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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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Swan song
白鳥は一生歌わないが、死ぬ直前に限って美しい歌を歌う事があるらしい。
「ふっ、ロマンチックな言い伝えだけどね」
蓮はそう言いながら小さな木箱を取り出した。
「これだけのアンティークがこの値段なのはお買い得だよ。いい時に来たね」
確かに自分でも手が届きそうな値段だ。
それを買うか買わないか一瞬迷ったが、今買わないと次に来た時にはなくなってしまうだろう。
購入の旨を告げると蓮はにっこりと笑みを向けた。
「いい買い物をしたね。大事にしてやりな」
その客が鈴を鳴らして去っていくのを確認して、蓮はキセルを吸い細く煙を吐いた。
「白鳥が死ぬ直前に美しい歌を歌うように、芸術家が最期に残した素晴らしい作品を『Swan song』って言うんだよ。その最期の作品、あんたはどう使う?」
「ふふ、いい買い物しちゃったわ」
シュライン・エマは、持っていたハンドバッグの中に綺麗に包装された包みを入れながら、足取りも軽く草間興信所に向かって歩いていた。今日は日が暖かく、道端の花ものびのびと日に向かって花を咲かせている。
木箱に入っているのは、アンティークのペーパーウェイトだ。ガラスの球体状で、底と側面だけがカットされており、スミレだろうか…そこから紫の花の模様が幻想的に映っている。アンティークショップ・レンには仕事柄立ち寄ることも多いのだが、今日は特に仕事関係で行ったわけではなかった。
「見るだけにしようと思ったんだけど、ペーパーウェイトって好きなのよね…」
蓮にその箱の中身を見せられた途端、和音が響くように自分の心にピンと来た。ペーパーウェイトとしては少々高めの値段だったのかも知れないが、アンティークであるという付加価値だけでなくそこに映る花に心惹かれたのだ。
それだけではない。
『Swan song』という銘もちょっと気になった。翻訳関係の仕事で調べたことがあったのだが、白鳥の最後の歌は「最後の作品」という意味もある。これがどこからやってきたのか、そしてどんな人物が作ったかにも、シュラインは興味があった。
「とにかく事務所に戻らないと…あ、お土産にコーヒー豆も買って帰らなくちゃ」
ハンドバッグの中身を気にしながら、シュラインは軽やかに事務所へ向かって走り出した。
「さて、ご対面っと」
事務所に戻り武彦と自分用にコーヒーを入れてから、シュラインは箱からそっとペーパーウェイトを取り出した。包まれている薄紙をはがすと、その紫色がオフィスによく映える。
「やっぱりいい買い物だったわ」
もう少しその花に見とれていたい気もしたが、シュラインは丁寧にペーパーウェイト本体や箱を見回す。するとコーヒーカップを持ったまま、草間武彦が後ろからひょいと顔を出した。
「珍しいな。そんな嬉しそうな顔して何か開けてるなんて」
「ふふ、蓮さんのお店で買ったの。雰囲気も素敵なんだけど、銘とかが気になって…あ、あったわ」
箱にはガラス工房の名前だろうか『Caithness』という名が入っている。それを見て武彦がノートパソコンを取り出した。
「なんて読むんだろうな…カッシネス?」
「たぶん『ケイスネス』だと思うの…あ、多分ここだわ」
パソコンにその文字を打ち込みしばらく待つと、英字だらけの検索窓の中からスコットランドのペーパーウェイト工房の名前が目に入った。シュラインはその画面に釘付けになる。そこには色々なペーパーウェイトが紹介されていた。
ケイスネス社はガラス工房で、一つ一つ手作りでペーパーウェイトを作っているらしい。おそらく今日買った物も、そんな作品の一つなのだろう。世界的にこのペーパーウェイトをコレクションしている人も多いようだ。
「思っていたよりも早く調べられそうだわ。ありがとう、武彦さん」
翻訳されていないサイトを嬉々として読んでいるシュラインを前に、武彦はペーパーウェイトを眺めながら苦笑した。
だがすぐ分かったのはそこまでだった。
作っている会社は分かったのだが、シュラインが買った物は1960年代のアンティークなので、作っていた作家などになるとその作業は難航した。そのころにいたガラス職人はもうここに勤めておらず、メールを出しても詳しいことは分からずじまいだった。
結局分かったのは、このペーパーウェイトがスコットランドのケイスネス社で作られた事と、蓮が言っていた『Swan song』という銘だけだ。
「あなたは誰に作られたのかしら…」
シュラインはハンドバッグの中のペーパーウェイトに向かって話しかける。
武彦にも調べるのを手伝ってもらったりもしているが、流石に事務所の仕事を後回しにされるのは気が引けるので、アンティークのことは一番詳しい者に聞くのが一番だろうと、もう一度蓮の店にやってきたのだった。
「いらっしゃい。どうしたんだい、浮かない顔して」
店に入った途端、蓮が何もかもお見通しというような表情で微笑む。シュラインはそれに困ったように微笑み返しながら挨拶をした。
「こんにちは、蓮さん。ちょっと行き詰まっちゃったの」
そう言いながらシュラインはハンドバッグから木箱を出し、蓋を開けた。中にはあのペーパーウェイトが静かに収まっている。蓮はそれを見てキセルを吸った。
「おや、これはこの前買ったばかりの品じゃないか。これが何か悪さでもしたのかい」
「その逆なのよ…作られていた場所と会社は分かったんだけど、そこから何も引き出せなくなっちゃって。作者のテーマや作っていた時の状況とか調べたかったんだけど、やっぱりアンティークになると蓮さんの方が詳しいと思って」
「そうだね、じゃあ紅茶でも飲んで少し話そうじゃないか」
蓮はシュラインをソファーに招き、優雅な手つきで紅茶を入れた。使っているポットやティーセットも見事なアンティークだ。それを蓮は普段使いにしている。
だが、その手つきは物を愛する丁寧な手つきだった。シュラインは思わずその手つきに見とれた。
「はい、どうぞ。それで、あんたは何を調べたいんだい?」
蓮の言葉にシュラインは、ペーパーウェイトを両手でそっと持ちながら話し始める。
「作者が誰かとかそういうのじゃじゃなくて、せめてこれがどんな眼差しで作られた物なのかが知りたいの。白鳥の最後の歌なら、それを閉じこめているのは勿体ないもの」
『Swan song』がどのように作られたのかが知りたかった。
アンティークだからといってこの白鳥の歌を、このまま木箱に閉じこめたくはなかった。もしかしたら、自分は誰が作ったのかというよりも、これがどのような心境で作られたのかが知りたいのかも知れない。
白鳥の歌が静かな時を願っているなら翻訳関連の仕事場で。
うつろう時間や情景を好んだなら、草間興信所で。
物は使ってこそ価値がある。だから白鳥が望む場所で時を過ごさせたい…そう思うのは自分のロマンティックな幻想なのだろうか。
「………」
上手く言葉にならない。
場を取り繕うように紅茶を飲むと、蓮がふっと笑った。その瞬間地面がぐらりと揺れ、蓮の声が遠くに聞こえる。
「だったらそれに聞いてみるのが一番だよ…いい旅を」
何だか目が回る…視界が急に狭まる。手のひらの中のペーパーウェイトが冷たく重い。
シュラインはペーパーウェイトを持ったままソファーに崩れるように倒れ込んだ。
暑い…この暑さは何だろう。
目の前にガラス炉が見える。
「ああ、これはこの『Swan song』を作った誰かの記憶…」
不思議なことにシュラインにはそれが分かっていた。手の中にはちゃんとペーパウェイトが収まっている。
ガラス炉の前には寡黙そうな老人が立っており、一生懸命ペーパーウェイトを作成していた。溶解炉の中から色つきのガラスを少しずつ取り、それを花の形にしていく。それを融点の違う別のガラスでくるんでペーパーウェイトにするだろう…その目は職人の厳しい目つきだった。
「なんだか意外だわ」
そう思いながらその作業を見ていると、老人は作業の手を止め汗を拭きながら外へ出た。工房の外には春のさわやかな風が吹いている。
夢のはずなのに何故かそれが感じられた。暖かい日差しもさわやかな風も…そして花の香りも。
「花?」
シュラインがそれに振り向くと、老人はスミレの花を見ながら目を細めていた。
先ほどの厳しい目つきではなく、花を愛する穏やかな表情。そして、誰に言うともなく何かを呟く。
「ワシがいくら花束を作ってもお前さん達の美しさにはかなわんのう…いつまでワシもペーパーウェイトの花束を贈れることか」
その時だった。
その老人の後ろに一つの情景が見えた。慎ましいが幸せそうな家、そして揺り椅子に座る老婆に老人がペーパーウェイトを贈る姿。老人がぶっきらぼうにペーパーウェイトを渡すと、老婆は幸せそうに微笑みそれを棚に並べる。
そこにはたくさんのペーパウェイトの花束があった。きっとこの花束を毎年贈っているのだろう…言葉は少ないが幸せそうな二人。
「………」
その幸せそうな光景に、何故か涙が出た。
これは最後の花束だったのだ。永遠の愛を枯れないペーパーウェイトの花束に変えて、愛する者に贈った最後の花束。
だからあんなに美しかったのだろう…シュラインはペーパーウェイトをそっと自分の頬に当てる。ひんやりと冷たいのに、何故か心の底が暖まる。
「この花束を大事にしておくれ…そして、愛する人とずっと仲良くな」
そんな声がどこかで聞こえたような気がした。
目が覚めるとそこはいつも通りのアンティークショップ・レンだった。
「何か言葉は聞こえたかい?」
蓮がそう言いながらシュラインにハンカチを渡す。それで頬にこぼれていた涙を拭きながら、持っていたペーパーウェイトを両手でそっと包み込んだ。
「ええ、とても素敵な物語を」
これは事務所で使おう。シュラインはそう思っていた。
愛する者といられる場所、長い時間を過ごす場所。この花束にはそれがふさわしい。
あの二人に負けないように、愛する人といつまでも幸せでいられるように…。
「もう少しここにいてもいいかしら…まだ物語の余韻を味わっていたいの」
「いいよ。あんたの気が済むまでつきあうよ」
蓮がそう言って温かい紅茶を入れ直す。それはスミレの香りがする優しいお茶だった。
fin
◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
◆ライター通信◆
初めまして、水月小織です。
今回の『Swan song』の発注ありがとうございました。
ペーパーウェイトということでしたので、世界的にも有名なケイスネス社のペーパーウェイトを元にオリジナルテイストを入れて作品にしてみました。本当に一点物が多く、一個一個手作りだそうで、日本では小樽の北一ガラスとかで取り扱っているそうです。
ほんのりと愛する人と一緒にいられる場所…というのも入れてみましたが、リテイクなどがあれば遠慮なくおっしゃってくださいませ。
では、またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
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