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<東京怪談・PCゲームノベル>


 遙見邸書斎にて・消失書籍の創作依頼

「はにゃあぁぁっ……かわいーかわいーかわいーかわいーかわいーですぅ……苦怨しゃまぁ……この子飼ってもいいれしゅかぁ……?」
「やめんか人様の娘だ。ったく舌がまわらなくなってからに……」
 ここは遙見邸書斎。
 先ほどから奇矯な悲鳴を上げているのは、七罪・パニッシュメントである。そしてそんな彼女の腕の中にすっかり埋もれてしまっているのが、涼風鈴音。今回の遙見苦怨の依頼人である。
「あ、あの……」
「いい加減にしろこの色情魔がっ」
 強引に七罪を鈴音からひっぺがす苦怨。実は鈴音もそんなに嫌ではなかったのだが、やはりこの状態では商談もできない。
 苦怨に七罪――少々変な人たちだが、それでも鈴音に警戒心を抱かせるほどかといえば、そうでもない。むしろ七罪のほうが優しそうで、好感が持てるくらいだ。
「すまんな。で――確か『ソロモンの鍵』だったか」
「はい……有ります、か?」
「原典はもはや存在していない。が、作り直しだったら可能だ。可能なんだが……」
 苦怨は顔をしかめる。しかめつつ何かの腹いせなのか、七罪の髪をがしがしとかきまわした。
「いつから俺の仕事は魔道書専門になったのか教えてくれ」
「私に言われてましても……あの、七罪さん髪乱れちゃいますよ」
「構わん」
 七罪はまだ陶然とした顔でこちらを見ている。
「あまり近づくな。一生撫で回されて殺されるぞ」
「え」
「こいつは可愛いものを可愛がりすぎて殺すタイプだ」
 とりあえず七罪をぺいっ、と投げ捨て(一応ソファの上に投げているあたりにわずかな優しさが感じられるが)苦怨は鈴音に向き直った。
「悪いが魔術書という奴は、記号や図柄が特殊な配置で書かれていて、それで特殊な力を発するんだ。書かれている内容よりそちらの方が重要なんだが――俺の仕事は書き直しだし、俺自身は一般人だ。魔術書特有の力までは再現できないんだが……」
「あ、それは大丈夫です。『あれ』が言うには、本は研究用だそうなので。知識さえあれば、多分……」
「そうか」
 『あれ』とは何かについては特に聞かれなかったので、鈴音はほっとする。本を作ってくるよう頼んだ悪魔の類だが、この善良な人たちにそんな話はしたくない。自分だってできれば関わりたくないのだ。
「分かった。仕上げは三日後。それまでここでくつろぐと良い。家にはこちらから連絡しておく。世話は七罪がしてくれる。学校からはここから通え」
 淡々と言うだけ言って、苦怨は背をひるがえす。
「魔術原典ソロモンの鍵、再製作実行開始だ」


「苦怨さま」
 きぃ、とドアを開けて入って来たのは、七罪であった。
 本を書き直す作業は、意外と苦痛である。苦怨は作業に集中するため、書斎にこもりきりになるのである。入るのを許されるのは、食事を決まった時間に運ぶ七罪だけだ。
「お気付きになりましたか?」
「ああ、どす黒いな」
 鈴音は既に客室で寝かせてある。おそらくこの会話は聞かれていない。
 鈴音は気付かなかったようだが――七罪・パニッシュメントは人間ではない。とある本の精霊である。微弱ではあるが、そういった超自然的な能力はあるのだ。
 更に――七罪と比べてさえ更に更に微弱だが、苦怨にもその手の力はある。はっきりとした力ならば彼にも感じ取れるのだ。
「悪魔に……とり憑かれている……のか」
「憑かれているようではないです。ただ、やっぱりあんな若い子にあそこまで邪悪な気が充満していると、良くないことは確かです。さっき鈴音さんの部屋に言ったんですが……」
 珍しく七罪が言葉を濁す。
「……何を見た?」
 なんだかんだで、七罪と苦怨の付き合いは長い。何が言い難いことだと察したらしい。それでも必要だと思ったか、目つきを強めて続きを言わせた。
「――輸血用の、血液パックです」
「…………かーっ……そいつはまた危険だな。あれか、悪魔の副作用か。ソロモンの鍵なんて、七十二の悪魔召還法が書かれた魔道書を所望する輩だ。その内ぶっ倒れるぞ。あるいは死ぬかもしれん」
「そんな……」
 淡々とした言葉ながら、苦怨の表情も深刻そのものだ。
「学校も行ってないみたいなんです。毎日どこかにでかけるんですけど……」
「後でも尾けたか?」
「はい……あ、ちょっとだけですよ、ちょっとだけ」
 羽ペンを休める苦怨。彼らしくない大きな溜息を吐いた。
「いつから俺の屋敷は児童養育施設になったのか教えてくれないか……?」
「私が来てからですよ、きっと」
「ああ、そうだな。俺は二十歳以下の子供はすべからく嫌いなんだ。間違いなくお前が原因だな」
 苦怨は恨みがましく七罪を見る。
 黙って見過ごすには、遙見苦怨は優しすぎたが――なんの逡巡も無く自己犠牲ができるほど、遙見苦怨は甘くもなかったのである。
「仕方ない、もう一冊書く、か。協力しろよ七罪」
「はいっ♪」


 扉を開けると、七罪が入ってきた。
「こんばんはーです」
「七罪さん……」
 普段、鈴音は年上の人を名字で呼ぶ。下の名前で呼ぶのは気が引けるからだが――七罪は例外である。
「パジャマパーティーしよーなのです。苦怨さまが仲間はずれなのは……まあ、仕方ないですね」
 てへ、と舌を出す七罪。鈴音もそれに釣られ、思わず顔がほころんだ。
「ところで……七罪さん、いつもそんなネグリジェなんですか?」
「はいー♪ 苦怨さまの趣味だそうです」
「はぁ……」
七罪が身に着けているのは、非常に薄いネグリジェである。さすがに透けてはいないが、なんというか見ていて非常に危なっかしい。
「すいません、もう四日もお邪魔してしまって……」
「いえ、お金なら有り余ってますから。お客様をタダでお泊めするなんてわけないんですよ」
「すごいですね……遙見さんは、そんなに働いているんですか?」
「まさかー」
 七罪がきゃらきゃらと笑った。自分の主人だというのに、なんだか友達を笑うような表情である。
「あの人は、確かに働き者で苦労人だから、たまには身体を壊す事もあるんですけど……でも、依頼人の方からは、そんなにお金はとらないんです。なんだかんだでお人よしですから。お金は、苦怨さまのお父様の遺産なんです」
「あ、そうなんですか……」
「そ、こ、で!」
 じゃーん、という掛け声とともに、七罪が何かを取り出した。どうやらビンのようである。
「これ! 徹夜の多い苦怨さまご愛飲の、貧血や虚弱体質によく聞く特効薬! その名も『マムシ酒ドレイン』!」
「ま……まむ……」
「はーい、どうぞー」
「あ、いえっ、あのっ、私は未成年でお酒はっていうか蛇さんはやっぱりちょっと苦手なのであのあのあのあのっ……」
 まあ、とりあえず。その晩は客室が騒がしく、苦怨の筆はいまいち進まなかったらしい。


「――所望の本だ」
 更に二日後。ようやく苦怨が書斎から出てきた。
 ただし彼の表情は大分変わっている。目の下のクマや、こけた頬が歴然だ。それほど酷いわけではないが、やはり不健康に変わりはない。
「あの……二冊ありますけど」
「ああ、二冊書いたからな、おかげで六日もかかってしまった。黒いほうがソロモンの鍵だ。まあ持っていけ」
 しかし、顔つきが多少変わろうと、苦怨の態度に変わりはない。相変わらず泰然とした態度だ。
「あ、で、でもお代は……」
「最初にもらった分だけで良い。二冊目は俺が勝手にやった事だ」
「これ……なんの本なんですか?」
 黒くないほう――苦怨が勝手に作ったという若草色の表紙のほうは、どこの言葉ともつかない不思議な文字で書かれている。少なくとも鈴音は見たことが無い。
「気にするな。とりあえず持っていけ」
「またいつでも遊びに来てくださいね♪」
 とりあえず、今の二人には教えるつもりは無いようだった。鈴音は仕方なく、二冊とも持って帰ることにする。
「気をつけて帰れ」
 見送ったときの――苦怨が浮かべた笑みが、やたらと気になったが。


 さて、さらに数日後。
「いらっしゃいですー、そろそろ来る頃だと思ってましたよ」
「あ、あ、あ、あの、あの」
「ああ、顔色は少しよくなったか?」
 鈴音は再び遙見邸を訪れていた。
 無論――苦怨が作った本が引き起こした事について聞きに来るためである。
「し、知ってたんですか」
「知られないと思うほうが間違っている。お前の周り、俺ですら分かるほどどす黒いものがうずまいていたからな。ん? 少しは色が薄くなったか、体調も良いだろう」
 苦怨が渡した、緑色の本。あれは誰かが書いたものを、苦怨が作り直したわけではない。
悪魔などの悪しきものの力をそぐための呪文――それを数々の魔術書から引用し、並べて書いただけのものである。
「効果はあったはずだ、だろう?」
「は、はい」
 悪魔などが読めば、それだけでかなり力は弱まる。悪魔の力を借りているらしい鈴音も、大分血色がよくなっているようだ。
「でも……まだ、封じ込められたわけじゃなかったので……」
「そうか、しかし俺は魔術士でもないからな。封印までいくとなるとちょっと無理になる。それに――別に封印が目的じゃあないんだろう?」
「あ、はい……」
「少しは扱いやすくなったはずだ。すまないがこれで勘弁してくれ」
 鈴音は笑って、ありがとうございましたと頭を下げる。代金など少ししか払っていないのに、何倍にも返された気分である。
「ちゃんと学校行かなくちゃ駄目ですよー、あ、これおすそわけです」
 はい、と七罪からダンボールを渡される鈴音。あまり大きくは無いが、随分重い。
「あの……これは……」
「はいー、貧血によく聞く『マムシ酒ドレイン』でーす」
 にっこりと笑う悪気なさげな七罪。


 ちなみに、その後鈴音の悲鳴が聞こえたのは言うまでも無い。



<了>

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■   登場人物
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【5821/涼風・鈴音/女性/15歳/魔法少女/学生】

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■   ライター通信
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 初めまして鈴音さん。担当ライターのめたでございます。この度は遙見邸に立ち寄っていただきまして寒暑の限りです。
 えーと、文章作品は自分が始めてのようで、ちょっと戸惑いましたが「えーいやっちゃえー」と半ばヤケな気分で書かせていただきました。キャラが掴みきれていない部分があるかもしれませんが、寛大な心でお許しいただけるとうれしいです。
 第一印象は「可愛いっ」でした。同時にこの娘は誘拐されるなと。七罪が気に入ってくださったようなので、彼女との絡みもいれてみましたが……はい。七罪に対する印象が大分変わったかと思います。
 遙見邸にはまだまだNPCもシナリオも入る予定でございます。気が向いたときにきてくだされば、お気に入りのシナリオがあるかもしれません。その時はまたご依頼くだされば、誠心誠意製作させていただきます。七罪も鈴音さんを気に入ったようですし(笑)。
 ではでは。そろそろ失礼させていただきます。このお話、少しでも気に入っていただきましたらば幸いです。