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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


藍玉 + 友達 +



☆ ★


 沖坂 鏡花は顔だけ。
 そんな噂があちこちのグループで囁かれるようになった。
 仲の良い子だけで固まった小グループのリーダー達は、こぞって鏡花を無視し始めた。
 人見知りが激しくて、ほんの少し話し掛けられただけでオドオド・・・
 いつも俯いており、ほとんど喋らないその様子は、見る人によっては酷く苛立ちを覚えるのだろう。
 だからこそ・・・
 沖坂 鏡花は顔だけ。
 無駄に良い外見を持つ彼女は、女生徒からあまり好まれなかった。
 男子生徒達から一目置かれているのは、ただ外見が可愛いから。
 中身は大した事ないくせに、ムカつく。
 理不尽なソレは、鋭い刃となって鏡花に襲い掛かり、教室内では浮いた存在になっていた。
 ・・・けれど、自分にも悪いところがあるから・・・。


* * *


 午前の授業が終わり、お昼の時間が始まる。
 ざわつく教室内からするりと抜け出ると、俯きながら中庭へと出た。
 初夏を感じさせる高い陽をしのげる、巨大な木の根元、真っ白なベンチの上に腰を下ろすとバッグの中からお弁当箱を取り出した。
 鏡花が食べるにしては大きすぎるそのお弁当箱は、いっそお重と言ってしまった方が良いほどに大きかった。
 しばらく黒塗りの蓋を見詰めた後で、小さく溜息をつく。

「お友達と・・・食べなさいって・・・。そんなの、いない・・・のに・・・。」

 従兄妹の顔を思い描き、それに向かって再度溜息を洩らす。
 友達が出来ない鏡花を思っての事なのかも知れないが・・・

「全部・・・食べきれないと、悲しそうな顔・・・するから・・・なぁ・・・。」

 つい昨日の事を振り返って、ポツリ・・・そう呟くと、目を伏せた―――


☆ ★


 春よりも夏に近づいた、あの湿気を多く含んだ重い風が吹く。
 照りつける太陽も、冬のどこかボンヤリとしたそれとは違い、確実に自己主張を強めつつある。
 オールド スマグラーは、整備された道を一人歩いていた。
 葉が茂った街路樹は等間隔に植えられており、風が吹く度にザワザワと音を立てる。
 隣の片側一車線の道路を大型トラックが凄まじいスピードで通り過ぎ・・・巻き上げた砂埃に目を瞑る。
 片側2車線道路ではないのだから、もっと速度には気をつけてほしい。
 もし子供が飛び出してきたりしたら危ないではないか・・・。
 オールドはそう思うと、溜息をついた。
 車は文明の利器なのかも知れないが、そのために犠牲になる人がいては話にならない。
 ヤレヤレと思いつつ、ふっと・・・オールドは足を止めた。
 神聖都学園と書かれたプレートが目に入り、オールドはかなり最近の記憶を開いた。
 足元に舞い落ちた真っ白な紙。
 銀色の長い髪の少女・・・沖坂 鏡花。
 華奢で儚い印象を受ける彼女は、極度の人見知りらしく・・・オールドが背中に貼られた紙を取ろうとするだけで酷い警戒心を出した・・・
 心細げに伏せられた瞳の色は淡く、けれど奥底で光る意志は強いものだった。
 オールドは暫し考えた後で、そっと正門の中から学校の敷地内に足を踏み入れた。
 無機質な校舎が無言で口を開いているが、整然と並んだ下駄箱を見た瞬間、なんだか中に入る気が薄れ、オールドは校舎を一周してみようと思った。
 どのくらい広いのだろうか?
 それは純粋な疑問からだった。
 だからこそ、校舎を壁伝いに歩いていて、あの銀色の長い髪を見つけた時は驚きに足を止めた。
 緑色に染まった中庭で、一際目立つ白いベンチ。
 その上にポツンと座っている鏡花は寂し気で・・・
 やはり、その隣に友人の姿はなかった。
 オールドは暫し考えた後で、そっと鏡花の前に歩んだ。
 ゆるゆると鏡花が視線を上げ、驚いたように目を丸くして・・・・・
「どうして・・・ですか・・・??」
「たまたま通りかかったらあんたが見えたんだよ」
 その言葉に鏡花が首を傾げ・・・はっと、何かに気がついたような顔をすると両手でお弁当箱・・・と言うにしては随分と立派な、女子高校生がお昼に持ってくるにしては少々大きすぎるソレを隠した。
 鏡花は同年代の女の子達よりも幾分細めだ。
 ブラウスの袖から見える手首は細く、膝上のスカートから覗く足はスラリとしている。
 痩せの大食いでない限り、鏡花がそのお弁当を毎日持って来ているとは考えがたい。
 ・・・イジメか?
 オールドは刹那そう思った。
 初めて会った時も、彼女はその背に殴り書きされた真っ白な紙を貼り付けられていた。
 けれど、すぐにそれは違うと否定する。
 何せ、お重はかなり立派なもので・・・そもそも、お重を渡すイジメなんてないだろう。
 それならばどうして・・・・・・?
 オールドの視線に気付いた鏡花が、俯きながら頬を赤く染める。
「あの、これ・・・私の・・・従兄妹の人が作って・・・くださって・・・でも、お友達と食べなさいって・・・」
 そこで言葉は途切れた。
 寂しそうな、それでいて悲しそうな、今にも泣き出してしまいそうな表情をした後で鏡花が唇を噛んだ。
 お友達と食べなさいと言われても、食べる友達が居ないのだろう。
 オールドはそう思うと、空を見上げた。
 高く澄む空は広く、時折小鳥がそこを横切った。
「・・・一緒に食べちゃ駄目か?」
「え?」
 鏡花がクリクリとした瞳を向ける。
 淡い淡い瞳はオールドの視線を真正面から捕らえ、すぐにはそらさなかった。
「そう言えば、まだ昼食ってなかったな〜と・・・」
「あ、どうぞ!」
 鏡花がさっと身体を脇にずらし、オールドの座る分をあける。
 長い髪がザァっと風に靡き、どこかほっとした様子の鏡花が口元に笑みを浮かべ
「良かった・・・私一人じゃ、食べきれないって・・・思ってたんです」
 そう言ってカポっと蓋を開けると朱塗りの箸でおかずを蓋に乗せ、お重の方をオールドに差し出した。
 蓋に乗ったおかずは、ほんの少し・・・ウサギのエサ程度だ。
「それだけしか食べないのか!?」
「あんまり・・・食欲無いんです。・・・それに、朝ご飯、今日はいっぱいだったんですよ」
 困ったような笑顔を浮かべながら、きっとお重が入れられていたであろう袋を開き、中から割り箸を取り出した。
 差し出されたソレを受け取り、パキリと音を立てて2つに割ると手を合わせる。
「いただきます」
「・・・従兄妹はお料理が凄く上手い・・・ので、きっと美味しいですよ」
 そうなのか?と、疑問系で言葉を返しつつも一番手前にあった唐揚げを箸でつまむと口に放り込んだ。
 一流レストランも顔負けの味に、オールドは思わず鏡花をマジマジと見詰めた。
 深い味付けもさることながら、鶏肉も随分と良いものを使っているように思う。
 ・・・もしも鏡花が実は旧華族のお嬢様で〜と言うような話になったとしても、なんら不思議ではない。
 見た目はキチンとお嬢様だし、言葉遣いだって・・・口篭ったりオロオロとしたりするのを除けば大分綺麗な言葉遣いだ。
 従兄妹が作ったとは言っていたが・・・もしかして、どこか有名なレストランのシェフでもやっているのだろうか?
 考え込むオールドの箸は止まっており、鏡花が不安そうにその顔を覗き込む。
「もしかして、お口に・・・合いませんでしたか?」
「や、そんな事はねぇけど・・・」
「?????」
「ちょっとな、鏡花って、どっかのお嬢様なのかな〜とか・・・」
 オールドの言葉に、鏡花が一瞬驚いたような顔をして・・・すぐに吹き出すと、顔を背けた。
 クスクスと肩を震わせながら笑い、途切れ途切れになりながら言葉を紡ぐ。
「ご・・・ごめんなさっ・・・で、でも・・・お嬢様なんて・・・」
「や、だってさ・・・なんつーか・・・」
「私は普通の家で育ちました。でも・・・今は、大きなお屋敷に住んでます」
 はっきりとした口調でそう言うと、鏡花が箸を置いた。
 満足そうにご馳走様でしたと呟き、オールドが食べる姿をマジマジと見ている。
 それにしても・・・普通の家で育ったけれども、今はお屋敷に住んでいるとは、どう言う事なのだろうか?
 父親が事業に成功して、一躍お金持ちになったとか・・・
 それならば、お嬢様を否定しなくても・・・しかし、鏡花の性格から考えて、お嬢様と言う言葉に謙遜の念を抱いたのかも知れない。
 けれど・・・・・・
 悶々と考えながらも、オールドはふとあることに気付くと鏡花に視線を向けた。
「そう言えば、自己紹介してないな」
「・・・オールド スマグラーさんですよね?」
「あぁ。炭焼き職人をしてる」
「炭焼き職人・・・さんですか??」
「師匠の仕事を引き継いだんだ。あとは、酒のラベルデザイナーもしてる」
「えぇっと・・・とにかく、凄い職業・・・なんですよね?」
 困ったように鏡花がそう言って首を傾げた。
 凄いか凄くないかは主観によるもので、鏡花が凄い職業だと感じたのならばそうなのかも知れないが・・・
「自己紹介・・・私は、沖坂鏡花と言って・・・えっと・・・」
 オールドに続けとばかりに鏡花がそう言って、すぐに言葉を濁した。
 あまり自己紹介をする事になれていないらしい。
「そう言えば、最近転校して来たって言ってなかったか?」
「・・・え?あ、はい・・・」
 鏡花が頷き、直ぐに何かを思いつくとパァっと顔を輝かせた。
「初めまして、沖坂鏡花と申します。石源高校から転入してきました。1年間、宜しくお願いいたします」
 教室の壇上でした時よりもスムーズな自己紹介ではあったのだが・・・その内容のおかしさに、鏡花が顔を赤くした。
 オールドも思わず笑みを零す。
 それはあまりにも“形式的自己紹介”すぎた。
「・・・そ・・・そんなに笑わないで下さいよっ・・・!」
「や、悪い・・・」
 顔を真っ赤にして唇を尖らせる鏡花に頭を下げると、オールドは真っ直ぐに鏡花を見詰めた。
「なぁ、1つ・・・お願いした事があんだけど」
「・・・お願い、ですか?」
「学校ってどんなとこなのかよく知らないんだよな。だからさ・・・」
「えぇ・・・もし宜しければ・・・今度ゆっくりお話しますね。・・・機会があれば、学校の案内も」
 鏡花がそう言って立ち上がった瞬間、乾いた鐘の音が響き渡った。
 スカートについた埃をポンポンと払った後で、それではと軽く言って鏡花が校舎の中に吸い込まれて行く。
 その背を見詰めながら、オールドは巨大な学校の壁を見上げた。



               ≪ E N D ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  6082 / オールド スマグラー / 男性 / 999歳 / 炭焼き職人 / ラベルデザイナー


  NPC / 沖坂 鏡花

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『藍玉 + 友達 +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、続きましてのご参加まことに有難う御座います。(ペコリ)
 藍玉の2作目、如何でしたでしょうか?
 鏡花がある程度スムーズに話せるようになり、ちょこっと言い返すことも出来るようになりました。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。