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白のアンダーテイカー
白い衣をまとったアンダーテイカー
いつもみんなの嫌われ者
今日も「死せる」人を探しにやってくる
「死せる」能力者を探しにやってくる
さぁ、ショータイムの時間だよ
人はおやすみ
能力者は逃げろ
上質の魂を求めて
白のアンダーテイカーが狩りにくる
【草間興信所】
「白いアンダーテイカー?何だそりゃ」
そもそもアンダーテイカーとは何ぞや。
いいネタあるぞとやってきた雫は身を乗り出して早口に説明する。
「あのねっ今ネットでも結構騒がれてるんだけど、白い服を着たアンダーテイカーが能力者狩りをしてるんだって。ほら」
そういってモバイルから掲示板への書き込みを見せる。
「………白い葬儀屋ぁ?」
「日本語で言えばそーゆーこと。でもやってることはまるで死神ってゆーか通り魔?」
「確かに…」
葬儀屋の名を持つ通り魔、笑えない話だ。
「それでね、草間さんトコなら何とかしてくれるんじゃないかなーって」
「ちょっと待て。俺は探偵だ!何でそんな一銭にもならないことをしなきゃならんのだ」
いよいよ無償で働く正義の味方扱いですか。
ちょっと頭痛がしてきた草間。
「……依頼人あって、報酬の話ができない以上、俺が動くことはない。さぁ帰った帰った」
「そんなこと言って…そのうち出てくるんじゃないの?」
せっかく話を持ってきたのに、とぷりぷりしながらゴーストネットOFFへ帰っていく雫。
ところが。
雫が去り際に残していった言葉どおりに、複数の能力者から相談が入ってきた。
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■―01:50―
深夜の公園を息せき切って走る男がいた。
男は時折後ろを振り返りながら、何かから逃げている。
純白の何かから。
『good quality...しかし惜しい』
「!?」
『私の方が一枚上手だった』
「―――ッ……」
男は立ち止まった。
男はその場から動けなかった。
やがて気が遠くなり、そのまま、覚める事のない闇へ落ちていった。
純白に身を包んだそれは、漆黒のデスサイズでくるりと弧を描く。
『ハイ終了。空の器には、それに相応しい棺を誰ぞ用意してくれることでしょう。―――残りは77個』
後には、眠るように横たわる男の屍が、一つ―――…
■―11:30―
「白のアンダーテイカー…か。何でこんな時ばかりアイツの言ったことが本当になるんだか…」
深々とため息をつく草間だが、起こってしまったことはどうしようもない。
現にもうすぐ依頼人が来る。
白のアンダーテイカーに怯える能力者が。
「雫ちゃんはお昼すぎに来るそうよ。試教研で午後が空いててよかったわね」
シュライン・エマは苦笑気味にそういって、そろそろ来るであろう依頼人と草間の分のコーヒーを用意し始める。
依頼人は一刻も早く相談したいというが、噂について何かと詳しいのは雫だ。
現に元根本の話を持ってきたのは彼女のなのだから。
電話で済ませればいいのかもしれないが、直接会って話した方がまどろっこしくない。
依頼人の話と照らし合わせてみたら、何かわかることがあるかもしれない。
そして待っている間も、シュラインはモバイルからゴーストネットOFFの掲示板を見ていた。
何か新しい情報が入ってきていないかの確認のためだ。
「邪魔するぞ、小僧」
ノックもなしに前触れなく入ってきたのは蒼雪・蛍華(そうせつ・けいか)だ。
「……なんだアンタか…せめてノックぐらいしろ。ノックぐらい」
「大の男が細々したことを言うでない。度量の小さい男め。暇つぶしに来てやったのだ。ありがたく思え」
蛍華はふんぞり返って椅子に腰掛ける。
どこをどうありがたく思えというのだろうか、というツッコミはさておき。
「――また面倒ごとか?」
シュラインと草間を取り巻く空気に、蛍華は目を細め、唇は弧を描く。
「……アンタも能力者には違いないか。ちょうどいい。これから依頼人が来るから一緒に話を聞いてくれ」
正確には能力者という区分ではなく、ある仙人が創った自我を持つ日本刀型の仙具が彼女の正体だ。
今は退屈しのぎと趣味の為の費用稼ぎに怪奇事件関係の何でも屋まがいの仕事をしているようだが。
「ひょっとしてあれか。最近噂になっておる能力者限定の通り魔か?」
「アタリ。これから依頼人と、情報提供元が来ることになっている」
なんとなく、予定の人数より人が増えそうな気がした零は、お茶やコーヒーの残量を確認し、買物に行くといって足早に出かけていった。
「…まぁ確かに。この調子だと多分増えるだろうな」
協力してくれる人は多いに越したことないでしょう?、と、シュライン。
確かに、今回の事件に関してはなるべく協力者が多いほうがいいと思う。
だが危険が高すぎる。
囮を使わなければならないだろう。
出来ることなら避けたいものだが、考えている間に被害は増え続けるだろう。
相手の目的がただの能力者狩りだとすれば、自分の身辺にいる者のも例外ではない。
「―――…嫌な天気だ…」
嫌な話に嫌な天気。
気分が滅入る。
そんな草間を気遣ってか、シュラインは入れたてのコーヒーを草間に差し出す。
「出来る限りのことをしましょ。ね?」
今だけでも、笑顔だけは。
「――そうだな」
「…二人で気分を盛り上げているところ悪いが、誰か来るぞ」
蛍華の言葉に、別にそんなことはと言いかけるが、近づいてくる足音に一同表情を引き締める。
足音がとまり、扉をノックする音。
「邪魔するよ、草間さん、シュラインさん―――おや、キミは確かこないだ化け猫の時に…」
「蒼雪蛍華じゃ。蛍華でよいぞ。久しぶりじゃの。確か内山といったかな。おぬしも退屈しのぎか?」
覚えて頂いて何より、と、笑う内山・時雨(うちやま・しぐれ)。
「で?こないだの面子が揃って何の話かな?――また、奇怪な依頼でもあったのかい」
近くまで来たんで顔でも見て行こうか、と思ってやってきた時雨だったが、また思わぬ再開もあったものだ。
お察しのとおり、と苦笑する草間。
そして、また一人。
すらりと背の高い、淑やかな物腰の金髪灼眼の少女が、時雨の後ろから顔をのぞかせる。
「あら、皆様お揃いで。草間様『また』異能がらみの事件ですの?」
「あーそーだよ。わかってんなら強調すんな」
苦々しい顔をして、イリスフィーナ・シェフィールドに返す草間は、いつものように煙草に火をつける。
部屋の前の廊下をパタパタと小走りに駆けてくる足音はいつもの、聞きなれた足音。
「お兄さん、シュラインさん只今戻りました――やっぱり買い足しにいって正解でしたね」
茶葉やコーヒーを補充し、集まった人数分のお茶を用意し始める零。
「あ、零。依頼人がそろそろくるから一つ追加、な」
「わかりました、お兄さん」
人数分のお茶やコーヒーを用意し、シュラインと零はそれぞれに配った。
そして、約束の時間。
「――失礼します。こちら草間興信所ですよね?」
「いらっしゃい。アンタが、こないだ連絡くれた…」
「トガセといいます」
見た目は、ごく普通の中年サラリーマン。
通り魔に狙われるような能力者には、とりあえずみえない。
どんな能力を持っているのいうのか。
「…能力者…というより、人外の方が多いのですね。ここは…四人もいるなんて…」
その場にいる全員の顔を見るなり、トガセはそう言い当てる。
なるほど、相手の正体を見抜く力を持っているというわけだ。
「たまたま、な。こっちはうちの事務員で、他はその時々によって協力してくれる連中だ。害は、ない」
やや引っかかるところのある説明だが、まぁいいとしよう。
時雨や蛍華やイリスは少しばかり眉を上げた。
「――とりあえず、あと一人。情報提供者がそろそろ来るはずなんでな。悪いがもう少しばかり待っててくれないか」
「…はぁ…」
不安げな返事をするトガセ。
そして、待つこと十五分あまり。
バタバタとかけてくる足音。
そしてノックもせずいきなり入ってきて第一声からマシンガントークが炸裂する。
「ごっめ〜ん!遅くなっちゃった!でもね、これでもかなり急いできたんだよ!?なんたって例のアンダーテイカーに関する依頼が来たってんだから、こっちだって知ってることは教えてあげなくちゃ――…」
一同の視線を集め、ふと自分が浮いてしまったことに気づく雫。
「――情報提供はありがたい。とりあえず、落ち着いてから、な。話を聞こう」
ごめんごめんと苦笑いする雫は、一先ず深呼吸して、自分の持っている情報を話し始めた。
「えっとね、まず、現時点でのサイトへの書き込みからわかってるのは、今朝、また新たな犠牲者が出たってこと」
雫がそういうなり、トガセは思い出したように、草間に尋ねた。
「…今朝の新聞を見ましたでしょうか?」
「今朝の?」
トガセは自分で持ってきた切抜きを一同に見せた。
「それが、今朝のニュースでも取り上げられました。ここから少し離れたところにある公園で、若い男の遺体が発見されたと」
このところ心臓発作で死ぬ者が連続して発生している。
皆、それらしい病歴や通院歴はなく、いたって健康だった…と周囲はもらす。
「…その、今朝発見された青年というのが……私の知人なんです」
能力者としての、トガセはそう付け加える。
「…それで、次は自分の番だと…?」
震える肩をおさえながら、トガセは浅くうなずく。
「…そっかぁ…知り合いがこんなことになったんじゃ、当然そう思っちゃうよね」
トガセの様子を見て、気の毒そうに呟く雫。
「それで、雫ちゃん?サイトの書き込みに、何か目ぼしい情報はあった?」
シュラインの問いに、あ、そうそう!と手持ちのモバイルを立ちあげ、サイトを開く。
「とりあえず、アンダーテイカーを見たって人の書き込みがちらほら。勿論、その人は生きてるよ」
偶然にも狩りの瞬間を目撃してしまった一般人は、サイトにこう書き込んでいた。
【つばの広い帽子に、黒い髪。真っ白なロングコートに真っ黒な鎌を持った20代ぐらいの青年が、目の前で人を斬り殺した】…そう書いてあった。
「斬り殺した?」
「うん、でもね。その真っ白な奴が立ち去った後、通報して警察が来た時、ちらっと見たけど何所にも外傷はなく、いきなりその場で倒れて死んでしまったように見えたんだって」
「斬り殺されたはずなのに、外傷なしとはこれ如何に」
雫の背後からサイトの書き込みを覗く時雨は、メガネの位置を正しながらそうのたまう。
「……まんま死神ですわね。そのデスサイズで魂だけ刈り取った…とすれば?」
イリスの言葉に、そんな馬鹿な、と草間は言いかけるが、そこで否定しきる材料があるわけでもない。
死神だとすれば、何故能力者だけを狩るのか。
そもそも、死神とは死期が訪れた者の魂を刈り取り、神のもとへ連れて行く役割を持った、いわば神に仕える農夫。
それが通り魔のごとく能力者だけを刈り続けているというのも妙な話だ。
「雫様、そのアンダーテイカーが出没した場所などはわかりますの?」
イリスの問いに、これまで出没した場所を書き出したものを見せるが、時間もてんでばらばら。僅かに深夜や早朝が多いというだけ。
出現ポイントの距離を測るも、近かったり遠かったりと、これにも法則性を見出せない。
少なからず言えることは、これらのおびただしい点の数は、それだけの能力者の遺体の数であるということ。
「…いったいいつまで続ける気なのかしら…」
眉を寄せ、地図上の点を見つめるシュラインは、ポツリと呟く。
自分を能力者というカテゴリーに当てはめられるかはわからない。
しかし、草間はどうだろうか。
通り魔のもつ基準がわからない以上、草間とて可能性はあるはずだ。
「――見たという者がいて、その外装に関する情報は沢山あっても、それだけで通り魔の行動の真意を測るのは困難を極めるな」
ため息混じりにそう言う蛍華は、立ち上がって大きく背伸びをする。
「彼奴の狙いがわからぬ以上、危険は承知の上だ。囮を用意するしかあるまい」
「それが一番手っ取り早いだろうなぁ」
頭をかきながら苦笑する時雨。それに続いてイリスもにこやかに言う。
「異形は殲滅あるのみですわ」
彼女の示す異形、が何所までを示すのかも不明だった。
当然ながら時雨と蛍華は苦笑する。
異形による異形狩り。
これもまた難儀な話だ。
「…トガセさん、すみませんが…貴方の能力と、亡くなられたご友人の能力を教えていただけますか?」
シュラインの問いに、それまで俯いて怯えていたトガセは、ハッとした様子でしどろもどろに語り始める。
「――私の能力は…ただ見るだけです。人かそうでないかが見えるぐらいなんです」
それにしても、その見抜く力が長けていることは確かだろう。
現に一目見るなり、この場にいる四人が人でないことをいい当てているのだから。
霊鬼兵である零、仏教伝来以前からの古き鬼である時雨、自我を持った仙具である蛍華、吸血鬼の異形退治屋であるイリス。
「――友人の――…今朝発見された錦織君は…除霊屋をしているぐらいに、魔を祓う力が強かった…」
殺された錦織青年は、攻守共にバランスの取れたタイプの除霊屋だったらしい。
そこそこ腕の立つ者ですら、歯がたたない相手。
「数押しがきくのかバラけた方がいいのか、慎重に考慮すべきだろうね。どの道相手の間合いに入るのは危険そうだ」
囮は必須。
だがその他にも必要なものがある。
通り魔を捕獲する為の罠。
こちらが用意できる規模の罠などタカが知れているかもしれない。
だが、仮に通り魔が囮に引っかかったとしても、そのままでは恐らく奴の目的だけを果たされ、あっさりと逃げ遂せてしまうだろう。
そんな失敗は御免被る。
時雨は何かいい案はないかと考える。
「狩りに長けた者なら当然こちらの気配に敏感だろうから。そこで、だよ。あらかじめ罠を張っておくといいと思うんだよねえ。足を踏み入れたらけたたましい警報が鳴る暗室とか。こちらの足音は消えるし、あれは集中力を削ぐ」
「限定された空間におびき寄せるってのは買いだが…暗室までどうおびき寄せるかって事と、その警報装置の手配と設置をしている時間がない」
「あー……やっぱり無理だわな」
強力なスポンサーがいるわけでもないこの興信所から準備できるものは程度が知れている。
金に糸目は、とも言っていられないのが悲しいかな、現実だ。
「…足止めをする方法と、捕縛する方法、力を抑える方法…ちょっと気になっていたのだけど、何故『白のアンダーテイカー』って言われてるのかしら?」
「格好が白いからではありませんの?」
首をかしげるイリス。
「違うよ。それもあるけど通り魔自体がそう名乗ったんだって」
一同の視線は雫に集中する。
「――目撃した人の中にね、通り魔に話しかけられた人がいるみたいなの。『私は白のアンダーテイカー、異能者を狩る者。私が見える貴方はなかなか上質。けれど惜しい。刈り取るには値しない』ってね」
「私が見えるってことは…人間じゃあないってことか。ますます死神だねぇ」
人でないとわかった以上、己が考えていた作戦が通じるものかも怪しくなってきた、と、時雨はため息をつく。
「……人でないにしても…何故今なのかしら。死神だというなら何故つい最近になって…しかも異能者だけを狩るのかしら」
白の、と強調するからにはその色であることがアンダーテイカーにとって重要な事なのかも知れない。
シュラインは一つの仮説を打ち立てる。
「――つまり、彼奴の主張するその色を汚してしまえば……そういうことじゃな?」
シュラインの意図するところをくみとり、蛍華がにやりと笑う。
「カラーボールやペンキなどは、草間様でもご用意できますでしょう」
でもは余計だ、と文句をたれる草間。
「――その可能性にかけてみるとしようか」
ようやく動き出せそうな状況に腕がなると言わんばかりに蛍華は微笑む。
「人外を異能と判断するか…そこがちぃっとばかり不安だね。自分たちが囮になれるのであれば、そらぁいいに越したことはない」
多少のことがあっても、致命傷は避けられる程度には頑丈だからだ。
だが、人外は範囲外と言われてしまえばそれまでだ。
確実におびき寄せる方法としては、あまりにも危険だが、現状からすれば彼に頼むより他はない。
「トガセさんや。依頼人を危険に晒すなぁルール違反だがね。現時点で能力者と断言できるのがアンタしかいないんだよ」
「――わ、わたしが…囮…ですか…」
トガセの表情がこわばる。
無理もない。
どうしたらいいのか相談に来ただけなのだから。
「ご安心下さい、トガセ様。万が一にも貴方様に被害が行くようなことにはなりませんわ。わたくしがそうさせません。ですから安心して囮になってくださいませ」
にこやかにそう告げるイリス。言いたいことはわかるが、なんとも妙な申し出だとトガセは微妙な表情のまま固まっている。
「…依頼人にこんなことを頼むのはお門違いなのはわかってるが…協力してくれないか?トガセさん」
「……相談に…依頼に来たのは私です。わかりました、殺された錦織君の為にも…私もできる限りのことをします」
これまでの目撃証言から、まずは可能性が高いであろう深夜に罠を仕掛けてみることにした。
綿密な打ち合わせの後、必要なものを揃える為にシュラインと草間、そしてもしものことを考慮して蛍華が共につき、興信所を出た。
勿論雫の協力はここまで。
依頼を気にしつつも彼女は帰路についた。
トガセと共にその場に残った一同は、ただ静かにその時を待っている。
すると、ふと思い出したようにその沈黙を時雨が破った。
「ああそうだ。零さん、ちょっといいかい?」
お茶のおかわりを用意していた零は、何でしょう?と時雨を振り返る。
「―――実はね、折り入って頼みたいことがあるんだ。危険は承知の上でちぃっと頼まれてくれんかね?」
■―23:40―
おびき出す地点にそれぞれ、蛍華と時雨、シュラインと草間が配置される。
一人歩き回るトガセ。
その様子を気配を絶って見守るイリス。
吸血鬼としてのイリスの瞬発力がトガセの命を守る要だ。
出遅れることは許されない。
時間が経つにつれて、少しずつ人気のないところへ移動していく。
賑やかな繁華街を抜けると、急に人気の少ない公園に出た。
アンダーテイカーよりも、実際の人間の通り魔や素行のよろしくない若者の集団の方が気になってしまい、なんとも複雑な心境だ。
トガセ自身も、草間たちも、待ち構えているこの時間をひどく長く感じる。
「―――…」
ただ歩き回っているだけでは怪しまれる。
そう思ったのだろうか。トガセはおもむろに能力を開放した。
あたかもその場で何かの調査をしているかのように。
蛍華や時雨やイリスの知覚で感じ取れる、トガセの波長。
精神まで見透かされているかのような、深淵のざわめきに違和感を覚える。
「――どこが見えるだけ…だってんだい」
苦笑交じりにそう呟く時雨は、これほどの能力者ならば狙われる可能性は大いにあるだろうと納得する。
トガセの認識が自分を基準にしていたとするならば、死んだ錦織青年もかなりの実力者だったのかもしれない。
ともすれば、そんな実力者をあっさりと狩ってしまう白のアンダーテイカーとは如何な怪異なのか。
果たして自分たちだけで対処可能なものか。
不安の二文字が思考の片隅を支配する。
「――このままあっさりと終わってくれれば…ね…」
気配を殺し、その時を待つ。
休憩を装ってベンチに腰掛けるトガセ。
勿論、このまま長々とその場で呆けているわけにはいかない。
十分程度その場で過ごしてみて何もなければ、仕方がないが今日のところは打ち切るより他にない。
シンと静まり返った公園はなんとも不気味で、トガセの緊張もピークに達している。
『子羊は逃げ惑う 逃げて逃げて逃げて 狼を罠へと誘う』
「!?」
トガセの視界に突如真っ白な革靴とスラックスの裾が入る。
『御機嫌よう、セカンドサイトの紳士。私は白のアンダーテイカー…訳あって貴殿の魂を頂戴しに参りました』
「ぅ…ぁ…うわあああああああッ」
ベンチから転がり落ちるように走るトガセ。
その背後からゆらりとアンダーテイカーが追ってくる。
「く、草間さんッ草間さん!!」
『ん〜ん、気質は微妙。しかし本質はgood quality...二晩続きで狩るに値する魂と出逢えるとは私はなんて幸運』
クスクス笑いながら、ゆらりゆらりと地面をすべるように追ってきていたかと思うと、急にその場から掻き消えた。
「!?」
気配が消えたことに驚いて、つい振り返ってしまったトガセ。ところが視線を戻し刹那、すぐ目の前に奴がいる。
『―――これであと76個…』
トガセの進行方向に現れたアンダーテイカーが漆黒のデスサイズを振り上げる。
進む足は急には止められない。
もう駄目だと目を閉じた瞬間、金属がぶつかり合う音がした。
「――その記録は本日をもって打ち止めですわね」
イリスの魔剣がアンダーテイカーのデスサイズをぴたりと止め、二人はその場で膠着状態になる。
『子羊が仕掛けた罠はこれまた意外。神の威光恐れぬ背徳の輩』
目深にかぶった帽子に顔は隠れているが、口元だけは見える。
笑った―――
「そのままッ!!」
あらかじめ用意しておいたブロックをアンダーテイカーに向かって投げつける時雨。
イリスの目の前でアンダーテイカーの首が鈍い音をたて、くの字に折れ曲がる。
更ににんまりと弧を引く唇。
一瞬、デスサイズを支える手が浮き、その隙をついてイリスがなぎ払う。
大きく弧を描いて宙に舞うアンダーテイカー。
「――――氷牙螺旋陣!!」
蛍華は自らの冷気を放出した。アンダーテイカーが地面に叩きつけられた瞬間、冷気の帯が地面を走り、円を描き円内にいるアンダーテイカーを凍結させていく。
「御託は後で聞いてやる、まずは凍てついてしまえ」
三人の連係プレイであっという間にアンダーテイカーを捕らえた。
だが――…
『ふむ―――予定外。子羊を手に入れるには数多の試練か。必要ならば私はそれを乗り越えよう』
氷結されている腕が動く。
「!まさかっ」
まるでガラスのように。
パキパキと音を立てて崩れていく氷柱。
『ふむ』
折れ曲がった首がコキンと軽い音をたてて元に位置に戻り、まるで馴染ませるように首を鳴らす。
「チッ…予想以上の化け物ってことかい!!」
『―――棺は―――五つ?』
手のひらを下に向け、何かを引き上げるようなそぶりを見せたかと思うと、アンダーテイカーの周りに真っ白な棺が五つ、円を描くように出現する。
五つの棺は一斉に蓋が開き、空中でそれは固定される。
『必要ない器と魂を地の使者に引き渡そう。まず一つ――』
グッとこぶしを握りこむと、一番近いところにいたイリスの体が宙に浮いた。
「なっ!?」
『お名前をお聞きしましょう、背徳の少女』
「異形に名乗る名などありませんわ」
この状況で嘲笑にもにた笑みを浮かべ、イリスは半眼でアンダーテイカーを見据える。
『それもまた一興―――』
宙に浮いたままイリスの体は棺めがけて飛んでいく。
「イリス!!」
「イリスさん!」
トガセの傍にいた草間とシュラインが思わず駆け出しそうになると、別の場所に潜んでいた時雨が二人を止める。
「まだ動くな!――すぐにチャンスがくる!」
「…チャンス…?」
そうこうしている間にも、イリスの体は棺へ収められ、蓋を閉められまいと抵抗するも、蓋はどんどん圧し掛かってくる。
『――お眠りなさい、背徳の少女』
「…異形なんかにやられてたまるものですかッ…!!」
吸血鬼の怪力全開で蓋を跳ね除けた。
「今だ!!」
時雨の叫びに、聞き覚えのある声が応えた。
「零ちゃん!?」
『―――なんと―――…これまた予想外』
アンダーテイカーの体が不自然にぐらりと傾く。
「イリスさんは殺させません。トガセさんも!」
怨霊を刀に変え、背後からアンダーテイカーを掻っ捌いた。
その様子によしッとガッツポーズをとる時雨。
そう。
興信所で留守番していた時に時雨が彼女に持ちかけたのはこれだったのだ。
霊鬼兵である零を自走する兵器と考えれば、アンダーテイカーに感知されずに行動できるのではないかと、時雨は考えた。
「シュラインさん!」
「え、ええ!」
これで読みが当たっていれば。
シュラインは隠し持っていたカラーボールを次々にアンダーテイカーめがけて投げつける。
『!?』
時雨は茂みに隠しておいたペンキ缶を投げつけた。
アンダーテイカーの純白がさまざまな色に染まっていく。
するとどうしたことだろう。
イリスを捕らえていた拘束力が消え、周囲に出現していた棺もすべて地面に消えていくではないか。
「やった!?」
読みが当たったか。
アンダーテイカーは色とりどりに染まる自分の体を見て呆然としている。
『………Jesus!私の白がッ私の白があああああああああああッ』
悲哀に満ちた叫びが周囲に反響し、アンダーテイカーは顔を覆い隠し、狂ったような叫びをあげて掻き消える。
後には、妙な静けさだけが残った。
■―2:15―
興信所へ戻った一同は、今回のことを整理しようと議論しあっていた。
「――特殊な死神……とでも言うべきかの…」
苦虫を噛み潰したような顔でそう呟く蛍華。
仙具としてのプライドが瞬時に砕かれたのだからそれも致し方ないだろう。
むしろ敵を甘く見すぎていた己の不甲斐無さゆえか。
「…予想が当たったのはいいとして、結局何故白にこだわるのか…何故能力者ばかりを狩っていたのか…」
「真相は闇の中…か…」
壁にもたれながら、零が入れたお茶を飲み、ため息をつく時雨はポツリと呟く。
「…侮りすぎたのはわたくしの落ち度…この屈辱は忘れませんわ」
歯噛みして忌々しげに言うイリスの肩は戦慄いていた。
今回は追い返したに過ぎない。
狙う理由はともかくとして、あの白い葬儀屋を名乗る、人の姿をした化け物はいつまた襲ってくるかわからない。
「――今回は、ご相談にあがっただけでしたし、少しでも…時間稼ぎにしかならなくても今は…」
また遭遇した時に、時間稼ぎをする方法がわかっただけでも十分だとトガセは微笑んだ。
「…退治するにはもっと情報と……決定的な対抗策を考えないと、な…」
「そうね、結果的に今回は難を逃れたけど…一度狙われたからには次がないとも限らないわ」
今回の一件に関してはこちらの方でも引き続き調査をするといい、草間は一先ずトガセを帰すことにした。
「今日は本当に有難うございました。それでは皆さん、失礼します」
深々とお辞儀をするトガセに、一同はやりきれない思いでいっぱいだった。
「……恐らく俺たちも狩られる対象になってるだろうな…」
「狩る…というより殺すの間違いじゃないかい?」
皮肉交じりにそう囁く時雨に、違いない、と草間は苦笑した。
■―3:00―
「――他の人たちにも伝えておかなければ…」
深夜営業のタクシーを待っている最中、トガセは手帳に今日のことを書き記した。
白のアンダーテイカーについて、他にもその脅威に怯えている仲間がいるのだ。
「……あと77個と言っていたが……」
これまでに犠牲になったのは錦織青年を含め23名。
これだけでもとんでもない数字だ。
魂を百個集めようとしている。
今わかるのはそれだけだ。
『私は行動する 白のソウルテイカーのために』
「!!?」
聞き覚えのある声。
「お前は―――…」
トガセの意識はそこで途切れることになる。
第一発見者は深夜営業のタクシードライバー。
乗り場で事切れたトガセの手には、くしゃくしゃになった手帳の切れ端が握られていた。
【百の魂 白 ソウル……】
書く途中に力尽きたのだろう。
白の後に続く言葉はミミズが這いずったような、ギリギリ文字として認識できる程度のモノだった。
絶命間際の。
犯人を知らせるダイイングメッセージではない。
犯人の目的を知らせる為の、最期の言葉が―――…
―了―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5484 / 内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職】
【6036 / 蒼雪・蛍華 / 女性 / 200歳 / 仙具・何でも屋(怪奇事件系)】
【6507 / イリスフィーナ・シェフィールド / 女性 / 540歳 / 吸血鬼の異形退治屋/賞金首】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、鴉です。
【白のアンダーテイカー】に参加頂き、有難うございます。
え〜…今回の作戦は最終的には失敗に終わりました。
「白の」アンダーテイカーという部分についてはシュラインさんご明察。
一番正解に近かったかもしれません。
ただ、今回は今一歩決め手に欠けてしまったゆえ、依頼人の命を落とす結果となりました。
依頼人のダイイングメッセージはやがて草間と懇意にしている警察関係者より知らされます。
その時、またアンダーテイカーと合間見えることでしょう。
ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。
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