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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


蒼月亭物語 −春風−

「もしもし?あ、悪い。俺だ俺、ナイトホーク」
 それなりに客のいる昼の蒼月亭で、ナイトホークは誰かに電話をしていた。今日は春の日差しが柔らかく、風も気持ちがいい。そこにコーヒーのいい香りが漂う。
「悪い、迎えに行くつもりだったんだけど何か今日忙しいから、代わりの奴が迎えに行くけどいいか?」
 ナイトホークはそう言いながら、受話器を器用に肩に挟めながらコーヒーの缶を開ける。
 ややしばらく会話が続いた後、ナイトホークは溜息をつきながら、カウンターに向かって声をかけた。
「ちょっと悪い。バイト代出すから、俺の代わりに迎えに行ってくれないか…」

「はぁ…なんか放り出されちゃった」
 空港のロビーで立花・香里亜(タチバナ・カリア)は溜息をつきながら椅子に座っていた。北海道から出てきたばかりで、どこにどうやって行けばいいのかも分からない。飛行機に乗ったりしたことはもちろんあるのだが、一人で乗ったのは今日が初めてだ。
「ナイトホークさんじゃない人かぁ」
 いったい誰が自分を迎えに来るのだろう。
 そういえばナイトホークに会ったのも五年ぐらい前のことだ。でも、東京で頼る人はナイトホークしかいない。住めば他にも知り合いができるのだろうが、来たばかりの今は心細くて仕方がない。
「どんな人が来るのかな。優しい人だといいな…」
 香里亜はロビーの椅子で足をぶらぶらさせながら、人の流れを見つめていた。

「はいっ!行ってきます!」
 ナイトホークの言葉に最初に手を挙げたのはデュナス・ベルファーだった。デュナスは「腹が減ったら安くしてやるから飯食いに来い」というナイトホークの言葉に甘え、よく蒼月亭に食事に来ている。
「ナイトホークさんにはいつもお世話になってますし、これでも探偵ですから人捜しとか得意なんですよ。名前と大体の背格好とか、教えてもらえれば大丈夫ですっ!」
 無駄に元気なその返事に、ナイトホークはなんだか不安を感じた。どうしていいものか悩んでいると、デュナスから少し離れていたところに座っていた青年がふっと微笑む。それは中華風の服に身を包んだ劉・月璃(ラウ・ユエリー)だった。
「迎えが必要なら俺が行きます。コーヒーの香りでも楽しみながらマスターと東京の話でも…と思っていたけれど、今日は忙しいみたいですから」
「私も行こうか。バイト代は美味しいカクテルという事で」
 今度はカウンターの一番奥の席から声が上がった。そこはジェームズ・ブラックマンの指定席だ。どんなに店が混んでいても、その席だけはいつも『予約席』の札が置いてある。
「うーん、男三人か」
 ナイトホークはそのメンツを見て少し考え込む。デュナスとジェームズはお互い知り合いだからいいとしても、金髪の美形な青年二人と黒ずくめの男が一人。個性的で分かりやすいと言えば大変分かりやすいが、香里亜を驚かせてしまわないだろうか。人見知りするような性格ではないが、何だかこの三人で迎えというと…。
「ああ、ホストクラブ」
 そう思ったが流石に口に出すのは止め、ナイトホークは月璃の隣に座っていた黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)に声をかけた。長く黒い髪に白い肌。普通の男なら思わず目を見張るほどの美人だが、一人ぐらいは同性がいた方がいいだろう。
「冥月さぁ、一緒に迎えに行ってやってくれない?」
 ナイトホークがそう言うと、冥月はふふっと不適に微笑んだ。
「私に任せていいのか?私は悪い女だぞ」
「悪い女でも、いきなりホストクラブみたいな兄さん達に十八の娘一人より、女の子がいた方が安心するだろ」
 ナイトホークが振り向いた先には、既に出かける準備をしている三人がいる。冥月はその様子を見て少し肩をすくめた。
「確かに。せっかく東京にやってきた子を吃驚させるのも悪いし、マスターの頼みだからな。一緒に行ってこよう」
 デュナスと月璃、ジェームズに冥月の少し変わった四人組は、ナイトホークから香里亜の特徴を聞くと蒼月亭を後にした。

「まーだかなー」
 香里亜は到着ロビーの椅子で小さなトランクを持ったまま、所在なさげに座っていた。やる事がないので、つい肩まである髪をいじってみたり、あたりをきょろきょろしてしまう。さっきナイトホークからかかってきた電話では「美女と美形とレトリバーとハスキーが迎えに行くから」などと気軽に言っていたが、どんな人が迎えに来てくれるのか、その言葉から全く想像がつかない。
「レトリバーとハスキーって…犬?」
 そんな事を思っていると、隣から女性の涼やかな声がした。
「立花香里亜さん?」
「はっ、はい?」
 香里亜の隣には、いつの間にか黒スーツで全体的にモノトーンな印象の美女が座って微笑んでいる。冥月の『影の力で人を探す能力』で、到着ロビーにいる人の海の中からあっさりと香里亜を探し出せた。にっこりと微笑む冥月に、香里亜は思わず同性なのに赤くなってしまう。
「ど、どちら様でしょう」
「ナイトホークから頼まれて迎えに来たんだ。私は黒・冥月。他の皆はそっちにいるよ」
 少し離れた場所で、月璃とデュナスにジェームズが立っている。三人はそれぞれ近づきながら香里亜に向かって挨拶をした。
「初めまして、劉・月璃です。お待たせしました、一人で心細かったでしょう?」
「私はジェームズ・ブラックマン。ナイトホークの古い友人です」
「あっ…デュナス・ベルファーです。よろしかったら荷物持ちますね」
 迎えに来た四人の姿を見て、香里亜はナイトホークからやってきた電話の意味が分かった。冥月が美女で月璃が美形、金髪のデュナスがレトリバーで銀の瞳のジェームズが…そう思うと自然に笑みがこぼれた。一人で心細かったけど、一気に友達が四人出来る。そう思うと嬉しくて仕方がない。
「立花香里亜です。よろしくお願いします」
 四人と代わる代わる握手をすると、月璃が微笑みながらこう言う。
「香里亜さん、東京は初めてですか?良い天気ですし少し寄り道しながら帰りませんか?」
「それもそうだな。すぐに会せてやりたいが暫し都合が悪いらしい。二時間程時間を潰してくれとの事だ」
 冥月もそれに頷く。今日の蒼月亭は忙しそうだし、客が引ける頃に連れて帰った方がいいだろう。月璃はナイトホークが心配しないように、携帯電話で合流した事を告げ皆に向かって小さく頷く。
「香里亜くん、どこか行きたいところはありますか?」
 そう言ったジェームズに、香里亜は少し考えて小さな声でこう言った。
「えーと…浅草に行ってみたいかな。東京には来た事はあるんだけど、そのときは行けなかったから」
「電車だと京浜急行から都営浅草線ですね。四十分ぐらいで着けますよ」
 デュナスがそう言ってトランクを引こうとした時だった。
「ちょっと待ってくれ。皆、私がいいと言うまで目を瞑っていてくれないか?」
 冥月がそう言い、駅に向かおうとするデュナスを止める。ジェームズや月璃はそれに一瞬戸惑ったが、香里亜が「はーい」と素直に返事をして両手で目を隠したので、それに従うことにした。それを見てデュナスも同じように目を瞑る。
 ………。
 ややしばらくの間があった後、自分たちの周りの空気が変わった。空港独特の熱気ではなく、さわやかな風が皆の間を吹き抜ける。
「いいぞ、皆。浅草到着だ」
 目を開けるとそこは雷門前だった。
「えっ?何で?」
 驚く香里亜に冥月は「内緒だ」といって笑うだけだった。

「浅草って実は私も初めてなんですよ」
 仲見世通りを歩きながらデュナスはきょろきょろと辺りを見回した。辺りの店は昔ながらの佇まいそのままに、威勢のいい客引きの声が響き渡っている。
「あ、冷やし抹茶でも買ってきますね。空港にいたら喉渇いたでしょう?月璃さん、トランクお願いしますね」
 そう言って人混みの中に走っていくデュナスを見てジェームズや月璃が苦笑した。
「彼が東京見物に来たようですね…」
 でもそれは香里亜を緊張させないための、デュナスなりの心遣いなのだろう。それは皆も分かっている。冥月と一緒に店先にある和柄のワンピースなどを見てはしゃいでる香里亜に、月璃は優しく声をかけた。
「香里亜さんはどうして東京に?」
 その言葉に香里亜は少し困ったように笑う。
「うーん、信じてもらえるか分からないけど…私、人じゃない者が見えたりその声が聞こえたりするの。でも、周りにはそんな人いなくて…」
 香里亜の言葉を三人は黙って聞いていた。
 この子も東京に呼ばれたのだ。普通の人と違った世界を見て、違った世界を生きなければならない宿命を持って生まれてしまった。
「で、だからなかなか普通にお仕事とか出来なくて。そんなときにナイトホークさんが『東京に来い』って言ってくれたの。東京なら私みたいでも普通に生きていけるって…だから、ここに来たの」
 他の者が聞いてもその気持ちは分からないだろう。だからナイトホークは自分たちを迎えに行かせたのだ。同じように人と違った世界を生きる自分達に…。
「すみません、辛い話をさせてしまいましたね」
「ううん、月璃さん。変な話だけど、迎えに来てくれた時に『私と同じだ』って思ったの。だから隠さないで話せて嬉しいぐらい…」
 一瞬、香里亜が泣くのではないかと思った。悲しいのではなく安心したのだろう…何か声をかけようと三人が思ったその時だった。
 デュナスがそっと後ろから近づき、香里亜の頬に冷やし抹茶の入ったカップをそっと当てる。
「きゃっ!」
 それに驚き振り向いた香里亜の顔がデュナスの目の前に来る。普段女性とこんな間近で顔を合わせた事のなかったデュナスは、自分が驚かせたはずなのに、じっと見つめるその大きな瞳に狼狽えた。
「あっ…そのっ…」
 デュナスが赤面するのと同時に、何故かその体がほんのりと発光する。ジェームズはそれに苦笑しながら香里亜の肩にそっと手を置いた。
「彼も驚いたりするとつい光ってしまう体質なんです。だから香里亜くんも普通にやっていけますよ」
「そうですね…デュナスさん、冷やし抹茶頂きます」
 香里亜に微笑まれて、ますます赤面しながら発光するデュナスを見て皆が笑った。

「ナイトホークとはどんな関係なんですか?」
 休憩がてらに入った甘味屋で、ジェームズはあんみつを食べる香里亜に聞いた。
 ナイトホークと古いつきあいだから分かるが、彼に親戚などはいないはずだ。いたとしてもその関係は絶っているだろう。そもそもナイトホークにこんな若い知り合いがいるという事がジェームズは不思議だった。お互い喋りたくない事には触れないようにしているが、流石に少し聞きたくもある。
「そうですね、マスターにこんな可愛い知り合いがいるなんて知りませんでした」
 月璃は抹茶の香りを楽しみながら微笑み、デュナスもそれに頷く。
「あ、お父さんとナイトホークさんが友達なんです。それで…」
「じゃあ、ナイトホークについてもよく?」
 そのジェームズの質問は、冥月やデュナスには意味が分からなかったかもしれない。ナイトホークが『不老不死』だと知っている者は少ないだろう。だが、香里亜はスプーンを置いてこくっと一つ頷いた。
「お父さんから聞いてます…でも、やっぱり東京だから普通に暮らせるのかなって。私もこんなに楽しかったの久しぶりだから、やっぱりここに来て良かったです」
 ぱぁっと笑った香里亜の頭を隣に座っている冥月が撫でる。
「良かったな。何かあったらいつでも力になるぞ」
 何だか可愛い妹が出来たようだ…そう冥月が思った時だった。
「お、デートか。この色男め」
 聞いた事のある声。それに振り返ると草間武彦が煙草をくわえたまま立っている。冥月は思わず椅子から立ち上がり、草間を思いきり蹴飛ばした。
「誰が男だっ!」
 香里亜や月璃、デュナスが目を丸くし、ジェームズは不適に笑っている。
 せっかく今まで優しいお姉さんを演じてきたのに、今の蹴りですっかり素が出てしまった。思わずその場で固まってしまうと、一瞬の間の後香里亜がクスクスと笑い出した。
「ふふっ…冥月さん、今の蹴り格好良かったです。私、格好いいお姉さんに憧れてたんですよ」
「それはやめとけ、こいつはおと…痛っ!」
 男前とか言われる前に、冥月は草間の足を思い切り踏みつけた。全く、草間に会うとろくな事がない。でも、香里亜が楽しそうに笑っているので、今日の所は足だけで勘弁してやろう。冥月も一緒になって笑う。
「武彦、女性に対して失礼だぞ」
「げっ、クロ…お前もいたのか」
 ジェームズが草間に向かって微笑む。
 皆が食べたりしていた器もそろそろ空になっている。月璃はデュナスと顔を合わせお互いどちらともなく頷きあった。
「さて、そろそろ蒼月亭に帰りましょうか。マスターも待ってるでしょうし」
「ですね。ナイトホークさんの事だから、きっととっておきのコーヒーを用意して待ってますよ」
 コーヒーという言葉に草間が反応する。
「あ、俺もついていこうかな。とっておきのコーヒー気になるし」
「お前は来るなっ!」
 冥月が草間を威嚇し、ジェームズは香里亜をエスコートするように手を差し出す。
「それは今日の主役に聞いてみないと。どうかな、香里亜くん」
「はい。人はたくさんいた方が楽しいですから、よろしければご一緒しましょう」
 そう言った香里亜の背中から優しい風が吹き込み、東京に春が来た事を告げていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵
2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
4748/劉・月璃(ラウ・ユエリー)/男性/351歳/占い師
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??

◆ライター通信◆
こんにちは、水月小織です。
初めましての方も再びの方も発注ありがとうございました。
今回「空港まで迎えに行く」という話だったのですが、皆さんが「観光に誘う」などと書いてくださっていたので、ちょっと渋めの浅草に行ってみました。
気に入っていただけるといいのですが、リテイクなどがありましたら遠慮なく言ってくださいませ。
ご縁がありましたら、次回窓開け時などでよろしくお願いします。

冥月さんへ
発注ありがとうございます。中華街へ行く…というプレイングだったのですが、人数が多くなったため浅草で一息ついている時に、とアレンジしてしまいました。リテイクがありましたら遠慮なくお願いします。
「格好いいお姉さん」な感じで書いてて楽しかったです。
また何かありましたら、蒼月亭でお待ちしています。