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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


嵐を呼ぶお嬢さま


 草間興信所‥‥東京の片隅にひっそりと存在しているそこを知る者はそう多くない。それは、愛想のない鉄筋作りの古い雑居ビルの一室に居を構えていた。しがない探偵・草間武彦と、探偵見習いであり妹である草間零が細々と経営している興信所だ。

「武彦、絵梨香の相手をするのだ」
「‥‥だっ 誰?」
 零は不在だった。
 行き成り開かれた扉の前に、興信所の雰囲気には到底見合わない小学生くらいの少女(というよりも幼女)が立っている。
 その直後、まるで計ったように草間の携帯電話が着信音を放つ。この着信音の発信主は、
「雷火。お前、か?」
『ご名ー答ー。オレの知り合いのお嬢、絵梨香(エリカ)っていうの。子守任されたんだけど、今日明日中に仕上げないといけない仕事ができちゃってさー。どうせ武彦、暇でしょ?』
 仕事の仲間、そして友人である雷火。ネットカフェ【ノクターン】を営んでおり、時折草間興信所へ顔を見せる男だ。
「暇は余計なんだよ」
『8時ぐらいまでにはなんとか都合付けるからさ、遊んでやってくれない? 宜しく』
 途切れた携帯電話の液晶を見詰めていると、視線を感じて草間は顔を上げる。
「話はついたのか?」
 いつの間にか机の前にやってきた、紅い双眸が草間を見据えていた。
――ウチは保育所じゃない‥‥。
 結局『行動費は出す』という誘惑に負け、草間興信所は今日も何でも屋へと変貌するのであった。

「メガネ。金髪のパシリか?」
 興信所の中に入らず立ち尽くしていたメガネ・井上洸(ノクターンに出入りしている高校生で、同所でバイトもしている)を見付け、黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は階段を昇る。黒いかぎ針編みのボレロに、タイトな黒いワンピース(片側に深いスリットが入っており、階段を上るたびにそこから白磁色の脚が見え隠れしていた)という装い、冥月は今日も見事な黒だった。洸は「どうも」と頭を下げる。冥月のこんな呼びかけにもいつもなら丁寧に挨拶を返す彼の筈だが、なんだか上の空のように見えた。どうやら興信所内が気になっているらしく、洸は頻りに部屋の中を見ている。冥月はそんな洸の横をすり抜け、興信所に足を踏み入れた。
「いでででででで!」
「絵梨香の前で煙草を吸うな、この馬鹿者!」
 そこには、膝に乗っている幼女に髪を引っ張られている草間の姿が。
「おい、草間。さすがにソレは犯罪だから、止めておけ」
 冥月は腕を組み、半眼で草間を見る。冥月の登場に、絵梨香はキッと彼女を振り返る。銀色でウェーブの掛かった腰まである長髪、印象的な紅い瞳、ピンク色の所謂ロリータ系(実際ロリータではある)の服を身につけた小学低学年ぐらいの幼女が、挑戦的な視線を自分に投げ掛けていた。
 草間の膝を下り、目の前にやってきた絵梨香は冥月を同じように腕組みをして踏ん反り返る。
「なんだ、女。絵梨香に云いたいことがあるのか?」
――なかなか好い瞳をする‥‥が。
 冥月は絵梨香を一瞥したあと、予備動作も躊躇もなく行き成り頬に平手打ちを見舞った。誰が止る間もなく放ったそれは、(絵梨香には申し訳ないが)小気味好い快音を辺りに響かせた。絵梨香が背中からソファに倒れ込む。頬を押さえ冥月を見上げた。
 草間は呆気に取られたが、
「う、わっ! お前なにやってんだ、子供相手に!」
「年長者に利く口ではないな」
「‥‥いや、それはお前も一緒だし」
「黙れ」
 振り向きもせず草間の顔面に鉄拳を見舞う。変な呻き声をあげてその場に草間はうずくまった。
 信条を押し付ける性格でないが、自分に絡んできた以上、己の考えで返して当然。と、冥月は再び腕を組んだ。
「謝る気はない。拳で常識や礼儀を躾けるのが私の教育方針だ」
「だ、だからって行き成り殴らなくても‥‥」
 鞄を胸に抱え、状況を見守っていた(否、見守らざるを得なかった)洸が、恐る恐る意見する。
「云って判らないから、こんな風に我侭に育つんだろうが。云って判るなら、もうとっくに改心してもいい歳だ。‥‥で、どこの小娘だ?」
「‥っ‥‥雷火の知り合いで、どっかの令嬢らしい。仕事の都合だとか云って、子守を俺に押し付けやがったんだよ」
 鼻を押さえながら草間がヨロヨロと立ち上がる。
「そうか、それで合点が行く。幼少の頃から自分のものではない会社の権力を振り翳し捻じ伏せ、剰え、口も態度も非常識きまわりない小娘、という訳だな」 
「まぁ、ぶっちゃければその通りだが。お前が云うと、なんか内容の酷さが半減す‥‥おぶぁッ」
 またもや妙な呻き声をあげる。冥月の拳が草間の顔面に当たる瞬間を見てしまった洸は、思わず顔を顰めて自分の顔に手を当てた。
 忘れ去られた絵梨香は、ただただ冥月の様子を見上げていた。

「橘、橘絵梨香‥‥そうか、橘財閥か」
「え? ご存知なんですか?」
 絵梨香の姓を聞き、冥月はデスクに片肘を突きながら横目に絵梨香を見た。絵梨香はソファの片隅に座り、ドレスの裾を握り締めながら冥月に睨みをきかせている。叩かれた頬が赤くなっていないところをみると、冥月は力加減をして叩いていたようだ。絵梨香は痛さではなく、音に驚愕していたらしい。
「日本のみならず、世界でも有数な金融力と影響力を持つ一族だ。表にも、そして裏にも、な」
 意味深に微笑みながら、冥月は脚を組み替えた。
「そ、そうなんですか。僕はあまり聴いたことありませんけれど」
「‥‥腑抜けた面のお前の師匠が、データ改ざんでもしてるんじゃないか? 会ったことはないが噂には聞いたことがある。御大に、随分と年老いてから出来た子供‥‥一人娘が居る、とな」
 草間と絵梨香にトランプを配りながら、洸は「はぁ」と生返事をした。一緒にやりますか?と彼は云うが、冥月は首を横に振る。傍らに積んであった雑誌を開き、冥月はそこに目を落とす。敵意剥き出しの紅い双眸が時々こちらを睨んでいることに気が付いてはいたが、だんまりを決め込んだ。
 三人の様子から、どうやらババ抜きをしているようだ。
 見ていると結構面白い、と冥月は思った。黙って座っていればまるでフランス人形のような、まぁまぁ愛らしい整った風貌である。本当にあのジジィの血を引いているのか、と疑いたくなるくらい違う系統だ。そして、あの年でポーカーフェイスができるらしい。淡々とカードを引き、場に捨てていく。
 と、思ったのもつかの間。
 数回勝ち続けていた絵梨香が、突然草間の顔にカードを投げ付ける。
(‥‥勝っているときだけなのか、あの顔は)
「こんな、オールドメイドなんて子供騙しだ! つまらん!!」
 その『子供騙し』に熱くなっているのはいったい誰なのか、冥月はこめかみの辺りに手をやり雑誌を読み続けた。
「チェスとか、もっと崇高なゲームはないのか、武彦?」
 チェスが崇高なゲームかどうか知らないが、少なくともオールドメイド‥‥ババ抜きよりは頭を使いそうなゲームだ。
「そんなモン、ここには無い!」
 口をへの字にして草間は腕組みする。胸を張って云うようなことでは、ないと思うのだが――。
「じゃぁ買ってこい、今すぐに」
 絵梨香も同じように腕を組んで草間を睨む。ややあって、フフンと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、
「金は出してやる」
 何故、そうやってすぐ金に物云わせるのか。冥月はいよいよ頭痛がした。
「ま、まぁまぁ。二人とも落ち着いてくださいよ。たかがゲームじゃないですか」
『黙れ!!!』
 洸の言葉に、草間と絵梨香は振り向いて声を揃える。
「洸! このおっ嬢ーさまのお望み通り、チェスでも何でも買ってきてやれ。雷火に行動費は出すって云われてるからなっ! ついでに煙草も買ってきてくれ。7月から増税なんだ」
「おお、いいぞ。なんならこのビルも買い取って建て直してやろう。なんだこの部屋は、用具倉庫か?」
「なにぉう!」
「なんだ!?」
「喧しい、やめんか! ガキの喧嘩じゃあるまいし!」
 デスクをバシンと叩き、冥月は椅子から立ち上がる。ずかずかと歩いてくる冥月の姿に絵梨香は一瞬身を引くが、引いたことにより丁度草間の陰に隠れ、それをいいことに冥月を睨んだ。
「ゲームで負ければ癇癪を起こし、無ければ金を出すから買ってこい、だと。何様のつもりだ、小娘!我侭にも程がある!」
「冥月」
 草間が真剣な表情をして、冥月の肩を叩く。
「厳しい、父親になるな」
「――っ、誰が男親だ!!」
 くわっと瞳を見開き、スリットの間から白い脚が露わになることに気を留めることもなく、爽やかな笑顔を向けた草間の顔面に(ピンヒールを正面に)踏み付けるようなハイキックを見舞った。
 絵梨香は、顔を引き攣らせながらその様子を見ていた。

「ところで。護衛も付けずにこんな処へ連れてきて、大丈夫だったんだろうな?」
 勝手に淹れた日本茶(相変わらず安い番茶だ)を啜りながら、冥月は洸を睨む。絵梨香は、部屋の角へ持っていった事務椅子に座り、額に変な汗を浮かばせながらこちらを伺っている。
 聞くところによると、どうやら雷火のところへは定期的とも取れる頻度で訪れているようだ。尤も、絵梨香が通されるのは表のカフェ・スペースではなく、セキュリティ・チェックの厳しい『奥』の部屋だそうだ。冥月も詳しいことは知らないが、ヤツの店の『奥』には、個室ネットカフェ以上のなにか設備があるらしい。雷火にさして興味はないが、
(密室に幼女と二人――か。彼奴(あやつ)、そういう趣味があるのか?)
 日本茶を飲み干しながら、良からぬ想像をしてしまった冥月は苦々しい表情を浮かべた。
「さて、と。私は食事に行くが、お前たちはどうする?」
 仁王立ちし、冥月は皆を一瞥する。
「ここを空ける訳にはいかないから、俺はパス。領収証、切ってきてくれ。宛名は『草間興信所』様、但し書きは『接待費』として、でいいから――で、その手はなんだ?」
 冥月は草間の目の前に、手の平を差し出していた。
「お前が受けた子守だろう、金を寄越せ」
「――月末なんです、勘弁してください」
 項垂れる草間の後頭部をパシリと叩き、冥月は「おい、行くぞ」と洸と絵梨香を見た。

 金など幾らでも持っているので、実際にはどうでも良かったのだが。
 洸に手を引かれ、時折幽霊でも見るような表情をして振り返る絵梨香を無視し、冥月は二人から離れた後方を歩いていた。どうやら絵梨香の護衛は、彼女が興信所へ行ったと気付いていないらしい。よほど雷火に信頼を置いているのか。
――惚けてはいるが、どうやら食えん男らしいな‥‥。
 などとぼんやり考えていたが、冥月は不穏な影が近付いたことを見逃さなかった。密かに影の網を張っていた冥月は、敵意を持った影が掛かったことに気付く。
 やはり、橘も黒いのだな。僅かに唇を吊り上げ、冥月は息を吐いた。
 どうやら特別な力を持ったものでもなさそうだ。能力を使うまでもない、用心棒としての体術だけで充分だ。
「メガネ! 伏せろ!」
 洸は驚いて振り返った。意図が伝わったのか、洸は絵梨香の頭も抱えてその場にしゃがみこんだ。二人の目の前で踏み切り、冥月はビルの隙間から出てきた男にジャンピング・キックを見舞う。見事に横っ面にヒットし、男はもんどり打ってひっくり返った。冥月は男に素早く駆け寄り、懐から出そうとした拳銃を蹴飛ばしそれを排除する。襟元を掴んで、冥月は男に静かに云った。
「小娘を守る義務はないが、目の前で危害を加えられるのを見逃すほど非道ではない。どこの手の者か知らないが、本日はお引き取り願おう。尤も、貴様程度の力ではその辺のガードマンでも事足りそうだがな」
 襟を放すと、男は脱兎の如く逃げ出した。途中拳銃を拾おうとしていたが、ソレはとっくに影の刀で使い物にならなくしておいた。問題ない。
「‥‥吃驚しました。ありがとうございます」
 絵梨香の服の埃を払いながら、洸はずれた眼鏡を直す。男の背中が見えなくなるのを確認すると、冥月は二人に振り返った。洸の言葉に冥月は軽く頷いた。絵梨香はというと、男の逃げた方角を呆然と見詰めていた。洸が「もう大丈夫だよ」などと声を掛けるが、顔面蒼白で震えていた。
「絵梨香!」
 ビクンっと身体を揺らし、絵梨香は声の主を見る。
「その様子を見ると、実際にはあの手の輩にはあまり遭遇していないようだな。いつもは優秀な橘の護衛が付いているのだろう。その護衛に、たまには感謝の言葉を掛けてやるんだな」
 冥月は絵梨香の頭を掴むと、二・三度グリグリと(痛くない程に)髪を撫でた。
「帰るぞ」
 草間興信所のビルのある方角へ歩みを進める。絵梨香はその場に佇み、冥月にずらされた髪のリボンを直していた。


 適当に茶など飲み片付けをしていると、程なくして雷火がやってきた。
「お待たせー、お嬢。‥‥なんかあったの?」
 絵梨香を抱き上げ、雷火は彼女の顔を覗き込む。
「じゃ、帰ろっか‥‥って、お嬢?」
 絵梨香は雷火を見たあと、ソファで本を読んでいる冥月の後ろ姿をじっと見詰めている。何かを察した雷火が絵梨香を床に降ろした。
 後ろに立っていることに気が付いているが、冥月はそのまま本を読んでいた。暫く経って、
「‥‥み、冥月」
「なんだ」
 声を掛けられて初めて振り向く。
「‥‥ひ、昼は助かった。礼を云う」
「もう一声だな」
 ソファの背もたれ越しに、冥月は絵梨香と目を合わせる。
「な、なんて云えばいいのだ?」
「‥‥そうだな。『あ』から始まる言葉でも云ってみたらどうだ?」
「あ、から?」
 冥月は声に出さず、口を動かした。ややあって、絵梨香が「あ」と声を上げた。
「‥‥ありが、とう」
「‥‥それを、お前の周りの人間たちに云ってやるといい。私は当然のことをしたまでだ」
 夕方とは違い、今度は優しく絵梨香の頭を撫でる。冥月の笑顔を見、小さく絵梨香は頷いた。

 後日。
『武勇伝』を聞いた草間武彦が、冥月に蹴られていたのはまた別の話し。


      【 了 】


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【 2778 】 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)| 女性 | 20歳 | 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは、四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
納期を勘違いし、遅れてしまいましたことをお詫び申し上げます。大変失礼致しました。

プレイング上、少々駆け足の展開になりましたが‥‥。
命を守ってくれた冥月様に、まだ和解とまで行きませんでしたが、絵梨香は少々心が動いたようです。
闇の組織をいろいろとご存知とのことなので、含みを持たせた展開にしてみました。
またのご参加、お待ちしております。

細かい私信など → blogにてボヤいている時がございます

2006-06-18 四月一日。