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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


花を思う花瓶の話

□Opening
 碧摩・蓮が足を止めたのは、アンティークショップ・レン店内のある花の前だった。
 いや、正確には花ではなくて、その花を飾ってある花瓶の方だ。花は花屋から仕入れた店内ディスプレイ用のただの花。問題は、それを生けてある花瓶である。この花瓶は、繊細な花の模様が描かれた焼き物で、蓮が仕入れてきた『商品』だ。
「どうしたって言うんだい、全く」
 蓮は、その花瓶の有り様に、不機嫌そうに問いかけた。
『私、の事でしょうか?』
 突然、すいと女性が現れた。花瓶に描かれているのと同じ繊細な花柄の着物を実に纏い、花瓶を抱くようにして揺らいでいる。花瓶の精、とでも言おうか。蓮は彼女の存在を承知の上で、この花瓶を仕入れたのだ。
「そうだよ、あんた、随分衰弱しているね」
 蓮のその言葉に、花瓶の精は顔を曇らせた。そう、仕入れてきた頃に比べて、花瓶の精には覇気が無かった。まるで、今にも消え去りそう。
『私は沢山の花をこの腕に抱いてきました』
 無言の時を破ったのは、花瓶の精だった。言いながら、飾られている花を優しく撫でる。
『美しい花達を見守るのは好きです、けれど彼女達は私の目の前で散って行く』
 花瓶の精は伏し目がちに、しかしはっきりと悲しげな表情を浮かべた。
 その様子を見て、あんたが花瓶である限り、仕方が無い、そんな言葉を、蓮はぐっと飲み込んだ。かわりに、ふとため息をつき、花瓶に問う。
「どうしたいって言うんだい?」
 このままでは、折角仕入れた特別な花瓶の価値が全く無い。出来る事なら、花瓶の思う事をと蓮は考えたのだ。
『分かりません、このまま花瓶の精として分身と共に生き長らえるのか』
 花瓶の精は、言いながら分身……つまり、花瓶をまた抱きしめる。
『私はこのまま消え去って、私の分身だけ、ただの花瓶となるのか』
 わかりません、と、もう一度花瓶の精は呟いた。
「つまり、散って行く花の事を思うと辛いから……、自身を消すかどうか迷っていると?」
 眉をひそめる蓮の言葉に、花瓶の精は静かに頷いた。
 けれど、蓮には、どうする事が良い事なのか、分からなかった。

■02
 門屋・将太郎は、花瓶の精と蓮を見比べてほんのちょっとため息をついた。
「迷える花瓶の精のお悩み相談か」
 呟きながら、ぐるりと店内を見まわす。勿論、それはただのポーズで、困っている花瓶の精について考えているのだ。
 いかに本職がカウンセラーとは言え、人間以外の相談は、あまり経験が無いので何とも言えない……、のだけれど。
「まさか、見物しに来たんじゃないだろうねぇ?」
 勘ぐるような蓮の表情に、将太郎は肩をすくめ口の片側を持ち上げる。
「ここに来た以上、引き下がるわけにはいかないから話は聞こう」
 そうして、もう一度、今にも消え去りそうな花瓶の精を見た。弱々しいその瞳と、しかし、今度はきちんと視線が交錯した。

□03
「確認するけど、あんた達……、遊びに来たって事じゃないんだろうね?」
 花瓶の精を静かな笑顔で眺めるジェームズ・ブラックマンに、腕組をして花瓶の精を見つめる門屋・将太郎。二人は、渋い顔を見せる蓮の方へ向き変え、それからお互いを改めて見やった。
「いえいえ、滅相も無い、こちら花瓶の精……でしたよね、ええ勿論お話を伺います」
 くすり、と、ジェームズは口元に笑みを残しながら一歩花瓶の精に近づく。
「散り行く花の儚さが、お辛いんですよね?」
 花瓶を弱々しく抱きかかえていた花瓶の精。彼女の頬に手を伸ばし、そっと触れてみる。いや、けれども触れた感触は無い。ジェームズの手のひらは、空を切り、花瓶の精は困惑したように俯いてしまった。
『はい……、花達が私の中で散って行く……それは、悲しい』
 花瓶の精の声を聞きながら、ジェームズは何も掴めなかった手のひらをちらりと見た。それから、ひらひらと手を振りふっと息を吐き出した。
「お疲れでしたら、いっそもうお休みになられますか?」
 その、突き放した言い様に、蓮がぴくりと眉を上げる。いきなり何を言い出すのかと言う蓮の無言の圧力に、ジェームズは怖い怖いと両手を大袈裟に持ち上げた。
 さて、その様子を見ていた将太郎だったが、ジェームズの言葉を諌める風でもなく花瓶の精に語りかけた。
「あんたもわかってるんだろ? どんなに美しい花でも、生きている限り必ず散るってことを」
 自分の中で散って行く花を見ているのが辛く悲しい。
 その花瓶の気持ちは、理解できる。けれども、それが、現実であり、それは、そう、当たり前の分かりきった事なのだ。
 穏やかな、しかし、はっきりとした将太郎の言葉に花瓶の精はそっと皆から目を逸らした。つまり、彼女とて、分かっているのだと言うサイン。
「あんた達……、何しに来たんだい? ええ?」
 重く沈んだ空気に、とても低い声で蓮は男達を威嚇した。このままでは、花瓶の精が悲しみのまま消え去りそうだった。進退は精の自由にするが良いとは言え、後味が悪い事この上ない。
「まぁまぁ、お美しいお顔が台無しですよ、アナタのそんな顔を見るのはとても辛い」
 ジェームズは、そんな蓮を見て、悲しそうに首を振る。
「いや、多分、原因はおまえだから」
 ふるふると肩を震わす蓮を見ながら、将太郎はこそっとジェームズを小突いた。
「ミスターまたまたご冗談を、アナタのトドメの一言には敵いません」
 ジェームズは驚いたように将太郎を見つめ返し、くすりと笑う。
 真顔で責任を擦り付け合う二人に、蓮はかすかに頭痛を覚えた。大丈夫なのだろうか、この二人……。はぁ、と、一つ大きくため息をつき、もう一度睨みをきかす。

□04
「確かに花は散ってしまう」
 さて、キリキリといきり立つ蓮の様子に気付いているのかどうか、ジェームズはどこか歌うように静かにゆっくりと話し始めた。
「でも、生けられた花たちも貴女あってこそ輝くのです」
 そうして、手を伸ばし花瓶の精の両手を掴む。
 いや、実際は触れる事の出来ない彼女の手のひらに、そっと手を重ねたように見せたのだ。
『花達が、輝く』
 ジェームズの手のひらを見つめながら、花瓶の精はぽつりとその言葉を復唱した。
「そう、それを見て、私たちの心も穏やかにしてくれる」
 片方の腕だけをそっと持ち上げ、ジェームズは手のひらを自らの胸に当てて見せた。その優雅で紳士然とした様子から、花瓶の精への真摯な気持ちが現れていた。花瓶の精は、戸惑いながらゆっくりと顔を持ち上げ、ジェームズを覗き見る。
「本当に見境がないんだねぇ」
 その二人の様子を見ながら、蓮がポツリと突っ込んだ。この様子だと、次にどんな睦言が飛び出すのやら……。半ば呆れ顔の蓮。しかし、そんな蓮の様子などジェームズはさほど気にもせず、また花瓶の精に両手を重ね合わす。
「俺も……花のことは良く知らんが、綺麗な花を見るのは好きだ」
 ジェームズの背後から、その成り行きを見守っていた将太郎だったが、花瓶の精が少し落ち着いて来た事を感じ取り、優しく語り掛けた。そして、花瓶本体に近づき、手を触れる。
「特に、こういう綺麗な花瓶に生けられた花はな」
 将太郎の言葉に、花瓶の精はびくりと肩を振るわせ、困ったようにまた俯いた。先ほど花瓶の精の本心をずばり言い当てた将太郎の言葉は、重く深く響く。
「俺自身の意見を言えば、あんたに消えて欲しくない」
『え?』
 そのストレートな言葉に、花瓶の精は驚いたように、短く声を上げた。
「そう、つまり花瓶の精を続けて欲しい」
 花瓶の精は将太郎を見上げる。
 将太郎は花瓶の精を黙ってみていた。
「どうか、また私たちに安らぎをくれませんか」
 さらに、重ねるようにジェームズも優しく花瓶の精に語り掛ける。
『私は、消えない方が良い……、そう、おっしゃる?』
 二人を見比べながら、花瓶の精は迷っていた。おずおずと、小さな声で問いかける。
 しかし、その問いに、将太郎が首を横に振った。
「どうするかは、自分で決めるんだ」
 そう、決して無理強いはしない。けれど、二人は優しく花瓶の精に語り掛けた。花瓶の精は、それがとても嬉しかったし、とても励みになった。

□Ending
『ありがとうございます』
 花瓶の精は、そう言ってふいにゆらりと揺れた。ジェームズの手を離れ、将太郎の目の前を通り、ゆっくりと飾ってある花を撫でる。それから、最初に彼女がそうしていたように、花瓶を大切に抱えた。
『私は、きらめく花達の手助けをしているのですね』
 本当は、分かっていた。
 花達の散って行く事など、最初から。けれど、別れは寂しかった。辛かったのだ。花瓶を抱え、花瓶の精はゆっくりと花達を思う。
 その様子を、将太郎はじっと待っていた。彼女の結論を、ずっと待っていた。
 優しく包み込む様も美しい。ジェームズは、ただ、花瓶の精を見守っていた。
 やがて、薄暗い店内に、ぽうとほのかに明かりが集まって来る。今までくすんでいた花瓶は、その繊細な花柄をもって艶やかに輝きを増した。花瓶の精は、それに呼応するかのように、また輝き出す。透明な肌はつやつやと美しく、繊細な花柄の着物は鮮やかに晴れやかに、生の息吹を感じさせた。
「じゃあ、あんた、花瓶の精を続けるんだね?」
 その姿は、まさに蓮が仕入れてきた美しい花瓶だった。
『はい、花は散り行く、だからこそ私の腕の中では美しく輝かせてあげたい』
 そう、精一杯、手助けが出来たなら、嬉しい。
『お二方が、そうしてくださったように、私も頑張ります』
 花瓶の精は、そう言ってジェームズと将太郎を交互に見た。二人が自分を励ましてくれたように、自分は花を励ますのだと、花瓶の精は言う。
「精の人生も、捨てたもんじゃないだろ」
 彼女がそうすると決めたのなら、それで良い。将太郎は、力強く彼女に言葉をかけた。花瓶の精は、笑顔で頷く。花を輝かせる事が出来る、何て名誉ある事なんだろうか。その瞳が、そう物語っているようだった。
「やはり、美しい、いや結構な事です」
 花瓶の輝くその近くで、黒尽くめのジェームズの黒はより一層引き立っていた。優雅に口元に手をあて、満足げに頷くジェームズ。花瓶の精は、少し恥ずかしそうに、けれど笑顔でジェームズを見つめ返した。
「黒男……、分かってるとは思うけど、アレは花瓶だからね?」
 わざとその名で呼び、きつく釘をさす蓮。
「黒男?」
 将太郎は、不思議そうにジェームズと蓮を見た。
「ええ、ええ、苦労してますよ、実際」
 くすくすくすと、ジェームズはたいそう大袈裟に肩をすくめ、蓮をちろりと盗み見る。
「誰が、上手い事言えと言った」
 蓮はジェームズのその態度に、呆れたようにため息を吐き出し、
『うふふふふ』
 花瓶の精は、楽しそうに三人の様子を眺めていた。
 その腕の中には、美しい花。彼女の力を受け、花達は美しく輝き、それはやはり素敵なものだなと将太郎は頷いた。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5128 / ジェームズ・ブラックマン / 男 / 666歳 / 交渉人 & ??】
【1522 / 門屋・将太郎 / 男 / 28歳 / 臨床心理士】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターのかぎです。この度は、ノベルへのご参加ありがとうございました。オープニングの花瓶の切ない思いが物語を暗くするのではと危惧していましたが、お二方のおかげで優しい物語になったのではと自分でもビックリしています。
 花を思う花瓶のお話、いかがでしたでしょうか。
 □部分が集合描写、■部分が個別描写になっています。

■門屋・将太郎様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。門屋様の言葉はいつも重みが有って、それをきちんと伝える事が出来るかどうかを考えて描写させて頂きました。いかがでしたでしょう。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。