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藍玉 ＋ 友達 ＋
★ ☆
沖坂 鏡花は顔だけ。
そんな噂があちこちのグループで囁かれるようになった。
仲の良い子だけで固まった小グループのリーダー達は、こぞって鏡花を無視し始めた。
人見知りが激しくて、ほんの少し話し掛けられただけでオドオド・・・
いつも俯いており、ほとんど喋らないその様子は、見る人によっては酷く苛立ちを覚えるのだろう。
だからこそ・・・
沖坂 鏡花は顔だけ。
無駄に良い外見を持つ彼女は、女生徒からあまり好まれなかった。
男子生徒達から一目置かれているのは、ただ外見が可愛いから。
中身は大した事ないくせに、ムカつく。
理不尽なソレは、鋭い刃となって鏡花に襲い掛かり、教室内では浮いた存在になっていた。
・・・けれど、自分にも悪いところがあるから・・・。
＊ ＊ ＊
午前の授業が終わり、お昼の時間が始まる。
ざわつく教室内からするりと抜け出ると、俯きながら中庭へと出た。
初夏を感じさせる高い陽をしのげる、巨大な木の根元、真っ白なベンチの上に腰を下ろすとバッグの中からお弁当箱を取り出した。
鏡花が食べるにしては大きすぎるそのお弁当箱は、いっそお重と言ってしまった方が良いほどに大きかった。
しばらく黒塗りの蓋を見詰めた後で、小さく溜息をつく。
「お友達と・・・食べなさいって・・・。そんなの、いない・・・のに・・・。」
従兄妹の顔を思い描き、それに向かって再度溜息を洩らす。
友達が出来ない鏡花を思っての事なのかも知れないが・・・
「全部・・・食べきれないと、悲しそうな顔・・・するから・・・なぁ・・・。」
つい昨日の事を振り返って、ポツリ・・・そう呟くと、目を伏せた―――
☆ ★
中庭の木の上で、加藤 忍はゆっくりと日向ぼっこをしていた。
風は夏の匂いを纏い始め、日差しも日増しに強くなって行く。
もう暫くすれば梅雨が到来し、一雨毎に暖かくなっていくのだろう。
桜の木はすでに、あの淡い色の花弁を散らし、どこか幻想的な装いをしてはいないものの、木々は新しい緑色の葉を枝いっぱいに抱きかかえて風に揺れていた。
夏になれば、木漏れ日の優しさが分かる。
照りつける太陽の光は強いけれども、薄い葉を通しての光は柔らかいのだ。
アスファルトに覆われた大地の上、色褪せた赤レンガが敷かれた大通りに等間隔に植えられた木。
決められた区画の中に生きる存在ではあるけれども、その存在は道行く人々の心を癒してくれる。
忍はそんな優しい木が好きだった。
だからこうして、穏やかな日差しの中寝転がってそっと目を閉じているわけで・・・
ふと目を開けると、真っ白なベンチにポツンと座る人影が見えた。
周囲には誰も居なく、手にはお弁当を抱えてボウっとしている。
銀色の長く美しい髪が、陽の光を反射してキラキラと輝き・・・その煌きは遠めで見ても分かるものだった。
少女は何か困っているようだった。
周囲をキョロキョロと見渡し、溜息をついて手の中の弁当箱を見詰め・・・・・・
よくよく見てみれば、それは知った人の姿だった。
ついこのあいだ、ここ・・・神聖都学園で会った学生・・・沖坂 鏡花だった。
忍は身軽に木から飛び下りると、中庭を真っ直ぐに突っ切って鏡花の前に立った。
「お久しぶりです」
「・・・え・・・？」
鏡花の瞳がゆるゆると上がり・・・忍の姿を認めたとたんに驚きの表情に変わる。
「あ・・・」
「随分とお困りのようにお見受けいたしますが、何かお悩みでも？」
「えっと・・・お悩み・・・と言うか、その・・・お弁当が・・・」
そう言って恥ずかしそうに両手で隠すお弁当箱。
それはお弁当箱と言うにはあまりにも大きすぎるものだった。
女子高校生がお昼ご飯にと言って持って来るようなサイズの箱ではない。黒塗りのそれは、あきらかにお重だった。
一般的女子高生よりも幾分華奢な鏡花がソレを全て食べられるとは、忍には思えなかった。
例えば鏡花が痩せの大食いであると仮定しても、いささかその量はやりすぎの範囲を超えないように思えた。
こんなお重を誰が持たせたのだろうか？
鏡花自身が作って来たと言う可能性は・・・ほとんどないだろう。
友達と食べるために作ってきたと言うのもありえなくはないが、残念ながらその存在は周囲には見られない。
「私の・・・従兄妹が、友達と食べなさいって言って・・・作ってくれたんですけれど・・・」
それ以上は口篭って何も言えなかった。
そして、その先の言葉は忍も察していた。
友達と食べなさいと言われて持たされたお弁当ではあるが、残念ながら鏡花には友達と呼べるような親密な間柄の存在は居ないと、そう言う事だろうか？
「ふむ、お弁当を一緒に食べる友達がいないと・・・」
そう言うことですか？
そんな忍の視線にコクリと頷く鏡花。
今にも泣き出しそうな表情で、ギュっとお重を両手で握り締めている。
「そうですね、ご相談に乗りましょう・・・が、私も昼時で少々腹が減っているので、そのお弁当をご相伴に預かられれば幸いかと」
「ご・・・？？」
ご相伴の意味が分からない様子の鏡花は、頭上にクエスチョンマークをたくさん掲げながらも視線を左右に彷徨わせている。
暫くそうしていた後で、鏡花なりのご相伴の意味が出たらしく、コクリと１つだけ頷くと席をずれた。
忍のスペースを開け・・・・・・
「お礼に飲み物は私がお好みのジュースを買ってきます」
「え・・・？」
「何が宜しいですか？」
忍の問いかけに、鏡花はオロオロとしながらも小さな声で「それでは、レモンティーを・・・」と言うと目を伏せた。
中庭から校舎内に入るための大きな扉の先、下駄箱が並んだ場所に自動販売機は置いてあった。
ブーンと言う小さな音が響くそこにお金を入れ、紅茶と緑茶を買うと中庭を突っ切って鏡花の元に戻る。
「どうぞ」
「あ・・・あ・・・有難う、御座います」
ペコリとお辞儀をした鏡花が、お重を忍に差し出した。
袋に入った割り箸も一緒につけ・・・見れば鏡花はお重の蓋に、ウサギのエサと見紛うばかりに少量のおかずを取り分けていた。
両手を合わせていただきますと呟き、朱塗りの箸でおかずをつまむ。
忍も手を合わせて挨拶をすると、割り箸を２つに割っておかずをつまんだ。
口の中に入れる・・・
忍はあまりの美味しさに、思わず言葉を失った。
一流の味がするソレは大分手が込んであり、従兄妹の彼女に対する愛情が窺い知れる。
「・・・あの、お口に合いますでしょうか・・・」
「えぇ、とても美味しいです。鏡花さんはとても愛されていらっしゃるんですね」
「えっと・・・はい、従兄妹は優しいです・・・」
「それにしても、飯を人と一緒に食べると言うのは良いものですね」
忍の言葉に、鏡花は答えない。
ただ黙々と箸を動かしている。
・・・暫くその様子を見詰めていたが、彼女はどうも食べるのが遅いらしい。
咀嚼のスピード云々と言うよりも、咀嚼をしてから飲み込むまでに時間が掛かる人種のようだ。
「私の父もそう言った事を大切にする人で、人と人との繋がりを重く見る人なんですよ」
「そう・・・なんですか・・・？」
「まずは挨拶」
「・・・・・・・」
「これをやらないとどやしつけられます」
「厳しい方なんですね」
「挨拶一つで繋がりが出来るものですしね」
「・・・そう、ですね・・・」
「まぁ、なれないと緊張しますが、そんな時は相手も緊張しているもの」
「・・・・・・・」
「それをほぐすのにこう、にっこりと笑ってみては」
そこまで来て、初めて話しの矛先が自分にあったのだと気付いた様子の鏡花。
驚いたように目を丸くして、忍に言われた言葉を脳内で反芻しているようだ。
淡い色の瞳がせわしなく動き、右手に持った朱塗りの箸が中途半端な開き具合で止まっている。
ザァっと風が吹き、鏡花の銀色の髪が大きく広がる。
瞳と同じく淡い印象を受ける形の良い唇が、何かを紡ぐべく微かに動き・・・キュっと、口を閉ざした。
目を伏せ、膝の上に置かれたお重の蓋を見詰め、残りのおかずをパクリと食べると箸入れに箸をしまった。
「・・・そう、ですね・・・。挨拶は、大切・・・ですよね」
ややあってから遠慮がちにそう言って、小さく頷く。
「えぇ、そうです」
忍もお弁当を食べ終わり、空になったお重を鏡花が受け取る。
使い終わった割り箸も、校舎内にゴミ箱があるからと言う理由で鏡花が受け取った。
「あ、申し遅れましたが私は加藤忍といいます」
「・・・この間、プリントを拾ってくださいましたよね？」
お重が入っていたと思われる袋の中に、そっと黒塗りのソレを入れると、強い風に靡く髪を必死に押さえる。
忍の脳内に、あの日の記憶が蘇ってくる・・・。
廊下に散乱したプリントを必死に集める鏡花の姿。
それを見てみぬふりをして通り過ぎて行った生徒達。
開け放たれた窓から吹く風が、意地悪くプリントを遠くへと攫っていく。
鏡花の泣きそうな瞳、困ったようにゆがめられた眉・・・・・・・・・
「以後お見知りおきを」
ペコリと頭を下げられ、鏡花もつられて頭を下げた。
「私は、沖坂鏡花と申します。・・・ここの学校の生徒で・・・」
そこまで言って、鏡花は口を噤んだ。
校舎内から響くチャイムの音に、鏡花が敏感に反応したのだ。
お昼休み終了を告げるその音は、長く尾を引く音で・・・・・・・
立ち上がり、スカートについた埃をポンポンと払う。
そして・・・
「あの、お弁当・・・食べてくださって、有難う・・・御座いました・・・」
深々と忍に向かって頭を下げると、鏡花がクルリと踵を返した。
そのままパタパタと小走りで校舎の中へと走って行き、そして・・・その中に吸い込まれていった。
鏡花のいなくなったベンチは真っ白で、太陽の光を反射して、目に痛いほどに・・・強く、光っていた・・・。
≪ E N D ≫
◇★◇★◇★ 登場人物 ★◇★◇★◇
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
5745 / 加藤 忍 / 男性 / 25歳 / 泥棒
NPC / 沖坂 鏡花
◆☆◆☆◆☆ ライター通信 ☆◆☆◆☆◆
この度は『藍玉 ＋ 友達 ＋』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、いつもいつもお世話になっております。（ペコリ）
藍玉も２作目ですが、如何でしたでしょうか？
鏡花は忍様のお名前をお顔を覚えた様子です。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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