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<東京怪談・PCゲームノベル>


[ 雪月花2.5 残るは唯一つの…… ]



 宿の一室。その片隅にしゃがみこむ一つの影。
「――……」
 一体何処へ置いたっけと……彼はゆっくり思い返そうとした。
 この旅の中、一つだけ常に肌身離さず持っている鞄がある。大きなものではなく、片手で持ててしまうような旅行鞄だが、中身はぎゅうぎゅうで色々なモノが詰まっていた。家から持ってきた物だとか、旅の途中で見つけた物だとか。形としては残っていない他の何かとか。ただ、その中の一つ一つはこの世にたった一つの宝物で、変わりなど決してない。
 好きな本にしたって、何度も読み返して、ちょっとした汚れや紙の色褪せ方。そういうもので考えれば、やっぱり世界に一つのもの。
 それが、気づけば手放してしまっていた。
 この街に着いたときはまだ手に持っていた気がする。という事は街のどこかで手放してきてしまったのか……寄った店や場所はさほど無かったはずだが、良く思い出せない。
 なんせ珍しく賑わった、人の多い街だった。その波に揉まれ気分の悪くなった洸に続き、彼自身一刻も早く宿に向かいたいと、頭の中がそれでいっぱいになっていたのかもしれない。だからといって鞄を手放すような理由にはならないのだが。
 暫し彼は部屋の隅で悩んでいたが、不意に後ろから伸びる影に顔を上げた。
「――どうした、柾葵?」
 そこに立つのは、まだ火の点いていない煙草を銜えている眞宮紫苑の姿。
「…………」
 内心柾葵はこんなことを頼むのもどうだろうかとも思った。思い返せばつい先日までは毛嫌いしていた男だ。丘での一件以来多少見方は変わったが、完全に認めたわけでもない。けれど、それ以上考え込むこともなくメモ帳とペンを出し、柾葵はそこにさらさらと言葉を書き示していった。
 やがてぺりっと破られたメモは紫苑の手に渡る。
『物を捜してるんだ、良ければ手伝ってくれないか?礼の一つ位はする。』
 柾葵にすれば人手は多いほうが良い。ただ、それだけだ。洸は宿屋に着くなり又どこかへと出かけてしまったらしく、もう数時間姿を見ていなかった。
「ん? まぁ、構わねぇけど」
 メモの内容に紫苑は躊躇うことなく頷き、「で、何を捜すんだ?」と問う。その後、柾葵から『俺の鞄‥というかその中身。』というメモを受け取り。紫苑は絶句した後「又…やってくれるじゃねぇか、お前は……」と笑みを浮かべた。



    □□□



 宿を出ると外は生憎の曇り空だった。雨こそ降りそうにはないが、この分だと日が暮れるのも早く、そうなると探し物は困難になる。
「んーじゃ、俺らが歩いてきた道を地道に戻るか?」
 外に出るなりぼんやりと空を仰ぐ柾葵に紫苑は声をかけた。その言葉に反応し、柾葵は紫苑を見るとこくりと小さく頷く。ただ、今の柾葵の姿は心此処にあらずと言ったところで、またぼんやりと辺りを見渡した。
「んなに大事な物なら、うっかりでも手放すなよな」
 ただ、そう言う紫苑の声にさえ、今の柾葵はただ頷くことしか出来ない。
「っ……調子狂うな、おい…」
 苦笑いを浮かべ、頭をくしゃりと掻くと紫苑は歩き出す。後ろから、柾葵がついてくるような気配、足音は聞こえない。
 しかし宿から少し離れた辺り。雑踏の激しい中。ふと紫苑の振り返る数メートル先に柾葵はいた。一体いつの間に追ってきたのか分からないけれど。走ってきたのか人ごみに揉まれたせいなのか、額に流れる汗を拭い、それでもしっかりと紫苑の後をついてきていた。
「――そうだ。俺がこうして形だけでも手伝うことは多分簡単だ。でも、自分で見つけなけりゃ意味がない」
 決してそれを本人に伝えるでもない。けれど、紫苑は小さく頷き再び足を進めた。
 そのまま暫く後ろを振り返ることも無く、この街の入り口に向かい紫苑は歩き続ける。が、唐突に引っ張られる感覚に足を止めた。
「…っと、どうした? 見つかったか」
 振り返れば、柾葵が手にしているのは鞄ではなく一枚のメモ用紙。ズイッと渡すそれは、とにかく紫苑に読んで欲しいらしい。
 「しょうがねぇな」と言わんばかりに渡されたメモに目を落とすと、そこには一体何時の間に書いていたのか、意外にも長い文章が書かれていた。
『眞宮さんには家族っているか?もし仮に居なくてもさ、居たとして…家族が殺されたらどうする?
 それが余りにも突然で――相手は訳の判らない能力者だったりしたら‥‥。
 そして、そいつがわざわざ自分の居場所を残して行ったら……。』
 まるで全てを仮定とし、柾葵はそれを紫苑に問う。こういう仮定の質問というものは、大抵本人が自分のことだと言い出せず他者へと向ける言葉だ。
 思い返せば、星が降るように流れていたあの丘で柾葵は確かに言っていた。『俺の両親と弟は能力者に殺された。』と。
 恐らく柾葵が能力者に嫌悪感を抱くきっかけとなった直接的原因の出来事。その嫌悪の話は今置いておける話題だとして――問題はこの質問に対する自分なりの答え、なのだろう。
「――……」
 紫苑が文書を読み終え顔を上げれば、真剣な表情をした柾葵と目が合った。厳しい表情、というわけでもないが、その姿は真剣に答えを求めている子供のように見える。
 何を言葉にすべきか紫苑は一瞬悩む。正しい言葉が、見つからない。
 自分にはまず家族というものが無いから分からない。まして、人の死などに何の感慨も覚えない。一々感慨になど耽っていたら、それこそ趣味とまで言っている今の仕事が務まるわけもない。つまり、家族が居ても居なくても、ソレらが殺されても何も思わないのかもしれない。
「そう、だなぁ……」
 ポツリ言いながらも、頭はまだ答えを探していた。
 結局のところ、己がそういうモノである事にさえ、紫苑自身不満や疑念を持ったことは無い。ただ、いざ聞かれて考えてみれば、コレが当たり前だったと言う事だ。
 「どうした?」と言いたそうな柾葵の視線を感じ、紫苑は彼を見た。
「もし、お前らが殺されたら…遺志を継いでやろう」
 質問の答えとはどうも違った答えに、柾葵は一瞬眉を顰める。
 紫苑は今考えたことは話さないコトにした。こんな詰まらない話で、柾葵に余計な気を使わせたくなかった事が一つ。多分彼なら、家族が居ない――その一言だけで何か言いかねない。
 もう一つは、考えている間、不意に湧いた不快感。今の考えを言葉にしたら、この不快感が更に増す気がして。湧いた不快には一瞬目を瞠るが、多分そんな紫苑の様子に柾葵は気づいていない。それは紫苑が柾葵には気づかれぬよう逸らした矛先、そちらに彼が気を取られたためでもある。
 結局矛先を向けた方向は正しかったのか分からない。ただ、メモ帳をポケットから出すよりも早く、そして少し乱暴に。それでも確かに紫苑の左手を取ると、柾葵はその掌に短く言葉を綴る。それはあの日以来。ただ違うのは、今はメモ帳もペンも、彼は持っているということだった。
「『どういう 事だ?』って……」
 一刻も早く伝えたかったのであろう言葉。短い単語と平仮名で書かれたそれらの解読は容易いが、確認するよう声に出す。顔を上げれば再び強い眼差しが向けられていた。
 紫苑は柾葵に腕を掴まれたまま、それを振り払うでもなく答える。
「要するに、納得しての死なら兎も角、殺されるって事は違うんだろ? 未練って言うのもアレだけどな」
 その言葉にハッとさせられたように柾葵は紫苑を見返し、同時に掴んでいた腕を離すと目を逸らした。
 僅かに笑みを浮かべ「どうした?」と問う紫苑に、柾葵はコートのポケットからメモを出し文字を書き始める。時折その表情に困惑の色を交えながらも書かれる言葉。
 そしてズイッと差し出されたそれに、紫苑は苦笑いを浮かべた。
『眞宮さんの言ってることは何時も滅茶苦茶だ…格安で殺してやるだとか、声が聞きたい だとか‥。
 挙句今度は俺達が死んだら遺志を継ぐなんて。普通んなこと言える訳無いだろ?』
 柾葵が言いたい事は尤もだろう。メモを二つ折りにすると、紫苑はメモに向けていた視線を柾葵へと戻す。
「んー…ま、俺でも果たせる事なら、って条件付きだケドな……」
『んな条件っても‥   元々は興味本位でついて来てるんだろ?どうして‥そこまで言える!?
 赤の他人な俺達にそこまでして眞宮さんが何か得するわけでも無いだろ。』
 そう言われ思わず言葉に詰まる。
 そう、恐らく二人の死自体には、やはり感慨は湧かないだろう。なのにそう思い、未だこうしてムカつくのは――。
「…………それが希み、だからだろうな」
 暫し頭の中で考えた後、部分的に答えを声にする。二人の行く末を見たいと、紫苑は確かにそう希んだ。それを邪魔されるのは面白くない。それが先ほどから続く不快へと繋がっている。そう、彼は考えた。その考え方が、少しおかしいことにも気づかずに。
「――――」
 紫苑の曖昧な言葉に、理解出来ないと言った様子で柾葵はペンを持つ手を降ろした。
「柾葵、お前の希みは……何だ?」
「……」
 紫苑の問いに柾葵は答えることなく足を進めた。そのまま紫苑の横を通り過ぎ、足を止める前に進んでいた方向へと一人歩き出す。
「んだよ……」
 思わず小さく舌打ちをすると、手の中に残された数枚のメモを無造作にポケットへ突っ込み、紫苑は踵を返した。柾葵が歩いて行った筈の方へと。
「 ん」
 しかし振り返った先、十数メートル先で柾葵は立ち止まり、自分を見ていることに気づく。結局、一緒に捜してくれと言う頼みは続行中のようだった。


 結局、柾葵自ら先を歩き出したまでは良かった。が、途中からどう歩いてきたかを忘れたのか、彼は何度か紫苑の方を振り返っては無言のまま、目で進むべき道を教えるよう訴えてきた。辺りは暗くなってきたせいもあり人通りも少ない。そして気づけば、二人は街外れまで戻って来てしまった。確か昼間通ったこの辺りは、人通りも激しく相当混雑していたはずだ。もし此処で無くしていたとしたならば、出てこないだろう。誰かに持っていかれた、と言う可能性が高いからだ。
「…………」
 ただ、やがて柾葵はゆっくりと足を止める。数歩後ろを歩いていた紫苑もつられ、足を止めた。
「ん、アレ……そうか?」
 振り返りもせずただ前を見続ける柾葵に、紫苑は体を少し傾け、柾葵が見ている方向を見た。そこには見覚えのある小さな鞄が一つ。ポツンとベンチの上にある。
 頷くことも何も無く柾葵は鞄の前へと歩み寄ると、しゃがみ込みファスナーを開けた。
「中身はちゃんとあるか?」
 鞄が見つかっても、問題は本人が大事にしているらしき中身の方だ。暫くガサゴソと中を漁った後、柾葵は紫苑を振り返り。コクリと小さく頷いた。
「そうか、良かったな。んじゃ、もう日も暮れたし宿に戻るとするか?」
 目的は達成した。そう紫苑は考えたが、その言葉に柾葵が頷くことは無い。逆に、鞄が置いてあったベンチに向かって右側に座り、自分の右側――ベンチの左側をバンバンと音がするほど叩いた。
「……座れって、コトか――」
 言葉やメモが無くても、それくらいならばすぐ分かる。元々柾葵の行動や表情変化は分かり易いものだ。やれやれとぼやきながらも、結局紫苑は柾葵の隣に腰を下ろすとポケットに手を入れた。出されたのは勿論煙草とZippo。一本出すと素早く火を点け、無言のままに息を吐く。
 二人の間には鞄が一つ。その鞄の中を、柾葵はひたすら漁り続けている。あるべきものはあった筈なのに、何を捜しているのかと思えばその内一つのクリアファイルを手渡された。
「…なんだ、コレ?」
 それは良く見れば、中に一枚の紙が挟まれている。
『俺の目的そのもの  そしてさっき言ってた‥言うならばこれが望み。』
 短く、それは紫苑の左掌へと書かれた。紫苑は右手でファイルを持ち、それに目を落としたまま呟く。
「目的って……コレ、住所どころか大まかな場所も、何時かも何も書いてないだろ? なのに『悔しかったら此処までおいで』って――」
 きちんとした紙に書かれていたのであろう。けれど、時間の流れと共に色が褪せ始めているそれには、ただ一言。柾葵とは違う、けれど男の筆跡が残っていた。此処と示された場所には地図も無く、ただ大きな木の絵が描かれている。
 柾葵は頷き、今度はメモ帳を出す。そのペンが書く文字は長く思えた。短い言葉は掌にでも書くようだが、長くなると硬筆の方が伝える手段としては断然楽だろう。それは聞いたり解読する側の紫苑にとっても同じである。
『だから当てが無いって、最初に洸もそう言った筈だ。それに、何処か分からなくても行くんだ、俺は。
 旅を始めた頃は漠然と、ただそこへ辿り着くことだけが目的だった。けど、今は‥あの日の事を奴に聞きたいと思っている。
 内容次第ではそうだな‥前眞宮さんが言ってたようにいっそ殺してやりたい。心ではそう思ってる。
 実際、あんな能力者に素手で向かったところで、俺もぶっ殺されて終わるかもしれないけどな。』
 多くを語らなくとも、その紙は柾葵が能力者を嫌悪するきっかけになった人物から渡された物だと紫苑は察する。そして、苦笑いを浮かべる柾葵からのメモはもう一枚続いた。
『結局俺の問題だから‥俺にしか出来ない事だと思ってる。
 でもそうだな、もし俺の望みが叶えられなかった時、まだ眞宮さんが俺達の近くに居て今日のことを覚えていたなら…
 これが俺の望みだから  後は好きにして良い。洸の方は知らないけどな。』
「……あぁ、分かった」
 果たせるか否かは口にせず、紫苑は頷く。そして、渡された二枚のメモは再びポケットへとしまい。クリアファイルは無言のまま差し出された柾葵の右手に返した。
 しかし今の間に気づいたことがある。一つはメモから感じる心境の変化というものだ。あの丘での彼とは少し違う、そう紫苑は感じた。何より、今日はやたら自分から喋る――そうも思う。それとも、これが彼本来の姿なのか。憎むべき相手を……たった一人に向け始めている結果なのか。ただ、柾葵はそれ以上手を動かすことは無かった。だからこそ、紫苑はもう一つ気づいたことを、今度は言葉にする。
「ところでお前…どうしてその紙捨てないんだ?」
 紫苑の一言に、柾葵の表情が「どういう意味だ?」と言ったように思えた。
「どういう意味も何も、あんだけ人殺し嫌悪感しておきながら、自分は人殺しが寄越したモノ大事に持ってるのもおかしなもんだろ? 内容も場所が書いてあるなら兎も角、大した事無いのに」
「…………」
 紫苑の言葉に柾葵は押し黙る。どうやらその表情は何か考え事をしているようにも思えるが、真剣に考えているとは思えない。ただぼんやりと、宙を見つめていた。やがて紫苑へ向けられた表情は、完全に困惑の色を含み、小さく首を傾げる。
「あー、分かった! もう良い、考えなくてもいい」
 理由を問われても返答できぬどころか、その事実に気づいていない。しかし答えを諦めかけたところ、また突然左手を鷲掴みされる。
「……ん?『確かにそうだな。でも、  何度か捨てようとした 気もする』――か」
 それは何時からか、彼の鞄の中にあるのが当たり前になっていたということだ。
 その不可解さに紫苑は眉を顰めるが、柾葵自身はもうこのことに興味がなくなったのか、紫苑の手も開放して鞄の中を見ている。そして次に出されたのは、一枚の写真だった。
「『興味ないかもしんないけど。唯一つ、形として残ってる 大切な思い出の物なんだ』……コレ、お前の?」
 『ああ、家族』と続けられたその写真には、まだ少し幼さを残す柾葵と両親、そして弟らしき姿が写っている。
 やがて小さく苦笑し紫苑にメモを渡すと、柾葵は彼の反応を見ることも無く、すっかり日の暮れてしまった空を仰いだ。
『本当の望みなんて、又家族一緒になって元通りの生活を送ることだ。
 その時俺の声が無くてもあってもそれはどうでも良いとも思う。
 でもこんな望みは、いくらなんでも眞宮さんにも叶えられないだろ?勿論俺にも無理だしな。
 何より、一度壊れたものを修復して元通りになるとも‥思えないんだ。今更。』
 人を殺すことは出来ても、生き返らせること、時間を戻すことは叶うわけが無い。例えそれが可能だったとしても……又同じことが繰り返されるかもしれない。本当にそれをしても良いのかも、誰にも判らない事だろう。
 紫苑は答えこそ返さないが、その沈黙から柾葵はちゃんと察したようだった。微かな笑みを浮かべ、視線を下ろすと紫苑の掌にゆっくりと文字を書き綴る。それは意外にも長い言葉だった。
『それに最近じゃ今の状況に満足してるんだ。独りじゃなかった。弟と変わらないような洸も居る、最初はいけ好かなかったし親父とまではいかないけど 兄貴みたいな眞宮さんが居る。これだけで、旅をしてきた甲斐があったと思う。』
「――そう、か…」
 一字一句ゆっくりと掌から解読し心の中で反芻すると、紫苑は最後にただ一言呟く。しかし彼自身気づいていない。その表情にほんの少し、今までとは違う笑みが浮かんでいることに。
 何時の間にやら不快は完全に消え失せていた。
『俺、春には学校に戻らないといけないからこの冬が最後の賭けなんだ。望みが叶おうが叶わなかろうが、春にはお別れだろうけど  忘れないから、眞宮さんのこと。』
「そう、なのか……ま、感傷に浸るのはその時がきてからでも遅くない筈だ。今はただ、目的の為に足を進める、それだけだろ?」
『そうなんだけどな。でも、別れなんて何時来るか  分からないからさ。だから』
 掌に書かれていた言葉がふつり途切れ、代わりに右手が掴まれる。振り払えば簡単に振り切れてしまいそうなほど、柾葵の手に拘束するような力は無い。第一無理な体勢で紫苑の隣から身を乗り出しているため、力も入らないのだろう。ただ、その右手に何かを握らされ、そのまま指を閉じられた。
「何だ、コレ?」
 指を解き見た紫苑の右手に無理矢理握らされていた物は、どうやらシルバーのクロスペンダントだ。
「『礼をするって 言っただろ。』――――あぁ、もしかして最初に言ってた?」
 まさか本当にこんな形で礼が来るとは思っておらず、紫苑は柾葵の言葉を左手で確認し、その暫く後にようやくその答えに行き着いた。
 コクリと頷く柾葵に、もう一度右手に目を落とす。良く見れば、中心部分に青色の小さな宝石の様な物が光っていて、裏面には小さくMの字が刻まれているようにも見えた。どうも全体的に形が良いとはいえないが、薄型できちんと十字架には見える。そして、鞄に放り込まれていたにしては綺麗でもあった。
「……なぁコレ、もしかして手作りか?」
 ただ何とはなしに呟いた言葉に、柾葵の表情が明るくなる。どうやら、本人が一番触れて欲しかった部分だったらしい。上機嫌で、今度はメモ帳にペンを走らせた。
『大分昔の、な。一時期趣味って言える位ははまってたんだ。まぁまぁ気に入ったのは自分でも付けてる。
 それは結構最初の物でさ。形はアレだけど俺は気に入ってんだ。良かったら、な。
 俺の自己満足のようなものだから、別に身に付けなくても持っててくれれば・・・それで良い。』
 思わず見た柾葵には、確かに手作りかもしれない装飾品は見られる。
「分かった、んじゃあ貰っとく」
 ポケットにそれをしまうと、柾葵が小さく口を動かした気がした。言葉は短く、しかも恐らく一言だけ。メモにも掌にも書かれない、声にもならない言葉は宙へと放り出された。



    □□□



「――雪か」
 宿へ帰る道すがら、降り始めたそれにまず紫苑が足を止める。
 それに気づいた柾葵も足を止め、灰色の空を仰ぐと右手を掲げた。その掌にふわり、雪が落ちては体温であっという間に溶けてゆく。やがて水になったそれを見て、柾葵は手を降ろした。そこから垂れる物は既に生温く、けれど辺りの景色はゆっくりと、けれど確実に。白く白く染まってゆく。
「さみぃな…早く帰るぞ」
 最早、煙草の煙か自分の息かも分からぬものを吐き、紫苑は足を進めようと前を見た。
 柾葵もつられるが。その足は止まる。紫苑の動きと、同じよう。
「……」
「――何……してんだ、あいつ」
 視界に入ったのは見慣れた姿。彼がそこに居ても何の問題も無い。すぐ近くが宿だからだ。ただ、彼が向き合っている存在が問題、だったのかもしれない。
 雪のように白く、けれど闇のように黒い存在。月明かりは無く、家や店の明かりも少ないが、紫苑にはそれが洸よりも小さく、男女の区別は容姿的にもはっきりしないが、人であることは分かった。
『洸と一緒の  あいつ知ってる』
 不意に伸びてきた柾葵の手が、直接そう伝えてくる。
 瞬間、その人物は唐突にその姿を消した。どう見ても洸から離れたようには見えない。闇に溶け込んだとも違う。
 ただそれ以上考える間もなく、洸がその場に立っていた二人に気づいた。
「なんだ、二人共やっぱり一緒に出掛けてたんだ……」
「そういえば夕方前から居なかったみたいだな。どうした?」
「別に。ただ二人が勝手に何処か行ったお陰で困ってて。夕食、どうすんですか? 冷めましたよ」
 その言葉に柾葵が突然走り出す。勿論目指す先には宿しかない。
「っ、おい!? ったく…んなに腹が減ってたのか、あいつは」
 溜息と苦笑いを入り混じらせ紫苑が言うと、洸も溜息と一緒に言葉に出した。
「柾葵はいつもああだと思うけど。眞宮さんも、行ったらどうです? 俺はもう食べたんで散歩でもしてきますから」
「…………そうだな。でも雪も降り続きそうだし、気をつけて行けよ」
「すぐ帰りますから大丈夫ですよ」
 そう背を向けた洸は、あっという間に紫苑の視界から消えていく。
 結局その日の雪は止むことなく。翌朝になっても降り続き。出発した三人の歩調を鈍らせ、行く手を阻む。
 それでも必死に進む旅――やがて町並みを見ることも無くなり、見渡す限りの銀世界がただ続く。


「どうした、柾葵?」
 宿を出て数日後。柾葵に変化が現れたことに紫苑は気づく。唐突に口数が減り、物を食べなくなった。時折泊まる宿で、紫苑の酒に付き合うことも無くなった。四六時中、辺りを見回し何かを探しているような、怯えているような。かと思えばぼんやりと空を仰ぎ。
 此処数日はずっと紫苑の上着の裾を掴んで離さない、その様子からしておかしい。何か言いたいのかと思い聞けば、そうではないとかぶりを振る。
 しかし何よりの違和感は……洸に近づかなくなった、その変化だった。気づけば、柾葵が隣に選ぶのは紫苑になっている。
 旅は今まで通り、変わらず進んでいる筈なのに。何かが、気づかぬ間に、確かに変わっていた。


 雪は降り続く。全てを染め、全てを埋め尽くし、無に返すように。
 まるで果ての無いこの旅に、やがて紫苑が見ることを希んだ結末が訪れるなど、今はまだ誰も知らない。否、ただ一人を除いては――――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [2661/眞宮紫苑/男性/26歳/殺し屋]

→NPC
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]←main story!
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、亀ライターの李月です。お久しぶりにご参加有難うございます!なのにお届けが遅れ遅れで申し訳ありませんっ。
 ともあれ、鞄捜し有難うございました!無事見つかり、中身も無事にあり、柾葵自身から少々お披露目ですね。
 毎度毎度、素敵なプレイングを頂きまして…眞宮さんの行動や言葉にそれらが上手く反映できてればと思っていますが、眞宮さんの言葉や考えで今回も色々と開けてきた部分が多いと思います。勿論前回の言葉の大きさもあるのですが。柾葵の眞宮さんに対する接し方が大きな変化かと。後は考え方の変化。どうやら言葉は素直に受け止めていたようです。そして洸サイドでも僅かに変化が…。
 3話は結構唐突な始まりですがこの時期から比較的すぐのことであり、今回の出来事は全て伏線的にもなっています。

 そしてやはり"歪み"辺りのくだりがグッと来まして、この先三人の旅の行く末と同時に眞宮さん自身の変化も気になっています…もし気づいたならばどうなってしまうのでしょうね…ホントに。
 と、何か問題などありましたらどうぞご連絡くださいませ。誤字脱字など、ありましたらすみません…(2,3度見ても相当出てきまして..)

 補足:特別なんてことはありませんが、柾葵からのお礼。いきなり説明に脱字がありますが…。良ければポケットの中にでも突っ込んでおいてください。

 それでは又のご縁がありましたら…‥
 李月蒼