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<東京怪談・PCゲームノベル>


人形博物館へようこそ!〜着せ替え人形で遊ぼう!


 それは不思議な光景だった。
 今、清香の目の前にはひとりの少女が立っている。豊かな銀の髪を左右でふたつに結んでいて、そこには布でできた花の髪飾り。
 ルビーのような赤い瞳が細められ、少女は静かに微笑んだ。
「初めてお目にかかります。あたくしはエリアル・シルヴィア・コレット。貴方に、ひとつ、薬の依頼をしたいのです」
 丁寧なのに上から物を見るような言い方なのに、嫌な印象を抱かせない。それがますます彼女の不思議さに拍車をかける。
 不思議といえば、今この現代で、レースをふんだんに使った中世ヨーロッパのようなドレスを着ているのもおかしな話だ。
 確かに彼女によく似合っているのだけれど……。
「どんなお薬ですか?」
 彼女の正体が気にならないといえば嘘になるが、詮索は仕事を請けるかどうか決めてからでも遅くない。受ける気がないなら聞かないし、受けるかどうか迷うなら……決めるのに必要なら、その時に聞けばよいのだ。
「人間を、人形に変える薬です」
「……人間を人形に変える薬?」
「ええ。あたくしには、人形の友人がいるのですわ」
 清香はここで、勘違いをした。
 てっきり、彼女が、その友人と遊ぶか何かしたいがために、薬を求めているのかとおもったのだ。
「そういうことならその依頼、お引き受けします」
 告げるとエリアルは、楽しそうに、まるで小さな赤いバラが咲き誇るような雰囲気で笑った。
「ありがとうございます。それでは薬は、あたくしの友人がいる人形館に届けていただけますか? 報酬もそこでお支払いいたします」
「はい、わかりました。頑張りますね」
「ええ。……楽しみにしていますわ」
 そういい残して去っていくエリアルの姿を見送って、清香はさっそく仕事に取り掛かることにした。


◆ ◆ ◆


 依頼を受けてから数日後。
 完成した薬を持って、清香は指定された人形博物館の前までやってきていた。
 レンガ作りの洋風の館は確かに綺麗なのだけど、壁を這う蔓が少々妖しい雰囲気も醸し出していた。
 見れば今日は博物館はお休みらしい。しかし明かりはついていて、中には人がいるようだ。
「すみません……」
 声をかけても返事はなかったが、鍵はかかっていなかった。
 少し迷ってから、扉に手をかける。
「あの、コレットさん……?」
 ゆっくりと、玄関ホールに足を踏み入れた――その、瞬間。
「いらっしゃい……待っていたわ」
 くすくすと妖艶な色を持つ声が聞こえて、清香の足が止まる。いや、足だけではない。全身のどこも動かすことができない、いわゆる金縛り状態というやつだ。
「っ!?」
 真正面から、小さな影が歩いてくる。目をそらすこともできずにじっと影を見つめていると、それが、人形であることがわかった。
 ひとりは、先日の不思議な少女――エリアルに瓜二つの人形。一人は、銀髪のストレートに青と金のオッドアイの少女の人形。もう一人は、ウェーブのかかった豊かな黒髪を持つ、少女というよりは女性といった雰囲気の人形だった。
 銀髪の人形はすたすたとこちらに歩いてきたかと思ったら、清香が持っていた小瓶に手を伸ばした。
 それは依頼の商品だから……そう言おうとしたけれど、口もこわばってうまく動いてくれない。
 エリアルに似た人形が口の端だけをあげて、くすりと微笑う。
「お待ちしておりましたわ、星野清香様」
 優雅にドレスの裾を持ち上げて軽く腰を落としたそのしぐさは、ドラマや映画の中でしか見たことのない、宮廷の貴婦人のようだ。
 その一方で、銀髪の人形は小瓶の蓋を開けて、それを清香の口へと流し込んだ。動けない清香が抵抗できるはずもなく、清香は薬の効果であっさりと人形と化してしまう。
 そうして、人形たちと同じ目線の高さになる。体はもう、自由になっていた。
「ここ最近あまり楽しいことがなくて、退屈だったの」
 銀髪の少女はツンと澄ました表情でそう言った。
「突然ごめんなさいね」
 まったく申し訳ないと思ってないだろう口調で、黒髪の人形が言う。
「私の名はグラディス、そちらはエレノーラ」
「あたくしは……先日名乗りましたわよね」
「コレット、さん?」
「ええ。あたくし、人の姿になることもできますの」
「……え?」
 元が人形なら、どうして人形化の薬なんか……?
 事態がまだ飲み込めていない清香の様子を見て、人形たちがいかにも楽しそうにくすくすと笑う。
「退屈していたと言ったでしょう?」
「そんなときに、貴方の噂を聞いたのよ」
「私の、噂?」
「ええ。あたくしたち、外の人と遊べることなど滅多にないのですもの」
 言う内容はまあ、理解できる内容なのだが。
 何故か清香は先ほどからひしひしと嫌な予感が頭の中で鳴り響いているのを感じていた。
 ふと気づくと、人影が、増えている。
「な、なに……?」
 怯える清香の前で、グラディスが、これ以上ないくらい艶やかに美しく――笑みを、浮かべた。
「私、貴方のような可愛らしい子が大好きなの。他の子たちも全員がそうというわけじゃないけれど……今日のイベントは、みんな、楽しみにしていたのよ」
 じりじりと寄ってくる人形たち。
「きゃあーーっ!」
 思わず悲鳴をあげてしまったが、人形たちはそんなものでは怯んでくれなかった。
 何をされるのかと思った次の瞬間、来ていた服をはがされ――そして。
「あらまあ、可愛い」
「あたくしの方が似合いますわ」
「こっちの服はどうかしら。私たちでは似合わないけれど、彼女なら似合うと思うわ」
「……はい?」
 気づけば清香はゴスロリ服を着せられており、こっちの服を――というエレノーラの手にはどこから調達してきたのか、人形サイズのブレザーだ。
「あの……」
「エレ。そんな洋服をどこで手に入れたの?」
「この着物はどうかしら。きっと美しいわよ」
 彼女らはこちらの言葉などまったく耳を貸さずに、どこから持ってきたのか数々の洋服を見比べて、ああでもないこうでもないと言いながら、また清香に手を伸ばしてくる。
「え、え、ちょっと待って……!」
 清香の制止はもちろん、無視された。


◆ ◆ ◆


「つ、疲れた……」
 翌朝。というより、まだ早朝。
 ようやっと薬の効果が切れて人間に戻った清香は、がくりと膝をついてため息を吐いた。
 なにせ一晩中、彼女らの『着せ替え人形』にされていたのだ。
「慌てる姿も可愛かったわ。やっぱり、可愛らしい子を苛めるのは楽しいわ」
「グラディス……。そのようなこと、口にするものではないでしょう」
「楽しかったからいいじゃない」
 目の前の清香を見事に無視して口々に言葉を交わし、それから人形たちは、改めて清香の方へと向き直った。
「楽しかったわ。あたくしたちの遊びに付き合ってくれて、ありがとう」
「また気が向いたら誘いに行くわね。貴方のほうからきてもらってもいいけれど」
「それじゃ、また、遊んで頂戴」
「え……あ、はい」
 勢いに押されて思わず頷くと、人形たちはまた改めて頭を下げて、それぞれの部屋へと戻っていった。
 取り残されて、清香はひとりその場で沈黙する。
 恐怖の一夜ではあったが……でも……。
「ちょっと、楽しかったかも」
 自分が人形になって可愛がられるなんて、そうそうできる体験じゃない。
 願わくば、彼女たちがもうちょっとこちらの話にも耳を傾けてくれればもっと楽しめたのだろうけど……。
 それは、次に会う機会があったら、でも良いだろう。
「あ……」
 そのときふと気がついて、清香は慌てて博物館を飛び出した。
 出かけるときは薬を渡して終わりのつもりだったから翌日の予定など気にしていなかったが、今日は平日。
「急がないと遅刻しちゃう!」
 こうして不思議な一夜が明けて、清香はいつもの日常生活へと帰るのだった。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

6088|星野・清香|女|17|高校生兼薬師