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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇の羽根・桜書 T < 愛しき人 >


◇★◇


 浅葱 漣は、扉の前に立ったままこちらを睨みつけている夢宮 麗夜をグっと真正面から見返した。
 けれどそれは決して鋭い視線ではなかった。
 彼の訴えは、正当なものにさえ聞こえた。
「・・・そうだな、俺はもなの事を半分も知らないだろう」
 それは真実だった。
 いつもニコニコと微笑んでいる彼女は、夢幻館に訪れる度に歓迎をしてくれ、パタパタと軽快な足音を響かせながら走ってくるのだ。
「あの無邪気な笑顔の裏にどれほど複雑な感情が潜んでいるか・・・」
 分からない。
 彼女は決して言わない。
 背負った辛いモノ全てを、何でもないと言って・・・笑顔の裏に隠して・・・独りで、戦っている。
「昔、俺にも妹がいた。その時の俺は本当に酷い兄貴だったと思う。全く関心もなかったし、気にもしなかった」
 漣の言葉を受けて、麗夜の表情が険しくなる。
 責めている・・・その視線は痛いものだった。
 どうして関心を払わなかった?どうして気にしなかった?どうして・・・どうして・・・
「でも・・・いなくなって・・・気づくんだ、後悔するんだ」
 後悔したって遅いのに。
 手に届かなくなってから・・・想う、それは・・・愚かしい事だけれども、純粋な感情。
 人は無くしてからでないと気付かないものの方が多い。
 “当たり前”と言う名の“奇蹟”を、人は無視しがちだった。
「俺は・・・ここでまた同じ過ちを繰り返したくない!それに、今の俺には・・・分かる。もなの兄貴が自ら囮になった理由が」
「・・・理由?」
 麗夜の掠れた声が響く。
 ポツリと呟くように響いたその言葉は、痛々しいまでにか細かった。
「生きていて欲しいから・・・!幸せになって欲しいから!!自分が叶わなくても・・・せめて妹だけはっ!そんなもんだろう、兄貴ってやつは!?母親だって同じ気持ちだったはずだ!彼らは・・・彼らの想いはもなと共に生き続けているんだろうが!!」
 その言葉は、酷く麗夜の心を打った。
 なぜならば・・・彼にも、最愛の姉がいたからだ。
 例え立場は違えども、肉親を思う気持ちにどれほどの差異があるのだろうか?
 麗夜の脳裏に、姉の姿が過ぎる。
 血を分けし双子の姉―――――
「それを伝えるのが、俺の役目なんだと思う!」
 漣は真っ直ぐに・・・麗夜の瞳を見て言った。
 麗夜の瞳が揺れる。
 何かを考えるようにジっとその場で固まり・・・ややあってから、薄く唇を開いた。
「言ったな・・・?」
「?」
「もなに、伝えると・・・言ったな・・・?もなの心を救うと、言ったな!?」
「あぁ」
「ただの同情や陳腐な正義感じゃないと、そう言う事だな!?例え自分がリスクを負っても、助けると、そう言う事だな!?」
 鋭い視線は射るようで、それでも・・・目が離せなかった。
 これほどまでに整った顔立ちの人が、こんなに静かに怒るなんて・・・
「あぁ・・・絶対に、彼女に伝える・・・絶対にだ!」
「・・・お前に、現の力を一時貸してやる。勿論、全ての力じゃない。ほんの一部だ。でも、それで・・・夢幻の魔物を現に強制的に還せる」
「・・・現の力を・・・?」
 麗夜の申し出はあまりにも急すぎた。
 現の力を貸すとは、どう言う事なのだろうか・・・?
 考え込む漣の目の前で、麗夜は目を瞑り胸の前で両手を組むと、祈るように何かを呟いた。
 一言、二言・・・すぅっと、まるで永い眠りから醒めたかのように、ゆっくりと目を開くと組んだ手をこちらに差し出した。
 手を伸ばす・・・・・・・
 コロンと、漣の手に乗ったもの。
 それは、ネックレスだった。
 チェーンの部分が銀色で、黒い・・・悪魔の羽根をモチーフをしたモノがヘッドについている。
「これは・・・?」
「夢幻の魔物を送り返せるだけの力を入れたつもりだ」
「首から提げるのか?」
「でも、良いんだけど・・・色男の胸元で揺れるなんて恥ずかしい真似を闇の羽根が許すかどうか」
 麗夜はそう言うと、漣の手を取ってグルグルと左腕にネックレスを巻きつけた。
「肌に密着していないと効果はない」
「そうなのか・・・?」
「・・・それと、もなの力を見ていて分かると思うが・・・夢幻の魔物を送り返すには、相当なエネルギーを使う」
 漣の脳裏に、力を使った後のもなの姿が浮かび上がった。
 血溜まりの中に膝を折る・・・その姿は痛々しいモノだった。
「お前が夢幻の魔物を送り返しても、もなが送り返しても・・・どちらでも良い」
 麗夜は俯いてそう言うと、ギュっと・・・漣の左手首を掴んだ。
 きっと麗夜は漣に送り返して欲しいがために、この力を与えたのだろう。
 見れば顔色は蒼白に近くなっており、血の気の無い唇は微かに震えていた。
「おい・・・!?」
「平気だ。久しぶりの力だから、ちょっと・・・力んだだけだ」
 漣が伸ばした手を振り払う。
「それより、あんたにはやらなきゃならない事がある・・・そうだろ?」
「あぁ」
 麗夜が漣の背を押す・・・・・・・
 現の守護を得た漣の前で、扉の前を覆っていた靄が消え失せる。
 漣はそっと扉に手をかけ―――――
「寝ていた方が良い」
「余計なお節介だよ」
 可愛くないその言葉は、どこか拗ねたような響きを持っていた。


◆☆◆


 扉の向こうはどこにでもありそうな質素な一戸建ての家だった。
 小さな庭には赤い煉瓦で仕切られた花壇があり、物干し竿が1本立っているのが見える。
 木の扉は薄く、銀色のドアノブを回せば簡単に開いた。
 ガチャリと微かな音を立てて扉を開け・・・
 玄関にはもなの靴が脱がれていた。
 正面には短い廊下があり、突き当りと左手には部屋があるらしく、扉が閉まっている。
 右手には階上へと続く階段があり、漣は耳を澄ませた。
 テレビの音に混じって、嬉しそうな少女の声が聞こえて来る。
「でね、もなね、今度お料理してみよっかなぁ〜って言ったのに、お母さんったら酷いんだよ〜!もなにお台所は使わせません!だって!」
 どうやら声は奥の扉から聞こえてくるらしい。
 漣は少し迷った後で靴を脱ぐと廊下を歩いた。
 ギシリと床が軋み、その音が不自然に大きく響く。
 足元には弱弱しい霊の類が犇いていたが・・・それは無視して進んだ。
「ねぇ、お兄ちゃん!今度どこか行こ〜??もなね、パフェとか食べたいんだぁ〜」
 ドアノブに手をかける。
 嬉しそうな声に胸を痛める。
 きっと漣が入って行ったならば、もなは残酷な現実を目の当たりにするのだろう。
 夢のようなこの一時を、壊してしまう・・・それでも・・・
 それでも、彼女に伝えたい。
 何度でも、彼らの・・・そして、俺の想いが届くまで・・・
 ドアノブを右に回し、扉を開ける。
 刹那、漣の目には確かに・・・この家が一番幸せだった日の光景が見えた。
 ソファーの上に乗って、楽しそうに会話をするもなとその兄。
 台所では母親が忙しく食事を作っており――――――
 けれどその幻も直ぐに掻き消えた。
 ソファーの上に座っているのは、もなと夢幻の魔物・・・
 今回の夢幻の魔物は、普通の人間となんら変わりのないものだった。
 女性めいた顔は美しく、もなを思わせるような瞳は無邪気な色を宿している。
 漣の登場に、もなと彼の視線がこちらに集まった。
 もなが酷く驚いたような顔で漣を見詰め・・・・・・・・
「ダレ・・・?」
 漣を打ちのめすような言葉を呟いた。
 その瞳には漣は映っていない。
 心を閉ざした彼女には、漣が見えていない。
 彼女の心には兄しか映っていない・・・
 一緒に逝きたいと、願っている・・・兄しか・・・
「もな・・・」
「お兄ちゃんのお友達??」
「もなっ・・・!!」
「ねぇ・・・貴方、ダレ?」
「・・・っ・・・!!!」
 漣はもなの前にしゃがむと、その腕を取った。
 ビクリと肩が上下に大きく動き、手を引っ込めようとするが・・・その前に、漣がもなの身体を抱き締めた。
「・・・え・・・!?な・・・!!!」
「もな・・・もなは一人じゃない」
「ヤっ!!いやぁぁっ!!お兄ちゃんっ!!」
 もなが金切り声を上げて暴れる。
 けれど、その抵抗は些細なものだった。
 本来ならば凄まじい力を出すもなだが・・・今は体型相応の力しか出せないようだった。
 漣でも容易に抑え込めてしまうほどに、弱い力だった。
「俺が、住人が・・・そして、心にいつでもキミの家族が共にいる・・・」
「いや・・・」
「ずっと傍にいるから」
「・・・っ・・・だって・・・そんな事言ったって・・・皆、いなくなっちゃうのに・・・」
 泣きじゃくるもなの背を優しく撫ぜ、漣は隣に座った夢幻の魔物に視線を移した。
 優しい表情は、確かにもなの兄のもので・・・
『連れていってあげようと思ったんだ』
 夢幻の魔物が言葉を紡ぐ。
 それはどうやら漣に向けられている言葉らしく、もなには聞こえていないようだった。
『もなはあの世界で、あの館で、生きていくには脆すぎる。弱すぎるから・・・』
「しかし・・・」
『君みたいな人が居るなら、安心できる。だから・・・今回は、もなを連れて行かない』
「今回は、だって?」
『もなが本当に独りになってしまった時、また連れに来る。今度こそ、絶対に』
 そう言うと、漣の左手首に巻かれているネックレスを指差した。
 強制的に、送り返してほしいと言う事なのだろうか・・・??
『別れは突然の方が良いだろう?夢の目覚めは唐突に・・・そう、決まっているじゃないか』
 漣は頷くと、左手を高く掲げた。
 闇の羽根が夢幻の魔物と漣の力に反応して、明るく輝く・・・そして・・・
 それは本当に一瞬の事だった。
 凄まじい痛みが左手首を襲い、声を上げる間もなくその痛みは引いて行った。
 左手首から血が流れる―――――
 そして、手首の丁度中央には赤黒い闇の羽根が浮き上がっていた・・・。
「・・・漣ちゃん・・・ごめんね・・・」
 もながそう言って漣の左手を取り、ギュっと・・・止血するかのように両手で包む。
 小さく白い手が血に濡れて行く。
 それを見詰めながら、漣は遠くなって行く意識を感じていた―――――


◇★◇


 パラリと、本のページを捲る音がして・・・漣は目を開けた。
 窓にはレースのカーテンが掛かっており、開け放たれた窓から入ってくる風に大きく靡いている。
 パラリ
 音のする方を見れば、部屋の隅に取り付けられた真っ白な机に見慣れた後姿が座っていた。
 何かの本を熱心に読んでいるらしく、こちらを振り向きもしない。
 そっと上半身を起し・・・・・・・・
「気がついた?」
 麗夜はそう言うと、クルリと向き直った。
「・・・驚いた・・・」
「起きてたのには気付いてたんだけど、キリの良いところまで読んじゃいたくって」
「何を読んでいるんだ?」
「生物の進化とその過程」
「随分と難しそうな本を読んでいるんだな」
「そう?別に普通じゃない?」
 パタンと本を閉じると立ち上がり、漣の直ぐ隣に腰を下ろした。
「もなは?」
「もなは眠ってる。ついでに、あんたをここに運んだの俺ね?」
「・・・運んだ?」
「力使った後にぶっ倒れたんだって。もなが血まみれの手で血相変えて走って来て・・・マジ、あれはホラー映画級だったしな」
 麗夜が肩を竦め、漣はその光景を目の前に描き・・・クスリと微笑んだ
「一応、怪我は治しといた。手首に闇の羽根の烙印があるなんて、可哀想だしな」
 見れば左手首はなんともなく、ここからあれだけ大量に出血したとは思えないほどだった。
「ったく、俺はか弱いのに・・・」
「悪いな」
「悪いなじゃないっつーの!明日筋肉痛になったらどうしてくれんだよ〜」
 唇を尖らせる麗夜の背をポンポンと叩き・・・・・・・・
「なぁ、漣・・・」
「どうした?」
「現実って、残酷だと思わないか?」
「?」
「もなの兄貴と母親を殺した人間がこの館に居る」
 信じられない言葉に、漣は麗夜を見詰めた。
 しかし、麗夜は冗談で言っているようではなかった。
 ・・・この館に、もなの肉親を殺した人間が居る・・・!?
 勿論、ここの住人の事だろう・・・けれど、それはいったい誰なんだ・・・??
「それとな、もなの・・・兄貴もいるんだ」
「もなの兄・・・?」
「もなは知らない。でも、いるんだ。正真正銘もなと血の繋がった兄貴が。もなの両親はもなが小さい時に離婚した。そう・・・父親に引き取られた子供が1人、いるんだよ」
「誰なんだ!?」
「そいつは、もなが自分の実の妹である事を知っている」
「何故名乗り出ない!?」
「何でだと思う?」
 麗夜の瞳は冷たく、その心は読み取れない。
 何故名乗り出ないのだろうか?何か理由があるからだろうか?どうして・・・
「そいつがもなの母親と兄貴を殺したからだよ」
「・・・なんだって・・・?」
 もなの生きている兄が、もなの母親と兄を殺した―――――――?
 つまり、自分の母親と兄弟を殺したと、そう言う事なのか・・・・・・・?
「残酷だよね。ねぇ、そいつの名前・・・聞きたい?」
 麗夜が薄っすらと微笑む。
 太陽が雲の後ろに隠れてしまったらしく、先ほどまで入ってきていた陽の光が陰る。
 風が大きくレースのカーテンを揺らし・・・・・・・・

  「神崎 魅琴」

 漣の耳に聞こえて来た名前は、風音に掻き消された―――――



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  5658 / 浅葱 漣 / 男性 / 17歳 / 高校生 / 守護術師


  NPC / 片桐 もな
  NPC / 夢宮 麗夜

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・桜書 T < 愛しき人 >』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 衝撃的な事実が幾つか出てきましたが、如何でしたでしょうか?
 今回でもなの章は終わりになります。
 全てにご参加いただきまして、まことに有難う御座いました!


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。