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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


桜の光、芸の技


●序

 待っていた、あの人を。桜の木の下で会おうと言ってくれた、大事な人を。
 愛しい人を。
 どれだけ待っていても現れないその人を、こうして待っている。長い長い時の中で、何度もくじけそうになりつつも待ち続けている。
 僕は、こうして待っているから。
 未だに、待ち続けているから。……美しい人よ。


 雫は書き込みを見て、溜息をついた。
「桜の木の下で、待ち続ける男の霊かぁ……」
 美しく咲き誇る桜の木の下で、ぽつりと立っている男の霊がいるのだという。毎年同じ日に、そっと現れる霊。哀しそうな顔で、特に人々に悪い影響を与える訳でもなく、ただただ立って何かを待っているのだという。
「春、なのにね」
 美しく咲き乱れる桜の花。ひらひらと舞う薄紅の花弁。その下では楽しい宴が開かれて当然だというのに、哀しい感情を抱いたままで立ち続ける霊。
「楽しい気分に、できたらいいのに」
 雫は小さく呟き、はっとした表情をしてからスレッドに書き込みを加えた。
 待ち続けている男の霊を、明るくする事ができるかもしれない一つの方法を。


●集合

 ゴーストネットに書き込まれた内容は、男の霊を明るくするための方法が書かれていた。暗いままの哀しい気持ちでずっといるから、引きずってしまっている。だからこそ、綺麗な桜の花に合わせた、明るくなる方法を。
 早い話が、お花見宴会である。
 風宮・駿(かざみや しゅん)は、見事な桜の木の下を通りがかり、思わずバイクを止めた。時間と空の様子から、もうすぐ日暮れが来る事は明らかであった。夜桜でもするのかもしれない。
 ぶわ、と風が吹くと花弁が舞う。日本の春、という題名でもつけたくなるほど、見事な風景がそこにあった。
 薄紅色の花弁が、ふわりと舞っている。一本だけ、見事な桜が咲き誇っているのだ。
(こんなところに、桜なんてありましたっけ?)
 駿はそう思いつつ、桜の木を見つめる。普段は通りなれていない道であったから、気付かなかったのだろう。
「ん?」
 ふと、桜の木の下が騒がしくなってきたのに気付き、駿はそちらを見た。すると、中に見知った顔があるのを見つけた。
「あれは……」
 駿はバイクを近くに停め、桜の木の下に近づいた。すると、4人の男女が敷物を敷いたり食べ物を並べたりと慌しく動いていた。
「こんにちは、何をしているんですか?」
 駿が尋ねると、シュライン・エマ(しゅらいん えま)がこちらを見て「あら」と声をかけた。
「駿君じゃない。今から花見をするんだけど、良かったら参加しない?」
「いいんですか?」
 駿が尋ねると、敷物を敷き終わった梧・北斗(あおぎり ほくと)が笑いながら「もちろん」と笑う。
「やっぱ、宴会っつったら大勢の方がいいもんな」
「宴会といっても、主役はあの人だけどね」
 雫がそう言って一方向を指差す。すると、そちらには俯いたままの男性がぽつりと立っていた。男性というか、男性の霊が。
「あの人、ずっと桜の木の下で誰かを待っているみたいなんだよ。で、その暗い雰囲気を明るくしようって事で」
 渡辺・綱(わたなべ つな)はそう言って、宴会準備の終わった敷物を指差す。
(あの人は、ずっと待ち続けているんですね。まだ、会えていないから)
 妙な共感が駿の中に広がった。そして駿は「なるほど」と言って微笑む。
「それじゃあ、お邪魔させてもらいます」
「色々気になることは多いと思うのでぇすが、気にしないほうがいいのでぇす」
 足元から体長10センチの露樹・八重(つゆき やえ)がそう言ってにこにこと笑った。目は何故か、並べられたお重の方にちらちら向けられているが。
「気になることって、例えば?」
 きょとんとして尋ねるシュラインに、雫は「しっ」と言って唇に指を当てる。
「世の中には、触れてはならないパンドラの箱があるの」
「パンドラの箱の最後は、希望が出てくるけどな」
 突っ込む北斗に、雫はゆっくりと首を振る。
「触らぬ神に、祟りなしとも言うでしょう?」
「要するに、色々突っ込まないように宴会を楽しもうって事だな」
 うんうん、と綱が頷く。そこはかとなく意を図ってもらえて頼もしい限りである。
「それじゃあ、宴会を始めましょう」
 雫の問いかけに、皆が「おー」と答える。その勢いに押されてか、桜の木の下で俯いていた男性の霊がこちらを振り向いた。
 振り向いた顔はやはり悲しそうな顔をしていた。そして涙目。
 そんな彼に対して言葉をどうかけていいか一同が悩む中、雫だけがびしっと指をさして宣言する。
「彼を明るくするのよ!」
 男性の霊はその宣言にびくりと身体を震わせる。どう考えても、普通の宴会の始まり方とは多少異なってしまっているのであった。


●芸披露

 夕暮れ時、空が赤く染まる頃。わいわいとシュラインの作ってきたお弁当や、皆がそれぞれ適当に持ち寄った食べ物や飲み物をつつきつつ、宴会は進んでいた。そしてある程度お腹が満たされた頃、すく、と雫が立ち上がった。
「それじゃあ、宴会の要といきましょうか」
「要?」
 北斗がきょとんとして尋ねると、雫はこっくりと頷く。
「一人一芸!これ、必須ね」
「聞いてないのでぇす!」
 八重が抗議すると、シュラインが「まあまあ」となだめる。
「何となく、そうなるんじゃないかなーって思ってはいたんだけどね」
「別に芸をするのはいいけどさ、何の用意もしてないんだけど」
 綱が言うと、雫は「ふっふっふ」と笑って巨大な袋を取り出す。
「そう言うと思って、芸に使うかもしれない小道具を持ってきたの。好きに使っていいわよ」
「準備周到ですね。凄いというか、なんと言うか」
 駿が感心しながら袋を見つめる。小道具が入っているという袋は妙に大きく、そして重そうだ。
「それ、俺が持たされた袋じゃん!」
「その節はご苦労だったわね、北斗ちゃん」
 突っ込む北斗に、雫はにっこり笑って答える。
「という事で、それぞれ小道具を使ってもいいし使わなくてもいいから、一芸披露してね」
 雫がそう言い、適当に順番を決めた。一番シュライン、二番北斗、三番八重、四番綱、五番駿の順番である。
「雫ちゃんは披露しないの?」
 シュラインの問いに、雫はぐっと親指を立てて皆に言い放つ。
「あたし、司会者だもん!」
 皆の中で「あー」という声が上がる。いいように逃げたような気もするが、まあいっか、という感じである。
「それじゃあ、一番はシュラインさんね」
「ええと、ちょっと地味なんだけど……」
 シュラインはそう言っていろいろな種類のコップと、持ってきていたジュースを取り出して並べる。
「手の感覚で、液体をどの量入れたかが判るの」
 そう言いながら、シュラインはジュースを湯飲みとワイングラス、ビールジョッキにそれぞれささっと注いでいく。大きさが違うため、入っている量はばらばらに見える。
 続いて、同じ形の紙コップをそれぞれの前に置き、ジュースを移し変えていく。見事、ぴったり同じだけの量が紙コップの中に入っていた。ジュースの高さも、どれだけ良く見ても同じなのである。
「こんな感じ」
 シュラインが言うと、皆がいっせいに「おおー」と声を上げながら拍手する。ちらちらとこちらを見ていた男性の霊も、シュラインの紙コップをじっと見つめながら拍手をしていた。
「続いては、北斗ちゃんね」
「それじゃあ、手品すっから」
 北斗はそう言い、ハンカチを取り出す。小声で雫が「手品セットだ」と呟く。どうやら、小道具の中にそれが入っていたらしい。
「これを手の中にぐっぐっと押し込んで、ぎゅっと握って」
 北斗はそう言い、ハンカチを何枚も手の中に押し込んでいく。
 ぽと。
 力強く入れすぎたのか、手の逆側からハンカチの塊が落ちた。手品としては、とりあえず失敗の部類に入るのかもしれない。
 北斗はそれを「ふっ」と小さく笑い、何事も無かったように拾い上げる。そして同じようにぐっぐっと手の中に押し込み、やはり何も無かったように手を広げる。
 複数入れていったはずのハンカチが、巨大な一枚になって飛び出してきた。皆はぱちぱちと拍手をする。途中の失敗は、とりあえず無かった事にして。
「ざっとこんなもんだな」
 北斗はそう言って笑ったが、男の霊は北斗の足元をじっと見たまま拍手をしていた。皆がその視線に気付いてそちらを見ると、広い残していたらしいハンカチの塊が落ちたままになっていた。
 だが、皆誰も突っ込まなかった。とりあえず成功したという事に、しておく事にしたのである。
「次は、八重ちゃんね」
「あたし、一発芸なんて持ってないのでぇす」
 しゅん、としながら八重はいい、そっと折り紙を取り出した。皆の頭に「?」と浮かんでいる中、八重は恥ずかしそうにそっと微笑む。
「あたし、折り紙くらいしか」
 折り紙。
 それは果たして宴会芸なのか、一発芸なのか、良く分からないものになってきた。そんな皆の疑問に気付くことなく、八重は一生懸命折っていく。
「はーい、鶴さんでぇすよ!」
 ぱちぱちぱち。
「お次は風船なんでぇす!」
 ぱちぱちぱち。
「続いて、兜でぇす!季節にマッチした……」
 八重が言おうとした瞬間、雫がゆっくりと首を振った。マッチしてません、という事にして欲しい。
 宴会芸かどうか怪しい折り紙披露が終わると、八重はそれらを持って男の霊に近づく。作ったものを手渡し、受け取るためにしゃがみこんだ男の霊の頭をよしよしとなでる。
「まだ、ご機嫌なおりませんかー?」
 男の霊は折り紙を見つめ、涙目を加速する。今にも泣きそうだ。
「はいはい、勢いづいて次に行くわよ。次は綱ちゃんね」
「それじゃあ、剣舞でも」
 綱がそう言った瞬間、一同が「えー」と不満を漏らす。綱がびくりとなっていると、八重が「聞いたのでぇす」と言って笑う。
「もっと、素敵な芸があると思うのでぇす」
「え?」
「そうねぇ。私も聞いたことがあるわね」
 シュラインの言葉に、思わず綱は「ええ?」ともらす。
「何でも、女装が得意とか……」
 駿の言葉に、綱は「ぐっ」と言葉をつまらせる。
「そっちのが面白そうじゃん」
 にかっと笑って言う北斗に、綱は悩む。
 確かに仕事の時は女装をする事もある。それも仕事の一環であるから、やらざるを得ない状況にあるのだ。だが、今はオフ。完全なオフ。よって、基本的には女装なんてノーサンキューなのだ。
 しかし、皆がそれを求めている。剣舞よりも、女装を是非と求めているのだ。
 悩み続ける綱に、雫はぽんと肩を叩く。
「綱ちゃん、人生時にはノリで進む事も大切だと思うわ」
「雫……」
 雫は綱にそっと何かを手渡した。綱は嫌な予感をこらえつつ、それを広げる。
 予想通り、女装一式。詳しく言えば、セーラー服。スカート丈が長いのがありがたいとか思ってしまう辺り、ちょっと哀しい。
 綱は結局それを着込み、雫が「せっかくだから」と言って手渡したマイクを持ち、流れてきた音楽に合わせて歌った。思い切り少女向け某アニメのオープニングテーマを。
 皆一様に盛り上がっていたが、何故か男の霊が一番の盛り上がりを見せていた。哀しそうな表情はいまだ晴れなかったが、涙目の原因は違うところにあるのでは?と聞きたくなるほどの大はしゃぎぶりであった。
「ノリに乗ってきたところで、次は駿ちゃんね!」
 ぐったりと妙な疲れを見せる綱に代わり、駿が立ち上がる。駿は「ええと」と言いながらポケットからカードを取り出す。タロットカードだ。
「梧さんと同じ手品ですが、俺のはカードを使ったマジックで」
 皆が「おー」と言いながら拍手する。
「一枚とってもらえますか?」
 シュラインの前にすっとカードの束が差し出される。シュラインは皆の方を向いて「どれにする?」と言いながら一枚抜く。
「それじゃあ、そのカードを皆さんで覚えてくださいね」
 駿はそう言って背を向ける。その間に皆でシュラインが引いたカードを確認した。男の霊も一緒になって確認している。
 ひいたのは「世界」のカードであった。
 駿は裏にしたままそれを受け取り、タロットの束に入れる。そしてよく切り、皆に見えるように束を掌の上に置き、もう片方の手でぱちん、と指を鳴らす。
「それじゃあ、皆さんが選んだカードは……」
 ゆっくりと一番上のカードを表にする。出てきたのは、シュラインが引いた「世界」のカード。
 皆がいっせいに拍手をする。駿はそれに応えるように軽く礼をすると、手が滑って「世界」のカードがベルトの宝珠にかざされてしまった。
 一瞬のうちに、その場が光に包まれた。そして光が収まってきた頃、ゆらりと現れたのは……スーツに身を包んだ駿。
 一同が呆気にとられてしまっている中、駿は「芸です」と言い放つ。
「一瞬のうちの身代わりです」
 駿の説明に色々突っ込みたいものの、皆はそれに納得する事にした。ぱちぱちと拍手を叩いて。
 そんな中、駿はこっそりと「審判」のカードをケセドの宝珠に読み込ませる。男の霊が待っていると言う霊を「復活&再生」を意味するカードで呼び出そうとしたのだ。だが、上手く起動しなかった。情報が少なすぎたのかもしれない。
「これで皆の芸は終わりね。それじゃあ、次に行きましょうか」
 雫はそう言い、皆を見回す。ふっふっふ、と何かを企む様な顔をして。


●中身当て

 雫は、小道具とはまた違う袋を取り出し、中から大きな箱を取り出してその場に置く。箱の上面には手を入れるための穴が開いている。中が見えないように、ゴムの蓋がされているが。
「続いて、箱の中身当てゲームよ。この中に入れているものを、手探りで当ててね」
 雫はそう言い、箱をぽんぽんと叩きながら「今度はさっきの逆で行きましょうか」と言って微笑んだ。
「それじゃあ、最初は俺ですね」
 駿はそう言って、箱の前に立つ。先ほどうっかりしてしまった変身は、ちゃんと解いている。
 そっと手を入れると、ふわり、とした柔らかな触感があった。手で大きさを確認すると、それなりに大きいもののようだ。感覚として、もっさり感がある。
「ええと……アライグマ?」
「残念!……じゃあ、次。綱ちゃんね」
「おっしゃ!」
 似合っていたセーラー服は、既に脱いでしまっている。やはり、ずっと着ていたい類のものではないらしい。
 綱は気合をいれ、そっと手を突っ込む。駿が感じたのと同じような触感があった。
「……ケセランパサラン?」
「ブブー。違います」
「だよなぁ。ケセパって、大きくないもんなぁ」
 箱から手を抜きながら、綱は肩をすくめる。
「次は八重ちゃんね」
「当てたらもらえるのでぇすか?」
「あげるわよ。……と、ちょっと待ってね。八重ちゃんが上から手を突っ込んだら一緒に落ちてしまいそうだから」
 雫はそう言って、箱の横に小さな穴を開ける。八重の手がちょうど入るくらいの大きさだ。八重はそこに手を突っ込み、もぞもぞと触る。
「もふもふでふわふわでやわらかかうておおきくて……熊しゃん?」
 小首をかしげながら言うが、雫に「違いまーす」といわれてしまう。
「じゃ、次々行くわよ。次は北斗ちゃんね」
「おう、頑張るぜ」
 北斗はそう言って箱に手を突っ込む。さわさわと触りつつ、その妙なもっさり感が頭に残る。
「……ぬいぐるみ、とか?」
「残念、違うわよ」
 箱から手を出し、北斗はじっと手を見つめる。やっぱり、あのもっさり感が頭から離れない。
「最後はシュラインさんね」
「難しそうねぇ」
 シュラインはそう言って手を突っ込む。やはり皆と同じような触感が、手から伝わってくる。
「綿飴……だと溶けるわよねぇ。長毛種の猫……だともっと威勢がいいわよねぇ」
 考え込みながらシュラインは呟き、小さな声で「もっさりしてるわね」と付け加える。北斗と同じく、妙にその言葉が頭にこびりついてしまうらしい。
「紙吹雪にしとこうかしら。くす玉に入っているような、おめでたい感じで」
「違いますっ!」
「あら、それじゃあ霊の為の座布団とか?それだったら洒落てるわよね?」
「それも違うわね」
 一同は箱の中の感触を思い出し「うーん」とうなる。雫は悩んでいるその様子ににっこりと笑う。
「降参。何が入ってるの?」
 シュラインの言葉に、皆が頷く。すると雫は箱から取り出しながら「じゃーん」と言う。
「応えは、アフロのカツラでしたー!」
 雫の掲げているものに、皆はぽん、と手を打った。
 ふわふわしている。やわらかい。結構でかい。そしてなにより、もっさりしている!
「それじゃあ、該当者がいなかったからこれはこの方にプレゼントするわね」
 雫はそう言って、アフロをそっと男の霊に乗せた。男は戸惑いつつも、頭の上のもっさりしたカツラをそっと触る。もっさり感を楽しむかのように。
「どう?楽しいでしょ」
 雫がいうと、男はアフロをかぶったまま皆の方を振り向き、こっくりと頷いた。相変わらず涙目ではあったが。
「それにしても、待ち人ってどうして来ないのかな?」
 北斗が男をじっと見ながら呟く。
「意外と男の霊しゃんの真後ろで待ってたりしませんでぇすかね?」
 八重はそう言って木の後ろを覗き込む。が、誰もいない。
「待ち合わせ場所が分からなくなっていても、これだけ騒いでいたら分かると思うのよね」
 シュラインはそう言って辺りを見回す。
「さっきひそかに呼び出そうとしてみたんですけど、駄目でしたし」
 ぽつり、と駿が呟く。
「案外、先に成仏していたりして」
 綱がそう言うと、皆が「まさか」と言って笑いあう。そんな中、男のか細い声が響いた。
「実は……そうなんです……」
 皆の目が、男へと向けられた。


●結

 男はこの桜の木の下で会うことを約束していた女性がいた。美しい、大事な恋人だった。彼女とは身分違いの恋の為、忍んで会う仲であった。
 ある日、男は桜の木に登ってみることにした。上から飛び降りて、恋人をちょっとだけ驚かせてやろうと思ったのだ。
 だが、驚かせるのが別の事になってしまった。うっかり足を滑らせ、打ち所が悪くそのまま逝ってしまったのである。
 女性は嘆き哀しんだが、やがて別の男性と結婚して寿命を全うしていったのだという。
「……それで、そこまで分かっておいて何でまだ待ってるんだよ?」
 北斗が尋ねると、男は恥ずかしそうに「だって」という。
「何となく、来てくれるかな?と思って」
「実際来ていないのよね?」
 シュラインが言うと、男はちょっと照れたように頷く。照れられても、特に可愛くもなんとも無いが。
「何か心残りとかあるんですか?」
 駿が尋ねると、男はしばらく考えた後首を振る。
「あえて言うならもう一度彼女に会いたかったですけど、もう彼女は成仏してますしね」
「なら、何でいるんだ?心残りも無いのに」
 綱が尋ねると、男は気まずそうにアフロを触りながら「ええと」と言葉をつむぐ。
「タイミングを逃した、といいますか」
 男の言葉に、一同が「はあ?」という。
「私も一度は成仏を考えたんですが、もうちょっと待ったら来るかなーとか思いまして。いや、結局こなくてどうしてここにいるのか分からなくなって涙が出てましたけどね。でもこうタイミングがどうも」
 男の言葉に皆ががっくりと肩を落とす。涙の理由もいいものではなくなってきている。
「それなら、さっさと成仏するのがいいのでぇす!」
「そうですね。こうして、皆さんに楽しい時間を貰いましたし……」
 男がそう言って空を見上げた瞬間、空から一人の女性の霊が降りてきた。男は目を見開き、女性にそっと手を伸ばす。女性は何も言わず、男の手をとった。
 そうして、皆が見守る中で男は幸せそうに笑って消えていった。そうして皆は、女性が一礼し、アフロがゆっくりと空の中に溶けていくのを見届けたのだ。
「……一気に、めでたしめでたしな展開ね」
 シュラインが苦笑しながら呟く。
「良かったといえば、良かったんだけど」
 最後、笑ってたし。小さく綱が付け加える。
「幸せそうでしたしね」
 駿はそっと微笑む。
「アフロ、持っていって良かったんかな?」
 北斗はそう言って小さく笑う。
「きっと、人気者になってるでぇす!」
 八重はそう言ってにこっと笑った。
「それじゃあ、宴会の続きね。まだまだ食べ物も飲み物のあるし!」
 雫はそう言って、高々と箸を掲げる。
「賛成。俺、唐揚げとっぴ」
 早々に綱は唐揚げに箸を伸ばす。
「そうそう。暖かい飲み物が欲しければ、私持ってきてるから」
 皆を見回し、シュラインがボックスを指差す。
「デザートには桜餅もあるのでぇす。なので、まだ食べていいのでぇす!」
 八重は腕まくりをし、残っている食料を目指す。
「雫、カラオケあったよな?カラオケしようぜ、カラオケ」
 北斗はそう言って先ほど綱が使っていたカラオケセットを指差す。
「ギター持って来れば良かったですね。披露したのに」
 駿は残念そうにそう言った。
 まだまだ続きそうな宴会に、桜の花は静かにその薄紅色の花弁を風に乗せた。ふわり、と春の名残を残していくかのように。

<楽しげな宴は花弁に乗り・了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・八重 / 女 / 910 / 時計屋主人兼マスコット 】
【 1761 / 渡辺・綱 / 男 / 16 / 神明高校二年生(渡辺家当主) 】
【 2980 / 風宮・駿 / 男 / 23 / 記憶喪失中 ソニックライダー(?) 】
【 5698 / 梧・北斗 / 男 / 17 / 退魔師兼高校生 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。ライターの霜月玲守です。この度は「桜の光、芸の技」にご参加いただき有難うございます。
 既に葉桜の季節となっているというのに、桜ネタで申し訳ないです。というのも、このノベルはたくさんのクリエータさんによる「桜」を題材にした企画の一環としておりまして。更に「同じ桜の木の下で」という企画にも参加しております。欲張りですいません。
 風宮・駿様、初めてご参加いただき有難うございます。中身はアライグマよりも可愛らしくないものでしたが、如何でしたでしょうか。一芸の「手が滑って」というのが妙に可愛らしかったです。
 最初の方少しずつですが、個別文章となっております。よろしければ他の方と見比べてみてくださいませ。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。