コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


おいでませ、ハザマ海岸 〜潮干狩り〜

 草間興信所‥‥東京の片隅にひっそりと存在しているそこを知る者はそう多くない。それは、愛想のない鉄筋作りの古い雑居ビルの一室に居を構えていた。

 世間はゴールデンウィークとやらに突入し、やれ郊外だ海外だと浮き足立っている。この草間興信所といえば、いつもと変わらず閑古鳥が鳴いているようだった。
「‥‥暇だな」
 デスクの上に足を投げ出し天井をぼんやり見つめた男、この興信所の所長である草間武彦は呪文のように呟く。
 その言葉に、妹―便宜上―の草間零は、武彦の前に1枚のチラシを持ち出した。
「兄さん。潮干狩り、行きませんか? ほら、入場無料、アサリ・ハマグリ食べ放題なんですよっ」
 ここへ出入りする悪友の影響なのか、最近すっかり遊び癖が付いてしまったらしい零が瞳をキラキラさせながら「ほら、ココです」と。『無料』と書かれた部分を指差しながら草間ににっこり微笑んだ。

「‥‥ということで、潮干狩りに連れて行ってやるからお前らも一緒にこい!」
 草間に呼び付けられ興信所へやってきたシュライン・エマ、黒・冥月、ジェームズ・ブラックマンの面々。なんだかんだ云っても、妹の零に頼まれたらイヤとは云えない武彦だった。日にち・集合時間などを矢継ぎ早に告げられ、面々は取り合えずコクリコクリと頷いた。
――本当に零ちゃんには甘いんだから、武彦さん。
――暇潰しに付いていってやるか。
――アサリの砂出しに、古釘でも持って行きますか。
 各々思案しながら、鞄に荷物を詰め込む草間の背を見ていた。と、シュラインは草間のデスクに置かれたチラシを発見し、目を落とす。ここへ訪れたとき、零が頬を上気させながら云っていた内容と同等のものだ。一通り目を通すと裏写りしている部分があり、裏にも何か印刷されていたようだった。ともすれば見落としそうなほど小さな字で、次のように書かれていた。
 ――なお、当海岸では時折怪奇現象に見舞われている。目撃者によると、大きなハマグリが追いかけてくるだとか、ずぶ濡れの娘が立っていたとか。悪さをするわけではないが、この噂のせいか近年当海岸では観光客が減少傾向である。この怪奇現象を解決してくださった方は、死ぬまで入場無料、アサリ・ハマグリ食べ放題の特典付き! 我こそはと思う能力者の皆さん、ふるってご参加下さい。――
これ、ちゃんと読んだのかしら‥‥?
 ふと視線を上げると、隣りに立って同じように文面を覗き込んでいた冥月、そしてブラックマンと目が合った。
 冥月は眉間にシワを寄せ、ブラックマンを見る。
 ブラックマンは軽く肩を竦めて、シュラインを見る。
 溜息を付く面々のその後ろで、ニコニコ微笑みながら零は三人を見ていた。


 ハザマ海岸。
 そこは県境に近い、海洋遊戯スポットの集まった一帯である。
 河川の河口付近には干潟、数キロ先には砂浜と岩場、そして岬のほうには水族館を中心とした遊園地もある。一粒で二度どころか四度ぐらい美味しい(楽しい)海岸である、ハズなのだが。
「‥‥なんか、閑散としてないか?」
 海岸沿いを流れるように走るワゴンの窓の外を見、反射する水面に目を細めながら冥月はポツリと呟く。海辺で戯れるとのことで今日はチャイナドレスではなく、黒のマイクロ・ホットパンツにパーカーといういでたちで、いつも以上に露わになった白い肌が眩しい。白のサブリナパンツに襟がブルーのセーラーを着、草間の隣に座っていたシュラインが冥月の声で車窓を見る。
 確かに、人影疎らな干潟が見えてきた。
 一行は、雷火―時折草間興信所へ顔を見せるネットカフェ【ノクターン】店長である―の運転するワゴンで干潟へとやってきた。飲み物の入ったクーラーボックスを車内から下ろしながら、まるで地方のチンピラのようなアロハシャツを羽織った草間は明るく、
「まだ、朝早いからだろっ ホレ、男どもはパラソル立てるの手伝ってくれ!」
 相変わらず真っ黒なスーツのブラックマンと、七分丈メンズパンツの雷火に折り畳んだパラソルを渡し、草間はズンズン海辺の方へと歩いて行った。その背中を、哀れみの眼差しで見送る冥月。
「愚かな‥‥『怪奇事件はお断り』という割には、自らその巣窟へ身を投じるとは」
「まぁまぁ。武彦さんも零ちゃんも楽しみにしてたみたいだし。実害がないなら、一緒に満喫すればいいじゃない」
「珍しく危惧しないのか、アンタにしては」
「楽しければ良いではないか、マドモアゼル」
「黙れ、黒野郎」
「ほら〜、冥月も楽しみだったんでしょ? いつも以上におしゃべりだし♪」
「黙れ、金髪」
 ジェームズや雷火たちから次々入れられる茶々に冥月は少し赤くなり、振り向き様にブラックマンのみぞおちに鋭い拳を突き入れた。後ろから『何故私が‥‥』と呻く様な声は聞こえなかった、ああ聞こえなかった。
――確かにシュラインの云うとおり、怪奇はなにか起きたら対処すればよいか。たまには羽を伸ばすのもいいだろう‥‥。
 さらに高くなった陽の眩しさに手を翳し、冥月は海を眺める。そこへワゴンへ戻ってきた草間が、
「おい冥月。ほら、お前の水着を用意してやったぞ」
 と、にこやかに男性用海パン(サポーター付き)をビロ〜ンと広げて見せた。先程の右腕が少々痛む。ワキワキと拳を握るが努めて冷静を装った。
「判った、着よう。よこせ」
「へ?」
 てっきり暴言や鉄拳が飛んでくると思った草間は、間の抜けた声を上げる。草間の手から男性用海パンを取り上げ、鞄の中から黒い布地を引っ張り出した。
「じゃあ、お前はこれを着ろ」
 布をつまみ、草間の前に差し出す。
「だ、大胆ね」
 冥月の手には、シュラインも驚くほどの黒いハイレグ・ビキニの上下が握られていた。
「これ着るか、私にボコボコにされるか選べ。さぁ」
 ひょっとしたら初めて見るかもしれない、冥月の天使の微笑み。そのあまりの恐怖に草間は蛇に睨まれた小動物のように震え「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ‥‥」と繰り返していた。

 とにかく。
 着替える者(零はピンク色のワンピース、草間は冥月から返してもらった海パン、冥月は大胆ハイレグ・ビキニ)、入場手続きに行く者(漁場への入場は無料だが、一人あたり持ち帰りの量が決まっているらしいので、雷火が受付所へ)、パラソルを立てて場所取りをする者(穴を掘るジェームズ、荷物番をするシュライン)、各々準備を始める。
 パラソルの下、ブラックマンは相変わらずどす黒いオーラを発しながらスーツを着込んでいた。UVクリームを腕に塗り、長袖のシャツを羽織ったシュラインは呆れたように、
「ねぇ。まさかそのまま潮干狩りする訳じゃ、ないわよね?」
 海から吹く風があるとはいえ、今日は日差しが強い。あと一時間もしたら、暑さで汗が滲み出してくるだろう。そもそも潮干狩りに出掛けると分かっていながら、この御仁は何故スーツでやってきたのか。
「前にも云っただろう、私は日光アレルギーなのだ」
「じゃぁ、ここへ一体何しにきたの」
 クリーム塗る?とブラックマンにチューブを差し出す。首にタオルを巻き、つばの大きな帽子を被ったシュライン。紫外線完全防備、戦闘準備完了である。
「武彦の素肌を見に」
「予備に持ってきた新品の熊手があるんだけど、凶器になるかしら、ミスター?」
 鋭い(否、新品なだけ)熊手を手に、キラーンとどこからともなく効果音が聞こえてきそうな雰囲気でシュラインはブラックマンの背後に立っていた。両手を挙げ降参のポーズを取り、ブラックマンが顔を上げる。
「まぁ、それはそれで冗談ではないのだが‥‥いや、刺さないで下さいミス・シュライン。とりあえず、私は荷物番をしていますから、楽しんできてください」
 ほら、冥月と武彦たちも戻ってきましたよと指を差す。
「貝料理のレシピを考えておきますから。大漁を期待していますよ」
「‥‥そう、悪いわね。じゃぁお願いするわ」
 冥月・武彦・零、雷火と合流したシュラインは干潟へと出て行った。
 草間たちが離れていったのを確認すると、チェアに腰掛けたブラックマンは呟く。
「さて。それでは、少々お話しを訊かせていただけますか?」
 ブラックマン以外、そこには誰も居ないのだが。

――潮干狩りか、つまらんな。
 冥月は干潟に立っていた。時折、座り込んで熊手を一かきする。すると、潮干狩り名人もビックリするほど大量の――尋常ではない――アサリが彼女の手の中に。
 それは、冥月が本当に潮干狩りの名人さんでアサリの潜っている穴を確実に掘っている、という訳ではない。実は、影で貝を探知し影を通して貝類を自分の足元に引き寄せていたのだ。だから、掘れば確実に獲れる。勝負の決まった戦いに、大して喜ぶ気にもなれない。しかし、貧乏な草間の食費の足しぐらいにはなるだろう、と影で貝を集め掌から溢れさせていた。
「凄い大漁だね、なんにして食べようか」
 冥月の横で――見当違いなところを掘って、全く獲れていない――のほほんとした笑顔を湛えた雷火が、バケツを差し出す。冥月は無言でバケツの中に貝を放り込んだ。
「零ちゃん、少し寒いかしら?」
 日差しは強かったが、やはり濡れて当たる海風では躰が冷える。唇が若干紫がかってきた零の姿を、シュラインが見落とすことはなかった。その隣にいた草間も視線を上げ、零を見る。
「オイ、零。本当に蒼いぞお前」
「‥‥あ、はい。ちょっと寒いかもしれない、です‥‥」
「少し海から上がったほうが良さそうね。零ちゃん、行きましょう」
 申し訳なさそうに頷く零を連れ立って、シュラインはパラソルの立っている砂場へと戻ってきた。
「お帰りなさい。ああ、珈琲戴いてしまいました」
 二人に気付いて、ブラックマンは立ち上がる。
 そこには、使用されたと思われるカップが『ふたつ』置かれていた。
――何故、ふたつ‥‥?
 持ってきた大判タオルを零に掛けながら、シュラインはテーブルに置かれたカップを見つめた。
「のわあぁぁぁあーーーっ!」
 次の瞬間、草間の間抜けな声があたりに響く。
「た、武彦さん!?」
 シュラインと零は干潟を振り返り、そしてブラックマンは視線を上げた。
 そこには、人の背丈ほどある貝に――多分貝なのだろう――足を挟まれた草間が、釣り上げられていた。

 直前、冥月はその異変に気付いていた。
 影で干潟を探っていると、明らかに通常サイズではない貝――確かに形は貝だが、巨大なモノ――が、泥の中を移動している。
――‥‥む、起こしてしまったか?
「金髪、下がれ」
「冥月?」
「‥‥いいから下がれ、雷火」
 なかなか立ち上がろうとしない雷火に舌打ちし、冥月は雷火の前に立ち塞がった。
 瞳を閉じ、得体の知れないモノの動きを追う。
 冥月の不可解な力に気付いたのだろうか。そのモノは冥月や雷火の場所を避け、休憩がてら煙草に火を点けた草間へと向かっているようだった。
「おい、くさ‥‥」
「のわあぁぁぁあーーーっ!」
 次の瞬間、草間の間抜けな声があたりに響く。
 草間の足先から、やはり大きなハマグリのようなモノが泥の中から飛び出してきた。貝はその体を起こす反動を利用し、まるで魚を釣り上げるような動作で草間を釣る。草間が宙を舞う。
「た、武彦さん!?」
「煙草はダメなのですーっ!」
 背後から――正しくはブラックマンの傍らから――少女の声が飛んだ。今度はブラックマンを振り返る。
「海の中で、煙草を吸ったらダメなのですーっ」
「‥‥誰?」
 というか、いつから其処に?
 シュラインはブラックマンを一瞥する。彼はややあって、慇懃な動作で少女を指差した。十代半ばぐらいだろうか。小柄、黒い長髪の房を肩と腰の辺りで切り揃え、丈の短い浴衣のような着物を身に着けている。何故かその着物は湿っていた。
「ああ、紹介が遅れまして。来流海(くるみ)さんです」
「‥‥いいえ。だから、誰?」
「このあたりの海を守っている神、だそうですよ?」
 紹介の合い間にも、来流海と紹介された少女は海へと走り出していた。その先には、ぐるんぐるんと振り回されている草間の姿が。
「雷火! 助けろ!!」
 草間は、時折視界を通り過ぎる雷火を指差した。
「オレは頭脳派だからー。運動はちょっと遠慮しとくよ」
「なに意味分かんねーこと云ってんだよお前!」
 手をひらひらと振る雷火のその横から、冥月が走り出す。
「――――――っ」
 大きな貝を目掛けて、ドロップキックを放つ。鈍い音と共に、貝は草間の足を銜えたまま泥に倒れこんだ。見事に決まった。
「わーーーーーーっ」
 草間は、泥の中へまともに顔から突っ込んだ。
「武彦さん!」
「む、まだ動くか‥‥」
 遠くからシュラインの悲鳴が響く。草間への興味がなくなったのか、貝は草間の足を離し、冥月と雷火のほうへ向き直る。透かさず冥月は影で貝を束縛した。歩みは止めたものの、貝は大きくその口を開いて冥月たちを威嚇する。
――仕方ない。
 冥月は影で、貝の蝶番を斬り落した。
「あーっ 酷いです! 蝶番なんか斬ったら、その子は‥‥」
 少女の声に、冥月は振り返る。身の丈130センチ程度の少女――来流海――が、肩で息をして今にも泣き出しそうな表情で立っていた。誰だ?という表情をして雷火を見る。しかし、当の雷火も肩を竦めて首を振った。その肩越しに、シュラインやブラックマンがこちらへやってくるのが見えた。
「武彦さん、大丈夫!? だから携帯灰皿持って、って云ったのに!」
 顔を半分泥に埋め込んだ草間に駆け寄り、シュラインは彼の肩を起こした。
「おい、黒野郎。この女はなんだ?」
 来流海を指差し、冥月はブラックマンを睨み付ける。
「このあたりの海を守っている神の、来流海さんですよ」
 そう紹介されても来流海は冥月を見ず、目尻に涙を溜め肩をフルフル震わせていた。
「ハマグリさん‥‥」
「‥‥泥干潟なのに、ハマグリなの?」
 草間の顔をタオルで拭きながら、シュラインは呟く。
「うぇぇええぇーぇんっ」
 そのシュラインのツッコミに、来流海はとうとう泣き出した。
「酷いですぅ 蝶番なんか斬ったら、この子は死んでしまいますぅっ!」
 貝を指差し、冥月に訴える来流海。
「守り神だかなんだか知らないが、海を守っているんなら、ちゃんと統制をとっておけ」
 相手が少女でも、泣かれるのはやはりいい気分ではない。冥月は目線を逸らしながら、吐き捨てるように云った。
「‥‥まぁ、斬っちゃったものは仕方ないし。いっそ、コレ焼いて喰べる?」
 雷火の声以外、其処は波の音しかしない――。

「結構、美味しいんですね」
 焼き上がったハマグリをはぐはぐしながら、来流海はぽつりと云う。皆、心の中で『お前が云うのかよ!』と激しいツッコンを入れた。
 ハザマ海岸の守り神とはいえど、実際はまだ『見習い』なのだという。半人前ということで、反抗したり従わない精霊が多いらしい。近年の怪奇騒動の殆どが、こういった従わない生物や精霊たちの仕業なのだ。
「せっかくいい観光スポットなんだから、頑張って」
 ハマグリを取り分けていたシュラインが、来流海ににっこり微笑いかける。来流海は、はぐはぐしながら「はい」と答えた。
「怪奇現象を解決したからには、死ぬまで入場無料、アサリ・ハマグリ食べ放題なんだろうな?」
 これまたはぐはぐしながら、冥月が来流海を睨む。
「あー、それね。なんでも毎月魚介類を送ってくれるんだって」
 漁業組合の人が、と醤油を掛けながら雷火は答えた。
「‥‥要らない。貝なんてもう要らない‥‥」
 シートの片隅で、草間はひざを抱えている。
「月に一度だと、貝が痛んでしまいそうですね。可能なら、週一度ぐらい少量で送ってくれませんかねぇ」
 採ってきたアサリの泥を洗い戻ってきたブラックマンは、暢気そうに告げた。

 ハザマ海岸から戻ってきた面々の食事は、一週間ほど貝類料理が続いたという。
 シュラインとブラックマンの和洋折衷なレパートリィ、そして冥月の中華料理。さほど苦にはならなかったという話しである。

fin.

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登場人物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/

【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
【 2778 】 黒・冥月 | 女性 | 20歳 | 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
【 5128 】 ジェームズ・ブラックマン | 男性 | 666歳 | 交渉人 & ??

 ※PC整理番号順

【 NPC 】  雷火 | 男性 | 28歳 | 情報屋
【 NPC 】  草間・武彦 | 男性 | 30歳 | 草間興信所所長、探偵
【 NPC 】  草間・零 | 女性 | ? | 草間興信所の探偵見習い
【 未登録NPC 】来流海(くるみ) | 女性? | ? | ハザマ海岸の守り神(見習い)


_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは&初めまして、担当WRの四月一日。(ワタヌキ)と申します。

この度はご参加ありがとうございました。
海開きのときにも遊びに来てくれと、来流海が云っておりました。機会がございましたらお付き合いくださいませ。

細かい私信など → 【四月一日。の日常】blog http://wtnk.blog64.fc2.com/

2006-05-17 四月一日。