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<東京怪談・PCゲームノベル>


魂籠〜雪蛍〜


●序

 必要なのは、仄かな光。

 携帯電話の普及は、止まる所を知らない。
 パソコン並みの機能を搭載した携帯電話が続々と登場し、今となっては電話をかけたりメールをしたりするだけではないものが殆どとなった。昔は単音だった着信メロディも、今や何十音にもなっている。モノクロだった画面も、カラー画面になったのはもちろんの事、解像度は新しいものが出るたびに増え続けている。
 そうなってくると、当然のように増えていくのが携帯電話専用サイトである。
 着信メロディや画像をダウンロードしたり、ショッピングやオークションを楽しんだり、チケットの予約やホームページを楽しんだりする事もできる。
 そうして、ゲームも。
 最近話題になっている携帯サイト「天使の卵」は、メールコミュニケーション育成、という携帯電話ならではとも言えそうなゲームジャンルを銘打っていた。そのゲームを提供しているのは、株式会社HIKARIとある。
 何処にある会社なのかは、良く分からない。携帯電話のサイトを提供する会社を詳しく調べようとする人間など一握りもいるかどうかくらいであり、大半は気にもしない。肝心なのは、提供されているゲームそのものだからである。
 その内容とは、メールアドレスを登録して卵を受け取る。その卵は、定期的に送られてくるメールに特定の返信したり、載っているアドレスにアクセスして様々なイベントをこなしたりする事により、最終的にその人だけの天使が生まれるというものである。その天使はアプリとしてダウンロードでき、毎日占いや天気予報、はたまたキャラ電話などもできると言うものなのだった。卵の時にやっていたミニゲームも、可能だという。
 ゲーム「天使の卵」は、今はまだテスト期間だと書いてあった。そのため、一度に限り卵の育成を無料でさせてくれるのだとも。ゲームのサイトではよくある事である。
 だが、そんな「天使の卵」で卵を育てた者達に異変が起きていた。何人かが、理由が全く分からない意識不明に陥ってしまったのである。勿論、何も起きなかった者もいる。本当に、幾人かだけがそのような状態に陥ってしまったのである。
 共通点は、ただ一つ。彼らは皆「天使の卵」にて卵から天使を生じさせていたのだが、その証拠ともいえる天使のアプリが携帯に残されていなかったのであった。


●始

 傍にいると、確かにいると、囁いてくる。


 月刊アトラスは、いつ訪れても戦場のようになっている。人々が慌しく動き回ったり、机に向かって鬼の形相をしながらパソコンのキイを叩いたり、巨大なファイルをいくつも持って移動していたり。
「相変わらずだ」
 蒼王・海浬(そうおう かいり)は呟き、アトラス編集部内を見回す。すると、向こうから碇が手を振っているのが見えた。碇は来客用のソファのところで海浬に向かって、こちらに来るようにとジェスチャーする。
「ごめんなさいね、締め切りが近くって」
 碇はそう言いながら、海浬に茶を勧めた。
「珍しいな、茶は」
「ああ、コーヒーメーカーがちょっと壊れててね。そのうちに直ると思うんだけど」
「直すのか。買うのではなく」
「そうよ、ちょっとでも経費削減」
 碇はにっこりと笑う。妙に怖いような気がする笑顔だ。
「ところで、今回は何があった?」
 湯飲みを手にしながら海浬が尋ねると、碇は携帯電話をすっと取り出す。
「携帯電話、持ってるかしら?」
「ああ」
「じゃあ、携帯電話の中にゲームアプリなんて入れたことはある?」
「ゲームアプリ?」
 海浬は怪訝そうに尋ね、自らの携帯を確かめる事もなく首を横に振る。
「携帯電話は、電話とメールをするものだ」
「そう。……今回は、携帯電話に入れるゲームアプリについてなの」
 碇はそう言うと、机の上に資料を並べる。
「突如、意識不明に陥った人たちが、最近病院に搬送されるらしいの。原因は不明、どうしてそんな事になったのか分からないそうよ」
「だが、何かあるのだろう?」
 そうでなければ、アトラスが目をつけるはずも無い。海浬の言葉を読み取ったかのように、碇が頷く。
「今のところ、ほぼ全員が携帯電話のゲームアプリ『天使の卵』で遊んでいたようなの」
「天使の卵?」
 海浬は思わず反復する。なんともたいそうな名前だ。
「そのアプリは、サイトにアクセスしてメールアドレスを登録して、ゲームアプリをダウンロードするの。今はテスト期間中だからと言って、料金は発生していないみたいね」
「それは、そういうサイトを設立しているところがあるということだな?」
「ええ。株式会社HIKARIというそうよ」
 株式会社HIKARI。会社として成り立っているのならば、何かしらの手がかりがあるかもしれない。
「その会社については何か調べているのか?」
「出来る限りは、ね」
 碇はそう言い、資料の中から一枚を取り出して海浬の前に置いた。そこには「株式会社HIKARIについて」というタイトルがつけられているものの、通常の会社情報とは大きく異なっていた。
 会社の住所や電話番号はなく、あるのはホームページアドレスとメールアドレスのみである。そして、資本金や社長の情報は一切無く、創業年すら書いていない。
「どういうことだ?」
「それで、手一杯なのよ」
「何だと?」
 碇は肩をすくめる。
「ありとあらゆる情報網を使ったけれど、手がかりはほぼゼロ。公式ホームページがあるけれど、それに会社概要は一切無いわ」
「しかし、メールで問い合わせてみたんだろう?」
 海浬の言葉に、碇は「ええ」と言ってため息をつく。
「そっちに関しては、梨の礫。散々アプローチをしてみたんだけど、全く応じないわ」
「メールが普通になっているというわけではないのか?」
「ちゃんと届いているわ。試しに別のアドレスで、質問のようなものを送ってみたの。『天使の卵はどれくらい種類があるんですか』っていう、いかにもユーザーのようなふりをしてね」
「それに対して、返答があったのか」
「サイト上と、ご丁寧に返信までしてきたわ」
(ならば、通じていないというわけではなく……選別しているという事だろうな)
 ゲームアプリに関わるものと、関わらないものを。
(ここまで公表しない会社というのも珍しい)
 普通、雑誌社から問い合わせがあったならば、宣伝にもなりうるのだから動きがあってもよさそうなものである。それなのに、一切応じないとは。
(何か、あるな)
 海浬は資料をじっと見つめ、心の中で頷く。
「ここに情報を持ってきた人のことは、資料に書いているわ。……息子が意識不明になったという、母親の事がね」
 碇の言葉に、海浬は資料を確認する。確かに、意識不明に陥った者の名前と、入院している病院名と病室が書いてあった。
「まずは、横から行ってみるか」
 海浬はそう呟くと、資料を持ったままソファから立ち上がった。
 碇はそれを見て手をひらひらとし、自分で出した茶をすする。碇の出してくれた茶は、すっかり冷めてしまったようであった。


●動

 動き始めたのは、緩やかなる坂道。


 海浬は本屋でネット雑誌を購入する。携帯電話の項目が多いものを選択し、携帯電話用アプリゲームを提供している会社をいくつかピックアップする。
(株式会社HIKARIは無いな)
 ゲームアプリ提供会社一覧表と書いてあるにもかかわらず、そこに「株式会社HIKARI」という文字は何処にも無かった。
 ゲーム一覧という中にも、件の「天使の卵」は無かった。
(しかし、確かに存在する。株式会社HIKARIも、天使の卵というアプリゲームも)
 ならば、と海浬は考える。同じようにゲームアプリを提供している会社が知らないはずが無い。
 海浬は提供会社一覧から、一番近場にあるゲーム会社を確認し、電話をかける。雑誌編集部の者で、取材をしたいと申し出たら、簡単にアポを取ることができた。
「よし」
 海浬は携帯電話をポケットにしまい、アポを取った会社に向かった。
 アポを取ったのは「天使の卵」と同じ、コミュニケーションゲームを提供している会社である。好きなキャラクタを選び、そのキャラクタとコミュニケーションをとることによって友好度を増していくというものだ。サイトに行けば、他のユーザーとコミュニケーションを図る事ができる。もっとも、こちらは月額315円かかるのだが。
 その会社の受付で取材の旨を伝えると、応接室に通された。しばらくすると茶が出てきて、次に男性が入ってきた。
「どうも、広報の坂口と申します」
「月間アトラス編集部の、蒼王だ」
 名刺を交換し合い、ソファに落ち着く。坂口は「それで」と口を開く。
「どういった取材でしょうか?」
「コミュニケーションゲームアプリを提供しているとの事だが」
「はい。我が社では他社とは一味違ったゲームを提供していると、自負しております」
「ライバル会社、というと何処だろうか?」
「そうですねぇ……どの会社から出されているアプリも、我が社とは系統が違いますから」
「だが、同じようにコミュニケーションゲームアプリを提供している会社があるだろう?たとえば……株式会社HIKARIだとか」
 海浬の言葉に、坂口は言葉をつまらせる。
「株式会社……HIKARI、ですか」
「ああ。『天使の卵』というゲームアプリを提供しているらしいのだが」
 坂口はしばらく考え込み、口を開く。
「ライバル、と言っていいのか返答に困りますね」
「それは何故だ?」
「何故、と仰られましても」
 坂口はそう言ったまま、口を噤む。そして、ゆっくりと口を開く。
「逆にお尋ねします。どうして、その会社を御存知なのですか?」
 坂口の問いに、今度は海浬が口を噤む。しばらく経ち、海浬は小さくため息をついた。
「正直に言おう。実は、取材したいのはその『株式会社HIKARI』についてだ」
「株式会社HIKARIについて、ですか」
「ああ。調べてみると、会社についての情報はほぼ皆無。となれば、横のつながりで何か無いかと思ってきたのだが」
 海浬の言葉に、坂口は海浬の名刺を再び見る。
「月刊アトラス……ああ、思い出しました。確か、オカルト系の雑誌でしたね?」
「ああ」
 坂口は苦笑交じりに「分かりました」と答える。
「一つだけ、お約束を。我が社の名前は決して出さないでいただけますか?」
「了解した」
 海浬が頷いたのを見、坂口は「では」と口を開く。
「我が社でも、あの会社については多少協議をしてきました。何しろ、全く以って詳細が分からないのです。公式ホームページは存在しますが、ただ存在するだけです。サーバーから探ってみた者もいますが、結局分かりませんでした」
「他に、何か情報は無いだろうか?」
 海浬の問いに、坂口は「そうですねぇ」と呟く。
「噂では、意識不明の重体に陥った人がいるとか。そして、その人達がダウンロードしたはずのアプリが消えていると聞きます」
「ああ、それは俺も聞いている」
「ですが、勝手に消えるアプリなんて存在しません。何かしらの手順を踏まなければ、勝手に削除されるわけが無いんです」
 確かに、と海浬は頷く。そのようなアプリゲームなど聞いた事も無かった。期間限定のゲームでさえ、時期が来ても消えるのではなく「このアプリは終了しました」などというメッセージが出るのが普通だ。
「どうしてそのようなシステムが組めるか、私どもにも分からないんです」
「なるほど」
 海浬は頷き、立ち上がる。これで、おおよその情報は手に入ったはずだ。
「色々教えてもらって悪かった」
「いえ。少しでもお役に立てればいいんですけど」
 坂口に見送られ、海浬は会社を後にする。
「さて、次は……」
 海浬は呟き、碇から手渡された資料を見る。資料に書かれているのは、意識不明に陥った本人の入院先である。
(直接聞いてみるとするか)
 海浬は病院を確認し、向かうのだった。


●光

 転がり始めれば、やがて加速をしていくのみ。


 意識不明者が入院している病院は、白が目に焼きつくような綺麗なところであった。原因不明ということで、大きな病院に連れてこられたのだろう。海浬は受付を済ませ、病室へと向かう。
 プレートに「結城・圭(ゆうき けい)」と書かれている病室に、ノックをしてから中を開ける。個室であるため、真っ白なベッドがぽつりと真ん中においてあった。傍らに置かれた折り畳みの椅子に、女性が座っていた。おそらく、彼女がアトラスに話を持ち込んだ母親なのだろう。
 母親は海浬が病室に入ってきたのを見、そっと立ち上がる。
「ええと……どちら様でしょうか?」
「月刊アトラス編集部の者だが」
 海浬がそう言うと、母親ははっと息を呑む。
「何か、分かりましたでしょうか?」
「まだ情報が足りないので、いろいろ聞きたいのだが」
 海浬の申し出に、母親は「どうぞ」と言って頷く。海浬は一つ頷き、口を開く。
「彼が携帯電話のゲームアプリをダウンロードしたというのは、知っていたんだったな?」
「はい。息子から、面白いゲームをダウンロードしたのだと教えられましたから」
「その件に関して、何か変わった事などは無かっただろうか?」
「変わったこと……ですか?」
 母親はそう言って首をひねる。当時の事を考え込んでいるようだ。
「些細な事でも、何でも構わない」
 海浬の言葉に、母親はさらに考える。そしてしばらくたった後に「そういえば」と口を開く。
「特別な事になるかも、と言っていました」
「特別な事?」
「ええ。何かと聞いたら『天使に選ばれたかも』と」
(天使に選ばれた?)
 不思議な言葉だ。ゲームアプリで卵の育成をするのだから、通常ならばこちらが天使を選ぶはずだ。それなのに、選ばれた、とは。
「それから数日経ったでしょうか。朝、起こしにいっても起きなくて」
 母親は言葉をつまらせ、涙ぐむ。
「すまないが、携帯はあるだろうか?彼が使っていたという、携帯電話は」
「は、はい。病院なので、電源は切っていますが」
 母親は病室に設置されている棚の引き出しを開け、携帯電話を取り出す。新しい機種の、赤い携帯電話だ。抜けるような赤だが、今は毒々しく見えてしまう。
 海浬は携帯電話を受け取り、そっと目を閉じる。意識を携帯に繋げるためである。
(何が起こったかを、見せてもらおう)
 ゆるりと、海浬の意識は携帯電話の中へと入っていった。


 ネットを何気なく見ていて見つけた、ゲームアプリ「天使の卵」サイト。そこに携帯電話のメールアドレスを登録するとダウンロードできる、とあるのを見、早速メールアドレスを登録する。
(最初は、単なる興味。無料で遊べるという、好奇心)
 ダウンロードを完了し、数々の質問に答えて自分にあった卵を選ぶ。質問の内容は「犬と猫、どちらが好きですか?」「困っている人を見かけると、何とかしたくなる?」などといった、他愛の無いものばかりだった。
(他愛の無いものだが、同時に性格を知る手助けともなる)
 卵を手に入れ、コミュニケーションをとる。アプリを起動させ、話しかける。すると様々な質問を投げかけてくる。それに一つ一つ答え、卵を育てていく。
 そして、卵は成長しきる。
 もうすぐ終わりなのだと思うと、ちょっと寂しい気持ちがした。だが、それも無料版だから仕方が無いとも思った。有料サービスが始まったら、また育ててみても良いかもしれないと。
 そんな折、卵が話しかけてきた。いつもとは違う、雰囲気で以って。
『あなたは選ばれました。もうすぐ生誕する天使と共に、これからもお願いします』
 そのようなメッセージが現れた。ラッキーな出来事が起こったのだと、思った。無料期間を延長する事ができたのだと。早速、母親に報告する。
(これが、母親が言っていた「選ばれた」とかいうことか)
 それから数日後、ついに卵が割れる。画面いっぱいに光を放ち、ゆるゆると光が収まっていくと同時に輪郭が見えた。卵から生じた、天使の輪郭が。
 次第にはっきりとしていく輪郭を見つめていると、それは確かに天使であった。だが、違和感も同時にあった。何故か、見覚えのある顔だったから。
 見覚えがあって当然といえば、当然だ。それは、自分自身の顔だったのだから。
 逃げ出そうとしても、足が動かない。天使はにっこりと笑い、ゆっくりと口を開く。
「あなたは選ばれました。共に、行きましょう」
 言葉が終わると同時に、落ちていく。意識下へと。ゆるゆると、暗い闇の中へと。


 海浬はゆっくりと目を開ける。
(彼は、天使に連れ去られた)
 否、正しくは引きずり込まれたのだ。意識の奥へと、彼の意思など気にする事も無く。
 携帯電話を操作し、アプリ一覧を出す。が、そこに「天使の卵」というゲームアプリは存在していない。もう、無いのだ。
(アプリごと、意識下へと落ちたか)
「あの……?」
 動かぬ海浬に、母親が尋ねてきた。
「少しだけ、部屋の外に出てもらっても構わないだろうか」
「でも」
「少しの間だけでいい」
 海浬の言葉に、母親は「はあ」と気のない返事をして部屋を出て行く。海浬はため息を一つつき、結城の身体に向かい合う。
「その中に、まだいるな?」
 返事は無い。
「いや、聞く必要も無いだろう。その中に、アプリごと沈んでいったはずなのだから」
 ぴくり、と指が動く。
「何を企んでいるかは知らん。何を基準に選んでいるのかもな。だが、そうして人の意識下に潜んでいる事は分かっている」
 海浬はゆっくりと手を掲げ、弓を手にする。太陽の光と炎で出来た、黄金弓。
「そのような下らぬ選民を行うくらいならば、もっと有意義な事でもしたらどうだ?」
 ぎり、と弦を引く。すると、結城の身体がゆっくりと起き上がる。
「……これは、いい土壌だ」
「土壌?」
「我らが悲願の為、培う事のできる土壌。素晴らしき器。世界を浄化するための」
 結城はそう言い、にやりと笑う。歪んだ笑みだ。
 海浬はそれを「ふん」と鼻で笑い、矢を放つ。光り輝く矢はまっすぐに結城の胸へと突き刺さり、光を放つ。
 結城は「うおおおお!」と叫び、その場に倒れた。一瞬ゆらりと黒い影が揺らめいたかと思うと、そのまま空気中に溶けてしまった。
「世界の浄化など、お前にされる筋合いなど無い」
 海浬がぽつりと呟くと、ドアが勢い良く開いた。母親が叫び声を聞き、慌てて入ってきたのだ。
「何を……何をしたんですか?」
「大丈夫だ」
 海浬は蒼白の母親にそう答え、ベッドの上を指差す。すると、倒れていた結城がゆっくりと起き上がった。そして母親の姿を見、そっと微笑む。
 今度は、歪んではいない笑顔で。
 母親は「圭!」と叫んで彼を抱きしめる。海浬はその様子を見て一つ頷き、病室を後にした。
 病院を出ると、矢の如く輝いた太陽が照らしていたのだった。


●結

 終着点は、ない。ただただ転がり落ちていく。勢いをつけ、ずるずると。


 月刊アトラス編集部を再び訪れた時には、コーヒーが出てきた。碇は満足そうに微笑みながら、コーヒーカップを海浬に差し出す。
「新しく買ってもらったわ」
「それは良かったな」
「ええ。いい加減、湯を沸かしたりするのに疲れていたから」
 碇はそう言い、自らもマグカップを持ってソファに腰掛ける。
「結局、正体をしっかりと掴む事はできなかった」
「それでも、目覚めさせたんでしょう?」
「ああ。……意識下に落ちていたから、蓋をしていたものを排除した」
 海浬はそう言ってコーヒーを口にする。ほろ、と苦味が口いっぱいに広がる。
「何なのかしらね?」
「さあ、どうだろうか。……下らぬ企てをしている、という事は確かだったが」
 碇は「そうね」と頷く。
「怖いわね。携帯電話って、身近なものだから」
 碇の言葉に、海浬は「使い方次第だ」と言って再びコーヒーを飲みこむ。
 熱いコーヒーが、胸を伝って落ちるのを感じる。その熱は身体の中をゆるりと流れる血脈にも似ているのだった。

<蛍雪の光の如き熱を飲み込み・終>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 4345 / 蒼王・海浬 / 男 / 25 / マネージャー 来訪者 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度はゲームノベル「魂籠〜雪蛍〜」にご参加いただき、有難う御座います。
 前回の「蝶の慟哭」に引き続きの参加となりますが、如何でしたでしょうか。雰囲気の違いを楽しんでいただければ、幸いです。
 このゲームノベル「魂籠」は全三話となっており、今回は第一話となっております。
 一話完結にはなっておりますが、同じPCさんで続きを参加された場合は、今回の結果が反映される事となります。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。