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<東京怪談ノベル(シングル)>


Never rode,never fell



 遠い上海から届いた手紙を読んで、都築亮一は小さく微笑む。
「元気そうでなにより……。うーん、でも害虫駆除ですか」
 そこまで信用してもらえるのは非常に嬉しいのだが。
「……………………」
 じと、っと周囲を見遣った。
 一見、なんの変哲もない部屋に思える。誰が見てもそう思うはずだ。
「……かわや……かわやへ行きたいですねぇ」
 小さく呟いてみるが、しーん、と静まり返ったまま。
 亮一は手紙を座卓の上に置くと立ち上がる。
「かわやへ行きたいんですけど〜」
 そう言いながら部屋の中をうろうろする始末。
「…………おなか空きましたね〜」
 呟くものの、効果はない。なぜなら誰もここに来る気配がないからだ。
 障子に手をかけた瞬間、バチっ、と火花が散った。小さな痛みに亮一は無言になる。
(……触れないのでは、蹴破ることもできませんねぇ)
 はあ、と嘆息して亮一は再び座卓の前に座る。手紙を眺めた。
「害虫駆除に行きたいのは山々なんですけど……。どうにかしてくださいよ」
 手紙に語りかけるが、最初から期待などしていない。手紙は所詮、紙。亮一を助けてはくれない。
 頬杖をついた亮一は、人差し指でコツコツと机を叩く。
(俺は化物か……? この結界は異常ですよ)
 まずこの自室に外から結界が張られている。隣の作業場にも結界が張ってある。さらにはその二つの結界を囲むように、大きな結界も張ってある。
 箱を開けたら中も箱。その箱を開けてもさらに箱……。現在の状況はそれに似ている。
(……そういえば、折紙でそういうこともしましたね)
 どこまで小さい箱が作れるかチャレンジしたこともあった。
 寺の面々は、どうしても亮一をここから出したくないようだ。
(折紙……)
 ふと思い至り、手紙を綺麗に折り畳み始めた。
 亮一は鼻唄を歌いながら折っていく。手紙は見事な折鶴になった。
「わあ素敵」
 わざとそう言ってにっこり微笑むと、亮一はそれを掌の上に置く。そして、ふぅっと軽く息を吹きかける。
 折鶴は一直線に宙を飛び、障子に当たる直前で弾け飛んだ。
「よしっ。さすがですね」
 亮一は障子をがらっと開けた。すんなりと開いて亮一は――。
「…………」
 硬直する。
 障子を開けたそこは外に面した廊下なのだが、廊下には赤い布が張られ、たくさんの鳴子が取り付けてあった。
 亮一は物凄く嫌そうな顔をする。
「……別の種類の結界……。手の凝ったことをしますねぇ」
 妙な笑いが洩れてしまった。
 この調子だと……まだ他にあるだろう、種類の違う結界が。
(術を封じ込めるもの……病を促進させるもの……音を遮断するもの……。ざっと……)
 数えるのも馬鹿馬鹿しくなってくる。
 亮一は障子をゆっくりと閉め、それから座卓の前に戻った。
 だいたいなぜ……自分はこんなところで窮屈な思いをしなければならないのか。
(……間違ってる)
 閉じ込められる理由は、亮一が山をよく降りるせいなのだが……そんなことは亮一にとってはどうでもいい。
 別にお山の連中に迷惑をかけたわけでもないのだし、自由にしていて何が悪いというのか。
 自分が自由を満喫することは、決して悪いことではない。
(だいたいなんで俺だけこんなところに閉じ込められないといけないのか……)
 考えれば考えるほど不公平さにイライラしていく亮一は、こつこつこつこつ、と机を人差し指で叩いていた。
 こつ、と手を止める。
(そうですよね。俺がここに閉じ込められるなんて……おかしいですよ)
 視線を、障子に向けた。彼は薄く笑う。



 亮一はごそごそと押し入れからダンボールを取り出す。
 ダンボールを開き、それから薄く笑った。
「いい実験になりそうですね……」
 ダンボールには大きく「危険、サワルナ」という文字が書かれている。亮一が暇な時に作っていた神具なのだが、危ないと思ってここに閉まっておいたのだ。
(うーん……。でも壊すと、あとで修繕するのが大変なんですよねぇ)
 ぼんやりと考え、そういえば以前に仕掛けていたものを思い出す。
(まだ有効ですかね。ん……)
 念を飛ばして探った亮一は、頷く。
 大丈夫だ。まだ使えそうである。
(では……『発動』)
 スイッチを入れたように、ぴん、と気が張る。亮一のいる山全体に時空結界が張られた。以前に山のあちこちにイタズラで仕掛けたものが、まさかここで役立つとは。
 なにせ結界に閉じ込められている今の状態で、別の結界を張ることは普通は無理だ。結界を張れたのは、山の木々に貼り付けていた符のおかげだ。
 ……これで、何を壊しても問題ない。結界を解けば全て『なかったこと』になる。
 ダンボールを横目で見て、亮一はふふっ、と低く笑った。
「あぁ……面白いことになってきました」

 亮一が押し込められていた離れの家屋が爆発する。
 燃え盛る炎を背に、亮一はずんずんと歩いて外に出た。
「派手に術を使うと、やっぱりこうなりましたか」
 彼の足もとには可愛いぬいぐるみもある。――が、そのぬいぐるみ……生きているように動いていた。
 亮一の使役する十二神将……それをぬいぐるみに宿らせているのだ。
 僧たちが武器を持って集まってくる。
「なにをやっているんですか、あなたは!」
 非難する者たちを一通り眺め、亮一は目を細めて腕組みした。
「見ればわかるじゃないか。結界を破ったんだ」
 亮一は振り向き、炎を見つめる。
「せっかく妹にあげようと思っていたのに……ぬいぐるみが汚れてしまった。それに……なかなかの数の結界でちょっと手こずりました」
 ちろり……と、彼は、自分を囲む者たちを見遣った。全員がゾッとして動きを止める。
「狭苦しいところに閉じ込めてくれてありがとう」
 そして薄く微笑む。
「ああそうだ……本気を出さないと、死にますよ。いや……大怪我をしてしまうと思います」
 死ぬよりも……痛くて苦しいほうが。
「辛いでしょうねえ」
 彼の背後で木が爆ぜる。赤い火の粉が風に乗って舞った。
 亮一の黒いコートが揺れ、炎に照らされる。
「しっかり逃げてくれないと…………鬼ごっこにもなりませんから。逃げるくらいは――――きちんとやってくれますよね?」
 取り囲んでいた者が真っ青になって震えた。
 亮一は護法布をばさっと広げる。
(あ、悪魔……!)
 わーっと全員が逃げ始めた。蜘蛛の子を散らすような光景に亮一は内心嘆息してしまう。
 これでは面白くない。もっと抵抗してくれないと。
 だが逃げない者もいる。亮一よりも年上の者達は怯まずに武器を構えた。
「……おや。逃げない人もいるんですね」



 建物は派手に壊れ、人が重なって山のようになっている。
 震える長老たちのほうを見て、亮一はにっこり微笑む。とてもこの大惨事を起こした人物とは思えない。
「仕事はきちんとします。ですが――」
 彼は目を細めた。
 老人たちは青くなり、顔を逸らす。
「俺の邪魔を今度したら……その時は、あなたがたも容赦しませんよ」
 冷たい声で言い放ち、亮一はきびすを返して歩き出す。
 誰も彼を止めなかった。いや――止めることができなかったのだ。

 山を降りた亮一は大きく伸びをして、パン! と両の掌を合わせた。
 時空結界が解かれ、燃え上がっていた炎が一瞬で消え失せたのを、きちんと確認する。
「さーてと、害虫駆除に行きましょう!」
 ルンルンと軽やかに歩き出した彼が、寺を壊滅寸前まで追い遣った者と同一人物とは、誰も思わないことだろう。