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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


はじめてのおつかい

 たった今、尾行の依頼が草間興信所に入った。しかし草間武彦はやる気がない。
「午後一時の新幹線で東京駅に着く三歳児が和菓子屋で大福を買えるかどうか、尾行を頼むって、京都の老舗和菓子屋からだ。そんなのハードボイルドの仕事じゃない」
どうやら武彦は尾行相手が子供なのと、たかがおつかいで新幹線代がぽんと出る依頼主の懐具合に反発しているらしい。行きたいのならお前が行けと背を向けられてしまった。
 こういう、子供に新幹線代をぽんと出せるような依頼主の仕事を真面目に引き受けていればもっと儲かるはずなのに。

「新横浜、新横浜。次は、終点東京駅」
ここからなら普通の電車で行ったほうが安い、と思われるような駅から三人の男女が新幹線へ乗り込んだ。正確に言えば一人の女性と少年少女、そして少年のペットが一匹。
「さてと、尾行の相手はどこにいるのかな」
わざとらしいほどの大きなサングラスをかけて探偵のつもりなのか、しかしそれは逆に悪目立ちをしている鈴森鎮は座席で居眠りをしている乗客を見渡した。彼の頭に乗っているのはペットであるイヅナのくーちゃん、こちらは鳥打帽にフロックコートと完璧な探偵スタイルである。
「あそこ、子供」
左手億の座席を那智三織が指差した。鎮に協力した、というよりただ視界に入ったからというぶっきらぼうな口調であったが鎮はすぐさま飛んでいって正体を確める、が、それはただの母子連れであった。
「違う、あの子じゃない。情報じゃホシは単独行動らしいからな」
唇を尖らせる鎮、なんだって形から入るタイプなので推理ドラマの口調がすっかり移っている。真面目な顔つきで聞いている三織はさしずめ新米刑事といった役割だろうか。
「二人とも、そっちは自由席車両。依頼人のお子さんは指定席車両だから逆よ」
冷静なシュライン・エマは二人の襟首をつまんで進行方向を反対へ向ける。乗り場は6番でよかったのだが、3両目と4両目を間違えてしまった。新横浜から東京までは二十分足らずの距離、ぼんやりしていると相手を見つけられないまま終点の混雑ではぐれてしまう。
「えっと、座席は16のAの・・・」
終点に近い上平日のせいで人の少ない指定席車両で、メモしてきた座席をすばやく探す。大きな座席の上に、黄色いくまのリュックを胸に抱いた男の子が体を埋めていた。
 周りに乗客がないのをいいことに鎮はさっさと後ろを陣取ってしまう、車掌がこなければいいのだけれどと心配しながら三織とシュラインも、通路を挟んで鎮の隣の席を取る。当然だったが、二人は特急の切符しか持っていなかった。
「目的の和菓子屋さんは、東京駅から歩いて十五分てところかしらね」
これからの予定を説明するシュラインの声は、普通に話すよりも大きく聞こえた。それは前の席の男の子に聞こえるようであり、また歩いて十五分も三歳児の足で歩くことを計算した時間だった。
 ところが、聞いているはずの男の子が身動きをしない。斜めの席にいる三織がじっと見つめていると、小さな足が揺れている。
「寝ています」
断定のタイミングぴったりに、くまのリュックが男の子の胸から滑り落ちた。

「弱ったなあ、このままだと駅を乗り過ごしちまうよ」
鎮の心配に、それはないわねとシュライン。なぜなら東京駅は終点だから、到着後車掌が列車内を一巡するからだ。しかし、それでは男の子のはじめての冒険に
「新幹線に一人で乗れなかった」
という傷が残る。そう、シュラインたちの役目はただ男の子が危険に遭遇しないよう目を光らせているだけではなく、そのおつかいを万事つつがなく誇らしいものにするための黒子でもあるのだ。
 席を立ったのはシュラインだった。通路を一歩前に、男の子のすぐ脇に立った。そのままくまのリュックを拾うかと思われたがそうではなくわざと自分の、化粧ポーチの中の口紅を通路に落とした。
 カツーン、という音が車両内に響く。ぴくんと全身を大きく痙攣させ、男の子は目を開けた。ガラスでできているような茶色い瞳が椅子の下に転がっていく口紅を追いかける。
 男の子は黙ったまま大きな椅子から這い降りると、膝をついて手を伸ばし口紅を拾い上げた。もみじのような手が、シュラインに差し出される。その手には米粒ほどの爪がちゃんとついている。
「ありがとう、助かったわ」
「・・・ええの」
人見知りかただ恥ずかしいのか男の子は首を振ると、自分のリュックを手に取り苦労しながらも一人で背負った。そして、一度降りるともう自分では登れない椅子の座席にぎゅっとしがみついて、東京駅へ到着するのを待った。
 数分後、新幹線は滑り込むように東京駅へ到着する。シュラインは一人で先に男の子へ手を振って列車から降りた、鎮と三織は男の子の後から降りた。
「・・・・・・」
駅の改札で男の子は立ち往生していた。終点の駅の混雑は尋常ではなく、また、皆自動改札を抜けていくのだが三歳児にはどう頑張っても切符の挿入口へ手が届かないのだった。
「今度は俺に任せろ」
次の助っ人を買って出たのは鎮。鎮はくーちゃんを男の子に見せて気をひき、その手をつないで駅員のいる改札へ連れて行った。
「これくらい、手助けには入らないだろ?」
見守るシュラインと三織に、鎮はその意味を込めてこっそりピースする。旅先では見知らぬ人との交流も大切である、というシュラインのピースと了解という真面目な三織のピースが返ってきた。

 駅の外で鎮は男の子と別れ、尾行に戻った。本当に男の子一人の力を信じるのなら改札を抜けてすぐ手を離してもよかったのだが、東京駅は出口が多すぎるのでさすがに酷だと判断したのだ。これは二人も同じ気持ちだった。多分鎮が別れたとしてもすぐに三織がなにかの手段で接触しただろう。
「店に行くまでは大通り一本が難関。あそこを抜ければ左へ曲がって真っ直ぐ行くだけだから」
その難関の大通りは、恐らく家族も心配の種だっただろう。が、案ずるよりも生むが安しとはよく言ったもので、男の子はそこを難なく通り抜けることができた。どうやったかといえば、時間をかけて歩道橋を渡ったのである。
 幼児が一人で階段を使うとき注意しなければならないのは登るときよりも下るとき。手すりにつかまることができないし、頭が重いのでバランスを崩して転げ落ちかねない。それを男の子は非常にうまくやった。
「よいしょ」
男の子は階段の前に来ると、ズボンが汚れるのも構わず地面に腹ばいになった。そしてくるりと反転し、お尻を向けて右足を伸ばし下の段を探る。右足の先が二段目に触れるとゆっくりと体を下にずらして、左足も着地。二段目でもまた腹ばい、反転、右足左足。
 そうやって延々と、男の子は苦労しながら階段を降りきった。途中、手を貸そうとする大人もいたのだが一人で成し遂げたのである。これはシュラインたちの助言もなく、手助けもない、正しく彼自身の努力の賜物。
「はあ、しんど」
再び道を歩き出した男の子のシャツは真っ黒に汚れていたが、その顔も「しんど」という声もなにやら誇らしげであった。
 あとは道を左へ曲がり、真っ直ぐに進むだけ。もう心配しなくてもいいだろうと三人が安堵しかけたそのとき、しかしまだ問題は残っていた。
「・・・違う」
片方の目をかすかに細めた三織。曲がるべき道の前にある細い角へ入ってしまったのだ。その道は和菓子屋のある通りとは違う。大人が気づかないような路地も、子供には立派な道なのだ。
  急いで三織が男の子の軌道修正を試みる。といっても三織が直接に手を貸したわけではなく、先回りして和菓子屋の職人を引っ張り出し、正しい通りを歩かせその姿を男の子へ目撃させたのだ。頬を赤くして、男の子は彼を追いかけていった。

 間違えた道からなんとか舞い戻り、男の子はとうとう和菓子屋ののれんを発見した。シュラインと鎮、和菓子職人と別れ合流した三織はもう、あとは見守るだけだった。これ以上なにを手伝うことがあるだろう・・・。
「あ」
鎮が和菓子屋の角を指さした。細い指が示すものを、シュラインと三織が追いかける。ショーウィンドウの脇にうずくまっていた茶色い固まりが突然起き上がる、それはふさふさした毛並みのコリーだった。
 男の子は犬の出現に身をすくませた。元々犬が苦手なのか、もしくはただびっくりしただけなのか。どちらにせよ動けない。そこへ、散歩紐で動きが制限されているとはいえ犬が歩み寄っていく。
「あら、お友達がいるわよ」
さらにそこへ、追い討ちをかけるかのごとく現れたのが白い大きな犬。件のコリーの倍はありそうだった。犬でも人でもすぐ友達になりたがる性格らしく、尻尾が勢いよく振られているのだが男の子はますます硬直するばかり。無理もない、男の子と犬の顔はほとんど同じ位置にあった。
「くーちゃん、犬たちからあの子を守るんだ!」
元々は鎌鼬という妖怪である鎮は、鼬の姿に変身するとペットのくーちゃんと共に二匹の犬へ飛びついた。噛みつかれないよう、背中にしがみついたのである。
 驚いた二匹の犬は、鎮をもしくはくーちゃんを振り落とそうと吠えながらその場をぐるぐる駆け回る。男の子を守るため三織は小さな体を抱え込む、コリーの飼い主は驚いて店から出てきた、そして白い犬の飼い主は。
「バド、バド、落ち着きなさい」
「日和、リードを貸せ!」
飼い犬に引きずられそうになってよろめいたのは初瀬日和、そして日和の手からリードを預かり、犬を落ち着かせているのは羽角悠宇だった。
「二人とも、なにしているの?」
三織と男の子を保護しながら、これは不可抗力である、シュラインは訊ねた。それはこっちのセリフだと悠宇は日和の愛犬バドから鎮を引き剥がした。

 日和と悠宇は、シュラインたちとほんのわずかな時間差で武彦から愚痴を聞かされていた。そして、武彦の代わりに依頼を引き受け三人とは別の場所から男の子を見守っていたのである。三織が、この状況を冷静に分析する。
「ダブルブッキングだな」
原因は当然、だれかれ構わず愚痴をこぼした武彦にある。
「結果的に、君の買い物を邪魔することになってしまった。申し訳ない」
「え、ええよ」
三織から深々と頭を下げられ男の子は慌てて首を振る。背負っているくまのリュックには買ったばかりの大福が入っており、また、その口元はあんこで汚れている。結果の結果としては無事におつかいを果たしごほうびを味わっているという場面だ。
 尾行の五人も、和菓子屋の奥にある休憩処でそれぞれ大福と緑茶を頂いていた。ついでに悠宇と鎮はいつも通りの口争いを繰り広げていた。
「お前なあ、いきなり犬に飛びかかるなんて危ないとか思わなかったのか?食われたかもしれないんだぞ」
「俺もくーちゃんもそんなドジじゃねえよ、マヌケな犬になんて捕まら・・・あ、違う違う」
バドはマヌケなんかじゃないと慌てて鼬が訂正する。人間の姿で食べるより、鼬のほうがたくさん食べられるからとその姿のままなのだ。
「気にしなくてもいいのよ、鎮くん。バドにもあのコリーにもケガはなかったし」
家族へのおみやげを包んでもらいながら日和がふんわり微笑む。自分の名前を呼ばれたのがわかったのか、店の外からバドが高い声で吠えた。
「君、帰りも一人で新幹線に乗るの?」
シュラインが訊ねた。すると男の子は五人を見回し、少し目を伏せる。
「今日はここでお泊まりする。明日お母ちゃんに来てもろうて、一緒におうち戻る」
がんばったんやからもうええやろ?とその目は訴えている。和菓子職人の男は
「いいですよ。僕からおうちに連絡しておきましょう」
と電話を手に取った。ほっとした男の子の目にはようやく、三歳児らしいおっとりとした光が宿った。かと思うとほどなくうとうと、船をこぎ始める。
 はじめてのおつかいが大冒険そして大成功だったことを、うたた寝は証明していた。証言できる五人は、可愛らしい寝顔を見守った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
4315/ 那智三織/女性/18歳/高校生、トレーサー

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
自分のはじめてのおつかいがなんだったかは覚えてませんが、
子供が健気に頑張る姿は大好きです。
あと今回は動物が沢山書けたので楽しかったです。
「お母さん」のシュラインさまは、恐らく子供のなんでもない
歩いているところでさえはらはらしながら
見守ってくださってのではと思います。
もしも失敗に終わっていたら、武彦氏にやつあたり
していただろうな・・・なんて想像してみたり。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。