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<東京怪談・PCゲームノベル>


諧謔の中の一日







【1】





 ―――気付いた時には、彼女は既にその空間に迷い込んでいた。



「……困ったわね」
 その現状から逃げる事無く、「彼女」はぽつりと呟く。
 ……彼女の声に応じるかのように、ざぁっと風が周囲の笹を啼かせた。
「……それにしても、妙だわ。こうなる理由が―――思い当たらない」



 ………などと、途方に暮れている暇も無い。何か原因がある筈だ。
 自分には、何としても帰還しなければならない理由がある。

(まず……此処は何処?)
 決まっている。極言すれば、『不思議な空間』の一言に尽きるだろう。
 今でこそ和風な道を歩いているが、ほんの十分前に居たのはアスファルトで舗装された道路「だけ」が広がる殺風景な情景だった。とんでもないレヴェルで、混合が成された空間。


 ならば、自分の脳裏に刻み付けてある「不思議な空間」に関するデータを荒い直す。
 比較的新しいデータから―――



「…………あ」
 そこで、思い当たる。
 確かそれは、数日前。武彦という名の男と食事をした時のこと。
『あの、巴とセレナって居ただろ?』
 弾んだ雑談の中、そんな話題が出た。



『一度、あいつ等の家を訪ねたんだが……妙なんだ』
『妙?』
『ああ。どうにも、空間自体がファジイな場所に住んでいるらしくてな。例えば俺が巴の家に行く場合、「俺が巴の家に着いた」という結果だけは確実に起こる。その間は、急に路地裏に踏み込んだ瞬間巴の家に着くかもしれないし、急に山に登って、頂上から到達するかもしれない………俺は、奴から聞いた何の変哲も無い住所へ向かっただけなのに、な』
『プロセスを軽視してるのね、それも凄く……』
『もしくは、その人物を知っているだけでも、ふとしたきっかけで「あちら」へ行ってしまうこともあるらしい。エマも気をつけろよ』
『それはそれで、楽しみね……さ、メインディッシュが来たわよ』
『俺、テーブルマナーなんて分からんのだが……』




 ……そう。そう言って、自分たちは、フランス料理との格闘を再会したのだ。
「それで、武彦さんが盛大にお皿を……ああ、そうだったわ。聞いていたじゃない、私」
 それも、一週間ほど前のことである。
「そういえば……思い当たる節は、あるのよね」
 ……所用で街へ出た、今日の朝。
 ふと街中で見かけた、あの激甘料理と激辛料理のメニューがトリッガーだったか。
「あの二人が住んでいるだけあって、出鱈目な出現条件だこと……」
 再び、嘆息。このところ嘆息する機会が増えてきた頃は、喜ぶべきことではあるまい。
 とにかく――――やることは決まった。
「………巴さんか、セレナさんを見つけないと。居ることは、確定したんだから」
(気紛れで出かけていて、この空間に居ないなんてことがありませんように)
 まあ、目的決定と同時に。自分がこれからも歩き続けることも確定したのだが。
「夜までに、帰らないとね……」
 少しだけ、どうしても外せない今日の予定に言及しつつ。
 彼女、シュライン・エマは再び諧謔に満ちた空間を歩き始めた…………。










【2】


「……それで。見事に杞憂だったわね、私の懸念」
 などと、彼女が呟いたのはたった五分後だった。
 目の前に在るのは、和風の巨大旅館。竹林を抜けた先に鎮座していた雅な物体である。
(此処は……きっと旅館、で良いのよね)
 首を傾げつつ、しかしシュラインは一目でその雰囲気に好感を抱いた。
 その、静かな雰囲気が――――



「テメエ、俺の買ってきたフェルメールが偽物だといいやがるか!?」
「それ絶対真作じゃないよ。大方メーヘレンの贋作でも掴まされたんだろ?」
「俺がそんなヘマをするか!?」
「ま、メーヘレンの描いた絵だって殆どフェルメールみたいなものだし。良いんじゃない?」
「駄目だろ!?」

「……」
 目の前に居る、二人の男の言い争いによって些か低減されている。
 ……これ以上見ていても意味は無い。
「相変わらずね、お二人さん」
「む?」
「おや?」
 声を掛けると、二人の男が同時にこちらを振り向いた。
「エマ君だね」
「エマじゃねぇか」
 更に全く同じタイミングで告げ、笑う。
「今日はどうした?俺か、セレナ、もしくは唯に用か?」
「それが、実は……」
 小首を傾げつつ都合の良い質問をしてきた巴に、シュラインは適切な説明を施す。
 彼は陽気で抜けているが……それは、進んで道化を演じているだけだ、と彼女は看破していた。
「ふむ……なんというか、明らかにその激辛が原因だな。迷惑なことだ」
「いや、エマ君は激甘メニューが原因だって言ってるだろ?」
「きっと真面目に言ってるのよね、二人とも……」
 ……スムースな会話は、やはり望めない。
 もういっそ自力で帰ろうか、とやや飛躍した思考を始めた時、
「巴さん、セレナさん。そちらのお客様が困っていらっしゃいますよ?」

 穏やかな、若い女性の声が奥から聞こえてきた。
「「う」」
 途端、ぷつりと言い争いを止めて端に寄るセレナと巴。
 彼等の座している奥の障子が、す、と開いた。
「貴女は……」
「お初にお目にかかります―――」

 現れたのは、長い蒼髪を持つ、着物の女性。
 彼女は伏せた目をつ、と上げてこちらを見た。
「私は、上之宮・唯。この宿、『諧謔』の女将を務めております」
「あ……これは御丁寧に。私は、シュライン・エマと言います。ええと……」
「ええ、お噂は巴さんとセレナさんからかねがね。……道に、迷われたのですか?」
「そうです……」
(常識人みたい、彼女……尤も、あの二人の保護者なんだから当然かしら)
 スムースに会話できる相手が現れてくれたことに安堵しつつ、彼女は事情を話す。
 夜に用事があるので、それまでに戻りたい、ということ………
「へぇ。待ち合わせ、ねぇ……」
「まあ、巴の十倍は忙しい日常なんだろうねぇ」
「勿論、テメェよりもな………!」
「お二人とも、お客様の前で見苦しいですよ」
「「……」」
「本当に……巴さんもセレナさんも、唯さんに弱いのね。普段と凄いギャップだわ」
「笑わないで欲しいな、エマ君……」
 何処となく弱々しい二人の様に、思わず笑ってしまうシュラインである。
「とにかく……了解しました。しかしその前に、お昼ご飯でも召し上がっていかれては如何でしょう?もう良い時間帯ですし……」
「いえ、そこまで甘えるわけには……」
「いや、名案だな」
「同意だねー」
 手を振って断るが、巴とセレナが許さない。
 ぐいぐいと手を引っ張って、奥の座敷へ強引に連れ込まれてしまう。
「ささ、遠慮なさらず。甘いものと辛いものはどちらが好きですか?」
「甘いものだよな、エマ?」
「辛いものだよね、エマ君?」
「あのね、二人とも……あ、そういえば」
 ぴくりと、(勝手なことを言ってくる二人をあしらいつつ)その言葉に反応する。
 そう。食事――――甘いそれと、辛いそれ。
「唯さんが、作られているんですか?」
「ええ……少しばかり、大変ですけども」
 微妙なニュアンスが伝わったらしく、苦笑しつつ唯が応えた。
(………これは、丁度良いかも)
 瞬間的に、彼女の脳裏にある考えが閃いた。
「その、唯さん……不躾なことを言って、申し訳ないのですけれど」
「はい?私に出来ることなら、何でも致しますが」
「………ありがとう」
 柔らかい微笑みに、嬉しそうにシュラインが微笑み返す。
 ―――――実のところ、少しばかり興味があったのだ。
「実は…………」










【3】


「それで、この時隠し味としてナツメグの実をですね……」
「……成程」
 ことことと、鍋がぐらぐらとした湯の温度に悲鳴を上げている。
 周りを動くのは、半透明の鬼――――目の前でにこにことしている、唯の式神。
「言うまでも無く重要なのは、良い食材を使うことですね」
「……ええ。それは、そうでしょうね」
「極端な甘さも辛さも、研ぎ澄まされた刃のように危ういバランスの上に在りますから………使う食材の個々の力が弱いだけで、或いは容易く不味い料理になってしまいます。あ、そのお鍋、そろそろですね」
「はいはい」
 時々に頷きつつ、メモを取って。
 シュラインはそつなく、唯から料理のレシピを実践を踏まえて教えて貰っている最中だった。



「お勤めになっている事務所で、会合の時に面白い料理が造りたいと云うのは、ありますものね?」
「ご理解頂けて助かるわ、唯さん」
「いえいえ。私の知識が役立つなら、願っても無いことですわ」
 笑顔でこちらに対応しつつ、彼女は七味唐辛子を豪快に皿へ放っていく。
「……赤いですね」
「ええ、赤いですねぇ」
 その光景を見て言うことは、そんなことなのだが………
(私のボギャブラリィ不足、ではないわよね?)
 この、地獄のような赤。
 アメリカ人の子供がこれを食せば、次の日からは太陽を黄色ではなく赤に塗るに違いない。
「いやぁ、美味しそうだね♪」
「おいセレナ、エマはお前の食事を見て食傷気味なんだ。察せよ」
「巴さんも、お約束ね……」
 甘味を嬉しそうに眺める巴の台詞にも、苦笑するしかない。
 良い意味でも、悪い意味でも、彼等は友人と認めた人間に対しては騒がしかった。
「あらあら、巴さんにセレナさん?男子は厨房に入ってはいけませんよ?」
「それ、男が料理なんぞするかー、とかたわけたことを抜かす時に使う台詞だろ?」
「全くだね。僕の育ったところでは、積極的に―――」
「邪魔なのです」
「………」
 何処までも何処までもマイペェスな二人に、諧謔の宿、その女将が釘を刺した。
「これで勝ったと思うなよ、エマ!」
「次こそは負けないからね、エマ君」
「いや、私は何も言ってないんだけど」
 ぴ!とこちらを指差してくる二人に、またしても辟易する。
 ――――少し、疲れた。
「凄い量ね、しかし……時間があれば周囲の散策でも、しようと思っていたのだけれど……」
 ふぅ、と息を吐いて呟く。
「んー?それなら、帰り際に色々と教えてやるよ」
「あら、本当?」
「ああ。もうエマは、一度此処を識った。だから来ようと思えば、いつでも来られるしな」
「あ、僕も行く僕も行く」
 云いつつ、怒られた二人(の声)は凄まじい速度で遠ざかっていく。
 ……やがて、階段を上る音が聞こえてきた。
「……賑やかなのね」
「疲れますけれどね?味付けにも煩いんですよ、あの人たち」
「それは……男の子ねぇ」
「はい…」
 くすりと、唯が笑う。
 ………少し前に始めてあった女性と、打ち解けた友人のように話しつつ。
「さ、もう少しです。帰り道も、目を楽しませてくれますよ?」
「ええ……それじゃ、貴女の愚痴なんかも聞いてあげながら、仕上げましょうかしら?」
「あらあら、嬉しいことを云ってくれるものですね」
 二人は、暫し厨房で楽しく語らった。









【4】

「さって……武彦との待ち合わせまで、あとどれ位だ?」
「あと二時間、かしら」
「上等……出口はある程度、自分の想いで指定できるからな。十分に間に合う」
「だねー」
「それは………ありがたいわ」
 先行する巴とセレナの台詞に、シュラインはぽつりと呟く。
 ……彼女の声に応じるかのように、ざぁっと風が周囲の笹を啼かせた。
「本当に面白いところね。と言うか、とても広い?」
「イエス。とにかく暇はせんよ」

 既に、唯に暇な時また遊びに来る、と分かれてから三十分。

「あ、あの遠くに見える城も中々のものだよ。前に武彦が来て、罠にかかっちゃってねぇ」
「それ、笑えないわ…」

 巴、セレナ両名と談笑しつつ、彼女は出口を目指していた。

「時々、色々なマジック・アイテムも見つかるしな。どうだ、武装として?」
「エマくんがあの能力に加えて戦闘スキルまで備えたら怪獣みたいだねー」
「……セレナさん、褒めてるの?」
「ははは、僕は女性を茶化すことなんてないよ」
 悪意の無い笑みを浮かべるセレナには、最早深く言及しない。
 ――――先ほど、唯から助言されたことである。
「それで……その、お二人の『初見さんが見るべき見所』って?」
「慌てなさんな……っと、見えた。あれだあれだ!」
 眉を顰めて巴を見ると、丁度良いタイミング、とばかりに巴が目的の場所を見つけたらしかった。
 一目散に、それこそ子供のように駆けていく。
「ふん。そうか、僕も見るのは久し振りだなぁ……」
「そう?一体何なのかしらね…」
 その後を、ゆっくりと。シュラインはセレナを歩いてゆく。
 ………実のところ。武彦との待ち合わせに関することで頭は半分を使用していたのだが。

 しかし。
 彼女の懸念は、巴に追いついたときに一瞬だけ、忘れるほどに緩和された。
「これは……」


 目の前には、桜。
 一面の山桜が、野生を存分に残しつつ、けれどとても美しく。鎮座していた。
 成程――――――――これは、とんでもない光景だ。
「綺麗ね……」
「だろう?これがまた、この下で宴なぞ催すと格別でな」
「詩吟も良いけどね」
「黙れ英国人」
 二人の軽口も、気にならない感動だった。
「どうだ、今度武彦でも連れてくると良いぜ……あいつには、まだ教えてなかったからな」
「ええ……」
「あははー。エマ君に似合いそうな宝石の一つでも見つけようと意気込んで来たのに、彼は残念だったね」
「……え?」
「おっと」
 セレナが、失言を楽しむかのように舌を出す。
「身体能力は一流なんだが……どうにも、あの男は不幸な属性だよなぁ」
「えっと、それは……本当?」
 ぽつりと呟いたシュラインの言葉に答えず、巴とセレナは踵を返す。
 二人して背を向けたまま、ひらひらと手を振ってきた。
「それじゃあな、エマ。また、依頼で迷惑をかけるかも知れん」
「同じく。まぁ、暇なときに尋ねて来て欲しいね。唯も喜んでいたし、歓迎するよ」
「ちょっと……二人とも、」
「出口はすぐこの先だ。出たい場所をイメェジしつつ行くと良いよ」
「またねー」
 振り返らずに、二人の男は己の住居へ戻っていった……
「………」
 暫し呆然として、シュラインは正気を取り戻す。
 待ち合わせまであと十分。呆けている間に、どれだけの時間が経ったのか。
「行かないと……」
 自分を鼓舞するように呟いて、彼女は最後に一度、彼らの去っていった方向を見る。
「巴さんに、セレナさんに、唯さん……」
 目を、優しげに細める。
「楽しかったわ―――――また今度、お邪魔させて貰うわね」
 ぺこりと、誰もいない空間に浅く頭を下げて。もう迷わずに、桜の広場を突っ切る。
 そして――――――






「ごめんなさい、武彦さん。待った?」
「いや……待ってないよ。と言うかな、君は別に遅刻していないだろう」
「そうだけど……」
「エマ――――なんだか、嬉しそうだぞ?良いことでもあったのか?」
「そうかしら……ええ、でも。そう見えたのなら、きっとそうなんでしょうね」
「?」
「さっ、行きましょう!甘いものでも辛いものでも、武彦さんに任せるわ」
「甘いものに辛いものって、エマ………お、おい!引っ張るなって、ちゃんと付いていくから!」
 街中の、とある広場。
 人々の様々な待ち合わせに使われるそこで、武彦と会い………約束していた食事をして。




 ――――――シュライン・エマは、不思議に迷い込んだこの一日を、最後まで楽しんだのであった。
 
                                  <END>









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳  / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】







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■         ライター通信          ■
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 シュライン・エマ様、こんにちは。
ライターの緋翊です。この度は「諧謔の中の一日」へのご参加、ありがとうございました!

 依頼に幾度と無く参加頂いていたエマさんで、巴やセレナとも面識があると言うことで、賑やかに書かせて頂きました。本当はもう一場面くらい挿入したかったのですが、字数の関係上個々の場面が薄くなってしまうと判断しこういった形に落ち着かせました。諧謔の中で過ごした一日、気に入って頂けると良いのですが。

 そして、ご質問に対する返答ですが……これは私の依頼等における、草間武彦のエマさんへの感情はどのようなものとして捉えられているのか、という主旨の質問であると考えて宜しいでしょうか?その場合、草間氏に対して惚れているという設定を考慮して、草間氏とは「良い仲」であるという理解で執筆させて頂いておりますが……妻、とか恋人、とか、こちらからの関係に対する踏み込んだ言及は些か無遠慮であるかと思い、今まで明確な言及を避けておりました。私個人の認識としては、(エマさんがそれをお許し下さるのなら)エマさんと草間氏は付き合っている、恋人同士であるというものであります。
 もし質問の意図が私の理解の仕方と異なっている場合、そして私の認識が拙い場合。お手数ですがお手紙を頂けると幸いです。規約上「確実に反映する」とは申し上げられないのですが、しかし「参考にさせて頂く」ことは許されておりますので……


 さて、長くなってしまいましたが、楽しんで読んで頂ければとても嬉しいです。



 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。


                               緋翊