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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


大神家の一族【序章】
●オープニング【0】
 5月1日夜9時前――草間興信所。草間零は1人、草間武彦の帰りを事務所で待っていた。
「遅いですね……」
 特にやることもなく、零はぼうっとテレビの画面を見つめていた。草間は早朝から出かけたきりまだ帰っていなかった。どこへ行くのかと尋ねても『ちょっと、な』と答えただけ。携帯電話に連絡しても、出ない。つまりは草間が今どこに居るか分からない、という訳だ。
 テレビではちょうど5分のミニニュースが始まった所だ。
「ニュースです。本日午後1時、石川県金沢市の料理旅館で資産家の男性が殺害されました。被害者の男性は大神大二郎さん60歳で、金沢中央警察署では大二郎さんと一緒に会食していた男を重要参考人として調べて……」
 ゴールデンウィークだというのに、世の中は物騒なことだ。などと零が思っていると、唐突に訪問者があった。
「零ちゃん!!」
 何とノートパソコン抱えた瀬名雫が事務所へ飛び込んできたのである。驚く零だったが、雫は有無を言わさずノートパソコンの画面を見せた。
「いいから見て! 確かめて!!」
 ノートパソコンには1枚の写真が映し出されている。それは今まさにパトカーへ乗り込まんとする草間の姿だ。
「……え……?」
 零が雫の方へ振り向いた。
「とある大型掲示板にこんなのが張られてたって人から聞いて……これって草間さんだよね?」
 困惑の表情の雫。間違いない、零の目から見てもこれは草間だ。早朝出ていった時の格好そのままなのだし。零がこくんと頷いた。
「……何の写真なんですか?」
「今日起こった、金沢の殺人事件の重要参考人だって……」
 室内がしんと静まり返った。それって、さっき流れたニュースの……こと?
「どういうことなのよ!」
 少しして、月刊アトラス編集長の碇麗香が駆け付けてきた。雫が連絡したのである。
「零ちゃん、気を確かに持ちなさいよ。でも……草間がどうして金沢に居るの? 何調べてたの?」
 矢継早に零に質問する麗香。けれど零だって何が何やら分からない、頭が混乱するばかりだ。
「……分からないのね。だったら草間が何を調べてたのか、調べてみた方がよさそうね。それと、何人か金沢に行くべきだわ。今からならまだ夜行列車もあるでしょ。それか朝一番に行くか……とにかく情報が足らないもの」
 唸るようにつぶやく麗香。そして零の顔を見た。
「零ちゃんはどうする?」
「私は……」
 零がそう言って思案する。
 いったい何が起こっているのか――現状を把握しなければ。

●興味を引く電話【1】
「ほう、草間さんが重要参考人ですか……それは色々な意味で面白い話ですね」
 その話を聞いた途端、つい先程までソファで寝ていた高ヶ崎秋五の眠気は一気に吹き飛んだ。大正時代を思わせるたたずまいの、秋五の自宅兼事務所でのことである。
「じゃあすみませんが、その事件について調べてもらえますか? 被害者の履歴、家族構成……」
 電話の相手は秋五の知り合いの情報屋だった。草間が金沢で殺人事件の重要参考人になっていると聞き付けて、さっそく秋五へ教えてくれたのだ。
「ええ、はい、連絡はそうですね……草間興信所に。たぶんしばらくそこに居るはずなんで。ではよろしくお願いします」
 と言って、秋五は黒電話の受話器を置いた。どうやら今から草間興信所へ向かうつもりのようだ。
(重要参考人ということは、よっぽど草間さんが怪しまれる状況だったということですか……)
 思案する秋五。草間が被害者に直接手を下したと思われる状況でもなければ、即座に重要参考人となるはずもなく。……逆に言えば、そう思われても仕方のない状況がそこにはあったことになる。
 秋五は今聞いたばかりの事件に、面白そうな匂いを感じ取っていた……。

●照会【2】
 警視庁庁舎内――夜9時頃、警視庁超常現象対策本部対超常現象一課の葉月政人は、一息つこうと何か飲み物を買うため廊下を歩いていた。その彼を、後方から小走りにやってきた者が呼び止めた。
「葉月警部! 探しましたよ!!」
 足を止め、振り返る政人。近付いてくるのは何度か顔を合わせたことのある、情報管理課の職員だった。
「ああそれは……。で、何か?」
 政人はその職員に笑みを浮かべ応対した。
「石川県警から重要参考人の身元照会依頼の連絡を受けたのですが……」
 何故か声をひそめる職員。政人がピンときた。
「うち絡みの事件ですか」
「……いえ、直接そうだということでは」
 職員の微妙な言い回し。そして手にしていた資料を政人へ見せる。
「この人物です。こちらでは『オカルト探偵』と呼ばれていると聞いていますが……」
「……石川県警?」
 政人はもう1度職員へ確認した。資料にあった顔写真は草間武彦のそれ。だが何故、石川県警から照会があるのか? 石川県警で思い当たる事件は、先程ニュースで見た資産家殺ししかないじゃないか――。

●今、何をすべきか【3】
 重苦しい空気とは今の草間興信所ではなかろうかと、そこに集った者たちは誰ともなく思っていた。……何をどう言ったものか、これといってよい言葉がなかなか出てこないのだ。
 この場に居る面々はといえば、草間零、瀬名雫、碇麗香、シュライン・エマ、ジェームズ・ブラックマン、宮小路皇騎、真名神慶悟、神崎美桜、黒冥月、そして――。
「お茶が入りましたから、どうぞ」
 盆に人数分の湯飲みを載せて、台所から出てきた天薙撫子を合わせた9人である。ぽつぽつと湯飲みに手を伸ばす面々。ほんの少し、空気が和らいだような気がした。
「草間さん、このまま捕まっちゃうのかなあ……」
 うつむいたまま、ぽつりと雫がつぶやいた。重要参考人なのだから、草間の立場はかなり危ういものだと考えていいだろう。これだという証拠が出てきたら、警察はすぐさま裁判所へ逮捕状を請求するに違いない。
 麗香は零に視線を向けていた。すぐ隣には美桜が座り、零の手をしっかと握って何度となく励ましている。絶対に草間を助ける、と美桜が零に言っているのが麗香の耳にも届いていた。
 そのまま麗香は視線をずらし、シュラインの所へ。シュラインは無表情のまま両手で湯飲みを抱えている。
「私は――」
 そんなシュラインが不意に口を開き、皆の視線が集まった。
「武彦さんと、その選択を信じているから」
 と言い、シュラインは湯飲みに口をつけた。帰宅前に事務所に寄って、唐突に今回の事態を知ったにも関わらず、シュラインは気丈に見えた。……一番草間のことを心配していて、衝撃を受けているはずなのに。
「……そうね、信じないと」
 シュラインの言葉に頷く麗香。
「でも不意打ちでこんな話聞くと、どうしたって驚くわよ」
 麗香が誰とはなしに言った。それでも事務所に現れた時より、だいぶ冷静さが戻ってきていた。
「全く、探偵とは思えん失態だ」
 溜息を吐く冥月。疑わしきを調査するのが探偵なのに、自分が疑われてどうするとでも言いたいのだろうか。
「……冗談はともかく。問題は草間が尋問に耐えられずに嘘を自白してしまう可能性だ」
 眉をひそめ冥月は言葉を続ける。
(ヘタレだしなぁ)
 とは冥月の心の声。実際の草間がどうだとかは別として、自白が取れればそれで逮捕状を請求することも出来る訳で……。
「日本の警察は閉鎖的できついからな、1秒でも早く接触した方がいい」
 そこまで言うと、冥月は茶をすすった。
「……亮一兄さんが、一足先に金沢に向かおうと」
 美桜がぼそっとつぶやいた。美桜の従兄の都築亮一が上野駅に居るはずだった。麗香から連絡を受けた亮一は、美桜に知らせてから寝台特急に乗るべくその足で上野駅へ向かったのだ。
「しかし、草間がどうして金沢に……」
 思案顔のジェームズ。そうなのだ、単に事件に巻き込まれただけならまだしも、何故に金沢なのかということだ。
「金沢から仕事を受けてましたか?」
 ジェームズが尋ねるが、零もシュラインも首を横に振った。2人とも自分たちが知る限り、金沢からの仕事の依頼はなかったはずである。
「……正規の依頼ではなかった、か」
 空になった湯飲みを置いて、慶悟がつぶやいた。皆の注目が慶悟へ集まる。
「どこかへ出かけるとも言ってなかったのだろう?」
 零とシュラインへ確認する慶悟。2人ともこくんと頷いた。
「つまり、長引く予定でもなかったということだ。金沢なら、日帰りも出来なくない」
 慶悟の冷静な分析。日帰りするつもりだったのなら、草間が何も言わずに出かけても不思議ではない。
「一緒に会食をしていたというからには、何か話があったんだろう。例えば……調査結果の報告とかだ」
「ここしばらく、草間さんの様子はいかがでしたか?」
 撫子が零へ尋ねる。少し考えてから零は答えた。
「そう言われると……。よく、ふらっと出かけてきたなんてことが増えていたような。出かけた先を聞いても『ちょっとな』で返されて」
「それですね」
 間髪入れず皇騎が言った。
「その時に、何か調べてきているんですよ。やっぱり草間さんは何か依頼を受けているんです」
 皇騎はそう言うが、零たちは何も知らないようである。よほど内緒にしなければならない依頼だったのか……?
「何か資料が残されているかもしれません。調べてみましょう」
 皆に提案する皇騎。かくして、あるかどうか不明な資料を求めて、一同手分けして探すこととなった。
 秋五が事務所へ現れたのは、ちょうどそんな時であった。

●家捜し【4】
 手分けして探すといっても、あれこれと場所がある訳ではない。大きく分けて2つ、事務所スペースと草間の私室スペースだ。
 私室には零とシュラインが回り、残り全員事務所スペースを調べることになった。圧倒的に事務所スペースを探す者が多いので、こちらはそう時間もかかりはしないだろう。
 けれども、時間がかからないのと、目的の物が見付かるかは関係がない。机、棚、ファイルの間などなど、事務所スペースを丹念に調べるが一向にそれらしき物は見当たらない。
 一方草間の私室へ入ったシュラインと零は、まずは上着のポケットから調べ始めていた。メモや何かの領収書などが入ってないか探していたのだ。
 だがこちらも芳しくはない。見付かるのは空になって握り潰された煙草の箱だったり、洗濯に出されていないハンカチだったり。
「……この分だと、ここには何もなさそうね」
 半ば諦めのシュライン。零は机の引き出しを開けようとしていた。ところが――。
「んっ……何だか、ちょっと……固い……」
 ガタガタと物音を立てながら、どうにか引き出しを開ける零。心配してシュラインがそばへやってくる。
「大丈夫、零ちゃん? ちゃんと開いた?」
「あ、はい、開きました」
「どこか溝がしっかり噛み合ってないのかしら。ちょっと貸してみて」
 シュラインが零と場所を入れ替わった。
「こういうのはね、1度全部出しちゃってから入れるといいのよ」
 そう言ってシュラインは引き出しを全部出して、抱えるように持った。その時だった、シュラインの顔色がはっと変わったのは。
「……こんな所に……?」
 出した引き出しを裏向けるシュライン。当然引き出しの中の物はぶちまけられてしまうが、そんなことは今はどうだっていい。肝心なのは、引き出しの裏にあった物である。
 引き出しの裏には、ご丁寧に薄手のファイルが両面テープで張り付けられていた。ガタガタと物音がして開きにくかったのは、きっとこのせいだ。
 ファイルの表紙にはこのように記されたシールが張られていた。『石坂双葉に関する調査報告(控)』と。

●何故こんな物が?【5】
「モデル上がりの新人タレント……だったはずよ、確か」
 シュラインと零が発見したファイルを前に、麗香が皆に聞こえるように言った。
「石坂双葉16歳、モデルから転身しタレントへ。新飲料のCMに起用されるなど、仕事は順調……」
 ファイルを手に取り、皇騎がざっと拾い読みしてゆく。ご丁寧に双葉を映した写真も何枚も出てくる。
「これは凄い。所属事務所や家族構成、果てはうなじのほくろの数や位置まで調べてますよ。一番古い日付は……去年の夏ですね」
「去年の夏だって?」
 皇騎の言葉に冥月が眉をひそめる。
「たかが小娘1人を調べるのに、1年近くも期間を費やすのか? 呆れたものだ」
 またしても溜息を吐く冥月。するとジェームズが真顔でつぶやいた。
「草間……よもやタレントのストーキングを?」
 いやいや、それはさすがに洒落にならないんで、ジェームズさん。
 もちろんジェームズだって、草間がそういう真似をプライベートでしないということはよく分かっている。状況だけを見てジェームズなりに分析してみただけだ。
「普通に考えれば、これが被害者に関係した調査なんでしょう」
 さらりと秋五が言った。他にそれらしい資料は見付かっていないし、このファイルには『控』という文字もある。そう考えるのが自然であるだろう。だが、疑問がある。
「……東京の新人タレントの人を、どうして金沢の資産家の人が1年近くもかけて調べるんですか?」
 それは美桜の素朴な疑問。繋がりが見えてこない。何故に大神大二郎は草間に双葉を調べさせていたのだろう。
「それを言うと、どうして草間さんに依頼をしたのかも……不思議ですね。どうやって知ったんでしょうか?」
 首を傾げる撫子。この事件はとかく謎が多過ぎる。
 その時、事務所の扉を叩く者が居た。反射的に扉に視線を向ける一同。現れたのは政人であった。
「これは……ずいぶんと、お集まりですね」
 事務所に居た人数に、政人がしみじみと言った。まさかこんなに居るとは思っていなかったのだろう。
「あの、何か……?」
 零が政人へ用件を尋ねた。
「実はですね、石川県警から協力要請がありまして。今から、草間さんの面取りのため現地へ向かう所なんですが、どなたか同行願えないかと思いまして。といっても、さすがに全員は無理ですけれども」
 苦笑し用件を説明する政人。身元確認のため、機捜用覆面パトカーで金沢へ向かうことになっていたのだ。ただ自分が直接面通ししてもよいのだが、草間興信所の人間を連れていった方が確実だと思い、事務所へ立ち寄ったのである。
 すると冥月がふっと笑って言った。
「そんなのより、早い移動手段がある」
 列車や車などよりも、自分の影の能力の方が早いと冥月は言うのだ。それも、何人でも可能であると。
 金沢まで直線距離でざっと300キロ弱と見積もろう。一方、冥月の影の能力による1回の最大移動距離は約5キロ。1回の移動に1分かかったとしても(実際はほぼ一瞬なので、そんなにはかからないのだけれども)1時間ほどあれば金沢に到着することになる。圧倒的な早さだ。
 その時、事務所に電話がかかってきた。
「……もしもし?」
 零が電話に出る。
「その声は、零さんですね」
 聞こえてきたのは男性の声――出発直前、心配していた亮一が上野駅から電話をかけてきたのだった。
「あっ……すみません、代わってもらえませんか」
 亮一からの電話だと知り、美桜が零にそう言って電話を代わる。そして先程の冥月の話を亮一へ伝える。何しろ今から亮一が乗ろうとしている寝台特急よりも早く金沢へ到着出来る訳なのだから。
 予定変更、亮一は寝台特急を急遽キャンセルして事務所へやってくることとなった。……今回のような事態では、1分1秒がそれこそ惜しいのだから。
 さて、全員が金沢に行くのかと思えばさにあらず。麗香はもちろん仕事、雫だって学校があるので同行出来ない。また、秋五は情報屋からの連絡待ちで、同様に皇騎も先行して調査を始めている宮小路の調査部門からの連絡待ちのため、夜が明けてから金沢へ向かうとのこと。
 で、肝心の零なのだが――。
 金沢へ行くべきだ、いや残るべきだと意見は別れたが、優勢なのは行くべきだという意見。零自身がどうしたいかに任せるという意見もあった。
「私……行きます。ここでじっと待っていることなんて出来ません」
 皆にはっきりと、零は自分の意志を伝えた。これで決定だ。
 これによって事務所には4人だけを残し、残り全員は冥月の影の能力によって金沢へ向かうことになった。おかげで日付の変わる前に金沢へ着くことが出来た。
 金沢に着いても休んでいる訳にはゆかない。シュラインや撫子みたく、金沢に連絡の取れる相手が居る者はさっそく連絡を試みる。それ以外の者たちだって、夜が明けてからどう動くか相談する必要があった――。

●意外な訪問者【6】
 日付変わって、5月2日深夜3時となった。事務所には麗香、雫、皇騎、そして秋五の姿が未だあった。
「上手く分かるといいんだけど……」
 ノートパソコンを前に考え込む雫。映し出されているのは、あの草間がパトカーに乗り込まんとしている写真である。この写真を誰が張り付けたのか調べられないかと、金沢に向かう直前のシュラインに頼まれたのだ。
 まあこれは丹念に調べてゆけば、ある程度のことは分かるだろう。接続したIPアドレスが記録されているだろうから。
 そんな事務所には、ちょくちょく電話がかかってきていた。秋五が連絡先としてここを指定していたからだった。
「そりゃあ、いの一番に疑われますよね」
 何度目かの電話を切り、溜息を吐くかのように秋五が言った。
「どうしたの? 今度は何が分かったのよ」
 麗香が秋五へ尋ねる。
「被害者の殺害方法が分かりました。毒殺らしいです」
「……確か会食していたんでしたっけ」
 ああなるほどと納得する皇騎。これでは草間が一番に疑われても仕方のない状況だ。
「毒殺なの? でも、料理を作った人が入れた可能性もあるんでしょう? 草間さんがそんなことするはずないし……」
 雫がつぶやくと、皇騎はゆっくりと頭を振った。
「恐らくこうなんでしょう。舞台となった料理旅館は大神氏の行き着け。贔屓をされているのに、殺害する動機はない。しかし、そこに怪しい人物が1人居れば……?」
 その怪しい人物は、お誂え向きなことに探偵なんて胡散臭い職業をやっているし――。
「状況最悪だわ……」
 頭を抱える麗香。そんな時だった。事務所の扉が叩かれたのは。こんな時間に、誰がやってくるというのか?
「どうぞ」
 麗香が外へ声をかけた。4人の視線は扉へ向かう。そして扉を開けて現れたのは、スキンヘッドにサングラスのちと怪し気な男。
「あっ! 内海監督!!」
 雫が驚き声を上げた。何とやってきたのは、監督の内海良司その人だったのだ。
「近くまで来たら、明かりがついてるのが見えて寄ってみたんだが……肝心の主は居ないのか?」
 きょろきょろと草間の姿を探す内海。麗香が用件を尋ねた。
「こんな時間に何のご用件です、監督」
「ああ。……あいつに頼みたい仕事があって来たんだ」
 真顔で答える内海。その表情からして、明かりがついていなかったとしてもここへ寄っていたと思われる――。

●面会【7】
 朝8時過ぎ、金沢中央警察署。取調室には政人と亮一、そして草間の姿があった。隣の部屋からはマジックミラー越しに他の皆が様子を見守っている。これは面通しという理由だ。
 政人は知人である自分が会えば何か進展があるかもと担当捜査官を説得し、また亮一は警察の上の方に知り合いが居るのでその伝手で草間との面会を許可されていた。なので、この2人だけが取調室に居るという訳だ。
「……朝も早くから何の用だよ」
 苦笑して2人へ尋ねる草間。だが草間のその冗談ぽい言葉に、政人も亮一も表情を崩さなかった。
「非常に際どい状況ですよ、草間さん」
 政人が単刀直入に言った。担当捜査官たちと話してみて分かったのだが、彼らは草間に対する心証があまりよくない。つまり、草間を今回の事件の犯人だと見ているのだ。
「直接の容疑は公務執行妨害だそうじゃないですか。草間さん……いったい何を」
 やれやれといった様子で亮一が言った。そう、草間が警察署へ留め置かれているのは殺人容疑ではなく公務執行妨害であった。現行犯逮捕されたのである。
「肩がぶつかって、よろけて押し倒してしまっただけだよ。俺が何かした訳じゃない」
 草間がぶすっとして答える。……よりにもよって、こんな時に運が悪いことで。
「……皆、来てるんだよな。冥月が夕べからかい混じりに教えてくれた」
 室内の鏡をちらりと見て草間が政人に尋ねた。どうやら冥月、影の能力を使って草間へ接触していたらしい。……何も言っていなかったことからすると、ろくに情報も手に入らなかったようだが。
「ええ。零さんやシュラインさんをはじめ……結構な人数が金沢に。碇さんや瀬名さんも心配していましたよ」
「心配かけてすまない、と伝えておいてくれないか。日帰りするつもりだったんだがな……」
 鏡に向かって草間が苦笑いを浮かべる。まるで向こうで皆が見ていることを知っているかのように。
「そろそろ本題に入って構いませんか」
 政人の後ろに立っていた亮一が草間のそばへやってきた。
「草間さん。あなたは何故金沢に来たんです。取り調べにも、黙秘しているそうじゃないですか」
「……依頼者から内緒で調べてくれと頼まれていたからな。だから、知っているのは俺1人だ」
「石坂双葉」
 亮一が美桜から聞いたファイルに書かれていた名前を口にする。草間の身体がぴくっと反応した。
「……見付けたのか?」
「見付けたそうですよ。どうしてタレントの調査を草間さんが……それが、依頼内容だったんですか?」
 草間に問う亮一。草間は直接それには答えず、こう言った。
「……俺からはまだ答えられないな。何しろ迂闊に答えると、迷惑がかかる範囲があまりに広いんだ。だいたい、俺から聞かなくても現場にあった調査報告書を見れば一目瞭然だろ?」
 しかしその草間の言葉に、亮一と政人が思わず顔を見合わせた。
「いいえ? それらしき物は現場になかったと聞いていますけど」
 不思議そうに答える政人。
「何?」
 草間が強く眉をひそめた。
「馬鹿言え、報告書は確かにあの場で大神氏が受け取ったんだぞ」
 だが……報告書はどこにもない。これはいったいどういうことなのだ?

●遺留品の謎【8】
 草間との面会後、亮一は美桜を伴って別室へ移動していた。現場遺留品を美桜に見てもらうためである。これも面会同様、亮一の伝手でどうにか可能となっていた。……現場の人間は、あまりよい顔をしていなかったが。
「美桜、これで全部だよ」
 美桜へ優しく話しかける亮一。机の上に並べられた遺留品は、どれもビニールの袋に入っていた。その中に、1つだけ違和感のある品があった。
「古びた……リボン?」
 美桜の目についたそれは、古びてくすんだ赤色となったリボンであった。亮一に聞くと、大二郎の懐に入っていたという。
(どうしてこういうのが……?)
 不思議に思いつつも美桜はそれを手に取り、そこから残留思念を読み取ることを試みた。
「えっ?」
 思わず声を出してしまう美桜。そのリボンには強い残留思念があった。
 伝わってきたのは古くからの後悔、そして――まだ真新しい安堵の想い。

●見落とされた証拠【9】
「ここがその料理旅館か」
 皆が情報収集に勤しむ中、慶悟は一足早く現場となった料理旅館へやってきていた。後から亮一や美桜も行くと言っていたが、待っている時間が惜しいので慶悟が先に来たという訳だ。
 場所は浅野川大橋の近く、浅野川は越えず兼六園寄りである。入口にはまだ見張りの警察官が立っていた。もちろん料理旅館は休業せざるを得ない。
(……聞き込みは後の方がよさそうだ。ならば)
 慶悟は式神を打つと、さっそく中を調べさせることにした。草間たちが会食したという部屋や、大二郎の死体が発見された場所を中心に丹念に調べることにしたのだ。
 大二郎が発見されたのはトイレであった。といっても洗面台の方で、おびただしい血を吐いて洗面台に突っ伏すように倒れていたという。その証拠に、鏡や洗面台の周囲には大二郎の物と思しき血の跡が無数に残っていた。
(確か毒殺とか言っていたな。台所も調べるべきだろう)
 式神による調査範囲を広げる慶悟。けれども怪しいと思える物はなかなか見付からない。しかし、やがて――。
「うん?」
 会食していた部屋の外を調べていた式神が、ある物を発見したのだ。それは窓の下、何故か壁についている足跡。まるでそこに足をかけて、窓から誰か侵入したようにも見えて……。
「……こんなあからさまな証拠を何故見落とす」
 ふうと溜息を吐く慶悟。警察の捜査に呆れていた。まあ好意的に考えるなら、死体発見現場を中心に調べるから見落としたのかもしれないが、それにしてもあれである。
 一同の調査はまだ、始まったばかりであった――。

●人物調査内容【10】
・大神大二郎
 享年60歳。優良な株や土地などを多く所有する金沢有数の資産家。
 死因は毒物が体内に入ったことによる。青酸化合物と見られている。
 ここ数年でトラブルを抱えていた様子はないが、好色家との噂あり。
 妻・ゆりは10年前に死亡。
 自宅は金沢市長町、子供たちと同居。

・大神正一
 38歳、大二郎の長男。リース会社の社長。昨今の不況のためか、経営は楽ではない模様。
 尚という6歳になる息子が1人居る。大二郎は孫の尚に甘かったらしい。
 妻とは3年前に別れ、その妻は離婚半年後に交通事故死。なお、事故に疑わしい点は一切ない。

・大神彰子
 33歳、大二郎の長女。宝石店経営。
 派手好きで浪費家との話。そのためか、経営はあまり芳しくないようだ。
 それなりの美人ではある。

・大神三郎
 26歳、大二郎の次男。フリーター、現在コンビニでアルバイト中。
 一家の中では落ちこぼれで、フリーターということもあって大二郎には辛く当たられていたそうである。

・大神秀文
 19歳、大二郎の三男。大学生。
 1浪経験し、地元の百万石大学へ進学。
 三郎とは打って変わって、大二郎は秀文には甘かったらしい。

・石坂双葉
 16歳、モデル上がりの新人タレント。明るい笑顔が魅力。
 大神の依頼によって、草間が調査していた対象と思われる。
 父親の名は春太、母親の名は明美。なお母親はガンのため3年前に病没している。

【大神家の一族【序章】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
         / 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0413 / 神崎・美桜(かんざき・みお)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0622 / 都築・亮一(つづき・りょういち)
                   / 男 / 24 / 退魔師 】
【 1855 / 葉月・政人(はづき・まさと)
   / 男 / 25 / 警視庁超常現象対策本部 対超常現象一課 】
【 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)
     / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒 】
【 5128 / ジェームズ・ブラックマン(じぇーむず・ぶらっくまん)
          / 男 / 30代前半? / 交渉人 & ?? 】
【 6184 / 高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)
               / 男 / 28 / 情報屋と探索屋 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全10場面で構成されています。今回は参加者全員同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに大神家の一族の序章をお届けいたします。恐らく結構な長丁場になると思いますが、よろしければ最後までお付き合いいただけたらと思います。
・今回のあるプレイングで、時間が半日前倒しになりました。それだけ調査する時間が得られたということで、皆さんにとってはプラスな出来事です。高原は思わず頭を抱えましたが、問題はありません。
・大神周辺の調査をされる方が多かったので、ちょっと変則的なのですが今回本文の最後に人物調査内容をつけています。これが皆さんの調査で分かったことを現時点でまとめたものです。次回以降のプレイングに役立ててください。
・2、3日以内に公開する次回のお話は分かれます。金沢で動かれる方はそのまま『草間興信所』にて、東京で動かれる方は『月刊アトラス』にてご参加ください。内海が何故現れたかは、次回の『月刊アトラス』のオープニングにて判明します。なお、通常の移動手段では移動時間がかかりますので、金沢から東京へ戻られる方はご注意を。
・最後にあと1つだけ。『大神』という名前ですが『狼』とは何ら関係ありませんので、そちらの方向は考えなくて結構です。
・シュライン・エマさん、108度目のご参加ありがとうございます。ええと、色々と大変な状況になっていますが、頑張ってください。なお、めぐみたちとの連絡は取れています。それと蓮や高峰との接触はありませんでした、草間。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。