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<東京怪談・PCゲームノベル>


ベイビイ・スター


 某幽霊マンションの一室。
 日常的に平穏とは言い難いその場所に、さらなる騒ぎの元が出来てしまった。
 ここだけ地震にあったかのように散らかった部屋の中、にっこりと微笑みかける。
「なんてお名前かな〜」
「きらー」
「よく言えました。あ、名前書いてあった」
 優しく頭を撫でた直後、服地に煌と刺繍されているのを見つける。
 煌がここに来てから一時。
 それというのも自宅の前で、煌が居たのを見つけりょうが騒ぎ出し。
 そのすぐ後に夜倉木が呼びつけられ一悶着。
 静かに牽制しつつ、お互いに罪をなすりつけあって居る間。煌が部屋の中を散らかし続けた辺りでようやく学校からリリィが帰宅し今に至るわけである。
「煌くんのパパはどっちかなー」
「ぱぱぁ?」
「向こうにいるわよ」
「ぱぁぱ、むこー?」
 楽しげな口調で煌を抱え上げ、ソファーの方へと視線を移すと必死に否定しているりょうと夜倉木の二人が非常に楽しい。
 カーペットの上にペットボトルからこぼれたお茶の水たまりや、びりびりになったティシュ箱や、壁と床の落書きがなければもっと楽しかったに違いない。
 ……訂正、あまり楽しくない。
 もし煌がケガをしていたと思うとぞっとするが、それだけは気をつけてはいたらしい。
「まあ……俺は無いだろ」
「俺だって違いますよ」
 年齢的に子供が居てもおかしくないだけに、やけに歯切れの悪い否定の言葉は容易くかき消される。
 長々とした言葉は必要ない、たった一言で良いのだ。
「ぱぁぱ」
 無邪気に手を伸ばす煌に、二人の動きが面白いようにピタリと止まる。
「どっちのパパが良かなー?」
「ぱぁぱ、あうー、パパー、あっちー」
 手を伸ばそうとする煌を手伝うリリィに、ちゃっかりと部屋の中を片付けつつりょうが並んで立つ。
「どっちかって言うと……なあ?」
「やっぱり?」
「待ってください、それは……無いですよ」
「酔った時とか怪しいよな」
「無いですよ」
 否定するも、この中で最も確率が高いのは自分だとは言えないらしい。今頃脳内で過去の記憶を思い出す方に集中してしまっている様だ。
「家の前にいたんだから、そうだと考えるのが妥当だろう?」
「夜倉木の知り合いだって知ってて連れてきたのかも知れないし。それは日頃の行いだろ?」
 すでに幾度となく繰り返したやりとりだ、新鮮みもなく口調も濁りきっている。
「違うならもっと自信持てばいいのに」
「自信ないからああなんだろ?」
「だから……」
 平行線の会話は今度も唐突に終わりを向かえた。
「ふ、ええええええん」
「!?」
「ど、どうしたの、煌くん?」
 今まで機嫌が良かったのに何故?
 リリィがあやしても泣きやむそぶりもない。
 突然のことに困惑するたりょうとリリィに、夜倉木が軽くため息付きソファーから立ち上がる。
「お腹がすいてるか、おむつかどっちがですよ。まあ泣き声から言えば前者でしょうが。ナハトは?」
「まだ帰ってきてない、もうすぐとは思うけど」
「早いのね、どうしてナハトを買い物に?」
 確かに力もあるし動きは素早いだろうが、はっきり言ってナハトにベビー用品を買いに行かせるのはあまりにも目立つ。
 それに対してりょうと夜倉木は口を揃えて言う。
「ナハトだけ安全圏にいたから」
「一人だけ、俺は違うって余裕でしたから」
 成る程、煌の生まれる頃には何も出来ずに安全であったが故に、八つ当たりのように買い物に行かされた訳だ。
 納得できたのは良いのだが……。
「わああああああああん」
 ナハトが戻るまでどうしたらいいか解らないのは変わらず。
「ナハトー、はやく帰って来てくれっ」
「大きな声出さないで。よしよし、煌くん、泣きやんでー」
「……仕方ないですね」
「うあああん、あうー、えっく、えぐ」
 深々とため息を付いた夜倉木が煌を受け取り、慣れた手つきであやし始めた。
「……え?」
 見間違いではない。
 抱え方もしっかりしていたし、煌もさっきよりは落ち着いた泣き方になっていた。
「えう、えっ、えっく」
 何故という疑問が頭に浮かび、次にまさかと言う単語が脳内を駆けめぐる。
「本当に……」
「だから嫌だったんだ。断じて違います、親戚の面倒を見てたので慣れてるだけです」
「……ああ、そっか」
「びっくりしたぁ」
「この泣き方ならお腹すいてるだけですね」
 いけない物を見てしまった気持ちで一杯だっただけに、本当にどこかに隠し子でも居たのかと思ってしまった。
「あう、パパー」
「パパじゃありません」
「パパだもー」
 しっかりとしがみつく煌を片手で抱えつつ、冷蔵庫の中を探り始める。
「個人差は大きいですが、一歳過ぎなら好き嫌いはあっても、ある程度は気にせず食べられるんですよ」
「今家にあるのでも?」
「そうなります、まあお菓子よりちゃんとしたものを食べた方が良いのは事実ですが、今はゼリーで良いでしょう」
「それなら平気そうね、赤ちゃんだから離乳食だって思ってた」
「一歳児ならご飯からクッキーまで食べたり出来ますよ」
「あむ、おいしー」
 必要な物を揃えてソファーに戻り、器に盛りつけたゼリーをプラスチックの小さなスプーンで少しずつ食べさせる。
「慣れてるなー」
「本当のパパみたい」
「違います」
「ぜりー、もっとー」
「はい」
 食べさせるのを再開し暫く経った頃、ようやくナハトが帰って来た。
「遅かったな」
「慣れてないんだ、ジロジロ見られたし」
「シー」
 静かにと言う合図は煌がうたた寝を始めたのがその理由、お腹が満たされた事と遊び疲れた為だろう。
 大きな買い物袋を降ろしたナハトが、夜倉木に抱っこされつつ眠っている煌の方を見てぽつりと呟く。
「本物みたいだな」
「……違います」
 もう否定するのもうんざりと言った表情だった。
「寝てる間に調べてきますから、頼みます」
「え?」
「俺の方で調べてみると言ってるんです、警察に届けるならそれでも構いませんが」
 突然現れた赤ん坊に取るべき行動にしてはずいぶんと遅い対応だ。
 理由は慌て過ぎて思いつかなかったのがりょうで、万が一を考てしまったのが夜倉木である。
 寝ている煌をリリィに渡し、夜倉木は部屋後にした。





 煌がソファーの上で一眠りしている間に部屋を片付けて置く。
 ずっと抱っこしている訳にもいかないし、動き回ることを考えた場合床にある物を口に入れてしまわないとも限らない。
 それも踏まえて片付けたつもりだったのだが……煌が目を覚ましてからはやはり大変だった。
「う? ……えう」
「あ、起きた?」
「そうみたい……」
 むずがり出した煌に気付きあやそうとしたのだが、どうやら少し遅かったようである。
「パパ? パパぁ? えう、うあああああん」
 すっかりパパ認定されていたらしい夜倉木は、残念ながら調べると言って出かけてしまった後だ。
「どうしよう、泣きやんでくれない〜」
「ぱぱぁ、どこー!? えええええん!」
 抱き上げたリリィが幾らあやしてもまったく泣きやまない、それどころかますます酷くなっている。
「どうしよって……そもそも何で泣いてるんだ?」
「あ、もしかしたらおむつかも」
 さっきがご飯だったから、今度はおむつと考えるのは順当な流れだ。
 それだけに、泣いてる本当の理由が夜倉木が居ないことだったら手が終えない訳だが……そうでないとを願うばかりである。
「とりあえずおむつ、だな」
 パッケージ裏の説明書を見ながら、どうにかおむつを替えた。
 まだ『パパ』を捜しているのは変わらずだが、幸いにしてすんなりと泣きやんでくれた。
「えう、あう……ぱぁぱ?」
「これで動いても大丈夫……煌?」
 ハイハイをしながら煌が目指しているのは、犬の姿で昼寝をしているナハトの方。
 CDラックを倒されたり、床にあるコードで遊んだりする様子は無さそうなのでそのままにしておく。
 何かをするかもとは思っても、追いかけて抱き上げる気力が早々と尽き欠けていたのである。
「わんわん?」
「そうよ、大人しいから触っても大丈夫」
「わんわー」
 何かを察知したのかナハトのしっぽの動きがピタリと止まった。
 その判断か間違いだったと判明したのは、その直後の事。
「わんわ、わんわー」
「あ」
 がっしとシッポを掴み、勢いよく引っ張る煌。
 ブチブチっと音を立てて抜けるしっぽの毛。
「―――っ!?」
「……あーあ、災難だな」
 とっさに逃げるナハトを煌が追いかけ様とするがその前に。
「もっとやさしくなでてあげなきゃ、ね?」
「あい!」
「良い子ね、そろそろお腹すくころかな?」
 頭を撫でて、そろそろミルクを用意した方が良いだろうとリリィが台所の方へと行ってしまう。
 部屋の端の方で固まるナハトに、苦笑しつつりょうが言った。
「まあ、がんばれ」
「………」




 その後もたっぷりと煌は遊び続けた後、二度目のお昼寝に突入。
 慣れない事に疲れていたのか二人と一匹も一緒に眠り込んでしまった。
「おい、起きろ」
「………あ?」
 夜倉木に起こされ、寝転がっていたソファーから体を起こす。
「煌はどうした?」
「煌ならそこに……あれ? リリ、ナハト、起きろ!」
「え、なに。煌くん!?」
 姿の見えない煌を家中捜し回ったがどこにも居ない。
「どこにも行けないはずなのに」
「だよな……」
 一歳児に玄関の扉は開けられないし、窓のカギにも手が届く訳がないのだ。
「その事なんですが、調べてみたほかでも同じ様な事があったんです」
 突然赤ちゃんか現れ、そしてまた突然居なくなる。
 柔らかい茶色の髪に真っ黒な目。
 一歳児過ぎの赤ちゃんで、名前は煌という。
 煌に関わった人達は、大抵こういうのだ。
 とても元気で、可愛い子だったと。
「……まあ、無事ならいいか」
「そうね、大変だったけど」
 少しばかり不思議な体験をしたと思えばいい。
 どこか他の場所でも変わらず元気に遊んでいる事だろう。
 それは、とても賑やかなある日の出来事。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4528/月見里・煌/男性/1歳/赤ん坊 】

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■         ライター通信          ■
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お任せでの発注ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。

煌君が帰った後の部屋はもちろんすごい事になったままです。
片付けは大変そうですが、三人とも内心楽しんでたのでご安心を。