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<東京怪談・PCゲームノベル>


遙見邸書斎にて・消失書籍の創作依頼

「ああァぁ?」
 三日間何も食べていない熊のほうがまだ機嫌が良いのではないのか――そう思わせるほどの音を、遙見苦怨は吐き出した。
「依頼人が姿を見せないだとォ?」
「は……はいっ、え、えっとですね、今回の依頼人のラクスさんは、男性恐怖症だそうなので、えっと、とりあえずロビーでお待たせしていますが……はい、苦怨さまには会えないと、おっしゃってます」
 苦怨が立ち上がった。目つきが一気に凶悪になる。いや、普段から凶悪であるのだが。
「七罪、銃だ。ちょっとそいつの頭ぶち抜いてくる。依頼人のくせに礼儀を知らん奴だ」
「駄目ですよぉ!」
 泣きそうな顔で声をあげる七罪・パニッシュメント。その声に何か心を動かされたのか、苦怨はしぶしぶと席に座りなおした。
「……分かった。気は進まないが話だけ聞こう。ご所望の本は何だ?」
「えっとですね、エメラルドタブレットのオリジナル……だそうです」
 それを聞いて、苦怨は物凄く嫌そうな顔をした。まるで毛虫でも口にいれたような顔である。
「七罪」
「はい?」
「タブレットの意味が分かるか? 英語で平らな板のことだ」
「はあ」
「それのどこが本だ! タブレットだぞ板だぞ阿呆!」
 苦怨は素早く立ち上がると、急ぎ足で書斎を出て行った。


「――貴様が今回の依頼人か」
「はっ……はい」
「よく俺がロビーに来るのが分かったな?」
「あ、足音がパニッシュメント様と違ったもので……」
「そうか。だから前もってそうやってソファーの後ろに隠れているわけか」
 ここは遙見邸のロビー。ここにも本があり、乱雑に積み重ねられている。とてもではないがくつろげるような整理はされていない。七罪が掃除しているため、埃などはそれほどないが。
 ソファの後ろに、翼と尻尾が見え隠れしている。アンドロスフィンクスである彼女は獅子の身体を持っているが、彼女は自分の姿を変哲の無いものとして周囲に見せているので、苦怨は特に気にしていない。
「まあいい。ひきずり出したいところだが、気絶されては商談もできん。で、依頼はエメラルドタブレットだったか?」
「は、はい」
「本じゃない、板だぞ」
 ソファの向こうの気配が、ぴきりと固まった。どうやらラクス自身もその点については思い至らなかったらしい。
「オリジナルは板に書かれた『記録』だ。書物じゃない」
「で……ですが、そういったパピルスやタブレットは書物の原型でもあるわけで……」
「そうだな、だが俺の仕事は書籍限定だ。本の形をしていないものは仕事の対象外だ」
「そう……ですか……」
 明らかに落胆した声のラクス。ソファからのぞく翼も尻尾も、力なく垂れ下がっていた。
「――貴様、どうしても読みたいのか?」
「はい……原典はどうしても手に入らず……アカシックレコードからの探索も調査も上手くいかないので……ここで本の修復を行っていると聞きまして、最後の頼みだったのです……」
 その声には鳴き声が混じっている。苦怨ががりがりと頭を掻いた。
「仕方ないな……七罪」
「はーいっ」
 後ろからメイド服の七罪がぱたぱたと走ってくる。手に持っているのは本と、羽ペンだ。
「その依頼、引き受けよう」
「え……ですが今、できないと」
「勘違いするな。仕事の対象外と言っただけで、能力の範疇内ではある。つまりこれは完全ボランティアであって、仕事じゃないんだ。ちっ、仕事じゃないからビタ一文もむしりとれん。とんだタダ働きだ、感謝しろよ」
 ならばやらなければいいだけの話であるのに、泣き出したラクスを見てしまっては見捨てる事もできないらしい。なんだかんだで善人のようである。
「魔術原典エメラルドタブレット、再製作実行開始だ」


 三日経った。
「出てきませんね……遙見様」
「大丈夫です。苦怨さまの仕事はきっちり三日で終わるんですよ。支障が無ければ、そろそろ仕上がるはずです」
 仕事を始めてから三日。苦怨は自室から出てこない。完全に引きこもっているのである。出入りするのは、苦怨の食事を運び込む七罪だけだ。
 女性二人は、のんびりとロビーで紅茶をすすっていた。よつんばいで紅茶が飲める辺り、ラクスもなかなか器用である。
「でも……仕事を引き受けてくださったということは、つまり原典はもう失われてしまったということですよね……」
「ええ、そうなりますね」
 ラクスとしては、苦怨の『本が存在しているかどうか』を知る方法。それについて興味があったのだ。しかし作業場に完全立ち入り禁止を命じられてはどうしようもない。七罪の隣の部屋で、大人しく待っている格好である。
「パニッシュメント様は、遙見様の能力についてご存知はありませんか?」
「ええっと、ちょっとだけなんですけども……」
 あっさりと七罪が言った。
「教えてもらうわけには……」
「あはは、別に隠している訳じゃないんですよ。あの部屋に立ち入り禁止なのは、ただ苦怨さまが集中したいっていうだけで。あ、は、はい、それで苦怨さまの能力でしたね」
 あわただしく、七罪が説明しようとする。
「えっと、私も少しだけしか知らないんですけど、『無くなった本だけが集まる図書館』っていうのがあるらしいんです。はい、だから苦怨さまはそこにある本を読んで、それを書き写しているだけらしいんです。でもそこにある本は、苦怨さまが読んでも曖昧で、だから写しても本物とは同じにならないんです……」
「はあ……それは是非行ってみたいところですが……」
「駄目なんです。苦怨さま、普通の人間でもいける人は少ないんだって。ましてや私みたいな精霊や、魔力の高い人だと、なおさら。行ける人間は図書館のほうが選別するみたいなんです」
 ラクスは残念そうに息を吐く。その図書館というのは知らなかった。アカシックレコードの変形的なものだろうか。それにしても無くなった本ばかりというのは興味深い。
 どこかの術士が、何かの目的で作ったのかもしれない。
「……本を読む時の方法は、こんな感じなんです。でもそうして出来た本から、どうして原典と同じ知識、感動を与えられるのか……それは、知らないんです」
「遙見様の文才……とか?」
「あははっ、それもあるかもしれませんねっ」
 そんな話が、和気あいあいと進んでいた。二人とも弱気だったり泣き虫だったりするので、意外と気があうのかもしれない。
 やがて。かつかつと乱暴な足音が響いてきた。二人とも同時に顔を上げる。来る男など一人しかいない。
 ――遙見苦怨。
「完成したぞ――おいこら、それが三日間ただで働いてやって人間に対する礼儀か。顔を見せろ」
「あっ、あっ、ありがとっ、ございますっ……」
 素早く七罪の後ろに隠れてしまうあたりが、やはりラクスらしい。苦怨には気に障ったようだが。
「七罪、これだ。渡してやれ」
 緑色の装丁の本である。「Emerald Tablet」と金色の文字が書かれている。手書きだ。
 ラクスは受け取ると、さっそく開きはじめた。図版と記号ばかりで、小説というよりは図鑑のようにも見える。
「…………」
 ラクスは一心不乱に読みふけっていた。七罪も苦怨も何も言わない。
「これは……確かに、オリジナルの書き直しです。錬金術のことも、詳しく」
「やったあっ、苦怨さまっ、大成功です」
「でも、これじゃ駄目なんです」
 ぱたりと、ラクスが本を閉じる。
「え……? そんな……」
「魔道書は、確かに書かれていることも重要ですが……その文字、記号、図柄などが総合して一種の魔法陣のようなものになっているんです。だからオリジナルは魔道書はそれだけでも強大な魔力が満ちていて……だからこそ価値があるんです。これは知識だけ。そんな魔力は付与されていません」
 心底残念そうに、ラクスが目をふせる。
「……そうか。先に言っておけばよかったな。俺は全く魔法が使えない。だからその本は知識だけだ。俺が書いたところで意味が無いな」
「いえ……これだけでも重要です」
 ラクスが落胆しているのは明らかであった。苦怨も七罪もなんとか声をかけようとするが、それが分からず困っている様子だ。
「すまん。役に立てなくて……」
「いえ……」
 そろそろと立ち去ろうとするラクス。
「――いつでも来て良いぞ」
 その背中に、苦怨が声をかけた。今までの彼の態度からは考えられない声だった。
「ここなら色んな本がある。好きならいつでも読んで良い。またなくした本が欲しければ言ってくれ。貴様ならいつでも無料だ」
「……よろしいのですか?」
「せめてものお詫びだ。七罪もなついているようだしな。遠慮なく来てくれ」
 凶悪な目つきはそのままだったが。
 一瞬だけ、笑った。その笑顔は、ラクスが直視してもおびえないくらい、優しげなものだった。
「では、また来させていただきますね。失礼します、遙見様、パニッシュメント様」
 ラクスはにっこりと微笑んで、二人に頭を下げたのだった。


「苦怨さまの笑顔って、人を騙して取って食おうとする悪魔みたいですよね」
「そんなふざけたことをいうのはこの口かこの口かっ」

<了>


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■   登場人物
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【1963/ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス】

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■   ライター通信
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 お久しぶりですラクス様。覚えておいででしょうか、ライターのめたでございます。この度は異界まで足を運んでいただき、感謝の限りです。リピーターとはなんとありがたいことか。
 めでたくお客様第一号のラクス様でしたが、今度は何と! 私の異界でのPCゲームノベルの初のお客様なのですっ! ぱんぱかぱーんっ! いやあ凄い偶然に自分も驚きです。もはやラクス様は自分の女神様?
 今回のお話はいかがでしたでしょうか? 遙見邸はまだまだNPCもシナリオも増える予定です。ぶらりと立ち寄ったらまたお気にめすキャラ&お話があるかもしれません。その時はまた、誠心誠意執筆させていただきます。
 ではでは。そろそろ失礼させていただきます。このお話、少しでも気に入っていただきましたらば幸いです。