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<東京怪談・PCゲームノベル>


獣王の眠り


------<オープニング>--------------------------------------

神聖都学園の敷地から現れた、巨大な獣。
それは、古代の生体兵器だった。

東京の街を生物兵器が破壊し尽す前に、その機能を停止させねばならない。

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「またお会いするのが、このような状況とは…」
榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)は、災いの元となった穴の前に進み出た。
暗澹たる表情であった九頭神・零(くずかみ・れい)は、彼女の姿を見てはっとする。

「これは…」
亜真知の正体を知る零が、神に対する礼を取ろうとするのを、本人は押し留めた。
「このような時に、礼儀どころではありませんわ。あれは…もしや、あなた方と敵対していた勢力が使っていた生体兵器ですわね?」
そう言うと、彼女は苦渋の表情で頷いた。
「ええ。かつての戦で使われていたものが、まさかこんな所に」

亜真知が、零の呼びかけに応じ、一般人を装って彼女の遺跡を訪れてから、さほど時は経っていない。
その時に、亜真知がかつてムーと親交のあった友好神「アマチ」である事を明かしたのだ。
旧い友たる九頭龍の民である彼女の危難は救ってやりたいと思っていたのだが、これは最早個人的な問題とは言い難いであろう。

「しかし、厄介な事ですわ。選りにも選って、起動してしまうとは」
現代の基準で言えば、地中に埋まっていた不発弾が爆発してしまったようなもの。
ぽっかり開いた大穴を見下ろし、亜真知はそんな物騒な例えを思う。不発弾と違うのは、一度爆発すれば終わり、というものでは無い点だ。あの種の生体兵器は、脳内にプログラムされた目的のためだけに存在しており、その目的自体が変更、もしくは消去されない限り、活動を停止する事は無い。
「ええ…まさか、こんな場所に埋まっているとは…サーチしておくべきでした」
気付かなかった自分を責める零の肩を、亜真知は叩いて慰めた。
「この学園は曰く付きの土地ですから。恐らく、遠い昔に誰かが退治して封印した結界を、工事のために壊してしまったのでしょう…」
貴方のせいという訳ではありませんよ、という含みを込める。零は感謝を込めて頷いたが、表情は固い。

「っきしょ、駄目だ、逃げられた!」
学校の塀を飛び越えて戻ってきたやたら威勢の良い少女は、衣服があちこち焦げたり引きちぎれたりしており、小麦色の素肌が覗いている。壮絶な戦闘の跡が伺えた。
「大分追い詰めたんだけどね…危なくなると、瞬間移動で姿を消すんだ。普通のやり方じゃ無理だ」
鋭く息を吐いた、異様に色白な少年の制服も、上着の左側がざっくり裂けている。シャツに血が滲んでいた。
「そうか…君たちでも駄目か」
零は自分の思考機械で何か走査していたようだったが、すぐに首を振った。
「…やはり情報障壁機能も生きているな。これじゃ先回りも難しい」
参ったな、と零は舌打ちする。

「零さま、この方たちとはお知り合いで?」
亜真知は、かの生体兵器と戦ったのであろう二人を見た。
何度か廊下ですれ違った程度だが、一応見知った顔、ではある。人間でないらしいのも分かっていた。この学校に、人間の姿に変じた人外が、生徒や職員として何食わぬ顔で在籍しているのはよくある事なので、今まで全くと言ってよい程、気にしていなかったのだが。
「ああ、失礼しました。友人です。こちらの女の子の方は、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)様のお嬢様で、大霊・輝也(おおち・かぐや)さん」
「よろしくゥ」
金色の龍の目を持った少女は、にやりと笑った。
「それで、こちらの男の子の方は、アスタベリル・M・I・ソーンベイルくん。父君がヴァンパイアで、母君は旧い一族の巫女という生まれなんですよ」
「よろしく」
優雅な仕草で一礼した。

零は友人二人にも亜真知を紹介する。
「こちらの榊船亜真知様は…我がムーとも関わりの深い方でね。我が主九頭龍神の、友たるお方だ。神としての御名は、アマチ(天地)様」
輝也がああ、と声を上げた。
「ばっちゃんから、念話で聞いてるよ。遠い異次元の宇宙(そら)から来た、輝ける星の船ってな」
八岐大蛇は、九頭龍神の子だと言われる。この少女は、九頭龍神の孫娘なのだ。
「…ムーの、九頭龍神の友…って、それって神様って…こと?」
流石にアスタベリルは驚愕を浮かべた。まさかそのレベルの「神」が同じ学校に通っているなど、夢にも思わなかったようだ。
ふふっと、亜真知は笑い、
「今あなた方がご覧のこの姿は、次元投射体…いわば仮身ですわ。この姿でいる時は、あくまで普通の学生ですから、あまりお気遣い無く」
「は、はぁ…」
ダンピールの少年は、あまりの事に目をぱちぱちさせるだけだ。

「…で。どーするよ、神様? あのデカブツ、倒すどころか捕まえるのもコトだぜ?」
輝也が腕組みしながら亜真知を見た。彼女も一応神の部類なのだが、若いせいかあまり深く考えていないようだ。
「あれは兵器なんでしょう? なら、コントロールする方法だってあるんじゃ…?」
アスタベリルはそう推測したものの、その方法の見当が付かず、苛付いているようだ。
「…あれは、ムーではない別の文明圏の遺物だからね。ムーの技術が完全には通用しないんだ。ムーのものなら、私の存在自体がマスターコードになっていて、コントロール可能なんだが…」
零が唇を噛む。
「…何とかしておびき寄せる、しか無ぇか」
同意の声は無かったが、誰もが同じ思いを抱いているのは明白だった。

緊迫した空気の中で、だが、亜真知だけは穏やかだ。
「わたくしに良い考えがあります」
星の如く澄んだ金色の目は、沈着な光を湛えて三人を見回した。
「ああした生体兵器が獲物を見分ける“基準”は、魔力の量とその波動です。強い魔力はそれだけでも“餌”となり、ああした存在はそれに強烈に反応します」
品のある優しげな口元は、微かな微笑みすら湛えているが、そこから紡がれた言葉の意味は。
「危険です! 完全な囮という事ですよ!?」
零が真っ先に反対の声を上げる。
魔力を放出すれば、当然それだけ消耗もする。その状態で、あの生体兵器に襲われれば、零や輝也のレベルでも危険だ。
「…私なら、あの生体兵器をおびき寄せた後、封鎖結界を張ることが出来ます。そうすれば、向こうは逃げられなくなりますわ」
「!!」
ぴくりと、零の肩が震えた。
後の二人が顔を見合わせる。

「きっと…とびきりのご馳走になることでしょう」
亜真知は、曇りの無い笑顔を、そこにいる者たちに向けた。




決戦の場として用意されたのは、やはり、学園の敷地内。
まるで取り残されたかのように、未整備のまま放り出された空き地だった。不思議と不良の生徒が溜まり場にしているという事も無く、何となく学園の者からは避けられているような、そんな場所だ。

亜真知は、その外見を変えていた。
いつものような巫女装束ではなく、古の武人にも似た、曲線を多用し銀の星をちりばめた、淡い金色の鎧を纏っている。
太陽を巡る惑星のように、煌く光の粒子が周囲を旋回し、彼女の体は重力を無視して宙に浮いていた。右手には、螺旋を描き、不思議な宝玉で朝露のように飾られた聖なる杖がある。
これこそ、彼女が本来属する世界の理知を結集した星杖「世界樹(イグドラシル)」。この杖を表に出す、という事は、彼女が本気を出して戦う用意がある事を示していた。

普段の穏やかな表情は失せ、世界を滅ぼす決断を下した女神にも似た、超然たる冷徹さが見える表情だ。
そう滅多に見せることの無い、これが彼女の戦闘形態「戦乙女」。

零も「九頭龍の剣」を抜き放ち、周囲に極小のブラックホールにも似たエネルギー球を展開している。
輝也は十一の首を持つ巨龍の正体に戻り、蒼い炎のような舌をチロチロ出し入れしている。
神刀イワナガを携えたアスタベリルの紅い唇の間から、伸びた白い牙が見えていた。

「来ましたね」
微かだが、全員に亜真知のその声が聞こえた。
『目標接近、北東四百メートル。魔力増幅機能作動開始』
杖が英語で言葉を響かせる。

「では…行きますわ」
亜真知の体から、まるで爆発するかのような膨大な魔力が放出された。
「っ!!」
アスタベリルが体勢を崩した程、魔力の奔流は凄まじかった。
恐らく霊的な感覚を持たない人間でも、輝く色彩を帯びた暴風が通り過ぎたと感じたであろう。
イグドラシルの魔力増幅機能は、まるで巨大なスプリンクラーのようにそれを広範囲に撒き散らした。さながら、太陽の巨大なフレア爆発のようだ。

「来やがったぜ!」
輝也がシャアッと呼気を鳴らす。
地を揺るがす唸りと共に、四足の巨躯が、空を割って現れた。

瞬時に、亜真知は学園を含む一区画を覆うような封鎖結界を展開した。
まるでそこだけ通常の時空から切り離されたかのように、ドーム型の力場が亜真知たちごと、生体兵器を捕らえる。

「これで逃げ場はありませんよ。決着をつけましょう」
静かに静かに、亜真知は宣言した。
己が罠に掛けられた事を知っても、生体兵器は動じる様子を見せない。
そんな風にはプログラムされていない。生死を気にせず「戦う」ことしか出来ない存在なのだ。

生体兵器は、至高の魔力を放つ「その存在」を見つけると、歓喜の絶叫と共に踊りかかった。

龍が吼え、剣士が一気に踏み込んだ。
いかなる生物をも腐らせ殺す龍の毒牙が、生体兵器のうなじあたりに食い込んだ。
悲鳴と白煙が上がったが、生体兵器の爪が振るわれ、龍の胴体を薙いだ。鱗が何枚か飛び散る。

背中に下り立ったアスタベリルの神刀が、根元近くまで突き刺さり、その巨体をじわじわと石に変え始める。
だが、流石に旧文明の魔力を帯びた肉体は、その巨大さも相まって、そう簡単には石化しない。

零は自らの刀を王杓のように掲げ、背後に亜真知を守るようにしながら、古代魔術を使った。
『神々の遣わす聖なる天上の網よ、悪しき魂を捕らえその者を神々の法廷に引き出したまえ!』
敢えて言葉にするならそのように聞こえる一瞬の思念波と共に、光る力場が形成され、生体兵器を縛り上げた。
そこだけ時の流れが遅いかのように、急激にその動きが鈍る。この魔法は神経電流の流れも弱め、生命体を極端に無力化するのだ。

亜真知が動いた。
イグドラシルによって増幅された、電脳支配の能力を使う。本来この世界で言うコンピュータネットワークに介入し、完全に支配下に置く術だが、この場合は、対象は生体兵器の脳そのものだ。

殺す。
ころす。
コロセ。
壊せ。

破壊。ハカイせよ。

コロセ。コワセ。

対象は…


タイショウ、ハ…?


生体兵器の脳内に充満した、プログラミングされた怒りと殺意を、彼女はハッキングし、次々書き換えた。


もういいのです。

あなたの戦いは、終わりです。

爪も牙も収めなさい、猛る獣よ。

戦はこの瞬間をもって終了しました。

あなたの次なる主が現れ、新しい指令が下るまで眠りなさい…。


普通なら一も二もなく洗脳され、元の記憶も使命も持たない真っ白な生き物だけが残るはずだが、流石に、その生き物はしぶとかった。
多くの生体兵器と同じく、その生き物も、作られた目的――敵対する勢力に属する存在を滅ぼす――に関する情報や感覚しか脳内に無い。生物という言葉から連想されるような、一見決して役には立たないような、しかしそれだからこそその核を成すようなものが存在しないのだ。
一種の感情、感性と言えるようなものは、存在する。
だがそれは、あくまで目的遂行の為にプログラムされたものに過ぎず、本来与えられた使命を強化する以上の意味を持たない。

吼えながら、生体兵器が龍の顎を振り切って前進しようとした。
目指すは、ムーの魔力を帯びた女と、莫大な魔力を放出した、かの少女。

亜真知はイグドラシルを掲げた。
彼女の背後の空間が、幾つも星のように輝き、まるで戦艦の一斉射撃のようにエネルギー砲弾が放たれた。イグドラシルを通じ複数の魔力弾体を操る攻撃魔法「ディバインショット」だ。
それぞれの弾道を描き、巧みに味方を避けて生体兵器の巨体に着弾する。
煙が巻き上がり、血が飛び散る。

悲鳴を上げつつ、それでも生体兵器はひるんだ様子を見せない。
だが苦痛のせいで動きはより鈍った。
亜真知は脳に対するハッキングの深度を深める。
零がそこに加わった。

『攻撃命令解除。司令官変更。新たな指令まで休止せよ!』
生体兵器が微かな抵抗を見せた。

ネムル…?

――そうです。眠りなさい。

オワル…

――終わったのですよ。戦う必要は無くなりました。

モウ、イイ…?

――もういいのですよ。お休みなさい。お疲れ様でした。


最初は激しく抵抗していた生体兵器の脳は、まるで眠りに落ちる寸前のようにぼんやりした頼りなげな呟きの集合体となった。
人工的な怒りと殺意の波動は消え、真っ白な領域が広がって行く。
やがて。
生存に必要な最低限の領域を残し、全ての領域が白い闇に包まれた。


生体兵器の動きが止まった。
四肢から力が失われ、紫色の目の光が消えた。

ぐらりと、巨体が揺れた。
一気に力の抜けた体が倒れ、地面を揺るがした。


『気の毒な、存在だったかも知れないですわ』
巨大な剥製の如くに動かなくなったその体を、亜真知は一抹の寂寥と共に見下ろした。




一週間ほどで、学園には日常が戻ってきた。

何事も無かったかのような、気持ちの良い風の吹く校庭を見下ろし、亜真知は静かに微笑んだ。
穏やかな学園生活。これぞあるべき姿、ですわ。
そんな風に思うと、風も甘く感じる。

…再開したクラブハウス増設工事のせいで、重機の音がうるさいのは…まあ、ご愛嬌だ。

「なぁ。結局、あのでっかいの、どうしたんだろ。零の奴、処分しちまったのかな」
背後から、聞き覚えのある声。
「多分、処分はしないでしょう。封印はするでしょうけれども」
そう言って微笑みかけた相手は、輝也だ。すぐ側でアスタベリルも風に吹かれている。

「あ、そーだ。ウチのお袋が、『神様に奉納』って、これ」
錦織の袋に入れられた、円筒状のものが亜真知に手渡された。形からするに、何か掛け軸のようなものだ。
輝也にことわって広げてみると、描かれていたのは金泥銀泥で描かれた星の浮かぶ宇宙空間に漂う、環礁のような緑の島だ。
「星の船の神様なら、停泊する港が必要だろうって。近いうちに、あんたの神社にも挨拶に行くって言ってた」
「ありがとうございます」
亜真知はにっこりした。

「あれ? ねえ、あの人零さんじゃない?」
アスタベリルが指差した校庭に、黒衣の人影。大きなモコモコした犬を連れていて、その背中に何か細長いものが括りつけてあった。
思わず、亜真知はくすくす笑う。
「…あいつ、犬なんか飼ってたっけ? 飼ってたのは竜だよな?」
「…ま、あの遺跡には色々いるからねぇ」
亜真知の笑いが濃くなる。二人は気付いてもいないようだ。

『生体兵器もああなると、可愛いものですわ』
下校途中の生徒たちに、可愛い可愛いと撫でられている“元・生体兵器”を眺めながら亜真知は内心呟く。

彼女に気付いた零が、大きく手を振った。



 <了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【1593/榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)/女性/999歳/超高位次元知的生命体・・・神さま!?】

NPC
【NPC3820/九頭神・零(くずかみ・れい)/女性/15000歳以上(うち14900歳以上封印)/復活を託された王族】
【NPC3819/大霊・輝也(おおち・かぐや)/女性/17歳/東京の守護者】
【NPC3822/アスタベリル・ソーンベイル/男性/17歳/ヴァンパイア・ガーディアン】


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■         ライター通信          ■
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二回目のご注文ありがとうございました。ライターの愛宕山ゆかりです。
「獣王の眠り」は楽しんでいただけましたでしょうか? 
作中で出て来た「魔画」(星海の島)と零の持って来た「アストラルアーム」(神社の神刀仕様)を奉納させていただきます。魔画は描かれたものが実体化しますので、無重力のフワフワ感をお宅に居ながらにしてお楽しみ下さい(笑)。

さて、今回は榊船亜真知さんの戦闘形態「戦乙女」を出させていただいた事が、ライターとしては大変光栄で嬉しかったです。
亜真知さんはあまり直接戦闘しそうにないイメージが強く(物凄い力があるけど、故にご自分で直接武器を取らない、という感じ)、気品あるイメージを損なわないように戦闘形態になる部分に挑戦してみました。
一般的なイメージでは、スサノオを迎え撃つアマテラス、という感じに近い? というコンセプトで書いたのですが、お気に召していただければ幸いです。

さて、ちょっとしたネタバレとなりますが、脳みその指令を書き換えられた生体兵器くん(最後に出て来たワンちゃんですね)は、この後アスタベリルの家にもらわれて行く事になっております(アスタベリル本人は知らない内に…笑)。
新しい人生では、ヴァンパイアさんのお宅の番犬として過ごすことになります(アスタベリルの父親が生体兵器の存在を知り『ウチの番犬にしたいんで譲って』零『いいですよ』という話に…)。ちなみに普段はムク犬仕様です。でも、戦闘形態は作中のアレです。
通りかかったら撫でてやって下さいませ(←ヲイ)。

それでは、またお会い出来る日を楽しみにしております。


愛宕山 ゆかり  拝