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春の雨 〜夜の終わり〜
雨の匂いがした……
「そうか……こんな日だったっけ……」
立ち止まり長い廊下に面する窓へと顔を向けると、薄暗くなった空が重そうに雲を引きずっている。
今にもこぼれてきそうな雫を受け止めるかのように広がる無数の葉達。
顔を出さないのはひとしきり可弱い花たちだけだろう。
「あれも……こんな日だったんだなぁ……」
そう、あの日も……
抱えた書類が腕にどっしりと重みを感じさせた。
春の雨が……
春の雨が……またやってくる。
窓から見える……遠く、遠くの山を思い出して……
ACT :1
「偉く寒いですねぇ」
そういうとレイザーズ・エッジはコートの襟首をよせた。
春もまだ早い季節に彼女は山の麓にいた。
その寒さは彼女が身をよせる黒のロングコートでも冷たさが凍みるほどである。
「何分、ボクは寒いのが苦手なんですけれども……」
そう言いつつも、これから登はさらに高地……寒さもより厳しいのが見えていた。
喉の奥がなる。
「覚悟を決めますか……」
どこかにある目的を目指して……
彼女はその場を後にした。
ACT :2
依頼が来たのは突然のことであった。
何かあるかと立ち寄ったのは、おなじみ草間興信所。
中には所長である草間一人が机の上に突っ伏していた。
「おい、なに寝てるんだ」
レイザーズは中に入ると草間を見下すように腕を組んだ。
「相変わらず寂れているじゃないか……他の連中はどうしたのさ」
視線の端に草間を残しつつ室内を見渡した。
すでに誰かが掃除をしていったのか室内は整然としていた。
まぁ、草間の周辺は……そんな言葉は当たらないのだが。
「ん……あぁ、レイザーズ君か……いらっしゃーい……」
顔を上げたものの、彼女を確認すると再び夢の世界の住人へとなろうとする。
「おい。人が来たのに寝る気か、貴様」
口調は静かだが、どこか鬼気迫るものを発する。
頭を掻き毟りながら草間は面倒くさそうに顔を上げた。
「悪い……眠いんだ……」
そういうと先ほどまで草間の腕の下敷きと化していた1通の封筒をレイザーズに差し出した。
封は閉じられたままである。
「なんだ、これ」
不審に思いつつもレイザーズは封書を受け取った。
「昨夜来た依頼だ。悪い、内容はここに書いてあるからヨロシク」
そういうと草間は再び机の上に突っ伏す。
「……頼むって……」
別に仕事をもらいに来たわけではなかったのに……そう思いつつも、すでに夢の住民となった草間を見下ろしつつ封を開けた。
中には一枚の便箋と地図であった。
「……しかたない、僕がやるしかないのか……」
誰もいないときに来たのがいけなかった……
そう反省しつつ、どうも草間の思惑があるようでしかたない。
計られたのかもしれない……
まぁ、それはきっと……最後にわかることだから……
レイザーズは興信所を後にすることにした。
ACT :3
便箋によると依頼の内容はこうであった。
・とある山にある花
まぁ簡単に言えばこれだけである。
普通と違うところは依頼人の名前がエリカというだけで、その他のことは書いていない。
そして何より、その花がなんと言う名前でどんな花であるかという表記が成されていないのである。
「……こんなのを調べろと……」
具体的表現が一切無く、ただ書いてあるのは目的地への行き方の地図だけである。
しかも地図は山までしかなく、あとは文字表記だ。
「これでは使えないではないか」
レイザーズにはある特殊能力があった。
それは移動。
自分のイメージできる場所へ瞬時に移動することができるのである。
大抵の地域へはそれを利用することによって、時間削減を図ったり、目的地へと迷わずに行くことができるのだ。
しかし、どうやら今回はその能力を使うには情報が足りないらしい。
「山までなら、いけるな」
そう判断を下すと
「山……寒いかな」
彼女は思う範囲で装備を固めていった。
ACT :4
「どうやら、ここからが問題か……」
山を登り始めて十数分。
地図に書かれていた文からすると、彼女がいる地点が分岐点に当たるらしかった。
地図に書かれていた目印と一致するのは、道端にある不自然な杭である。
どうも、ここから下に降りていくことになるようであった。
「さてと……」
肩にかけていたナップザックからロープを取り出す。
杭にしっかりかかるようくくりつけると、レイザーズはそのロープを握り下へと降りていった。
「先が……暗いが、何とかなるだろう」
ここに来るまでにすっかり太陽は厚い雲に覆われ始めていた。
雨が降る……
彼女の長年の感がそう告げてくる。
これから進むであろう未知への探索は、少々影をきたしているようであった。
下に行くに従って、道はより険しいものへと変化していった。
ロープを伝って降りていくものの、足場は岩山で無く、中途半端な土。
しかも一昨日もこの地域は雨であったのか、少々ぬかるんでいた。
先ほどまでなりを潜めていた雲も今では立派な雨雲と化し、彼女の身にも降り注ぐ。
コンディションは最悪である。
しっかり足に力を入れ勧めていくものの、先ほどから地面に踏ん張るのが難しくなっていた。
雨はより彼女の身に激しさを増していく。
寒さ対策のためだったはずのロングコートは雨をしっかりと吸い込み、いつしか彼女の体力を奪っていった。
「むむ、判断ミスか……」
ロングコートの重さと、不安定な足場。そしてすべる手。
ここに来て雨は足枷と化し、彼女の目的を阻むものとして立ち塞がったのだ。
「これしきのことで……阻まれてなるものか!」
そう意気込んで足に力が入る。
急に浮遊感が襲った。
足元が崩れたのだ。
力……全体重をかけての浮遊感。
そしてすべりゆく手。
そこに待っていたものは……
思いもかけない、転落であった。
ACT :5
「痛っ!」
鈍い衝撃でレイザーズは身を起こした。
どうやら地面についたらしく、底はなだらかであった。
「うぅ、打ち身だけかなぁ……」
幸い怪我は無いらしい。
どうも地面には大量の落ち葉が今だ腐らずにクッション剤の役割を果たしてくれたのだ。
見上げると、杭にかけたロープは少々遠くで下に着かずにゆれていた。
「結構深かったのか……」
自分の体の様子をすばやく点検しつつ、辺りの状況を確認することにした。
どうも、ここが最奥部らしい。
「まぁ、降りるてまが省けたと思えばいいか……」
少々体に痛みはするものの……前向きな心構えである。
「さて、探すとしますか……」
予定は多少狂ったものの目的地にまた一歩近づいた。
マグナムライトを懐から取り出すと、レイザーズは地図の言葉に目を追った。
「目的は……もうすぐなのだから」
レイザーズの目が光る。
まるでそれは……獲物を逃がさない、狩りをする猫の目のようであった。
ACT :6
日はすっかりと暮れていた。
「はい、これ」
雨で重くなったコートを手に、レイザーズは草間興信所を訪れていた。
すっかり髪も濡れ、額にも付いた雨をも拭わず彼女はここを訪れたのだ。
草間は訪れたときと変わらず机の前に伏しており、興信所内もまた人がいなかった。
ただ、最初に後連れた時と違いレイザーズは気にも留めずに草間の机にそれを置いた。
草間がゆっくりと頭を上げる。
「おぉ、ありがとよ……」
そういう草間は先ほどと違い、すっかり目が覚めたようである。
「うん、間違いないな……」
手に取ったのは一枝の桜。
すでに日は暮れているものの、今なを咲き誇る桜の花であった。
「これで……終了だ」
そういうと、草間は入り口の方へと歩いていく。
おもむろにしゃがみこむと、その一枝を前へと差しだした。
―― ありがとう ――
風に乗って、かわいい声が聞こえた。
桜が風にさらわれた……
「ありがとう……か。まぁ、悪い気はしないか……そうだろ?レイザーズ君」
振り返った草間は苦い笑み。
さらわれた桜は空へと消えた。
「まぁ、今回は聞かないであげましょう……」
風に免じて……
そう思うと少しだけ、頬が緩んだ。
間に合ったのだから……
そう、これは全て夜の終わりまで繰り返されたのだから……
終夜の桜……
夜の終わりまでに届けてください……
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4955 / レイザーズ・エッジ (れいざーず・えっじ)/ 女性/ 22歳 / 流民
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■ ライター通信 ■
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はじめましてこんにちは。雨龍一です。
今回ご購読ありがとうございました。
そして長らくお待たせいたしまして、申し訳ございませんでした。
レイザーズさんは打ち身で住んだものの、怪我にはなんとも気をつけたいものです。
お気づきの点がありましたなら、お知らせください。
今後の参考にさせいていただきたいと思います。
それではこの辺で……失礼いたします。
また、お会いできることをお祈りして……
written by 雨龍 一
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