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<東京怪談・PCゲームノベル>


『千紫万紅 縁 ― 鈴蘭の花の物語 ―』



でもあの場で言えばそれは言い訳にしかならなかった。鈴蘭の花は毒を持っている。美しく凛と咲くその花の外見とは裏腹に。それが吸血鬼である俺と同じように思えて、だからどのような花よりも身近に思えて、そこにあるのが当たり前のように思えていたんだ―――


 ――――――――――――――――――
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 庭に咲く花。
 それは恨んでいた。
 悲しんでいた。
 嘆いていた。
 自分だけ仲間はずれ。
 誰よりも親しい間柄にあるのに。
 だから自分はここを選んで、ここで咲いているのに。
 なのにこの男は自分だけを除け者にする。
 嫌う。
 ああ、憎い。
 憎い。
 憎い。
 憎い。
 愛しさが憎さに変わる。
 憎くて憎くてしょうがない。
 口惜しい。
 だから私は決めた。
 この男を殺そうと。
 あたしが愛しく想い、愛した藤水和紗を。


 +++


 その男と妖精に出会ったのはやはり梅雨を思わせる雨の日だった。
 そしてその男と妖精に出会う前に彼女らと出会ったのもやはり梅雨を思わせる雨の日だった。
 二日連続でそういうのと出会ったのもまた、縁という奴なのだろう。
 まずはその男と妖精に出会う前の日に出会った女たちの事を話そうか?



 +++


 昨夜から降り続いていた雨は弱まる事を知らずに降り続け、
 俺自身は雨は別段嫌いでは無いが、どうにも紙が湿気でやられるので、俺はこの日は作業は止めて雨の東京の街を歩く事にした。
 いったい誰が予想できただろうか?
 その散歩が厄介事を背負う切欠となるだなんて。
 雨の中、咲いていたのは紫陽花だった。
「ほう。まだ五月だというのにもう紫陽花が咲いているのか?」
 この日本の紫陽花は本来は青。
 しかし紫陽花は土壌が酸性かアルカリ性かで咲く花の色が変わる。
 そこに咲く花は、酸性とアルカリ性の土壌によって咲く紫陽花が共存していた。
 どこか、
 薄ら寒い。
 耳朶を愛撫していた雨の旋律が先ほどまでは心地良かった。
 しかし今は女のすすり泣く声に聞こえる。
「ちぃ。うっざたいな」
 前髪を掻きあげながら俺は舌打ちをした。
 女は嫌いだ。
 その酸性とアルカリ性の花とが共存する紫陽花もまた、どこか普通を繕いながらしかし内面ではヒステリックで異常な女の粘着質を抱く、女特有のうっざたさを表しているようで、ムカついた。
 そう言えば紫陽花の花言葉はうつろぎと言ったか?
 それは確かに女に相応しい。
 それ以上はその紫陽花を見る気も起きなくって俺は身を翻そうとした。
 しかしその時に俺の足を誰かが掴んだ。
 誰だ?
 俺は視線を足に向ける。
 そこには痣だらけの女の腕が生えていて、その骨に皮がついただけの指が俺の足に絡みついていた。
 俺はその手を振り払おうとして足を動かそうとするが、しかし足は動かなかった。
 そうこうしている間にそこは真っ暗になり、
 そして誰かが俺の後ろに立った。
 背中に感じた柔らか味は女の胸の感触だ。
 腰に回された両腕も女の腕。
 女が俺に後ろから抱き付いている。
 冗談じゃない。
「おい、これは何の冗談だ?」
 そう冷めた声で訊くと、
 その女は、せせら笑うような声で言った。
「いえ、教えてあげようと思って。ちっともあの子の感情など知らぬあなたにあの子の気持ちを」
「あ?」
「本当はこうして抱きつきたいのに。抱かれたいのに。それがあの子の感情なのに、あなたは他の子ばかりを愛でて、視線で愛撫する。いけずなんか通り越して、まるでその態度が放置プレーのように。あなた、S?」
 艶やかな声は少女の頃の女特有の声。
 思えば背に感じる胸の感触にも若さゆえの弾力があった。
 だが残念ながら俺は女には興味は無い。
 女にも、
 女の身体にも、
 女の血にも。
 ただ自分が楽しむには、手段は問わない。
 労力も厭わない。
 快楽主義者。
 あなたは俺を楽しませる事ができるか?
 なら、俺は――――


 どこまでも残酷となって、それに応えよう――――


 俺は絡みつく女の腕に触れ様として、
 しかし女は後ろに飛んだ。
 何時の間にか足を掴んでいた手も消えている。
 振り返ると闇の中で、しかし背後にだけ咲き乱れる紫陽花を背景にして、その日傘をくるくると手で回す少女が淫らに笑っていた。
 ゴスロリファッション。そのあまりにも性を感じさせる服装は彼女の美貌にはあっていると思った。
 美人画の画家では無いから描きたいとは思わないが。
 少女はくすくすと笑っていた。
「ごきげんよう。わたしは紫陽花の君。十六夜」
「十六夜? 紫陽花の君。それで何故、あなたが俺に? 何の様だ」
「わたしは別に用は無いんだけど、ただ、あなたはどうしようもなく放置プレーが好きなようで、しかも女心にも興味が無くって、気づく素振りさえなくって、そして此処にあるモノを形にするのはココ、だという事を知らないようだから」
 少女は俺の胸(此処)と、唇(ココ)を指で触れて、笑った。
 そして先ほどまで紫陽花が咲いていた方に顎をしゃくる。
 俺も視線を戻す。
「そこに咲いていた紫陽花。酸性とアルカリ性の二種類の花が咲いていたでしょう? それはね、そこの紫陽花の下に死体が植えられていたから。女が自分の心に気づいてくれない男を逆恨みして、それで可愛さ余って憎さ百倍で殺してやろうとして、そしたら逆に、ね。今度紫陽花が咲いたら、きっと誰かが気づいて、彼女も見つけてもらえるでしょう。犯人が捕まるかどうかはわからないけど。さて、ではあなたはどうかしら? 殺すのか、殺されるのか。ね」


 知らないですよ。
 そんな事は………。



 俺は溜息を吐いた。
 気づくと交差点の真ん中で俺は傘を落とした状態で立っていて、気ぜわしそうに道行く人は誰もが俺を見ていた。
 興味無さそうな顔で、
 しかしその実興味ありそうに、
 胡乱気な瞳で。


「どうしたんだよ、かーのじょ? 彼氏にでもフラレて意気消沈って奴? なんだったら俺が元気付けてあげるよ? どうよ。カラオケにでも行かねー?」
 強引に俺の手を取って、カラオケと言いつつカラオケのあるラブホテルが立ち並ぶ夜のホテル街に俺を連れて行こうとした男をしかし、裏通りのドブの臭いが雨に流される事も無く在り続けるそこでその男の頚動脈に犬歯と呼ぶには鋭すぎる牙を突き刺した。
 牙が男の首の皮を突き破る感触。
 溢れ出した血が口の中に広がり、
 それを嚥下。
 ねっとりとした粘性を持つその鉄錆にも似た味の液体はどろりと絡みつくような感触を持って喉から胸に落ちた。
 風貌からしてこの男は最近この街で若い女性を襲っては、肉体を弄んでから金品を奪う行為を繰り返している輩だろう。
 そんな下賎な輩の血など食す気は普段ならまったく無いが、しかし今宵は雨に閉じ込められたようなこの感覚がいささか俺を虐にし、吸血鬼の性に目覚めさせる。
 男の頚動脈に刺していた牙を抜き、男を離すと、そいつは俺の足下に倒れ、わずかに残っていた血を傷口から出しながら、そのわずかに零れ出た血に首筋を濡らし、やがてすぐに死んだ。
 馬鹿で下賎な男の血などやはり飲むものではないだろうか?
 食中りでも起こしたかのようにざらつく渇きが血を嚥下したばかりだというのに俺を襲う。
 このまま今宵は雨に閉ざされたこの街の夜の闇に紛れて幾人か人を襲い、血を頂こうか? 口直しに。
 しかし雨の旋律に紛れ、誰か女がすすり泣くような声が聞こえたような気がして、その不愉快な女の声に愛撫された耳朶の不快な感触にいっきに興ざめして、今宵は帰る事にした。


 雨に濡れた前髪を掻きあげながら思わず舌打ちしてしまったのは家の門の前で女が倒れていたから。
「迷惑な。おい、あなた。行き倒れるのなら、どこか他の所にしておくれ。女は嫌いなので迷惑だ」
 見捨てるつもりだった。
 今しがた男を吸血行為で殺してきたばかりだ。
 殺した傍から人助けをする、そんなちぐはぐな行為をする気はさらさら無かった。
 そもそもが人間が豚や牛、鳥に魚を食うように俺も餌を食しているだけ。
 だから、殺した罪を償うように人助けをするいわれは無い。
 そのまま女など見なかった事にしょうか、そう考えた時だった。
 その女が俺を見て、笑ったのは。
 だから俺はその女を家に入れた。



 +++


 部屋の柱にもたれて本を読んでいると女が目を覚ました。
「ここは?」
 か細い声は俺が嫌う女の理由には当てはまらなかった。
「俺の家です。俺は藤水和紗」
 別にそれで興味を持った訳では無い。
 優しさをかける気は微塵も無かった。
「いらぬお世話なら申し訳なかった。この部屋から庭に出てそのまま真っ直ぐ歩けば通りに出られる」
 俺は読んでいた本を閉じ、立ち上がった。
 部屋の戸を開け、縁側に出ようとすると、
「あの。和紗様」
 声をかけられた。
 振り返ると女は身を起こし、しかし胸元の豊かな胸の谷間を気にし慌てて浴衣の前を両手で合わせ俺に背を向けた。
「その、お礼を。でもあたし、には何もできないけど。あたしは愛しい人に興味も持ってもらえない女だから。その、でも女だから………」
 女はこちらを向き、浴衣を脱いだ。雪のように白い肌がぼぉーっと輝き、上気し出して紅潮し始める。たわわな形の良い胸は確かに男なら一夜を遊ぶのなら魅力的だろう。
 だが―――
「欲情するのなら気を失っているあなたの雨に汚れた服を脱がせ、風呂に入れた後にあなたを襲っている。が、俺には生憎と女には興味が無いのでね。その証拠にあなたの身体にはその痕跡は無いでしょう? ただ」
「ただ?」
「あなたを描かせていただきたい」
「あたしを? 裸婦像ですか?」
 俺は苦笑する。
「いや。服を着ててくれてかまわんよ」
 それは気まぐれだった。
 風景画しか描かない俺が何故その女を描こうと思ったのか、その動機はまったくもって説明する事はできない。
 おそらくは説明を必要としない心の動きがあったのだろう?
 或いはあの雨の中、俺の足下で彼女が笑った時にそれを決めたのかもしれない。
「明日で良い。明日、あなたを描かせて欲しい。だから今夜はよくお眠りなさい」
「お待ちを。あの、和紗様。今から、今から描いて下さい。あたしを」
 彼女は濡れた瞳で俺を見てそう言った。




 雨に閉じられた夜の庭を背にして座る彼女を俺は描き始めた。
 ただ、俺はその彼女が居る風景に何か違和感を感じた。
 その違和感が何かはわからない。
 だがいつも見続けて、なのにその見続けてきた庭とは違う、そんな違和感を胸に、まるで間違い探しの絵を前にした時のように脳裡に浮かぶ庭の風景と彼女の後ろにある庭とを見比べる。
 だけどその違いはわからなかった。
 どちらの庭にも同じ草木はある。
 しとしとと雨が夜に降る音だけが響き渡る。
 静寂の夜に空気は洗い流されて、
 どのような感情もその空気の前では色が薄らぐような気がした。
 そうしてその雨の降る音だけが静かに流れる中で絵を描き上げると、
 彼女は泣いていた。
 泣きながら俺の傍らに立ち、
 絵を覗き込んで、
 それから俺の頬に手を当てて、
「嬉しい」
 彼女はぽつりとそう漏らして、
 そして責めるような恨みがましい目で俺を見る。
「本当にあなたはずるい人。ずるい、ずるい、ずるい人。あたしは今宵こうしてあなたの前に出てきたのは、それは………ずっと他の者たちと一緒にあなたと共にありながら、あなたはあたしだけを冷たく扱うから、だから、それを哀しく思う心は疎ましさに変わり、憎しみとなって、その想いを果たそうと思ったのに………なのにあなたはそのあたしの想いを見越していたかのようにこのような事をする。本当にあたしはあたしを冷遇するあなたが疎ましくって憎くてそして、だけどどうしようもないぐらいに愛しくって恋しい。切ないほどに」
 本当にあなたはずるくって、ひどい人―――
 そう彼女は最後に花が咲くように笑いながら言って、
 そして俺の唇に自分の唇を当て、
 かすかに口移しで飲まされた毒に俺の意識は混濁し、
 俺は気絶をして、
 気づくと彼女は消えていた。



【epilogue】


 別に雨が降る世界に出たのは彼女を探そうと思ったからではなかった。
 もうこの世界の何処を探しても彼女が居ない事はわかっていたから。
 なら何故雨が降る世界に、飲まされた毒がまだ身体から抜けきってもいないのに出たのか、そう問われれば、
 俺はこう答えよう、
「気まぐれだ」
 と。
 そうあの紫陽花の移り気。
 その色に俺はきっと毒されていた。
 既に。
 あの紫陽花は、根元に女の死体を置いた紫陽花は、きっと、あの彼女に呼ばれ、俺の前に現れた。
 そして代弁していたのだろう。
 絶対に彼女は俺を殺せない、そうわかっていたから。
「確かに俺には女心はわからないさ」
 電信柱にもたれて見上げた夜空は晴れる事を知らないように見えた。
「大丈夫ですか?」
「でしか?」
 見ると食欲がそそられる白髪の青年と妖精が居た。
「あなた方は?」
「白、と申します」
「わたしはスノードロップでし」
 白、そう名乗った青年はどこか俺に同情するような、それでいて少し責めているようなそんな目をしていた。
「まずは毒消しの処方をしましょう。それであなたが死ぬような事はありませんが、でももうこれ以上はあなたが苦しむ事を彼女は本意とはせぬでしょうから」
 俺は顔を左右に振った。
「ありがとう。だけど大丈夫。この毒は、彼女が残していった温もりと同じだから。だからこのままでいい。それを強制的に消してしまうのはいささか忍びない」
「そうですか。あなたは」
「はい?」
「いえ、あなたは、それほどまでにお優しいのに、なのにどうしてその彼女には…いえ」
「鈴蘭の花には辛くあたっていたか?」
 悪戯っぽく訊いてやると青年は驚いた顔をした。
「気づいて、おられた…?」
「最初は、気づかなかった。ただ、彼女が、鈴蘭が人になって俺の目の前に現れて、毒を飲ませるその前に口にした言葉でそれに気づいてやれた」
「では何故、その時にもっと優しさを」
「そこで見せてどうなるというのか? 俺を憎み、疎ましく思い、現れた彼女に、見せる優しさは、彼女には酷でしかなかったし、それに一番の優しさは受け止めてやる事だと思ったから、その彼女の想いを」
「いつも悲劇は、感情の擦れ違いから起こる。本当に哀しい事ですね」
 胸(此処)と、唇(ココ)に少女の心地良い指が触れる感触がした。
「でもあの場で言えばそれは言い訳にしかならなかった。鈴蘭の花は毒を持っている。美しく凛と咲くその花の外見とは裏腹に。それが吸血鬼である俺と同じように思えて、だからどのような花よりも身近に思えて、そこにあるのが当たり前のように思えていたんだ」


 本当に大切なモノは無くした時ではなければ、わからない。
 それをどれほど大切に想っていたかだなんてそんな感情も………


 家へと帰った。
 雨に閉じ込められた夜。
 庭。
 雨に打たれる鈴蘭の花はそのまま色素を洗い流されたように、切なげにひっそりと庭の隅で咲いていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 2171 / 藤水・和紗 / 男性 / 318歳 / 日本画家】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、藤水・和紗様。
 はじめまして。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 今回はご依頼、ありがとうございました。^^



 いかがでしたでしょうか?
 最初はこう、日本画家さんに相応しい幻想雅なお花のお話を書こうかと想っていたのですが、
 でもせっかくの吸血鬼さんだし、吸血鬼で、画家で、和のイメージがすごく素適なPCさまだからこう、怖いけど切ないお話が良いなー、と想いまして、
 指定が藤水和紗さまに似合うお花、とありましたので、吸血鬼である藤水和紗と鈴蘭はどちらも美しいけど、触れればそれは命を揺るがすそういうモノを身に秘めている、美しいが故にそれを身に抱いている、という感じが凄く感じられまして、
 だから、それをお互いが感じているが故に擦れ違ってしまった恋。藤水和紗さんに恋をしていた鈴蘭がだけどその想いを憎さに変えて、殺そうとするけど、でも殺せなくって、それに物思う藤水和紗さんを書いてみようと想い、このような怖いけど切ないお話になりました。^^
 いかがでしたでしょうか? 悲壮げな感じがするように、最後での藤水和紗さんの優しさが、悲しさが滲み出るように少し凄絶な感じで文章をまとめてみたのですが?
 もしもお気に召していただけていましたら幸いです。
 雨に濡れて切なげに咲いている鈴蘭の花。でもそれを最後のシーンで見た藤水和紗さんはきっとその鈴蘭の花に優しく微笑みかけたのだと想います。
 お互いに近いからこそ、擦れ違ってしまったけど、でもそれは確かに重なったのですから。
 でも私はやはりこれからも藤水和紗さんが鈴蘭の花を描く事は無く、でも鈴蘭の花はそれを嬉しく想うのではないのでしょうか?
 それこそが何よりも自分が近い存在である証拠だとわかりましたから。
 何はともあれ、本当にこういう大切だ、という感情をわかってもらう事、ちゃんと伝える事は難しい事ですよね。


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。