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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


しとしとと雨が

■ACT.0 事の発端は
 憂鬱な雨が続く5月の下旬。ここ、草間興信所の入り口のドアがノックされたのは昼の12時を回った頃のこと。
「はい、開いてますんでどうぞ」
 興信所の主、草間武彦がドアの向こうの訪問者に声をかける。
 ぎぃ、と音を立ててゆっくりと開かれたドアの向こうにいたのは、10代後半位の女性。

 日本人形のように白い肌と、腰丈ほどの墨を流したように真っ黒な髪。
 濃い紺地に紫の紫陽花の模様があしらわれた着物をまとい、柄と同じく紫のちりめん模様の袋を抱えている。
 表情はひどく沈んでいる様子で、落ち着いた、というよりは陰鬱な今の空に似た暗い印象を受ける。
 彼女は静かに一礼すると音も立てずに入ってきた。
「あの、ここは失せ物や人探しを請け負ってくださる場所なのでしょうか?」
手にしていた紙切れを見せて彼女はおずおずと尋ねる。
「あぁ、まぁいろいろとやってますんで」

 草間は女性を一通り眺めて、妙な違和感を感じた。しかし、それが何であるかまでは分からなかった。
 ただ、これだけは長年の勘ではっきり分かった。

― また、怪奇事件か……? ―

「何か探し物でも?」
怪奇がらみの仕事はお断り、と言おうにも、ここまで来てしまっている客を無碍に追い返すわけにも行かない。それに、怪奇事件とはまだ決まっていないのだし。
 そう思った草間はとりあえず話しを聞くことにした。
 勧められたソファに腰掛け、少女は口を開く。
「大切な家宝の品が失くなってしまいまして……。それを探して頂きたいのです。無論、報酬はご用意いたしますので」

■ACT.1 失せ物探しは現場から
 「……と、まぁそういうわけなんだが、ひとつ手伝ってくれないか?」
依頼人が来て程なく。草間興信所には新しい訪問者が訪れていた。
 20代半ばと思しき女性。この興信所ではかなりの古株に当たる調査員、シュライン・エマである。草間から電話で概ねの経緯を聞き、依頼人の話も聞こうと興信所に来たのである。
「そうね……。家宝がなくなったとあっては、依頼人さんも大変ですものね」
少し、思案を巡らせるような表情をしてから、彼女は依頼主の少女に問う。
「依頼人さん、もしよろしければ現場を拝見しても構いませんか? 何か手がかりが残っているかもしれませんし、どのようにその家宝が安置されていたかも拝見したいので……」
「あ、はい、それは構いません。それでは……これからでもご案内いたしますが……」
「ええ、よろしくお願いします。武彦さんも手伝ってくださるかしら?」
「ん? あ、あぁ、そうだな……」
どことなく浮かない表情の草間を見て、小首を傾げるシュライン。
 しかし、依頼人の手前乗り気でない事情を聞く訳にも行かない。ひとまず彼の真意を確かめることは後にしよう、そう思い依頼人と共に興信所を出る。

 扉に鍵をかけようと振り返ったシュラインの耳に、こんな音が飛び込んでくる。

― トントントン ―

軽やかに階段を下りる音。
「あら?」
先を行く依頼人と草間を見るが、足音はいつの間にかぱたりと止んでいる。
(妙ね……)
 首をかしげ、シュラインは2人の後について行った。

 どんよりと重い雲が垂れ込める空。霧のような雨が降る中、3人が来たのは興信所からさほど遠くない距離にある住宅街。
 あたりには人影もなく、雨の音だけが微かに聞こえる。
「こちらです」
依頼主の女性が立ち止まり、1軒の建物を指す。重厚な白壁に囲われたその建物は、見るからに昔からこの界隈にいた地主か、権力者の家であることが伺えた。

 門を潜り、細く続く玄関までの道を進む。
 道の両脇に植えられた竹の生垣は手入れが行き届いており、門の外とはまるで別の世界に迷い込んだような錯覚さえ覚える。
「そういえば、武彦さん」
シュラインは依頼主に聞こえぬよう、小声で草間に問いかける。
「この依頼にあまり乗り気でないようだけど……何か不都合が?」
「ん? あぁ……どうもこの依頼、というか依頼主がね……」
何がどうとまでは分からないが、あの依頼主、どうにも人ではないような、そんな気がするんだよ。と草間は首をかしげる。
「依頼主が……?」
シュラインも、よくよく目を凝らして前を歩く依頼主を見る。
 静々と歩く依頼人。着物もかなり着慣れているのか今時の10代のようなドタドタとした感じの歩き方ではない。
(最近では珍しいわね……。やはり良家の令嬢、ということかしら……あら?)
感心すると同時にふと、彼女は妙な違和感を感じた。
 その違和感の原因を探ろうと、依頼主の姿を改めて確認する。
「これ……」
「どうした? シュラインさん」
問いかける草間にシュラインは、そっと、依頼主の足元に目配せする。
「彼女……足元が全く濡れていないのよ……」
霧雨ではあるが、地面はそれなりに濡れている。いや、そうでなくとも傘をさしても足元までは覆いきれないものだ。
 しかし、依頼主の足元は雨粒が落ちた形跡すらない。
「あの、どうか致しました?」
玄関までたどり着き、依頼主の少女は自分をまじまじと見つめている2人に気付いて怪訝そうに尋ねる。
「……あ、い、いいえ。何でもありません。随分と大きなお屋敷で少し気後れしてしまいまして」
シュラインは、とりあえずその場を取り繕い、微笑む。
 依頼人の少女はいまひとつ腑に落ちない、といった表情だったがそれ以上は追及せず、2人を屋敷の中へと案内した。
「こういう時、勘が働くっていうのは嫌なものだな」
草間は苦笑する。
「そうね。でも……乗りかかった船ですもの。ここはひとつ、依頼主さんのお願いを聞いてあげなくては。ね? 武彦さん」


 しぃん、と静まり返った家。昔ながらの日本家屋らしい襖と障子で仕切られた部屋。相当古い家らしく一歩歩くごとにかすかに床板が軋む音がする。
「ご家族の方は?」
「いえ……今日は私一人です。両親もお手伝いさんも出かけております」
2人を客間へと案内する依頼人。襖を開け、さぁ、奥へどうぞと2人を促す。
 それに従って部屋に入ろうとしたその時。

― トトトトト…… ―

「あら?」
誰かが廊下を走るような音が聞こえ、シュラインは振り返る。
しかし、誰もいる様子はない。
「どうかしたのか?」
草間には何も聞こえなかったようだ。
「いえ、ちょっと。……依頼主さん、何か、動物でも飼われているのですか?」
「いいえ。母が動物嫌いで何も飼ってはおりませんが……なにか?」
「あ、いいえ、少し気になってお尋ねしただけです」
(……気のせいかしら? これだけ年季の入った家ならネズミくらいはいるかも知れませんね)
どうも何か引っかかる気がするが、ひとまずそれは後の調査の時ね、と部屋に入り、すすめられるがまま座布団の上に座った。

 やや低い天井、その為か部屋に入る明かりも窓側の障子より少し奥で途切れてしまう。
 そして、部屋の奥になるほどじんわりと影がその存在を強めている。今時の採光を考慮した住宅とは対照的に、この家の所々には仄暗い「影」が佇んでいる。
「今時のお部屋に慣れてしまっている方には少々陰気な家に思われますよね」
まるで、シュラインの心の奥を見透かしたように、依頼人は問いかける。
「でも、これはこれで情緒が残っていて良いかと思います。では、早速ですが珠が保管されていたお部屋を拝見しても構いませんか?」
「ええ……。では、こちらへどうぞ」
そう言って少女は2人を家の更に奥へと案内した。


■ACT.2 手がかり
 案内された先は書斎らしき小さな部屋。壁には、外界への小窓がひとつ。
調度品は重厚な木製の机に3段ほどの箪笥。それから本棚。本棚にはびっしりと書籍が詰まっている。
 本棚に詰まっている本はいずれも古めかしい装丁のものばかり。
(文学者か小説家、評論家当たりかしら……? このお部屋の主は)
「ここに家宝は保管してあったんです。でも、突然どこかに行ってしまって……」
背の低い棚の上に台座らしきものを置いてある。きっと、ここに珠を安置していたのだろう。
「珠がなくなった当日、この部屋が荒らされるなど、他の被害はありませんでしたか?」
「はい。なくなったのは珠だけ。他にも金品もあったと思うのですが、一切手は触れられておりませんでした」
「そうですか……」
シュラインは目を凝らして台座を見る。
(誰かが持ち去ったのであれば多少動いた形跡は残っていると思うのだけど……)
台座と机が接している場所の辺りには薄く埃が乗っている。しかし、台座を動かしたのであれば脚の跡なり、動いた痕跡が残っているのでは? そう思ってよくよく見てみる。

(まさか、珠が自分で動いたなんて事は……ないわよね)

 先程の雨に濡れない依頼主を見てからというもの、彼女の素性には何か、曰くがある気がしているからだろう。彼女の所有する品物ですら何か特別なものが在るのではないか、そんな憶測が彼女の中で膨らんでいた。

(……あら?)

ふと、台座の傍に妙な違和感を感じ、もう一度よく見てみる。
台座の傍の埃が一部、取り除かれている。

(これは……)

大きさは20センチにも満たない。しかし、その後はくっきりと「足袋を履いた足の形」をしていた。
「あの、依頼人さん。依頼人さんにごきょうだいは?」
「いえ。私は一人っ子ですので……」
「そう、ですか……。あと、この部屋には家の方は誰でも入れるのですか?」
「はい。鍵もかかっておりませんし。ただ、普段は父が仕事で使用しておりますので、誰もいない時間帯は比較的少ないと思います」
「お父様は何か、文章を書くことなどをお仕事に?」
「はい。文章を書くといいますか、民俗学を研究しております」
「民俗学……」
「主に地域の民話や言い伝えなどを調査しているんです。

 ……今回捜して頂きたい珠も、つい5日前父が奥の納戸から出してきたばかりで」
「何か、曰く付のものなのですか?」
「はい、我が家に代々受け継がれておりまして、これは龍の宝玉である。

 ……と家の古い文献にはあると父がよく申しておりました」
「龍の……」
龍といえば、水神ともいわれ、水や雨と深く関わる存在だ。
「江戸の頃からこの家にあって、家の文献にはこのあたりで日照りが続くと家の主がその珠に魚と酒を供え、願をかけるのです。雨が降るようにと。
 すると、3日ほどの願で雨が降るのです。
 逆に、雨が多い時は同じようにして願を掛けると3日ほどで雨が上がったとも」
「…………」
淡々と静かな口調で珠の由来を話す依頼人をじっとシュラインは見つめていた。
「よく、ご存知ですね」
草間もまた、何か思うところがあったのだろう。依頼人にそう尋ねる。
「あ、はい。父がよく私の小さい頃からこの珠を持ち出しては、話をしてくださいました……」
「そうですか……」
しかし、シュラインはそのやり取りを聞きながら確信していた。
「依頼人さん、今日はこの家には誰もいないと言いましたよね?」
「はい」
「そうなりますと……そうですね。詳しいお話は一度客間に戻ってからゆっくりといたしましょう」
「……犯人は分かったのですか?」
「そうですね、きっと……『座敷わらし』の仕業でしょう」


■ACT.3 座敷わらし
 3人は再び客間へと戻ってくる。
「あの、座敷わらしって……」
依頼人がやや当惑したようにシュラインに尋ねる。
「ええ、座敷わらしです」
シュラインはにっこりと微笑む。
「依頼人さん、この家で一番奥のお部屋は?」
「あ、はい奥座敷ならこの部屋の奥が……」
「では、少しお邪魔いたしましょう」
そういってシュラインは席を立つ。依頼人に案内されて、客間より更に奥、やや小さな部屋にたどり着く。

― トトトン ―

「!?」
部屋の奥で小さな音がする。依頼人にも聞こえたらしく、目を丸くしてシュラインを見る。
「あなたを呼んでいるんですよ」
シュラインはにっこりと微笑む。
「私を、ですか?」
依頼人の少女はますます目を丸くする。
「そう。きっと、同じような類の人が出てきて気になったのでしょうね」
「…………!?」
「だって、依頼人さん、これだけ古い建物であれば人が歩けば多少なりとも床が軋んで音が出るものです。でも、依頼人さんはこの家に入ってからずっと、まったく足音を立てない」
音を聞くことを得意とするシュラインは、依頼人の素性が怪しいと踏んだ時から、その様子に注意を払っていた。そうするうちに、足音が2人分しかないことに気付いたのだ。
「そうなれば少なくとも『床の上を歩いている』訳ではないのではないか、そう思ったんです」

 それに、と彼女は付け加える。

「貴女はお父様から珠の由来を聞いたと仰いました。でも、人づてに聞いたお話の割にはとてもはっきりと、迷いがない様子でお話をされていた。むしろ、それが聞いた話だと仰る時の方が妙に取り繕っていて、誤魔化しているようにも聞こえたんです」
「……そう、ですか」
小さなため息をついて、少女は答えた。
「貴女はその家宝の珠と深く関わりのある……そう、例えば珠の精か何かなのではないですか?」
「はい。お察しの通りです。元々は珠に憑く器物霊。付喪神とも申しますね……」
「それが何故自分の珠を探してくれと?」
「つい数日前、不意に珠がなくなったことに気付きました。でも、どこにあるかはなぜか分からなくて。誰かの手によって隠されてしまったのだと思いました。珠がなくてはいつか私は消えてしまう。それで偶然見つけたこのチラシを頼りに興信所にお伺いした次第です」

 でも、なぜ珠がここにあると分かったのですか? と少女は尋ねる。
すると、シュラインは
「ええ、だって先程からずっと、私たちの後を付いてうろうろしているんですもの、彼女は」
と、奥座敷の方を見る。
「さぁ、もうかくれんぼうはおしまいにしましょう? その珠がないと新しいお友達は困ってしまうそうですよ」
奥座敷の襖越しに、奥に優しく話しかける。
……すると

― すぅー……っ ―

かすかな音を立てて襖が開く。そこには、15センチほどの水晶玉を抱えた少女が立っていた。
見た目は5歳くらい、黒の着物をまとい、まるで日本人形のように白い肌と黒い髪をしている。

 少女はしばらく無言で3人をじっと見つめていたが、おずおずと珠を依頼人の少女に差し出す。
『ごめんなさい』
消え入るような声で座敷わらしの少女がそう言った。
依頼人の少女は小さく首を振ると珠を受け取った。

「……さて、武彦さん。無事珠は帰ってきたようですし、私たちもお暇いたしましょう?」
「そうだな。本当のここの家人に見つかる前に」

 2人はそっと、屋敷を後にしたのである。


■ACT.4 しとしとと雨が
「……しかし、いつから座敷わらしだと思ったんだ?」
興信所へ帰る道。草間はシュラインに尋ねた。
「確信を持ったのは珠の傍に足跡を見つけたから。でも、きっとあの子はもっと前から依頼人さんについて回っていたんだと思うわ。いつか、自分を見つけてくれないかと期待しながら」
「依頼人も子供の姿だったからな。遊び相手にいいと思ったのかもしれないな」

まぁ、しかし……、と草間は呟く。

「座敷わらしを見た男は出世する、というらしいし。興信所も少しははやるかね」
「あら、今でも流行っているじゃないですか。いつも賑やかですし」
「怪奇事件だけは、な」
「出世とお金は必ずしも比例はしないものですよ」
それを言われると痛いよ、とがっくりうなだれる草間。

 その様子を見ながらシュラインは、
(座敷わらしを見た女性は玉の輿に乗れるというけれど、果てさて、私はどうなのかしらね……)
そんなことを思いながら空を見上げる。


 長らく続いていた雨空はだんだん明るくなってきていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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お世話になります。この度はご参加誠にありがとうございました。