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<東京怪談ノベル(シングル)>


【堕ちるみなも――自由なる悪夢の中で】

 ――夢に時間的法則は無い。
 夢は曖昧でありながら、ふとした処でリアルだったりする。
 知っている場所や友人知人が出て来た事はないだろうか?
 それでも、夢は現実と違う不可解さを垣間見せるのだ。
 知っている場所がシェイクされたかの如く、ごちゃ混ぜになっていたり‥‥。
 いる筈のない友人や知人が同じ夢に顕われたりする。
 また、その逆も然りだ。
 あの場所は何処? あの人は誰? あたしは何をしようとしていたのだろう?
 一概に言えないかもしれないが、夢で世界観を教えてくれる者の出現率は少ない。
 それでも、夢の中で何か漠然とした存在理由を持って、恰も現実の如く行動したりするのだ。
 曖昧な刻の中で――――。


 ――あたしは、この場所を知っている‥‥。
 蒼穹の下、古風なデザインのセーラー服を風にはためかせる少女の後ろ姿が防波堤に立っていた。
 青い長髪を風に靡かせ、彼女が見つめるのは見渡すばかりの大海原だ。
 海原みなもは、ふと視線を足元に落とす。海中に浮かぶは幾つもの沈んだビルの群れ。
 しかし、その事実にあどけなさの残る端整な風貌は驚愕の色を見せず、まどろみの中にいるかの如く虚ろな表情のまま、遠くを見つめているようだった。
「はぁ‥‥」
 みなもは深い溜息を洩らす。刹那、エコーの伴う様々な声と共に、友人や知人、そして家族が次々と少女の前に浮かんでは消えてゆく。
『ねぇ、みなもは将来のこと考えている? え? 未だ何も考えてないのぉ?』
『みなもクン、中学生だから考えなくて良いなんて事はないんだ。どんな仕事に就きたいのだね?』
『ほっといてよッ! みなもは、おせっかいなんだから!』
『あなた水泳部ばかり顔だして、演劇部に来ないのはどういう事なの?』
『男子に水着姿みられるのが快感なんでしょ?』
『スク水の主役でも与えてあげたら来るんじゃない?』
『うちは客商売なんだから、ちょっした事は大目に見てくれないと困るよ』
『いいのかい? 言う事を聞かないと、ここでバイトできなくなっちゃうよ?』
『おまえはいつから反抗的になったんだ!』
 ――違う! ここの話じゃない!
 少女は暴れる髪を手で庇い、踵を返して歩いてゆく。そこは防波堤ではない。海中に沈んだ建築物から覗えると同様の沈み掛けたビルの屋上だった‥‥。

●抑圧された願望
 みなもは相変わらず夢遊病者のような虚ろな表情で森の中を歩いていた。
 聳え覆い尽くす緑の園から木漏れ日が降り注ぎ、静寂の中に小鳥の囀りが響き渡っている。鬱蒼としているものの、不快感は感じられなかった。寧ろ暑くもなく寒くもない心地良い空間だ。
「‥‥!! 小鳥のこえが聞える!」
 少女は我を取り戻したように空を仰ぎ、青い瞳で見渡す。しかし、囀りは聞えても姿を捉える事は無かった。不意に胸に熱いものを感じる。
「はぁはぁはぁはぁ‥‥」
 気がつくと、みなもは走っていた。今までの虚ろな瞳が嘘の如く、必死に森を駆け抜けてゆく。
 ――なんだろう? 鳥がとても気になる‥‥。
「‥‥きゃッ!」
 飛び出した蔦に躓き、少女は勢い良く前のめりに転倒した。砂埃と雑草が舞い上がる中、けふけふと咳きこみながら、ゆっくりと半身を起こす。紺色のセーラー服に視線を落とすと、目立ち難いものの土で汚れていた。否、そればかりではない。細い足や愛らしい白い顔は傷ひとつ無いものの、制服は所々切り裂かれたように破れていたのだ。ペタンと座り込んだまま、情けない声をあげるみなも。
「ふえぇ、お気に入りなのにぃ」
 失意の中、ふらりと立ち上がり、周囲を見渡した。もはや周囲は深い草木に覆われ、何処から入って何処へ向かおうとしていたかすら見当がつかない有様だ。
「‥‥あれ? どっちに行けば良いのかな? ‥‥!」
 茂みの奥で何かが陽光を反射して輝いた。みなもは誘われるかのように慌てて踏み込んでゆく。草木が行く手を阻む中、無我夢中で道を切り開いた。青い瞳は獲物を射る如く鋭さを増す。
 ――あ‥‥。
 少女の円らな青い瞳は次第に見開かれた。視界に映るは雑草の中に埋もれた奇妙な物体だ。
 例えるなら人間大の剥がされた鳥の皮だろうか。否、開かれた鳥そのものだ。細い足首が二本延びており、胴体の脇には大きな翼が生えていた。みなもはこの奇妙な物体を目の当たりにして――――。
 愉悦の篭った微笑みを浮かべていた。
 脳裏に甦るは曖昧な記憶に浮かぶ『ハーピィスーツ』。
 悩みなどなく誰かの命令を聞いているだけと化す特殊スーツ。
 動物の様に何も考えることなく『生きる』為だけに特化したスーツ‥‥。
「はぁはぁ‥‥(どうして? 息が、苦しい)」
 少女は荒い息を吐きながら胸元に手を当て、コクンと喉を鳴らした。次第に胸の鼓動が高鳴り、今にもはちきれそうな感覚に襲われる。みなもは覚束ない足取りで、吸い寄せられるようにハーピィスーツへ歩み寄ってゆく。視線は『それ』を見据えたまま、頬を桜色に染めながら、無意識に赤いスカーフをもどかしげに解いていた。
 ――パサッ‥‥パサリ‥‥。
 歩いてゆく度に緑は小さな音をたて、赤いスカーフ、紺色のセーラー服、同色のスカートに包まれ、脱ぎ散らかした衣服の道を作ってゆく。その先をフラフラと歩く少女の後ろ姿は既に一糸纏わぬ状態だ。自然の中で陽光を浴びる白い肢体は、スレンダーながら美しく艶かしい。幼さが残る柔肌の所為か、まるで森の中に佇む妖精のようだ。
 みなもは目的地に辿り着くと、ペタンと腰を落とした。荒い息は一層激しさを増しており、肢体は紅潮し、青い瞳が哀切に濡れる中、ゆっくりとハーピィスーツへ手を伸ばす。
 ――あたし、これを覚えている‥‥。
 みなもは放心したように空を仰ぎ、熱い吐息を洩らしながら、もどかしげにスーツへ白い足を滑り込ませていた。スルスルと包まれる度に、少女はピクンと躰を弾ませ、愉悦の笑みを浮かべる。
 ――あぁ‥‥あたし‥‥。
 少女は、まるで上着でも纏うかのように、細い白魚のような腕を胴体と一体化している水色の翼へと滑り込ませ、白く膨らんだ胸元も羽毛に包み込んだ。もはや、みなもの部分は青い髪と端整な顔のみである。彼女はコロンと横になると、仰向けになり、興奮の余韻を楽しむように酸欠気味の吐息を空へと響かせた。既に瞳はとろんと濡れている。
 ――きれい‥‥緑に抱かれているみたい‥‥。
 みなもは気だるそうに顔を横に向けた。しっとりと汗に濡れた青い髪がパサッと頬や額に流れる中、濡れた瞳に映るは小さなリモコンを連想させる機械。少女の青い瞳は更に熱く潤み、ゆっくりと翼に包まれた腕を動かした。再びコクンと喉を鳴らす。
 ――ピッ☆
 リモコンから甲高い音が鳴り、みなもは顔を空へ向き直すと、ビクンと身体を仰け反らせて跳ねあげた。スーツの中には素肌との隙間を埋めるように冷たいジェル状の液体が駆け巡り、次第に肢体を圧迫してゆく。
「あっ、んんっ、あぁッ!」
 少女は瞳を見開き、激痛に打ち震えた。耳に流れるは鈍い機械の機能する音と緩やかな振動だ。やがて音と振動が失せると、みなもは安堵にも似た吐息を洩らして悦楽に酔い痴れた。再び、顔を横に向け、リモコンに濡れた視線を注ぐ。ゆっくりと翼を運ぶ中、ピタリともう一つのスイッチの前で止まった。
「ハァ、ハァ‥‥な、何か、ないかな?」
 半鳥人と化した少女は半身を起こし、器用に立ち上がって周囲を見渡す。その表情は次第に曇りだし、残念そうに細い眉が戦慄いた。
「‥‥こんな事なら、持ち歩いていれば良かった‥‥。でも、誰かに見られたら恥かしいし‥‥スカートのポケットに入ってないかな?」
 みなもは翼を広げて地を蹴ると、舞い羽ばたき、自分の脱ぎ散らかした衣服の傍に着地する。我ながらなんて破廉恥な光景だろうか。少女は羞恥に頬を染めた後、器用にポケットに顔を寄せ、口を使って中を弄った。刹那、表情が一変する。口に咥えてスルスルと出て来たモノは、皮の首輪だった。
「あぁ☆」
 瞳に悦びの色を浮かべ、いそいそと翼と口を使って首輪を自らへ装着する。カチッ★ と金属が細い首に固定された音を聞き、恍惚とした表情に満面の笑みを浮かべた。
「もうすぐ‥‥あたしは‥‥」
 ふらりとみなも鳥のフォルムが揺れる。慌てて体勢をもち直し、遠ざかる意識を呼び戻した。少女は飛べる事も忘れたかのように、小さく開いた口に笑みを模ったままリモコンへと覚束ない足取りで歩いてゆく。恐らく誰かが呼び掛けても反応すら示さないだろう。そんな雰囲気を醸し出していた。
「んはっ、はぁ、はぁ‥‥」
 リモコンに辿り着くとグッタリと腰を落とし、荒い息を吐き続けた。それほど長い距離ではなかったが、心身共に心地良い疲労感に満たされた彼女には、重労働だったに違いない。
 みなもはリモコンのスイッチに翼を伸ばし、コクンと息を呑んだ。
 ――このスイッチを押せば、あたしは自由になれる‥‥。
 脳裏に過ぎるは、この『世界』の記憶。
 ハーピィの姿から治療によって解放された白い部屋。
 極普通に人として暮らし始めた思い出。
 僅かに残った陸地での生活――――不安‥‥。
 この世界で人として生きる将来のこと――――不安‥‥。
 様々な人間関係――――不安‥‥。
 不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安――――。
 ――逃げちゃえ‥‥。
 邪とも思える微笑みを浮かべた後、甲高い音が静寂に響き渡った。リモコンのスイッチを入れたのだ。
「んんあぁっ!!」
 刹那、比べ様もない激痛がみなもを強襲した。翼に包まれた細腕は更に内部で圧迫され、肢体を覆った羽毛は部分的に少女の細身を浮き上がらせてゆく。融合――それが最も適した表現に近い。
「はあぁ、ぁ、ぁ、ぁ‥‥」
 みなもは仰向けに倒れ込み、ピクピクと小刻みに痙攣すると、顎を仰け反らせて喘いだ。円らな瞳を大きく見開かれ、耐え難い激痛に涙が伝う。刹那、きゅうぅぅぅっと乾いた音が響き渡り、コロンと寝返りを打つように、顎をあげたままうつ伏せとなった。次第にヒクヒクと腰が浮き戦慄く。
「ひいぃぃぃ‥‥」
 左右に広げた翼は尚も圧迫を続け、彼方此方でミシミシと不愉快な音が流れ出した。少女はもはや、呼吸も困難な様子で、息を吐き続ける口からタラリと涎が糸を引く有様だ。
「んんんっ‥‥はぁぁ‥‥んはっ!!」
 ――パキンッと乾いた音が響き渡った。
「あぎぃッ!! はふぅ‥‥」
 少女に似つかわしくない絶叫をあげた後、みなもは甘い吐息を洩らし、恍惚とした安堵の微笑みを浮かべた。刹那、片方の翼が軋み出すと、再び骨の折れたような音が響き渡る。繰り返される度、みなもの悲痛な声は、紅潮した頬を滴る汗と共に、次第に甘い吐息に比重が置かれた。激痛を“快楽”へと変容させたのだ。絶え間ない愉悦の波動に、少女は虫の息で蕩けた眼差しのまま、気だるげに言葉を紡ぐ。
「ハァ、ハァ、んんっ、あたし、もうなにもかんがえられない‥‥はぁふッ」
 一際鮮烈な快楽(激痛)が少女を襲った。上半身の融合が治まると、下半身の融合――つまり、脚部がスーツとの同化を始めたのである。ピクピクと痙攣する中、二本の足が軋み、みなもの尻を突き上げてゆく。だが、既にその表情は痛みを伴うモノでは無かった。鈍く両足が軋む度、愉悦に伴い恍惚とした笑みが色濃く浮かび上がる。
「あぁッ! もうすぐッ、もうすぐッ」
 刹那、二本の足は乾いた音と共に逆方向に折れ曲がり、みなもは青い髪を舞い揺らして、涙と汗を陽光にキラキラと煌かせながら大きく仰け反った。
 そして“あたし”は“自由”になりました――――。


「ん、んん‥‥!?」
 などけなさの残る風貌に悩ましげな色を浮かべ、みなもはゆっくりと青い瞳を開いた。カーテンの隙間から覗く窓ガラスから薄っすらとした明かりが注いでおり、朝の空気を何となく感じられる。
 少女は未だ寝惚けているのか、ぽやんとした表情のまま身動ぎ一つせず、遠くを見つめていた。やがて深い吐息を洩らす。それは安堵のような、失意のような‥‥。
「汗‥‥かいちゃった‥‥」


<ライター通信>
 この度は発注ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。丁度前回のノベルから1ヶ月後にノミネート頂き、驚いていたりします。ファンレターのお返事も遅れており、申し訳ございません。
 え? 今回完成が早いですか? 気のせいです。‥‥いえ、前倒しです。今後スケジュールが混む為、タイミングとイメージ把握が容易でしたので、ノミネートお受けして綴らせて頂きました。
 さて、いかがでしたでしょうか? お値段の割りに文章量が短く感じられると思いますが、登場人物が一人だと厳しいですね(汗)。それに状況描写を書き足せば書き足す程、マズイ方向に行きそうなので‥‥(苦笑)ご理解頂けますと幸いです。
 今回は『夢』という不条理な世界を演出させて頂きました。つまり、現実の出来事が全く違う舞台なのに顕われるという冒頭の部分ですね。勿論、夢ですから、実際にそんな境遇にいる訳ではありません。設定から再構築しただけですので、必要不必要はご自由に分別して下さい。
 因みに何故にいつものセーラー服かは『夢』だからです。‥‥いえ、冒頭の大海を見つめる長髪の少女の後ろ姿というのが絵になりそうで、リアルの中にアンリアルを求めると、制服って不思議な違和感が出るかなと(笑)。
 堕ちる描写中心のダーク系との事でしたが、いかがでしたか? ちょっと気になったのは『気づくと堕ちていた』って所です。これは無意識にとも取れる訳で、僅かな抵抗意識も無いと、ダークっぽく仕上がったかなと心配だったりします。渇望するような雰囲気が伝われば良いのですけどね。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆