コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF! 〜極限の中で芽生える恋〜


 不遇にも幼い身体に備わった獣人の力をコントロールするために設立された『絆』の外観は、まるで保育園のようである。この組織は獣化を抑えるためのトレーニングや霊的治療、そして個々の人格形成までを一手に引き受ける。さまざまな分野で活躍する能力者たちが毎日のように足を運び、子どもたちの更生のために尽力している。もちろん両親への説明も完璧だ。どのような経緯で子どもがこうなってしまったのかなどを詳しく調査し、その結果を納得するまで何度でも話し合う。こちらは特殊な状況を把握するカウンセラーが数人で担当し「お子さんはちゃんと普段通りの生活ができるようになりますよ」と励ますのが仕事だ。そして今日も、親子が一緒に手を繋いで帰っていく。お互いに明るい笑顔を振り撒いて、今日は何があったかを聞いたり喋ったり……そんな光景を見るとメンバーも笑顔になれる。
 子どもたちを送り出すと、最後に部屋の掃除が待っている。ひとりの偉丈夫が大きく伸びをすると、掃除用具の入っているロッカーをおもむろに開けた。彼はかつてアカデミーに身を置き、今は『絆』の活動を手助けする修行僧・龍願寺 烈火である。大きな身体を揺らし、蛇口の下にバケツを置く。今から床を固く絞った雑巾で掃除するのだろう。そんな彼の肩を叩く金髪の青年がいた。『絆』のリーダーである霧崎 渉である。なぜかしら、わずかに表情が強張って見えた。

 「お疲れ様、龍願寺さん。今度の土曜日なんだけど……空いてます?」
 「拙者、郊外の滝で修行をするつもりで」
 「ああ、だったら夜は空いてるよね。実はある予言に困ってる娘がいるんだ。一緒に来てほしいんだよ。前に来てたでしょ、香奈さんっていう大学生の女の子。」

 今の『絆』では獣化能力に悩む子どもたちだけでなく、なんらかの事情で霊障や呪いの類に困る人々も救済する活動も並行して行っている。だが、その報酬が組織の運営を左右しているわけではない。『絆』は理解ある富豪からの援助があるからだ。だからこそ、今はこの分野にも活動を広げようと努力しているのである。
 龍願寺はしっかりと彼女のことを覚えていた。水が溜まって重くなったバケツを軽々と持ち上げると、そこに乾いた雑巾を入れる。どんどん水を吸って底へ沈んでいく雑巾。あまり異性に関心のない龍願寺だが、ただ「美しい女性だ」という印象はあった。あの時はここでの話し合いが不調に終わり、リーダーがその原因を詳しく調べることになっていたはずである。なぜ今さら自分を連れて彼女の元へ……その疑問が原因で力が出なかったのか、龍願寺はいつもより水の滴る雑巾で床を拭き始めた。

 「少しは気になってるんでしょ、龍願寺さん?」
 「どのような症状だったかという点においては、非常に……」
 「ごまかしちゃダメですよ〜。彼女の視線、気になりませんでした?」

 まさか誠実な青年である渉がこんなタチの悪い冗談を口にするとは……さすがの龍願寺も声を荒げた。

 「拙者は渉殿がそのように人をはやし立てるような物言いをする方ではないと思っておりました。」
 「あっ、あのですね、じ、実はですね、香奈さんは龍願寺さんをご指名なんですよ。」
 「たったそれだけの理由で世俗的な話にしていくのはいかがなものかと……」
 「だーかーらー! 香奈さんは龍願寺さんに一目惚れしたんですってば! 最期くらい好きな人に助けてもらいたいんですよ!」

 痺れを切らした渉はついその場の勢いですべてをバラしてしまった。『しまった』と思った時にはもう遅い。相手はバケツに手を突っ込んだまま固まってしまっていた。瓢箪から駒……いや違う。ウソから出たマコト、これも違う。龍願寺の頭はパンク寸前。彼の弱点、それは女性である。渉は「遠回しに言って悪かったね」と龍願寺に掃除の手を止めさせ、床にあぐらを掻いて詳細を説明した。相手も正座をして話を聞く姿勢をみせる。
 なんでも香奈は子どもの頃、22歳になった瞬間に発動する呪いをかけられたらしい。これは田舎の旧家で何不自由なく育った彼女を、家が貧しく子どもができない女性が逆恨みして己の命と引き換えに呪術を施したのだ。いったんはメンバーでそれを調べてみたものの、現状では解呪できないことがわかっている。もし呪いが現実に発動したなら、一日中ずっと邪霊や悪魔が彼女に狙いを定めて襲いかかる。彼女はその事実を知ると静かに実家を離れ、この東京の片隅でただひたすらその日を待っているそうだ。そしてその日が来れば、彼女は人気のないところで……とここまで話した時、龍願寺は立ち上がった。

 「その娘を救うことができるなら、拙者は一日と言わず永遠に戦い抜きましょうぞ。」
 「いや、実際に戦うのは俺です。龍願寺さんは彼女の傍にいてほしい。」
 「で、ですが……!」
 「心配無用。もう手は打ってあるから。絶対に挫けない皆さんに協力してもらうことにしたから。」
 「それは心強い。で、その日とは……いつ?」
 「日曜日の朝から月曜日にかけてです。だから土曜日とお誘いしたんです。大丈夫ですか?」
 「心と体を清めるには十分な時間ですな。拙者、土曜の朝は滝行で己を磨いてきます。」

 こうして龍願寺に惚れる不幸な少女を救うための24時間耐久の作戦が始まる。
 渉は心の中で祈った。仲間たちが彼を、そして彼女を必ず救ってくれることを。


 いつもと変わらない日常。しかし『絆』にとっては長い長い一日になるだろう。東京の郊外にある小高い山に設けられただだっ広い公園の中心で、車座になって話をしている集団がいた。時折、笑い声や微笑みが漏れる。この話を持ち込んだ渉は皆の前で龍願寺のことを冷やかすと、仲間たちも口々に冗談を言う。見晴らしのいいこの場所に『あるもの』の配置を済ませた小学生ほどの少年が、恋に花咲く偉丈夫の肩にちょこんと乗っていた。鈴森 鎮である。

 「夏も近いっていうのに、この人はまだまだ春なんだね〜。」

 渉に冷やかされた時は鬼の形相でたしなめたくせに、鎮の言葉には眉をピクリとも動かさずにダンマリを決め込んでいた。すでに龍願寺は臨戦体制に入っていたのかもしれない。滝行による精神統一は完璧で、身も心も穏やかな水面のごとく静かだ。ところがそんな遠回しなセリフを聞いて、彼の隣にいた香奈が顔をほんのりと赤らめた。その姿を見た着物美人が安らかな微笑みを垣間見せた。

 「その微笑み、わたくしがお守りいたしますわ。香奈様。」
 「あ、ありがとうございます。天薙さん。」
 「撫子で結構ですわよ。しかし、渉様。わたくしもいろいろと調べてみましたが、この度の呪術は珍しいもののようですわね。この術が流布すれば大変なことになりますわ。」
 「それは数日前に俺が試した。その時は失敗したが、まだ手がないわけじゃない。要するに、この戦いの展開次第だ。」

 龍願寺に勝るとも劣らない恵まれた体格を持つ隻眼の男は、悪霊どもが出現するであろう場所を見据えながらぶっきらぼうに言う。渉は仲間たちにグリフレット・ドラゴッティを紹介した。早い話が彼もまた渉と同じ獣人なのだ。ドラゴッティは獣人として戦うこと以外にも学ぶべきことがあるだろうと、風の噂で聞いた『絆』に訪れた際、偶然にもその話を聞いたらしい。それを聞いた彼はわざわざその足で香奈の家まで行き、自らが精通しているという西洋魔術での解呪を何度か試みた。しかしそこでいい結果が出たのなら、ここに予定通り仲間たちが集まることはない。その時の雪辱をこの場で晴らす訳ではないだろうが、彼はこの戦いに参加することにした。その大きな理由はさっきの発言の中にあるのだろう。
 心に秘めた闘志を燃やす巨漢ふたりの身長をゆうに越そうかという大男もまた、この戦いに馳せ参じた能力者のひとりである。彼瀬 蔵人は自分の立場や思想からか、あえて戦いの前に「呪いをかけた女性も何かやるせないことがあったのかもしれませんね」と同情の言葉を口にした。もちろん被害者である香奈が気を悪くすることを覚悟の上で、だ。ところが思いも寄らないところからフォローが飛ぶ。龍願寺である。彼もまた蔵人と同じような思想を持っており、『必ずしも今回の敵を悪と見ることはできない』と胸の内を打ち明ける。その上で小さな香奈の肩に手を置いて諭した。

 「だが子宝に恵まれぬ苦しみを嫉妬に変え、生まれ出でた者を殺めんとすることは許されまい。」
 「同感、ですね。龍願寺さんにも春か……そうかそうか。」

 龍願寺と年が近いのを気にしてか、とってもラブラブそうに見えるふたりを前にしてしみじみと語り出す蔵人。真正面で見ていた鎮が龍願寺の肩からひょいと飛び降り、とことこと青年の元へと駆けていく。忍び笑いをしているところを見ると、何やら冗談のひとつでも言いたいらしい。青年は真剣な表情で彼を出迎えた。

 「ねねね、紫桜くんさ。なんか蔵人さん、ヘコんでるように見えない?」
 「世の中、どんなことでも『ひとりよりもふたりがいい』に決まってます。」
 「俺の言いたいことがわかってるのかわかってないのか、よくわかんないんだけど……」
 「そして今からはふたりよりもたくさんの方がいいです。24時間を乗り切るには。」
 「そのために俺もいるってこと、みんなに知らしめてあげるよ。さ、そろそろかな?」

 鎮はくるんとその場で宙返りをすると、さっきの身長よりもさらに低い小動物になった。そう、彼の正体は鎌鼬。人を転ばせ、斬り、血止めして去っていく妖怪の一匹である。ちなみに鎮は血止め担当。最後の砦となる龍願寺の近くで懸命の援護を行うのが彼の仕事だ。自分が作り出した風に乗ってすいーっと偉丈夫の元に戻る小動物を見ながら、紫桜も手のひらから一振りの刀を取り出す。その姿を目撃した渉が激励にやってきた。

 「すみません、櫻さん。明日は学校なのに……」
 「そんなことは構いません。今回は微力ながらお手伝いします。龍願寺さんに近づく敵をこの刀で各個撃破するのが基本戦法です。あと戦いながらの栄養補給などができるようにスポーツドリンクや栄養補給のゼリーを用意しました。」
 「それはありがたいです。そういえば、撫子さんも五段重ねの重箱をお持ちになってましたね……」
 「じゅ、重箱……た、食べる暇なんてあるんでしょうか?」

 さすがの渉も「さ、さぁ?」と答えるのが精一杯である。確かに彼女がこの場にやってきた時、渉と龍願寺は『ピクニックか何かと勘違いしたのでは?』と思った。しかし撫子がそんな大ボケをかますような人間でないことは誰もが知っている。『きっと何か考えがあってのことだろう』と、ふたりは喉の先まで出そうになった言葉を思いっきり飲み込んだ。

 そんな彼らの穏やかな気持ちをかき乱す現象がついに起こった。あれだけ広く見えた公園に忽然として大量の邪霊が現れる。それは突然の出来事だった。紫桜と撫子は刀を構え、蔵人やドラゴッティは冷静に周囲を見渡す。鎮は挨拶もせずに出てきた霊団に対して、とても軽い冗談を飛ばした。もちろん香奈への配慮も少なからずある。

 「普通さ〜、出てくるなら『出ますよ〜』って予告するもんじゃないの? ぜーんぜん色気ないなぁ。」
 「それが日本人の興というものか。上空を含めた公園に入った力なき霊はすべて実体化しているようだ。『この公園で最期を迎えよう』という発想は呪いに蝕まれている時間が長かったせいで、その霊的構造の特性を無意識のうちに見切っていたのかもな。」
 「ならば……香奈殿は呪いによって霊能力を身につけた可能性があると?!」
 「その可能性は否定できん。」

 極論と言えなくもないドラゴッティの言葉に一同は少なからず驚いた。蔵人も彼の解説に相槌を打っている。ただこの展開はあまりにも唐突過ぎた。公園内とはいえ、すでに香奈の周囲にまで邪霊が出現していたのだ!

 「ところ構わず、ということでしょうか?」
 「皆の衆! 拙者から離れて下され! 『破』っ!!」

 龍願寺は香奈をなるべく身体の近いところへ導くと、得意の『一言発起』を披露する。この言葉に込められた衝撃は風を操る鎌鼬の鎮が驚いたほどだ。ふたりの大男は瞬時に威力の及ばないところまで飛び退き、龍願寺に弾かれた霊は切り裂く刃を持つ金狼へと変身した渉がまとめて狩っていく。そして撫子が髪に忍ばせておいた妖斬鋼糸を巧みに操り、地面に結界の文様を浮かび上がらせた。そこは香奈を守る結界なのだ。

 「龍願寺様、香奈様はその結界の中なら安全ですわ。」
 「おお、かたじけない。」
 「そして龍願寺様。矢面に立って戦うことだけが彼女を護ることではございません。香奈様が呪いに負けないように心を支えることも戦いですわ。本日は長くなりますけれども、皆様と力を合わせてがんばりましょう。」

 撫子はふたりに向かって穏やかな笑みをこぼすと、悪霊を切り捨てながら外周ギリギリまで迫る。そしてすさまじい運動量で次々と敵を撃破していく。これにはドラゴッティも舌を巻いた。

 「この身に宿る力ではお前らを倒せん。だが、このウルティマブレスレットなら……問題はない!」

 彼の持つ腕輪は瞬時にして竿上武器のハルバードへと変化した。大きな斧を軽々と振り回すその姿は勇壮さを感じさせるが、実はその動作にはまったく無駄がない。優雅で流れるような動きの撫子やアクロバティックな動作をする渉とはまた一味も二味も違う、ある意味で合理的な戦い方をドラゴッティは披露した。
 蔵人は最初から自らが戦場とすべき場所を決めていた。それはどこの公園にでもある水飲み場の近くである。彼は蛇口を捻って水を出すと、自らの身体を霊体化させた。そしてその辺にいた邪霊たちの縁を手繰る銀糸を無理やり引っ張り始める。蔵人は引き寄せた敵に打撃を加えたり、何らかの術をかけたりはしない。ただ水の流れを媒体にして、邪霊を三途の川へと無理やり送ってしまうのだ。しかし、いかんせん数が多い。あまり悠長にしてもいられないと次の手を考えながら、大男は釣りに興じるがごとく戦っていた。


 発動から数時間は何事もなく戦い続けることができた。いい意味で緊張感が維持され、気持ちも高揚していたからだろう。だが太陽の傾きでしか風景が変わらないというのは酷なことだった。何せこの公園にやってくるお客さんは変わらないし、呑気に休憩を願い出るわけにもいかない。ちょうど集中力が切れかけてきた頃……それが今だ。

 「くっ、不覚!」

 悔しげな声が公園を響かせる。紫桜が宙を舞う邪霊に腕を切られたのだ。どうやら振り下ろした刀を返した隙を突かれたらしい。憎き相手は香奈にめがけて飛んでいくが、そこは一言法師の異名を取る龍願寺が『滅』の力でかき消した。研ぎ澄まされた精神力は今も健在である。紫桜は胸を撫で下ろした。今の彼は撫子やドラゴッティ、そして蔵人が外円で打ち漏らした敵を倒すのが役目。こんなに早くから龍願寺の手を煩わせてはならないとばかりに、自戒の念を込めて傷ついた左腕を見た……ところが傷跡どころか血の跡すら残っていないではないか。

 「あ、あれ? ど、どうなっているんだ? 傷が……消えた?」
 「俺、俺。あんたの傷は俺が治しておいたから。さ、気を取り直してがんばろーぜ!」
 「鎮さん、あなたが参加した理由とはまさか……」
 「そーゆーこと。見晴らしのいいとこで見てるから、なんかあったらすぐに叫ぶって。」

 鎮の仕事はこれからが本番。どんな武芸の達人でもここまで長時間戦うことはないだろう。隙を見せずに戦っているつもりでも、いつかは傷つく時が来るはず。だから彼はキーマンである龍願寺の肩の上できょろきょろしながら状況を確認していたのだ。紫桜はその後も戦いの最中に彼の動きを目にしたが、どう見ても落ち着きのないハムスターにしか見えない。そうとしか見ない自分とそうとしか思わせてくれない鎮……彼は『愛玩動物』という言葉の意味をはっきりと理解できたような気がした。紫桜は人目をはばかることなく温和な笑みを見せる。
 山というシチュエーションが災いしたのか、お客さんに変化が現れた。幽霊や悪霊たちに加え、動物に毛が生えたようなフォルムの悪魔が四本足をすばやく動かして獲物を狙いに来たのだ。これに敏感な反応を示したのは、蔵人とドラゴッティだ。

 「最下級とはいえ、困ったお客さんですねぇ。」
 「まったくだ。だが連中には知性がないから、この場にのこのこやってくる。利口な奴はこんなつまらない呪法には見向きもしないからな。」
 「悪魔はそのままあの世に送れないから面倒なんですよ……」

 この戦いに参加している連中からすれば邪霊たちと下級悪魔にさほどランクの差はないが、蔵人だけは対処方法に若干の変更が加わる。目の前にいる怨霊どもの力を奪い、そいつらをまとめて水の流れに叩き込むと瞬時に実体化して全速力で悪魔に飛びかかった!

 『ぐぎぎーーーっ!!』
  ぐしゃっ。
 「少し体重が増えてて威力が増してるかもしれませんが、申し訳ありませんねぇ……」

 まずは起き上がらんとする一匹目めがけてダッシュを利したレッグラリアート、そして体勢を低くしている相手にはかかと落としとバリエーション豊かな体術を披露する。そんな彼を見ていたのが、内野にいる外野である。鎮はその体躯からは想像もできない身のこなしを目の当たりにして「おおー!」と感心しているし、龍願寺も香奈も力強い仲間の活躍に安堵の表情を浮かべていた。
 もちろん蔵人も連中が見ているのを知っていた。それを境に蔵人の戦法がなぜかケンカ、いや半ばヤケクソ気味に変化した。下級悪魔を動けなくなるまで叩きのめすというスタイルに変更した彼を見て誰もが驚きの声を上げる。

 「蔵人殿、荒れておるな。悪魔に何か言われたか?」
 「でっ、でも、それとはなんか違うような気がするんです……なぜなんでしょうか?」
 「龍願寺さんも香奈さんもわかんない方がいいと思うよ。」

 この後も小声にはなったが、鎮のセリフは続いた。「たぶん彼女がいない腹いせに暴力で憂さ晴らししてるだけだろうから」と。阿修羅のごとく一撃一撃に怒りを込めながら戦う蔵人を見ながら、愛玩動物は哀れみの言葉を口にする。


 日も暮れかけた頃になると、徐々に疲労の色が見え始めた。ドラゴッティも無駄のない動きで戦っているが、体力を消耗していないわけではない。撫子も神のごとき剣技を見せるも、集中力が永遠に持続できるわけではない。特に紫桜の疲れは素人が見てもわかるほどだ。隻眼の男はそんな少年のサポートをしながら妙な行動、言うなれば無駄な動作を加えながらフォローしている。謎の行動は時と共に解明された。彼は足を使って魔法陣を描いていたのである。そして武器を持たない手を振りかざし、結界を発動させた。

 「結界だ。長くはもたんが、今のうちに休んでおけ。俺はしばらく寝る。」

 突如姿を現した結界を見て、撫子は舌を巻いた。すばやく外円から内側へと移動し、結界の中へと入る。

 「不浄や邪悪な存在だけを防ぐ高度な魔法陣ですわ……」
 「どのタイミングで消えるかはわかりませんが、少なくとも昼寝はできるほどの余裕はあるんでしょうね。」
 「それでは遅くなりましたがお食事にいたしましょう。皆さん、存分に召し上がってくださいね。」

 紫桜が「いつ食べるのか?」と不思議がっていた重箱がようやくここで登場した。まだまだ育ち盛りの青年にとって、自分が用意したゼリーだけではやはり物足りない。お弁当の登場で結界の中は華やかな雰囲気に包まれた。もちろん結界の外はさっきまでと同じく阿鼻叫喚の地獄絵図である。なんとかして結界を破ろうと愚かな邪霊たちが体当たりを繰り返すが、内部に衝撃が伝わらないどころか激突する音すら響かないのだ。龍願寺も香奈も安心して食事を楽しむ中、なぜか蔵人だけは食べる前からずいぶんと食べた後のような姿をしているではないか。それでも箸を持ってご相伴に預かる姿を見て、思わずドラゴッティがツッコんだ。

 「おまえ、食いすぎじゃないのか?」
 「や、やっぱりドラゴッティさんもそう思いますか。ダ、ダイエットしないとダメかな?」
 「おまえの肥大化はそんなもので解消されるのか? ま、俺は知らんが。」

 ふたりの会話の本意はみんなに伝わらなかったが、それでも重箱に箸を伸ばそうとする蔵人を見て、鎮が「でも、食べるんだね〜」と笑った。そりゃそうだ。ダイエットすると言った人間が今から食事をするのだから。詳しく説明すると時間がかかるので、蔵人はあえて釈明はせずに「今はちゃんと食事しないと最後まで持ちませんから」とあっさり前言を撤回。撫子は自分なりに納得したらしく、別の皿を使って料理を取り分ける。呪いの発動している最中ではあるが、のどかな時間が彼らの心に余裕を与えた。これが後にじわじわと効いてくるのである。


 夕暮れを過ぎると周囲は真っ暗になってしまった。公園の外円には電灯があるからいいが、紫桜から香奈まではほぼ暗闇である。そのたびに龍願寺が光の球を生み出す『光』と、それを撒き散らして光源を作り出す『炸』の連続技を披露。これは『絆』に入ってから習得した新たな技『一言発起・二言の理』である。これのおかげで30分間は大丈夫だ。渉は外円から内側に移動し、紫桜とは反対の方向で敵を撃破する。金色の毛並みから放たれる魔力は衰えを知らない。
 夜になって悪霊の数がぐんと増えた。この危機的状況を打破するため、紫桜は刀を振るいながら公園に散った仲間たちの位置を確認する。すでに学校の制服はあらゆるところが破れていた。そのたびに鎮が助けにきて傷を治してくれるのだが、今回ばかりは紫桜から先に切り出す。

 「鎮さん! 今から俺が傷ついても絶対に来ないで下さい!」
 「な、何すんの、今から!」
 「こうするんですよ……」

 彼は静かに自分の武器である刀を……捨てた。鎮だけでなく、龍願寺も香奈も息を飲む。まさか戦いの中で刀よりも先に気持ちを折られてしまったのだろうか。ところが紫桜の忠告と動作には矛盾があった。黙っていても助けは来るのに、それを自ら拒否した。そう、彼は戦うために刀を離したのだ。
 刀は重力に逆らい、地面に転がることなく浮かび上がった。そしてそのまま周囲にいる悪霊を容赦なく斬り始める。しかも恐ろしいほどの早さで動き、その瘴気を刀身が食らっていた。撫子が遠くからその状況を見て、改めて鎮たちに注意を促す。

 「鎮様、その刀は周囲にいるものを容赦なく斬っております。絶対に近づいてはいけません!」
 「ぜ、全自動の辻斬り刀っ!」
 「恐ろしいものに魅入られたものだな、紫桜殿……」
 「僕の手にある時は大丈夫です。おとなしいものですよ。」

 しばしの睡眠で体力を回復させたドラゴッティもその光景を見るや、「自分が刀の鞘だからそんなことが言えるのだ」と皆と同じ反応を示した。いろんな意味で肥大化している蔵人も同じような感想を口にする。


 日付が変わっても戦いは終わらない。今度は撫子が作り出した結界の中で夜食をしっかりと食べ、鎮は渉の助力を得てトイレ休憩を済ませた。もうまもなく戦いは終わる。カウントダウンに向けて着実に進んでいた。夜明けを迎えれば敵の数もぐんと少なくなるだろう。それよりも何よりもドラゴッティや撫子のおかげで24時間をフルに戦わずに済んだのが大きかった。そして鎮の迅速な救急隊っぷりも忘れてはならない。さすがの撫子も傷を負ってピンチになる場面があったが、それをすばやく治療し難を逃れたというシーンがあった。渉が最初に言った通り、絶対に挫けない仲間たちのおかげである。誰かひとりでも欠けてはいけない。もしいなかったら、香奈を守り切れなかったかもしれない。彼女は何度も「ありがとうございます」と言った。
 そんな平穏な雰囲気をぶち壊さんと、疲労が蓄積してきた頃だと判断した知性ある悪魔が3匹現れた。その威圧感は他の邪霊を圧倒し、戦いの場から退けるほどである。それに呼応するかのように撫子、ドラゴッティ、紫桜が前に出た。もちろん蔵人も遅れを取らぬよう横に並ぶ。ところが敵は極めて意外な反応を見せた。蔵人を指差して不思議そうな顔をするではないか。

 『ありゃ? なんじゃあいつは……仲間じゃねぇの?』
 『おお〜。お前、何やってんだ? 別行動か?』
 『おめぇ、ちょっと燃費悪くねぇか? ダイエットしろよ〜。』
 「…………………………」

 知性があるといってもランクはそこそこの悪魔に仲間扱いされ、さらにタメ口で気に障ることをずばずば言われたのではさすがの蔵人も閉口してしまう。しかも仲間たちが自分に気を遣って戦おうかどうか悩んでいるのが心苦しいし、息苦しいし、ものすごく気まずい。こういう時にやるこたぁ、ただひとつ。蔵人は沈鬱な雰囲気をかき消そうと一心不乱に悪魔へ突進。そして強烈なタックルで押し倒すと、そのまま馬乗りになって殴り続けた!

 「うりゃあぁぁぁっ! やかましいっ、ドやかましいっ! この下級悪魔めぇっ!」
 『うひぇえぇぇぇぇぇーーーーーっ!』
  ドカドカドカドカッ! ガシガシガシガシッ!

 結局、それが戦闘開始の合図となった。しかしドラゴッティは相手に何もさせることなく、剛力を込めたハルバードで悪魔を両断。さらには撫子も激しい戦いのゴールが見えたからか、奥の手である『天位覚醒』を発動。三対の翼を持った天女の姿となり悪魔を一刀の元に切り捨てた。そして最後は蔵人に顔の原型がなくなるまでボコボコにされた挙句、最後は紫桜のとどめの一突きを胸に突き立てるとあっさり消滅する。そして一度はその場を離れていた邪霊どもが舞い戻ってきた。残り数時間持ちこたえれば……誰もがそう思って身構えた時、ドラゴッティが一歩前に出る。ウルティマブレスレットを元に戻し、両手を前に突き出した。

 「ずいぶんと霊体を倒したな。今なら邪魔者もいない。充分にエクトプラズムが集まった。しかも施術者の念に引き寄せられた霊体ばかりだ。成功率も高かろう。」
 「何すんの? まだ時間は残ってるよ?」
 「時間が経てば呪いは解かれる。しかしそれが両方にとっていいことなのかどうか。呪いが成就できなかった施術者、呪いをかけられた事実を背負う女。俺はどちらも哀れにしか見えん。ふんっ!」

 ドラゴッティの気合い一発でエクトプラズムを媒体にひとりの女の霊が呼び出された。香奈は思わず声を失う……そう、突然にして呪った相手が目の前に現れたからだ!

 「施術者……ということは、この霊は呪いをかけた張本人か!」
 「あとはアンタが説得してみな。生きたいって意志があればできるはずだ。ましてや愛する者がいるのなら、な。」
 「渉様! 施術者が何かの間違いで消されては意味がありません! わたくしたちは邪霊を撃破いたしましょう!」

 撫子の呼びかけに渉、そして紫桜も飛び出した。もちろん鎮の意識は飛び出した連中にも向けられている。目の前では当事者が視線を合わせていた。お互いに目を背けることはない。戦いの喧騒が響く中、香奈は重い口を開いた。

 「私は、あなたの娘じゃないから……お願いするのって変かもしれない。けど、言います。私、生きたい。まだ生きたい。あなたのおかげでこんなに素敵な人たちに出会えたの。あなたのおかげで龍願寺さんにも会えたもの。わがままなのはわかってる。だけど、まだそっちにはいけない。」
 『……この場の音を聞いて、私は今さらながら愚かしい女だと思った。私の呪いはあんただけでなく、他の人をも巻き込む最低のものだった。私が間違っていた……』
 「あなたの気持ちもわからないわけじゃない。ただ、行くべき道を誤った。今なら僕が正しい場所へお送りしましょう。どうなさいますか?」

 話を聞き終えた蔵人は施術者の女性に申し出た。あの世に帰してやろうというのだ。彼女は静かに頷くと、今も水が流れる蛇口に誘い、そこから正しい場所へと送られる。最後に一言だけ『ごめんなさいね』とつぶやいて消えた。そして最後に残された邪霊たちは撫子が全方位に放った朝日のように神々しい光でことごとく浄化され、この事件は意外な形で決着がついたのである。


 東の空から顔を覗かせた太陽に照らされ、一同は再び龍願寺と香奈を囲んだ。ここにはもう悪霊はいない。さわやかな風が山から運ばれてくる。あれだけ激しく戦った後なのに、皆の顔はすがすがしさでいっぱいだった。
 しかし一様に表情が冴えない人物がひとりいる。蔵人だ。龍願寺とは似た者同士だと思っていたらいとも簡単に裏切られ、挙句の果てには誰からも「ダイエットが先」と言われる始末である。渉は龍願寺と声を揃え「あなたに春が来る気配があればいつでも呼んでください」と励ました。しかし蔵人は知っている。気を遣う蔵人の髪を束ねているのが結婚指輪であることを。すでに春が来た連中に手伝ってもらうのも何か素直に喜べない。そこをドラゴッティに「贅沢なことを考えるな」と考えを読まれたのだからたまらない。鎮も撫子も、笑顔でそのやり取りを見守っていた。

 世にも珍しい恋物語は、今まさに始まろうとしている。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

2320/鈴森・鎮          /男性/497歳/鎌鼬三番手
0328/天薙・撫子         /女性/ 18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
4321/彼瀬・蔵人         /男性/ 28歳/合気道家・死神
3425/グリフレット・ドラゴッティ /男性/ 28歳/グラストンベリの騎士・遺伝子改造人間
5453/櫻・紫桜          /男性/ 15歳/高校生

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第12回です!
珍しく『絆』から始まるオープニングで、一切『アカデミー』が絡みません(笑)。
キャラクターの皆さんの描写がバッチリ書けて、個人的には楽しい作品になりました!

鎮くんはお久しぶりです〜。今回は回復役を引き受けて下さってありがとうございます!
要所では登場したり喋ったりして頂きましたが……地味な鎮くんって初めてかも(笑)。
いつものように今回も楽しいプレイングがたくさんで面白かったです〜。

今回は本当にありがとうございました。まだまだ続きますよ、特撮異界っ!(笑)
それではまた次回の『CHANGE MYSELF!』やご近所異界、通常依頼でお会いしましょう!