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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


顔映ゆい子には

 大規模な魔法を使用するにはそれ相応の空間が必要になる。
 この日、シリューナ・リュクティアとファルス・ティレイラの二人が魔法訓練を行ったのもシリューナが一時的に作成した擬似空間。東京という見た目平凡平和なのかもしれない場所の表面だけでもこういった魔法という存在を知らせない為の一種のマナーといえばいいだろうか。擬似とはいえ衝撃や閃光などを外部から遮断してくれる空間は訓練には欠かせなかった。
「お姉さま、この水晶も片付けて良いのでしょうか?」
「ああ、持っていってくれ」
 可愛い弟子、だがまだまだ未熟なティレイラがどたばたと足音を鳴らしながら、彼女の二の腕の半分はあるであろう魔法訓練に使用した水晶球を運ぶ姿はなかなか愛らしい。
(ふむ。 これで訓練の方ももう少し上達してくれればよいのだが…)
 冷静に弟子を見つめるシリューナの瞳は鮮血色に輝き先を見通すような不思議な雰囲気をたたえていて、地面にも引きずってしまうような長く、絹のようなローブが彼女の実力を物語っている。
 ついでに、ちゃっかりと弟子にほぼ全ての範囲に散らばった水晶球を片付けさせてはいるが、これもまた師匠のちょっと屈折しているかもしれない愛だ。

 兎も角、大規模とまではいかないがシリューナとその弟子ティレイラの訓練にはいつ失敗があるかもわからない。その失敗が小規模ならまだしも大規模になってしまったらいけないと、その意味をこめて師匠という責任をもって魔法空間を作り今に至る。

(わぁ…、お姉さまの作る空間って綺麗…)
 いつも見てはいるがティレイラにとってシリューナは大切な師匠でありなかなか厳しい人でもあり、けれど一度見せた魔法はどれも一級品。
 今回の魔法空間もまた一時的にしてしまうのは勿体無い程の西洋風の神殿で、シリューナの本来の姿なのか立派で美しいラインをそのまま彫刻された氷のような、けれど冷たくはない不思議な像や、天を仰げば空は遠く、先端には人と竜両方が象徴的にデザインされたステンドグラスが見事に光を運んでいる。
「ティレ、そっちの水晶も頼む」
「わかりましたっ!」
 魔法訓練中はあまり眺められなかった分、つい眺めてしまう絵画の一枚の中に入ってしまったような空間はティレイラの足を随分止めてしまっていたらしい。シリューナの言葉に細くむき出した小麦色の肩をびくりと跳ねさせてまた一つ、一つと魔法に使用する陣の至る所に散らばった水晶を小さな胸に積み上げていく。
(うっ、流石に重いな…)
 水晶の一つ一つは純度も高く大きな物を使用している為落とすわけにもいかず神殿の出入り口、この空間と現実世界への移転の場所近くへ何度も行ったり来たりしては水晶の回収に励まなければならない。
 因みにシリューナ自身は自らの魔法で出した水晶ゆえ、触れるだけで別空間へと転送してい、この水晶回収は最後に師匠の指先がティレイラの集めた水晶達に触れて終了となるのだが。

「あ、あれも回収するのかな…?」
 ティレイラの少し見上げる位置、シリューナの背でもまだ届かぬような神殿の一部突起した場所にある水晶球は今自分達が回収している物と同じ位の大きさで見分けがつかなく、記憶を探っても今回の訓練で使用した覚えは無い。
 そんな位置にはあるが判断を仰ごうにもこの巨大な神殿内、師匠は近くにおらず大声で聞いてみるというのもなんだかおかしなものだと本来の姿から羽だけを出し飛び立つ。
 健康的なティレイラの雰囲気ではあるが、小柄な身体からは想像すらできない紫の色が艶やかに光る竜独特の骨ばった羽で力強く地を蹴りその水晶球の前へ行きその水晶球を取り上げる。と。
「きゃ…っ!」
 顔が、悲鳴を上げそうになった口元がぴりぴりと痺れる感覚に襲われた。
 それだけではない、身体中全体にそれは回っていき、まるでこの水晶球の悪戯だと言わんばかりに持った手から順番にティレイラの身体の感覚を痺れと同時に感覚、その次には視界の前で光り輝く銀に変わっていく様を見せ付けていく。
(な、何!? どうしたっていうのよっ!)
 触ってはいけないものだっただろうか、矢張りシリューナに判断を仰げば良かっただろうか、そんな後悔と共にまずは手が光のよく反射する美しい、ティレイラにとっては禍々しくも見える銀に変わり首がまだ動くうちにどんどんとその侵食は進んでいった。
「お…!」
(お姉さま…っ!)
 口に出して師匠を呼び、今すぐにこの恐ろしい拘束から解き放って欲しい。
 けれどようやく出た声は『お姉さま』の最初の一文字を言えただけで、他の叫びは全て吸い込まれティレイラの心の中で脅えきった悲鳴となって出てくるのみになってしまう。
(どうしよう…どうしよう…)
 身体の半分はもう銀の光に満ちている。あの小麦色だった肌が、健康的な羽すらももう半分はこの魔法の侵食を受けているだろう。
 刻々と過ぎていく時間の中でティレイラは焦りだけを募らせるしか方法は無く、何度もシリューナが彼女の担当を終えてこちらに来てくれる事を望んだ。が、最後に涙とも師を呼んだ祈りに満ちた瞳ともつかぬ大きな瞳を開いたまま、何も言わぬ水晶球を掲げた姿の生きた銀の像となった。



 地面とは言ったものの、ここは魔法空間。地面も見た目は硬質な石に見えるものの大して危ない作りにはなっていなく、少しばかり鈍い鈍器とゴム製の何かがぶつかったような音でシリューナはこの空間にあの賑やかな弟子が居ない事を知る。
「抜け出して良いとは言わなかったが、はて?」
 自分が回収すべき水晶球はほぼ全て回収したのだから、抜け出したと思われるティレイラにあとは全て任せてしまおうかと屈んだ体勢から立ち上がり辺りを見回した時にようやく、この静けさの意味を理解した。
「ああ、ティレ…素晴らしい格好だ…」
 シリューナの居る場所からティレイラの居る場所までは随分遠かったが何分能力は人より色々な面で長けているのだ、愛弟子がどんな姿でその場に佇んでいるかは理解できる。

 それは今、この擬似空間に存在する竜の像よりもシリューナの目を引く、美しく透き通ってしまいそうな銀の肌。
 服こそいつもの愛弟子であるティレイラのもので顔も背も何一つ変わった所はないがそれが銀で出来ていて、何も言わずにシリューナに助けを求めるが如く小さな口を上品に開け、瞳を潤ませたその跡すら見える銀の涙はまさに芸術に等しい美、いや何か心を打つものがあった。
「ふふ、愚かだな。 私に指示を仰げば良かったものを」
 一歩一歩弟子の像に向けて足を進めながらシリューナはこみ上げてくる高揚感を柔らかな赤のカーブで表しながら微笑む。
 ティレイラを銀の像に変えた水晶は元々この神殿という擬似空間を作る為の一つであり、紛らわしいのは承知でシリューナの遊び心により配置された物の一つだったのだ。
「そうびくつくでない。 次の日には元に戻るよ」
 銀の瞳越しから師に助けを求めるティレイラの声が聞こえるようで、シリューナはその健気な叫びと自分を一途に慕う淡い思いを愛しげに受け取り彼女を見る。
 シリューナが作成した擬似空間の維持は明日の明朝まで。その間水晶球を掲げたまま微動だにしない愛弟子の身体を持ち上げれば案外軽い、銀というよりは何か魔法的な素材で出来ている事がわかり同じ物質で出来た竜の像の横に並べてみれば簡単に光を通してしまうその光からより輝きを放つようで美しい。
「さて、ティレがこうなってしまっては仕方が無い、茶にでもするか」
 弟子にかかってしまった魔法など製作者であるシリューナには簡単に解く事が出来る。出来るが、折角の偶然という名のシリューナの悪戯を楽しむ良い機会でもあるのだ。
 実際どれだけの確率でティレイラが仕掛けられた水晶を取るかはわからなかったが実際にこうして銀に輝く愛弟子が居る。
「魔法物質になった感想はどうだティレ? このままずっと側に置いてやりたい程美しいぞ」
 今のお前は、と口元を緩める女性の笑みはどこか本当にそうしてしまいそうで、銀の像となったティレイラから戻して、とも師匠を慕う声とも言えぬ何かが心をくすぐってたまらない。
「冷たい物質…ふふ、いつものお前とは思えんほどだ」
 シリューナがティレイラの髪に触れる。
 けれどその手触りは髪の艶やかな色も絹のような手触りも無く、冷たくシリューナの指に触れられそこだけの温もりが灯っていくだけ。

 擬似空間に紅茶の静かな湯気と、この場所が次第に現実の光を透くようにして消えていくのがわかる。
 その中でシリューナはただ紅茶に手をつけるではなく愛弟子ティレイラの未だ光を弾くその姿を眺め、そして口付けるようにして甘く、冷えた身体を温めるようにして柔らかく抱きしめる事を繰り返した。
「そのままでは寒かろう? 何、私の魔法が切れるまでだ」
 くすくすと喉を、唇の端を鳴らすように微笑むシリューナは酷く女性の艶を含ませていたが、如何せん魔法が切れるまでではなく、今すぐ切る事も出来る。本来それを分かっているであろう弟子でもあるから少しだけ、言い訳のように聞こえてしまう。

(まぁ、機嫌が悪くなったら美味な物でも出せば良いか)

 ちら、と至近距離でティレイラを見れば魔法がかかったその時のままの涙が溜まった愛らしい、可憐な表情。けれどもしかしたらこの銀の像となくなってしまったティレイラからは怒りの言葉が次々と出てくるかもしれない。
 そうなってしまえば流石のシリューナでも手がつけられなくなると心の中で苦笑しながら、明日のお菓子と甘い飲み物の献立を考えては、その冷たい肌に温もりを灯していくのだった。



 光射す夜明け頃。
「お姉さまぁー、酷いですよっ!」
 既に夜の闇も消え、それと同時に擬似の空間であった魔法訓練の場もシリューナの家の庭園となった今、ティレイラの横にあった竜の銅像も、弟子を拘束する銀の魔法も無く、小麦色の肌を最大限に赤く染めた彼女の涙目の怒声が雷のように辺りを包む。
「私に判断を仰がなかったティレが悪いのだろう?」
「むむっ、そ、そうですけれど…」
 庭園には冷めた紅茶と回収しきれなかった水晶球が数個、転がったままでティレイラだけが魔法訓練の片付けをしたあの時間から飛び出したようにしてシリューナに食いかかり、ついでに撃沈する。
「まぁそう怒るな。 今日は美味な菓子でも食べに連れて行ってやる」
 止めとばかりにシリューナから発せられる『美味な菓子』の単語はティレイラの心にどうやら届いたらしい。単純と言えば単純ではあるが、少女である彼女らしい所であろう。
「本当ですか? 絶対ですよお姉さま!」
「ああ」
 ふわり、と微笑む笑顔が朝日に眩しく光っていて、今まで像として見た彼女とは別の美しさが日向のように暖かく見えてい。
(仕方ない、指示を仰がなかった仕置きは今度にしてやろう)
 今度、という言葉はかなり不穏ではあるが、それでも可愛い愛弟子と共にシリューナは片付けられていない水晶球をそのままに、自らの家路を腕に絡みつくティレイラと共に行くのだった。


END