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<東京怪談・PCゲームノベル>


no name sweets 〜イートイン編

 いつもその場所は雑踏とした中にあった。
 高いビル群。
 何かに追われて横断歩道を渡っていく人。
 携帯電話片手で忙しなく歩いていく人。
 エスカレーターを駆け上がっていく人。
 何かに追われているような人たちが沢山いる。
 その一方で………。
 繁華街は賑やか過ぎるほど五月蝿かった。
 夜になれば昼よりも激しくネオンを光らせ、女は男に媚び。男は女をたぶらかす。
 そんな人間ドラマが良く見える路地裏の一角に、占い館があった。
 ひっそりとそこの主のようにそこだけは何故か静かだった。
 今日もその場所に癒しを求めてやってくる人がいた。
「どうもありがとうございました。ちょっと頑張ってみようって気がしてきました」
 カードを片付ける月璃に占いに来て帰り支度をするOL風の女性がそう言った。月璃その声に下がっていた視線を上げて、女性に合わせて目を細めた。
「それは良かったです。貴女の力になれることをうれしく思いますよ」
「また、悩んだら此処に来ます。これから逢う友達にも紹介しますよ」
「それはそれは、うれしいですね」
「そうそう、その友達と行こうとしてるケーキ屋さんもなんか噂があるらしいんですよ。なんでもメニューのないメニューを出してくるとか。しかもなんでも注文したものをつくってくれるとか。噂なのでどこまで本当かわからないけれども、ケーキは美味しいらしいですよ」
 悩みが取れたのだろうか女性の言葉は軽く、月璃に軽く手を振り最後にバイバーイ。なんて言いながら去っていった。
 それに月璃も笑いながら見送った。
「なんでも作ってくれる、ケーキ屋ねぇ」
 自然ともれた独り言。
 先ほどの楽しそうな女性の笑顔が脳裏をよぎった。


 それからどれくらいの日にちがたっただろうか。
 なんとなく気になっているケーキ屋。
 どこにあるのだろうか、ただなんでも作ってくれるケーキ屋というだけ。
 ただ街角で見かける、甘いデザートを食べてうれしそうな顔をしてる人を見ると、味覚がなくなった自分を少しだけ悔しくも思った。
 噂だけを頼りに月璃は繁華街の道から一本それた路地を曲がった。
 店があるとは思えないほどのひっそりとした路地だった。
 所詮、噂だったのかともう少し歩いて何もなければ、そのまま路地を引き返そうと思ったときだった。小さな扉が見えた。
 小さな忘れられているような店舗が現れた。
 ここかどうかの確証はなかったけれども、月璃は誘われるようにその店の扉に手を掛けてゆっくりと開けた。
「いらっしゃいませー」
 上機嫌な少女の店員の声が聞こえてきた。
 月璃は軽く頭を下げた。
「お一人ですか?………じゃぁ、こちらへどうぞ」
 続けられる少女の店員の声に月璃は言葉なく頷く、そうしてば店員は月璃の前に立ち小さい喫茶スペースに案内していく。
 それについていきながら、店内の様子を伺っていれば昼下がりの時間のせいか、店内には女性2人連れのお客が一組いた。  
 奥まったテーブル席に案内されれば静かに椅子に腰を下ろした。
 そうして店員が差し出したメニューは2冊だった。
 ここが、そうなのか。
 心の中こそりと呟く独り言。
 もしかしたら、1冊はデザートでもう1冊はドリンクかもしれない。
「お決まりになったらお呼び下さいね」
 少女の店員は月璃にお辞儀をしてその場を去った。
 1冊目のメニューを開けた。メニューの中にはきっちりとメニューが書かれていた。そのメニューを一通り見てから2冊目のメニューを手に取った。
 ゆっくりと、開けた。
 中は白紙だった。
 自然と吐息が漏れ出した。
 軽やかな笑い声が聞えた。
 視線が自然とそちらに向けられた。
 女性客が注文したデザートを区に運んでは話しに花が咲くのか幸せそうに笑みながら、絶えない話を続けていた。
「あの………………」
 決まったのか月璃が小さな声をあげた。それだけで、先ほど接客してくれた少女の店員が笑いながら駆け寄ってきた。
「はいはいー。如何しましょう?」
 フレンドリーに問いかけてくる少女の店員。
 それに少し微笑みながら、月璃は続けた。
「オーダーメイド。してもらえるんだよね?」
「はい。まぁ、うちの傲慢なパティシエは作れないものないなんて言ってますし。ご希望があれば喜んでなんでも」
「液状のもの………」
「はい?」
「俺、固形食は摂取できない体で味覚も失っているんです」
 月璃が尋ねた言葉は良く尋ねられる質問なのか、少女の店員は変わらぬ笑顔で答えた。その答えに月璃もオーダーしようとするものを口にした。が、少し戸惑いが隠せない。そんなもの頼んでも大丈夫なのだろうか、一抹の不安がまだ残っていたから。
 案の定、少女の店員は聞き返す。
 その言葉になんだか少し肩身の狭い思いを感じた。
 理由を返す言葉は次第に小さく、視線は自然と店員からそれた。映し出されたのは、女性のお客。笑顔で話しこんでいる姿。
「俺でも、口にしたら甘く幸せな気持ちになれるスイーツを作ってくれませんか?」
 視線を上げて、少女の店員を見て。はっきりと欲しいものを口にした。
 吹っ切れたのかそのまま言葉を続けていく。
「無理を言っているのは承知しています。ただ人がスイーツを口にして幸せそうな顔しているのが羨ましいと…………ぁ、もし無理なら無理ならばカップ一杯のホットミルクを頂けますか?―――――――――――ホットミルクは好きなんで」
 そこまで言い終わると、視線がまた楽しそうな女性客に映った。
 その姿を見て少し目を細めてから、また少女の店員を見て小さく笑った。
「えぇ、喜んで」
 その受け答えはチェーン店の居酒屋のようであったけれども、その返答の言葉に月璃は笑みを少し深くして頷いた。
 心の中でお願いします。と、言いながら。
 オーダーを受けた少女は変わらずににこりとしたまま、軽く頭を下げて下がっていく。丁度そのとき、見ていた女性客たちも立ち上がり帰ろうとしていた。
「ありがとうございましたー」
 元気のいい少女の店員の声とともに、お会計を済ませた女性客たちは店を出て行った。
 その表情から笑顔が絶えることがなかったのが、月璃は少しうらましく去ってしまった店内。彼女達が座っていた席を眺めていた。


「はい。どうぞ?」
 ぼーっとその席ばかり見ていた。その時に不意に声を掛けられた。
 視線を上げればそこにはトレーにカップを乗せた少女の店員が立っていた。
「ホットミルクぐらいなら、私にでもいれられました」
 笑いながら少女の店員はトレーの上に乗っているカップを月璃の方に置いた。
「難しい注文だったみたいで、パティシエが物凄く悩んでたから出てくるのには時間がかかりそうだったのでサービス」
 うふふふー。と少女の店員はひとり楽しげに笑いながら一人話を続けていく。
「ここに座らせてもらってもいいですか?」
 トレーを抱え込んだまま少女の店員は月璃の前の席を小さく指差して尋ねる言葉をかけた。その言葉が少し以外だったのか、月璃は少し目を瞬かしてから、相手を促すように片手を前の席に差し出した。
「えぇ、どうぞ」
「ありがとうございます」
 どうぞ。と、言われれば店員はうれしそうにトレーをテーブルに置き椅子に座った。湯気の上がるホットミルクが入ったカップを見てから月璃を見た。
「ぁ、そうだ。ホットミルクにお砂糖入れました?」
「え?お砂糖………?」
「そう、入れる人いるんですよ?」
「へぇ…………」
「ホットにするだけで十分甘くなるのに」
 ねぇ、変なお話でしょう?なんて少女の店員は続けていく。少女が一人続けていく話を月璃はただ聞いているだけだった。そうして、少女の店員は片肘をテーブルの上に置き、ぐいっと身を少し乗り出してまだ話を続けていく。
「牛乳ってね。冷たくてそのまま飲むと何てこない普通の牛乳なのに、温かくするだけで同じ牛乳とは思えないくらいに、甘く優しくなるような気がしません?」
 たかが他愛もない会話のひとつのフレーズでしかない、少女の言葉に月璃は遠い日をどこかで思い出した。
 苦手だったものがいつの間にか好きになっていた。そんな記憶。
「ほら、オニーサン。少し元気なさ気だし。そんな顔したままだと、ほら美味しいものも美味しいとわかんないよ。味がわかんなくたって、美味しいものは美味しいんだから」
「――――え?」
「んー?例えばこのホットミルクだって、普通に飲んじゃえば味も何もしない液体かもしれないけれども。ホットミルクだぁー。どこかの可愛いお嬢さんが淹れてくれた、ホットミルクだって思い込んじゃえば味だってするかもしれない」
 能天気な言葉。
 少女の店員は悪びれる様子も何もなく、ひとり楽しげに話を続けていく。身を乗り出したまま、指先がふいっと失礼にも月璃の鼻先を指差す。不意に突き出てきた指にびっくりしたのか、少し身体を後退させたものの続けられていく少女の言葉に目を細めた。そうして、月璃に向いていた指先が可愛いお嬢さんというところで、少女自身の方に向けられて得意気に笑った。
「そうですね。可愛いお嬢さんがサービスしてくれたのだから」
「ね?ね?そうでしょうー?きっと美味しいから、冷めないうちにどうぞ」
「えぇ、ありがとう」
 少女の店員が自分を指差していた手をひらりと返して、まだ置かれたままのカップに向けられた。
 まだ湯気は立っていたそれ。けれども少し話しこんで少し温くなってしまったかもしれない。
 その仕草に月璃は少し少女を見て笑ってから、カップを両手を包むようにもった。カップは温かかった。そっと持ち上げながらカップに口をつけて、ひとくち口に含む。

――――――――― ほんのりと甘い味が口の中に広がった。

 ような気がした。
 本当は味など何もしなかった。
 けれども目の前で笑って此方を見ている少女の言葉と姿に、そんな味がしたような気がした。

「ねぇ。聞いてもいい?」
「―――――えぇ、答えられることであれば」
「なんで、ホットミルクが好きなの?」
「あ…………あぁ」
 誰もいなくなった店内。 
 この場所には少女と月璃だけ。
 静かだった。
 突然の少女の質問が静けさを破った。月璃はまだカップに口をつけたままだった。
 率直な質問はあまりにもストレート過ぎて、月璃の言葉を少しだけ濁らした。
 けれどもその後、カップを口から離しながら言葉を続けていった。
「好きな人が出してくれたんですよ」
「へぇ。いいなぁ、そういうの」
「美咲ー」
 月璃の口元が小さく笑っていた。そうして続けた言葉は簡単なものだった。けれども少女は目を瞬かして、楽しそうにその言葉に聞き入り、次の言葉の催促をしようとしたときだった。
 厨房のあたりから誰かを呼ぶ声がした。
 その名前に振り返ったのは少女だった。
「はーい。今行きまーす」
 少し大きな声で返事をすれば、テーブルの上に置いたままのトレーを手に持ち慌てて立ち上がった。
 月璃の方を見てはまた笑いかけて、頭を下げた。
「お邪魔してすみませんでした。えとー、ごゆっくり」
 思いのほか長居してしまったことに気がついたのか、少し恥ずかしそうに改まった言葉を残して厨房のほうに駆けて行った。
 一人残った月璃。
 手の中のカップ、残ったホットミルクに視線を落とした。
 今日のホットミルクはいつもと違って、甘い味がしてるようなきがした。
 味の記憶などもうないというのに。
 

 それからさほど時間はたたなかった。
 飲み終わったカップをテーブルに置いて、一息ついた時だった。
「大変お待たせしました」
 少女の店員の声がした。
 視線を上げるよりも先に、オーダーしたものが目の前に置かれた。
 足の高いシャンパングラス。入っているのは淡いピンク色の何かだった。
 グラスの傍にスプーンを置きながら、少女の店員が説明をした。
「春のゼリーです」
「ありがとう」
 ゼリー。食べられるのだろうか。ふっと月璃はそんな事を思いながら、お礼の言葉を発しスプーンを手にした。
 グラスの中に差し入れた。
 とろりとした感触が伝わってきた、ほとんど液体でほんのすこしとろみをつけたもの。
 スプーンで掬うとそれを口へと恐る恐る運んだ。
 口の中で何か感じた。
 味はなにもしない、それなのに食感と鼻へと抜けていく何かの香り。と、口の中に残った何か。
 ほぼ液状のゼリーは既に口には残ってないのに。
「ねぇねぇ。なんか味しなかった?」
「え?味………と、いうよりも」
 なんだろう。疑問ばかりが頭の中でぐるぐるした。
「春だよ、春。テーマは春らしいの」
「…………春?」
 軽くグラスの口の方に鼻先を近づけてにおいをかいでみた、爽やかななにかの香りがした。
 味覚を失ってしまった今、匂いにも鈍くなったのか思い出すのが困難になっていた。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
「苺?」
 なんとなくそんな気がしただけ。
 グラスの中の液体は薄いピンク色。そうして春。連想ゲームのように月璃はつなげていっただけだった。
「そうそう、正解ー」
「じゃぁ、口の中に何かのこったのは苺の種?」
 また一口スプーンを口に運んでみた。
 やっぱり、何か口の中に残るのだ。
「ううん、それはね。シャンパンの炭酸だと思うよ」
「…………あぁ」
 なんとなく納得してしまった。だからか、口の中で何か弾けたような気がしたのは。
 そんなことを思いながら、スプーンをグラスの中で掻き回してみた。
 ほんのりとグラスから苺の香りがあがってくる、それが鼻先をくすぐった。
 口の中でその味がしたようなきがする。
 何も味なんてしないのに。
「味がわからないのだったら、匂いと食感ぐらいは分かるのかなって、パティシエがね。シャンパンと苺でとろとろゼリーをつくったの」
 大人だからお酒大丈夫?と少女の店員はトレーを抱え込んだまま少し身を屈めて、態とらしく小声で尋ねてみた。
「えぇ。大丈夫」
 多分、大丈夫だと思ったから、月璃もそう答えた。
 そうしてグラスの中かき回してはスプーンで掬い上げて口へと運ぶ。
 苺の香りはした。
 けれども味はしない。
 シャンパンの弾ける感じがした。
 けれども味はしない。
 それでもなんだか心は満たされていく。
 口元に自然と浮かんだ笑み。
 自分が羨ましがっていたシアワセな笑みを浮かべていた。
 ほんの小さなシアワセの時間。待ち望んでいた甘い味を感じて感じることの出来る小さなシアワセ。それを月璃は知らずのうちに感じていた。


「ありがとうございました」
 会計をしようと出入り口付近のレジの前に立つ月璃は伝票を受け取った少女の店員にお礼の言葉を投げかけた。何か食べてこんなに満ち足りたことはなかったから。
 その言葉に落ちていた視線を上げた少女。一瞬きょとんとしてから笑った。
「いえいえ。おもてなしするのが私たちの仕事です。少しでも喜んでいただけたのなら、良かった」
「パティシエにもよろしくお伝えください」
「はい、わかりました。………………と、コレ。持って帰ってください」
 そういいながら少女の店員が月璃に差し出したもの。透明なビニールでラッピングされたものだった。
 中には先ほどと同じシャンパングラスに今度はエメラルドグリーンのものが入っていた。
「今度はまた違うもの。元気になりたいときにどうぞ。何が入ってるかは秘密。…………分かったら、教えに来てください」
 答えあわせをしよう。なんて、勝手に話しを付け加えていく少女。差し出されたそれに、月璃は戸惑いながらも手にした。
 少女の言葉が面白かったからか、月璃は小さな声を上げて笑った。
「わかりました、さしずめこれは宿題ですね。ありがとうございます」
 またお礼の言葉を口にして、月璃は頭を下げてから店を後にした。
 昼過ぎに入ったはずなのにもう外は夕暮れ時だった。
 まだ口の中に残ってるような気がする苺の味。
 苺の味がどんなものかわからないが、今日はなにか満ち足りた気持ちで1日が終わろうとしてることに、些細なシアワセを感じた。
 シアワセなんてきっと自分が見過ごしているだけで、気がつけばすぐ横にあるのかもしれない。
 そう思えば、少し沈みがちになる心は軽かった。

 宿題のゼリーはどんな味がするのだろう。

――――――――――――――fin




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4748/劉・月璃 (らう・ゆえりー)/男性/351歳/占い師

NPC
少女店員→鹿島 美咲/女性/16歳/Le Diable Amoureuxのアシスタントパティシエ



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■         ライター通信          ■
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この度は【no name sweets 〜イートイン編】にご参加下さりありがとうございました。
初めてのご参加いただきうれしい限りでございます。

はじめまして。櫻正宗と申します。
凛としながらもどこか儚く優しい月璃さんにどう楽しんでもらおうかと考えながら書きました。
味覚がなく、固形物は食べられないという状況でどんなものを出せば喜んでもらえるのか考えるのが難しかったですが、楽しかったです。
嗅覚は残ってるのかどうかわからなかったので、このような形を取らせていただきましたが、ちょっと違うんですけれどもー。なんてことであればリテイクしてください。
早々に書き直させていただきます。
その他なにかあれば、ご提言してくだされば次の機会の参考として大事にさせていただきます。
それでは最後に、NPCの美咲は月璃さんのすこし愁いた感じに大人の男の魅力を感じたらしい、16の春だったらしいです。
と、付け加えさせていただいて。
重ね重ねになりますが、ご参加ありがとうございました。



それでは最後に
重ね重ねになりますがご参加ありがとうございました。
またどこかで出会うようなことがあればよろしくお願いいたします。

櫻正宗 拝