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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇の羽根・桜書 T < 愛しき人 >



◇★◇


 鋭い視線は突き刺さるようで、桐生 暁は思わず目を伏せた。
 麗夜の言葉はある意味では酷く的を得ていた。
 もなの意のままに・・・
 それは悲しいほどに残酷な愛・・・なのかも知れない。
「どうして来たかって言うと」
「奏都に呼ばれたからだろ?」
「それもあるけど、俺がもなちゃんを必要としてるからだよ」
「お前が?」
 鼻で笑う麗夜。
 ただのエゴじゃないかとでも言いた気な視線は冷たい。
「辛い中生きてくのが一番哀しいっていうなら、生まれてこなきゃいい事になんじゃん?」
 麗夜は暁の言葉を最後まで聞こうとしているらしく、腕を組んでジっとこちらに視線を向けたまま動かないでいる。
「一番耐え切れない事は、一番哀しい事とイコールなの?」
「・・・?」
「辛いのも嬉しいのも同じ一日なんて無くて、一つ一つが戻りえない掛け替えない、死と言うより確かな・・・」
 眉根を寄せて、麗夜が肩を竦める。
 一生懸命喋っている暁を馬鹿にするような態度に、思わず唇を噛む。
「こうして居られるダケで凄く素敵な事だってコト、思い出してくれたら・・・嬉しい」
 一息で言い切ると、暁は溜息をついた。
「結局は俺のエゴだけど」
「・・・だろうな」
 暫し沈黙していた麗夜がそう言って、前髪を乱暴に掻きあげた。
 あまりしない仕草に、思わず視線が留まる。
「エゴの挙句、奇麗事まで入ってる」
「綺麗事?」
「こうして居られるダケで凄く素敵なコト?お前の頭はどんだけお気楽なんだよ」
 苦笑していた麗夜がすぅっと暁を見詰める。
 その視線は鋭く、刃のようだった・・・・・・・
 明らかに、暁に対しての憎悪が窺い知れた。
「生まれてこなきゃいいって、そう・・・ここの連中は多かれ少なかれ思ってる。生まれてきたばっかりに、周囲の人間が死に、闇の羽根まで背負わされ、決められたシナリオの通りに操られてる。俺達には最初から未来なんてないんだ」
「未来は自分の手で作るものだ!」
「違う!それはお前の人生観だ!俺達は違う!もう未来は決められてる!今回の事だって、俺達が生まれる前から決められてた!」
「・・・それじゃぁ、コレも・・・俺が此処に居るって現実も、最初から決められてたの?」
「別にお前じゃなくても良い。それに、シナリオにはそんなに細かい事まで書いていない」
「でも現にもなちゃんは・・・」
「もなは助かる。絶対にだ。分かるか?」
 自嘲気味に口の端を上げると、麗夜がふっと、眼差しを優しいものに変えた。
 それはまるで、何も知らない子供を見ているかのような視線で、父性的であり母性的な瞳だった。
「もなはまだ必要だからだ」
「皆もなちゃんを必要としてる。俺もだ・・・」
「お前にとってとか、そう言う事じゃない。このシナリオに、まだもなの存在が必要なんだ」
 麗夜はそう言うと、すっと扉を手でなぞった。
 靄がゆっくりと、けれど確実に取り払われて行く・・・・・・・
「俺にはわかった」
「何が?」
「このシナリオを途中で降りる事は無理だ」
 コツコツと、磨き上げられた床を鳴らしながら暁の隣に立つと、そっとその肩を叩いた。
「未来が少しでも変われば良いと、足掻くのはもう止めた。俺ももなも、住人達も、闇の羽根に捕らえられた瞬間に、全ては決まったんだ」
「俺はそんな事信じない!未来は自分の手で変えられる!」
「過去が積み重なって出来上がる未来を、変えられるとは思えない」
「どうして!?」
「過去が変えられないからだ。変えられない過去が積み重なって出来た未来を変えるなんて・・・俺には、出来ない」
 にっこりと微笑む麗夜の表情は、普段と同じ“現の司の夢宮麗夜”だった。
 純粋なまでに美しく、気高い・・・けれど、その背には重い何かを背負っている。
 どこか不思議で神聖な雰囲気を纏った、現の司の夢宮麗夜だった―――――
「桐生様、どうかもな様をお救いください」
「・・・麗夜?」
「現のため、夢のため、世界のため・・・そこに生きる、全ての生命の未来のために」
 胸の前で手を組む。
 それはまるで祈っているかのようだった。
「俺達が守るのは、現と夢と世界。そして、そこに生きる全ての生命の未来」
「その中に、麗夜は・・・もなちゃんは、入ってないって言うのかよ・・・!?」
 その問いに、麗夜は答えなかった。
 ただ、笑って・・・すっと、扉を指差しただけだった。
 納得が出来ないながらも、もなを助けるのが第1だろう。
 暁はそう思うとドアノブに手を掛け、ゆっくりと・・・押し開けた・・・。


◆☆◆


 扉の向こうはどこにでもありそうな質素な一戸建ての家だった。
 小さな庭には赤い煉瓦で仕切られた花壇があり、物干し竿が1本立っているのが見える。
 木の扉は薄く、銀色のドアノブを回せば簡単に開いた。
 ガチャリと微かな音を立てて扉を開け・・・
 玄関にはもなの靴が脱がれていた。
 正面には短い廊下があり、突き当りと左手には部屋があるらしく、扉が閉まっている。
 右手には階上へと続く階段があり、暁は耳を澄ませた。
 テレビの音に混じって、嬉しそうな少女の声が聞こえて来る。
「でね、もなね、今度お料理してみよっかなぁ〜って言ったのに、お母さんったら酷いんだよ〜!もなにお台所は使わせません!だって!」
 どうやら声は奥の扉から聞こえてくるらしい。
 暁は少し考えた後で、靴を脱いでから家にあがった。
 ギシリと床が軋み、その音が不自然に大きく響く。
「ねぇ、お兄ちゃん!今度どこか行こ〜??もなね、パフェとか食べたいんだぁ〜」
 ドアノブに手をかける。
 嬉しそうな声・・・・・・
 きっと暁が入って行ったならば、もなは残酷な現実を目の当たりにするのだろう。
 夢のようなこの一時を、壊してしまう・・・それでも・・・
 それでも、行かなくてはならない。
 ドアノブを右に回し、扉を開ける。
 刹那、暁の目には確かに・・・この家が一番幸せだった日の光景が見えた。
 ソファーの上に乗って、楽しそうに会話をするもなとその兄。
 台所では母親が忙しく食事を作っており――――――
 けれどその幻も直ぐに掻き消えた。
 ソファーの上に座っているのは、もなと夢幻の魔物・・・
 それまでとは違い、夢幻の魔物は普通の人間となんら変わりのないものだった。
 女性めいた顔は美しく、もなを思わせるような瞳は無邪気な色を宿している。
 暁の登場に、もなと彼の視線がこちらに集まった。
 もなが酷く驚いたような顔で暁を見詰め・・・・・・・・
「ダレ・・・?」
 そう呟いて、くりくりとした瞳を大きく見開いた。
 その瞳に暁は映っていない。
 心を閉ざした彼女には、暁が見えていない。
 彼女の心には兄しか映っていない・・・
 一緒に逝きたいと、願っている・・・兄しか・・・
「もなちゃ・・・」
「お兄ちゃんのお友達?」
 怯えたような瞳をしながら兄の後ろに隠れるもな。
 夢幻の魔物は身動ぎ一つせずに、じっと暁を見詰めている。
 暫く暁は夢幻の魔物を見詰めた後で、攻撃をしてこない事を確信するともなに近づいた。
 ビクリ!とその肩が上下に大きく動き・・・
 手を握る。
 小さく冷たい掌を握る。
 もなが嫌がるように手を引っ込めようとするが、普段の力はどこへやら、その程度の力では暁を振り払うことは出来ない。
「もなちゃん、今は此処だよ?」
「・・・イヤ・・・」
「ねぇ、もなちゃん・・・ちゃんと現実を見詰めて?ね?俺も、ここんトコ痛いけど、幸せだなって。皆やもなちゃんと会えたから・・・ねぇ、もなちゃんの今はどんな感じ?」
「来ないで・・・いやっ・・・」
 拒絶の言葉を吐き出すもなの瞳から涙が零れ落ちる。
 本気で暁を怖いと思っているらしく、繋いだ手は震えていた。
「ねぇ・・・もなちゃんが望めば、暗示をかけるよ?本人形成してるモン欠けるから、今のもなちゃんじゃなくなっちゃうケド・・・」
 その瞬間の瞳を、きっと暁は生涯忘れないと思う。
 打ちのめされたような瞳。絶望と孤独、そして・・・深い悲しみを帯びた瞳・・・。
「もしくは・・・事実はそのままに、痛みを軽減させて、これからゆっくり癒せてけるようおまじないする?」
 結局は、もなにしかこの問題は解決できない。
 自分には・・・見守る事しか出来ない・・・。
「・・・ナイ・・・」
「え?」
「イラナイ・・・。お兄ちゃんなんて、イラナイ・・・」
 俯いていたもながゆっくりと顔を上げ―――――その瞳には何も映っていなかった。
 現実を知り、受け入れ・・・そして、崩れてしまった心。
 もなは受け入れた。
 兄が死んだと言う事実を、受け入れ、そして・・・クスリと、微笑んだ・・・。
「お兄ちゃんは、死んだの。あたしの前で、死んだの。だから、貴方はお兄ちゃんじゃない」
 もなが暁の手を振り解き、左手を高く掲げる。
 刹那の突風はやはり強く、3度目ではあるが、やはり目を開けている事は出来なかった。
 ツンと鼻につく鉄臭さと、ピチャンと滴が落ちる音。
 無理矢理夢幻の魔物を現に還したもなの左手首からは夥しい血が滴り落ちており、それでも・・・その表情は微笑んでいた。
「お兄ちゃんは、死んだの・・・」
「もなちゃん・・・?」
「あたしが、殺した―――――――――」
 そう呟いて、ふっと・・・意識を失った。


◇★◇


 意識を失ったもなを抱きかかえて夢幻館に戻ると、麗夜が優しい笑顔で迎え入れてくれた。
 その隣には奏都もおり、暁に感謝の言葉を述べるともなを寝室に連れて行った。
「もな様は無事に夢幻の魔物を送り返せたんですね」
「あぁ」
「如何いたしましたか?まだ・・・何か納得をされていないようですが」
「や・・・これで本当に良かったのか・・・?」
「もな様も無事でしたし、あれも、現の力の反動です。じきに良くなりますよ」
「違う。そうじゃなく・・・」
「桐生様。俺は・・・以前警告したはずです」
「警告?」
「いつか、知らなければ良かったと・・・関わらなければ良かったと、思う日が来ると」
「これがそうだって言うのか?」
「いいえ。これはほんのプロローグ」
 麗夜が目を閉じ、ふわりと口元だけの笑みを浮かべた。
 真っ白なティーポットを部屋の隅から取り出してきて、それと同じ、真っ白なティーカップに熱い紅茶を注ぐ。
「現実は残酷なんですよ」
 カチャリと軽い音を立てて麗夜が暁の目の前にカップを置く。
 仄かに立ち上る湯気で麗夜の顔が霞み・・・すぐにクリアに戻る。
「現実が残酷な事なんて知ってるよ」
「そうですか・・・。それなら・・・・・・・・・残酷な現実を知りたいか?暁?」
 麗夜の視線がすぅっと細められ、妖しい色をたたえる。
「残酷な現実?もなちゃんの?」
「いや、違うね。これはもなだけの問題じゃない」
 暁の隣に立つと、グイっと顔を近づける。
 唇が触れるかと思うほどに近く、妖しい色を宿した瞳は輝いている。
「もなは2人兄妹じゃない」
「え?」
「もなにはもう1人兄貴がいる」
「何だって・・・!?」
「しかも、この館に・・・だ」
「誰なんだ!?」
「面白いな。理由ではなく誰かを先に知りだがるのか?」
「どう言う事だ?」
「何故名乗り出ないのか、それをどうして聞かない?」
 悪戯っぽい瞳をのぞかせると、麗夜が顔を離した。
「如何して?」
「何故だと思う?」
「その人は、もなちゃんが妹だって・・・」
「知ってるよ」
「それだったら何で・・・!」
「言い出せない理由があるからだ」
 麗夜の瞳が、口調が、何か1つの・・・決定的な事実を告げていた。
 そう―――――
 現実は、残酷なんだ・・・・・・・・・・・
「まさか・・・」
「そいつがもなの兄を、母親を・・・殺したからだ」
「だって、自分の兄弟と、母親だろ!?」
「あぁ。そうだ。そいつは、自分の兄と、母親を殺したんだ」
 衝撃的な言葉に、暁は唇を噛んだ。
 それは誰なのか・・・聞きたいけれど、聞いてはいけない事のような気さえしていた・・・。
「なぁ、そいつの名前、知りたいか?」
 頷けない。
 知りたいと、言う事が出来ない。
 口の中がカラカラに乾いて、それでも紅茶を飲む事は出来なかった。

  「神崎 魅琴」

 麗夜の言葉は暫く空中を漂い、儚く溶け消えた。
 信じがたい事実はあまりにも重過ぎて・・・困惑する暁の瞳を覗き込む。
「後悔するって、忠告したのに」
 苦笑しながらそう言うと、麗夜がすぅっと瞳の色を一層強いものに変えた。
「これ以上、俺らに関わるな」
 それは最終勧告のような響を帯びていた――――――――



               ≪ E N D ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782 / 桐生 暁 / 男性 / 17歳 / 学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


  NPC / 片桐 もな
  NPC / 夢宮 麗夜

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『闇の羽根・桜書 T < 愛しき人 >』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 衝撃的な事実が幾つか出てきましたが、如何でしたでしょうか?
 今回でもなの章は終わりになります。
 全てにご参加いただきまして、まことに有難う御座いました!
 

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。