肉体を生かした。
 病弱だった肉体そのものを、『無理に』強化して。
「おまえは保険だったのだ、欠月」
「それも、なんとなくわかっておりました」
 憑物封印の前任者である四十四代目のことを、誰も口にしない。失敗した儀式のことすら。
 それはすでに『代わり』を用意していたからだ。『遠逆欠月』という贄がすでに用意されていたからだ。
「四十四代目は……あやつの血は、少し問題のあった者の血を濃く継いでおるゆえな…………無理ではないかと思っていた」
「だからボクを造ったのですね。その時のために」
「運命だと思ったのだ。元々影築の肉体を使うつもりではいた。だが我々が使おうと思っていた時期より前に影築は氷から解放された……。
 四十四代目が失敗し、その時のためにおまえを使えと……天よりの思し召しかと思ったほどだ」
 この老人は、確信めいた予感を持っていたのだ。
 四十四代目が失敗すると。
 そしてそれは現実になった。
「……いつ気づいた? 自分が造られた存在だと」
「三ヶ月ほど前から……。肉体と魂の連結が外れ始めてからです」
 無理に繋げていた魂と肉体の鎖。
 鎖は劣化し、次第に肉体制御をできなくさせていたのだ。
 元々欠月の肉体ではないので仕方がないことだ。
 指が、腕が、足が、顔が。
 動かなくなってきて、欠月は自分の死期を悟っていた。
 元々長くは動かないのだろう、この身体は。欠月が憑物封印を完遂させるかどうかは、一種の賭けだったはずだ。
「思う通りに動かせなくなってきていたので、そうではないかと思いまして」
 肉体と魂の連結が外れれば外れるほど、肉体を生かそうと欠月の身体は強力な治癒力を発揮していたが、それは気休めにしかならない。
 徐々に冷たくなっていく指先を見ながら欠月は考えていたのだ。
 蘇らない記憶。欠陥のある肉体。感情まで存在しない者など、正常な『人間』ではないと。
「では、よいのだな?」
「御意。
 元より、ボクはこの時のために存在していた幻にございます」
 欠月は指をつき、深く頭をさげた。



 愕然とするしかない。
 欠月が造られた存在だったとは。
 何があっても驚かないと決めていたが、無理だった。
「憑物封印は我が一族を退魔士として存続させる契約の儀式。代々『四』のつく当主が贄になる」
「四……」
 そう、目の前にいる欠月は四代目当主『影築』の肉体を使用しているのだ。
 欠月には当てはまらないと思っていたが……完全に彼は条件に合っていた。
 それに、狼は欠月が一度死んでいると考えていたこともある。それは遠からず当たっていた。
 だが――別人の肉体を使い、挙句、その魂が人工的に造られたものとは思いもよらなかったが。
 死んだから記憶がないのではない。元々欠月には記憶そのものが存在していなかった。
 あの事故現場で欠月が喋ったことは、おそらく欠月を納得させるために医者が用意したもっともらしい『嘘』だろう。
 『誰もが納得する、欠月の記憶が戻らない理由』だから、狼もあっさり信じてしまった。
「殺せと命じられたが、東京で世話になった礼だ。ボクの記憶を寄越せば、命は助けてやる」
 淡々と告げる欠月の瞳に感情の揺れはみられない。
 ただ告げているだけだ。
 狼は緩く首を振った。
 頭が混乱している。
 憑物封印はやはり欠月を殺すためのものだった。だが……月乃と違って欠月はもう、死んでしまうのだ。憑物封印の犠牲にならなくとも。
 それに欠月が……狼が見ていた欠月は全て『偽り』だなんて。
「お、おまえ……俺を騙そうとしてる、のか……?」
「正常な反応だ。人間というのは、許容範囲外のことを聞くと確かにそういう反応が多い」
 なんだか別の生き物と喋っているような気分になった。
 欠月はにこりと微笑んだ。それは狼がよく知っている笑顔だった。
「全て忘れるというのなら、おまえがよく知る『欠月』で、おまえが求める言葉を喋ってやってもいい」
 今までの彼の行動は……全て「嘘」だったのだ。
 あの笑顔も。あの振る舞いも。
 彼は表情を完全に消して狼に刃を突きつける。
「さあ選べ。
 忘れるか、
 ――――――それとも死ぬか?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/『逸品堂』の居候(死神の獣)】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 記憶喪失の顛末と、「誕生の秘密」が語られました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!