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<東京怪談ノベル(シングル)>


廃墟奇譚

 古い煉瓦とツタの這った外壁を見ると、あの頃思い出す…。
 まだ夜の営業が始まっていない蒼月亭を遠くに見ながら、ジェームズ・ブラックマンはナイトホークと会ったときのことを思い出していた。
「あの頃はまさに夜鷹だったな…」
 今でこそカフェ&バーのマスターなどをやっており、人当たりも良くなって人間的にも丸くなったが、夜鷹との初めての出会いはとんでもないものだった。
 そして、それから一緒に過ごしたしばらくの間も…。

 ある研究所で拘束されていた夜鷹を助けた後、ジェームズは自分の車で山の中にある廃墟に向かっていた。最初の契約であった『ヨタカを引き取る』事を自分の手で放棄し、夜鷹自身に取引を持ちかけた事をジェームズは後悔していなかった。
「どこに向かって走ってるんだ…?」
 後部座席で拘束服を着せられ目隠しをされ、寝転がったたままの夜鷹が警戒した声を出す。本当はすぐ自由にしても良かったのだが、人間としてのオーラがかなり荒んでいる。このまま外に出したら夜鷹はおそらく、自分に関わった人間をすべて殺しに行くだろう。
 雨でぬかるんだ道にハンドルを取られそうになりながらも、ジェームズはアクセルを踏みながら答える。
「私も契約を破棄してしまいましたからね…お互いしばらく身を潜めた方がいいでしょう。それに夜鷹、貴方はこう言ったはずだ『助けてくれるならどんな言うことでも聞いてやる』…と」
 雨の音とエンジン音が響く中しばらく車を走らせ、目指していた廃墟が見えてきた。
 ここは昔教会だった建物で、今は誰も住んでいない。ここは契約相手とトラブルがあったときなどに、ジェームズが身を潜めるために使っている隠れ家の一つだ。ここなら人がやって来ることもない。
「さて、着きましたよ」
 ジェームズは後部座席にいた夜鷹をひょいと横抱きに抱え上げた。長身の割にかなり軽いのは、ろくな食事を取っていなかったからなのだろう。その抱え上げ方に夜鷹が抵抗する
「ちょっ…普通に担げ」
「一応貴方はお客様ですから。それにその服に目隠しでは玄関にたどり着くことも出来ない…心配しなくても中に入ったら拘束は解いてあげますよ」
 そう言いながらジェームズは教会の中に入り、中にあった椅子に夜鷹をそっと座らせた。
 まず顔を見るために目隠しをはずす。するとその下に隠れていたのは漆黒の瞳と猛禽類のように鋭い目つきだった。まさに夜鷹という名にふさわしいとしか言いようがない。
「改めて初めまして。私はジェームズ・ブラックマン。貴方の名前は?」
 しばらくぶりに光が戻ったせいか、ランプの明かりに少し目を細めながら夜鷹が首を横に振りながら息をついた。
「…覚えてねぇ。ヨタカって呼ばれてたから、それでいい」
「覚えてないとは?」
 拘束服のベルトをはずしながらそう聞くと、夜鷹は困ったような表情をする。
「研究所の事以外はほとんど覚えてないんだ。だから本当の名前も何も知らない…ヨタカは研究所で付けられた名前だけど、面倒だからそれでいい」
 ジェームズはそれ以上の質問をやめた。多分本当に覚えていないのだろう。確かあそこにいた研究員達が『研究所で成功した不老不死の化け物』と言っていた…おそらくその研究や実験のせいで記憶の部分に欠けが出来てしまったのだ。
「さて、俺はどうしたらいいんだ?」
 拘束を解かれた夜鷹は、鳥がまるで羽を震わせるように大きく伸びをする。だが、ジェームズを見るその目は、何をされても今更驚かないというように挑戦的な目つきだ。
 やはりこのまま夜鷹を放つ訳にはいかない…ジェームズは溜息をつきながら夜鷹をバスルームへと引っ張り込む。
「まず風呂に入りなさい。話はそれからだ」

 夜鷹が風呂に入っている間、ジェームズは拘束服などに書かれていた文字を拾い読んだ。
「綾…総合…研究…所。最初の字がかすれて読めないな」
 あの場所は人体実験などを行っていた研究所なのだろう。それにしても「不老不死」の研究とは穏やかではない。研究所で夜鷹が殺されるところと蘇生するところは見たが、それでもまだ眉唾だと思う部分がある。
「果たしてそんなことがあり得るだろうか」
 どんな死に方をしても細胞一つでも残っていれば再生し蘇ってくるなど、人間が手を出せる領域の話ではない。それにあの口調では、他にも研究所には実験体がいたのだろう。
「背後を洗ってみるか」
 ジェームズがそう呟き、着替えとタオルを脱衣所に持って行ったときだった。
「………!」
 風呂場のガラスが血に染まっている。
 ジェームズが慌ててドアを開けると、そこにはカミソリを手にして呆然と立っている夜鷹の姿があった。壁や天井にも血が飛んでいるのを見ると、おそらくあちこちを切ったのだろう。ジェームズがそれを取り上げると、夜鷹は下を向いたまま自嘲するように呟いた。
「何度やっても本当に死ねないんだな…」
 その言葉にジェームズは洗面器を持って夜鷹の頭から湯を被せる。夜鷹はそれに驚き、犬のように首を横に振った。
「なっ…」
「夜鷹、私の家を血で汚すな。死ぬことを試すのは勝手だが、私との取引を済ませる前に死なれる訳にはいかない」
「何だよ、じゃあ取引の内容をとっとと言えよ!」
 噛みつきそうなほどくってかかる夜鷹に、ジェームズは真っ白いタオルを投げつけた。
「しばらくこの家から出るな。私がいいと言うまでここに監禁だ」
「は?」
「分かったら体を拭いて服を着替えろ」
 あっけにとられている夜鷹を尻目に、ジェームズは自分が敬語を全く使っていないことに気がついた。今まで取引相手に対して敬語を崩したことがなかったのに、夜鷹に対しては何故か口調が崩れる。
 でもそれは、不快なものではなかった。
 闇夜を飛ぶ者同士が交わす冷たいようでいて暖かい言葉。
 これから気の長いような時を過ごす者同士の何気ない会話…。

 着替えをして食事を取った夜鷹は、拘束や移動でよほど疲れていたのかソファにもたれかかって眠っていた。先ほどまでチェスをしていたのだが、夜鷹はルールを知っていたらしく、テーブルの上にはゲーム途中の駒がチェス盤の上に並べられたままだ。
「眠っているとおとなしいな」
 だが、このままここで寝ていると風邪をひくかも知れない。そろそろ起こして寝室に連れて行こう…ジェームズがそう思ったときだった。
「う…ん…」
 悪い夢でも見ているのだろうか眉間にしわを寄せ、額に汗が浮かんでいる。そして夜鷹が呻くように一言呟いた。
「コ…トリ…」
 そう言った瞬間、夜鷹がぱちっと目を開けた。頭痛を抑えるようにこめかみに手をやり、一生懸命息を整えようとしている。ジェームズは夜鷹に水を差し出しながら、静かにこう聞いた。
「コトリとは誰ですか?」
 手渡されたグラスを一気に飲み干して、夜鷹は溜息をつく。
「俺そんな事言ったんだ…コトリってのは同じ研究所にいた女。別に彼女とかそういうんじゃないけど、本当に籠の中の小鳥のように言われたことに逆らわない奴だった…」
「皆、鳥の名前なんだな」
 ジェームズの言葉に夜鷹はふっと天を仰いだ。そこにはステンドグラスがはめられており、空に羽ばたこうとしている鳩の絵柄が描かれている。
「ああ、俺は『ヨタカ』で他にも鳥の名前が付いた奴がいっぱいいた。死んだ奴もいるし、どうなったか分からない奴もいる。皆どうしちまったんだろうな…」
 夜鷹の目から涙が一筋こぼれた。

「…感傷に浸ってしまったな」
 気がつくと日が西に傾きかけていた。あの頃のことを考えるとつい時間を忘れてしまう…ジェームズはそんな自分に苦笑した。
 まだあの時の契約は続いている。ゆっくりと思い出すのはこれからいくらでもできる。
「さて、夜鷹の顔でも見に行くか」
 少し早いがもう店の準備は出来ているだろう。ジェームズが蒼月亭のドアを開けると、ナイトホークのいつもの言葉が聞こえてきた。
「いらっしゃい。蒼月亭へようこそ…」

                                 fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
ナイトホーク…「夜鷹」との昔の話と言うことでしたが、まだ内緒の部分が結構多くこのような話になってしまいました。廃墟と言うことでしたので「廃墟奇譚」というタイトルを付けさせていただきました。また過去に関わる話を発注されましたら、その後ろに番号を振ろうと思っています。
ずいぶん夜鷹が若いような感じですが、精神的に覚えていないことが多すぎて子供がえりしているのだと思われ…。
リテイクなどありましたら遠慮なくお願いします。
また窓開け時などにはよろしくお願いいたします。