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<東京怪談・PCゲームノベル>


江戸艇 〜舞台裏〜



 ■Opening■

 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だが、彼らは時間を越え、空間をも越え放浪する。

 その艇内に広がるのは江戸の町。
 第一階層−江戸城と第二階層−城下町。
 まるでかつて実在した江戸の町をまるごとくりぬいたような、活気に満ちた空間が広がっていた。





 ■0■

 その出会いは果たして、どちらにとってより不幸であったのだろう。
 彼の名は熊吉。髭面で赤ら顔の熊みたいな男だ。すぐ近くの貧乏長屋に住む、根付職人だった。根付の腕は一流だったが、最近嫁に逃げられ今では酒びたりの日々。趣味は酒と博打ってなもんだ。
 そんな彼が、目の前を歩いている男に声をかけたのは、酔って絡むためではなく、その脳内にインプリンティングされているアルゴリズムによるものであったろう。
「おいおい、兄ちゃん。なんだい、その頭は。まさか、キリシタンじゃないだろうなぁ」
 酔眼を細めて、熊吉はほろ酔い気分で絡むように相手の男の肩に肘を乗せて寄りかかってみせた。そして気付く。相手が、かなりの大男である事に。それともしたたかに酔っているからそんな風に感じるだけなのか。
 熊吉は気を取り直して続けた。
「これ、踏めるかい?」
 なんて、懐から一枚の紙切れを取り出し男の足下に置いてみせる。それから、男の顔を覗き込むように視線をあげた。
 そのままきっかり2秒、熊吉は固まった。
 ざーっという音が聞こえてきそうな程の勢いで、酔いが醒めていく。血の気も退いていく。
 頬が緊張でピクピクと引きつった。
 男が言った。
「はい?」
 身の丈8尺はありそうな巨漢が自分を見下ろしている。
 たとえば、男がひどく愛想のいい笑顔を向けているつもりだったとしても、熊吉には般若もかくやという形相にしか見えなかった。
「・・・・・・」
 男が首を傾げる。
 その背に、何かが見えた。熊吉は確信した。背負い刀だ――殺される!!
「あの……」
 次の瞬間、熊吉は超音速で走りだしていた。
 男が何かを言いかける暇も与えずに。熊吉は風となり、彼方に消えたのだった。





 ■1■

「…………」
 シオン・レ・ハイは途方に暮れたような顔でポツネンと立っていた。別段、ここがどこか、とか、何が起こっているのだろう、とか考えているわけではない。たとえここが、東京にしてはやたらと空が広かったり、建造物が古臭かったり、地面がアスファルトじゃなかったり、皆、髷を結っていたり、皆、和服を着ていたり、自分も着流していたりしていたとしても、彼にとってそれらは、些細な事でしかなかったのだ。
「後、もうちょっとだったのに……」
 落としてしまった小銭を追いかけていたのである。それが突然、闇に消えたのだ。由々しき問題である。腹がく〜っと不満げに悲鳴をあげた。
「おなか……すきました」
 ぼそりと呟いた視線の先に、一本ののぼりが見える。そこには『餅大喰い選手権』と書かれていた。
 誘われるようにそののぼりに向かいかけた時、通りの向こうから不穏な声が届いてきた。
「辻斬りだ! 辻斬りが出たぞ!!」
「何だって!?」
「根付職人の熊吉が襲われたって話だ」
「おい、兄ちゃん」
「はい?」
 のぼりに手を伸ばし、そこに書かれた会場を確認していると、誰かがシオンの肩を掴んでいた。
「あんた、似顔絵師か?」
 振り返った先に、陣羽織に戦袴姿で十手を握った、見るからに八丁堀の旦那然とした男が立っていた。男はシオンの手元を見ている。
 シオンは目をキラキラさせて男を見返した。
 草間興信所のテレビを借りて、毎週かかさず楽しみに見ている『慌てん坊将軍』にもよく出てくる、あれだ。南町奉行、大岡八前は憧れの人である。その部下というやつだ。確か与力とか同心とかいう。八丁堀に彼らの組屋敷があるため八丁堀の旦那と呼ばれているらしい。
「似顔絵を描いてくれないか。お代ははずむぜ」
 八丁堀の旦那が言った。
「はい!」
 シオンは元気に答えて筆と紙を取る。憧れの世界の人のお願いなのだ。しかもお代ははずんでくれるという。いやが上にも気合が入るというものだった。
「熊吉の話だと、顔は鬼みたいに凶悪で……」
「はい」
 シオンは紙に凶悪な顔とやらを描いた。これは余談だが、彼の絵は前衛的過ぎて、それが顔に見えるのは恐らくシオン本人ぐらいではなかろうか、という代物である。
「あ、そうだ。右目に眼帯を付けてるって言ってたな」
「右目に……眼帯……」
 シオンは言われた通り右の目に眼帯を付けた。いや、それは右目なのか。向かって右の目は本当に右目なのだろうか。
「で、火みたいに赤くて、坊主が剃り忘れたような中途半端な長さの髪をこう……」
 八丁堀の旦那が手振りで髪型のシルエットを象ってみせる。
「赤くて短い髪……で、眼帯……」
 心の片隅に何かが心当たった。そういうのも見た事があるような気がするのだ。しかし、その答えが得られないまま、シオンは絵を書き上げた。
「出来ました!」
 意気揚々と、完成した絵を八丁堀の旦那に向ける。
「…………」
 割りと長い沈黙が、辺り一面に横たわった。
 シオンの周りにはちょっとした人だかりが出来ていた。似顔絵の出来栄えを期待感をもって見守っていた野次馬たちである。そんな彼らさえも、一言も発さなかった。
 笑うに笑えず、怒るには疲れる、そんな絵だったのだ。
 やりきったと言わんばかりに満足げな笑顔を浮かべているシオンの肩に、八丁堀の旦那は手をおいて静かに言った。
「新しい仕事斡旋してやろうか?」





 ■2■

 望んでこんな顔に生まれてきたわけではない。マフィアのゴッド・ファーザーですら、一瞬戦慄に顔を歪めるほどの極悪顔。職業、悪役俳優は強面が命。いつかは子供番組のお兄さんに、と太陽系よりも巨大で、地球の自転が逆まわりを始めるよりも不可能に近い夢を抱きつつ、現実的には主役級の悪役を目指す、見た目は凶悪、中身は小心のCASLL・TOは、今、走っていた。
 追われているからである。
 しかし、何ゆえ追われているのかは本人、さっぱりわからない。
 というわけで、ゆっくりと時間を遡ってみる事にした。
 確か数分前、自分はバイクで走っていた筈だ。そこへ誰かが急に飛び出してきて、やばい、と思いハンドルをきろうとした瞬間、世界が突然真っ白になった。気付くと時代劇のセットの中にいた。いつの間にやら自分もしっかり衣装を着ている。縞の小袖を粋に着流して、背中には傘を背負っていた。どうやら傘売りらしい。しかし、どこをどうしてロケ現場にきたのか、さっぱり思い出せない。夢かと思って力いっぱいつねった頬は今もジンジン痛んでいた。
 マネージャーやスタッフを探そうと江戸の町を歩いて行く内に血の気はゆっくりと退いていった。カメラもマイクもそれらしいものが何もないからだ。
 もしやここは本当に江戸の町!? と思った時、声をかけられた。
 なんだか嬉しかった。
 もしかしたら、ここがどこなのか、教えてもらえるかもしれない。
 CASLLは嬉しさのあまり、蒼白な顔を笑顔に歪めて振り返った。
 男が足下に紙切れを置く。不思議な絵だった。へのへのもへじに毛の生えたような絵である。
 CASLLは男を見た。
 髭面の顔が自分をまじまじと見返していた。
「はい?」
 髭面の男はただ、CASLLの顔を見つめているだけだ。CASLLは首を傾げつつ声をかけた。
「あの……」
 刹那、髭面の男は蜘蛛の子を散らしたように通りの向こうに走り去った。
 CASLLは途方に暮れて暫くそれを見送った。
 それから程なくして、十手持ちが「御用だ!」「御用だ!」と言いながらやってきた。
「神妙にお縄を頂戴しやがれぇ」
 与力が一人前に出てきて言い放った。CASLLの顔を見て喉の奥でヒッと悲鳴をあげる。
「……で、ございます」
 そう付け加えて、与力は一歩後退ると、縄を構えたのだった。
 さすまたに驚いて、CASLLは逃げ出し、そして現在に至るのである。やっぱり追いかけられる理由がさっぱりわからない。
「辻斬りが逃げたぞー!」
 という声がその背を追ってきた。辻斬りなんてCASLLには全く身に覚えもない。しかし、言って話が通じるようにも見えなかった。
 CASLLは半ば半泣き状態で走って逃げた。
 涙に濡れた目で世界が潤んで見える。それが災いしたらしい。小石につまづいて、こけた。
「ひっとらえろ!!」
 さっきの与力が力いっぱい号令した。





 ■3■

「十手……かっこいいです」
 シオンが言うと、八丁堀の旦那は相好を緩めて言った。
「お、岡っ引き、やってみるか?」
「はい!」
 似顔絵師とは仮の姿。将軍直属のお庭番衆が一人、シオン・レ・ハイ。彼は自分の立場をどこまでわかっているのか、はたまた全くわかっていないのか、十手に惑わされて八丁堀の旦那の十手を握りしめていた。
「あ、いや、これはやれねぇんだ」
「そうなんですか……」
 十手には、房が付きその色で階級や所属などが示されている。ちなみに岡っ引きの十手に房は付かない。なので、この十手をシオンに渡すわけにはいかないのだった。
 八丁堀の旦那は、頭を掻きながら言った。
「あぁ、まぁ番屋に着いたらな」
 番屋とは自身番の事である。
 似顔絵師改め、岡っ引きに弟子入りすべく、八丁堀の旦那に案内され、番屋にきてみると、何かの取調べが終わったところなのか、中はがらんとしていた。
 数人が疲労感を漂わせて三和土に座り込んでいる。
「どうした?」
 八丁堀の旦那が、そこにいた同心に声をかけた。
「泣くんだよ。鬼の形相で……」
 同心が疲れたように答えた。八丁堀の旦那が鬼という単語に反応する。
「は? もしかして、れいの辻斬り、捕まったのか?」
「あぁ。さっき牢屋敷に連行された」
「そうか」
 そんな会話を背中に、シオンはそこに落ちていた十手を拾って番屋の中を徘徊し始めた。時代劇で見かけるいろんな物が置いてある。ワクワクしながら袖がらみに手を伸ばしかけた時、
「おい、俺は今から牢屋敷に顔出してくるが、お前さんはどうする?」
 八丁堀の旦那が尋ねた。
 シオンは一瞬首を傾げてから、行きます、と元気よく返事をしたのだった。


 走って追い掛け回され、転んだところをさすまたで取り押さえられ、鎖で縛り上げられて、CASLLは番屋に連れて行かれた。
 辻斬りだの、火付けだの、盗みだの、何故か罪状は増え続け「知りません」と言ったら「いや、その顔だ。なんかやってるだろ」と決め付けられた。
 精も魂も尽き果て、牢屋にほうりこまれたCASLLは身も心もボロボロに、空腹まで手伝って奈落の底の底にのの字を書きながら、暗い気分に浸っていた。
 東京でも、ここまで酷いことはなかった。最近ではそこそこに顔も知られて、警察署に連行されても、ごくごく稀に「おや。こないだドラマに出てた悪役俳優さんじゃないですか?」くらいには声をかけられるようになったのだ。勿論、色紙を頼まれたことだってある。ただし、自分の、ではなく、共演者の、だったが。一度くらいは子供たちに囲まれて色紙をねだられてみたいものだ。なんて遠い夢を見ていると、更に気分は沈んでいった。まるで底なし沼にでもはまったかの如く、片足を突っ込んでいると、そこへ救世主が現れた。
 シオンである。
 何故か彼は十手を握って、目の前を歩いていたのだ。
 CASLLに気付いて振り返る。
「やぁ、CASLLさんでしたか」
 ひどく得心のいったような顔でシオンは笑っていた。似顔絵を描いたときに、どこかで見た事あるなぁ、と思っていた彼である。
「いけませんよ、辻斬りなんて」
「してません! 何かの間違いです。ここから出してください」
 CASLLは格子を掴んでシオンに訴えた。そこで腹の虫が鳴く。
「お腹も……すいて……」
 シオンはそれを、うんうんと頷きながら聞いていた。彼の脳の情報バンクが小さすぎるのか、それとも単に迂闊なだけなのか、古い情報を新しい情報で上書きしながら。たとえば今回の場合。【ここから出してください】という古い情報は、【お腹がすいている】という最新の情報で上書きされた。
「わかりました」
 シオンは胸をどんと叩いて請け負った。
 CASLLはホッと安堵の息を吐く。やっとここから開放されると思ったに違いない。
 しかし続くシオンの言葉はCASLLの思惑とは遠いところにあった。
「確か、近くで餅の大食い選手権が行われているらしいですので、そこでお餅をわけてもらってきます」
「は?」
 CASLLは呆気に取られる。
 しかしシオンは意気揚々と踵を返した後だった。
「待っていてください。すぐに貰ってきますから」
 爽やかな笑顔と共に走り去る。
「あ……その前に、出して……ここから……」
 そんなCASLLの声は残念ながら走り去ったシオンの背中までは届かなかった。





 ■4■

 深川のよろず屋梅の店の庭先が、餅大喰い選手権の会場だった。
 シオンは会場に近づくにつれ、言い知れぬ悪寒を感じていた。何故か一歩近づくたびに本能と思しきそれが警告を発するのだ。
 近づいてはならぬ、と。
 しかし腹をすかせたCASLLを思うとそうも言ってはいられなかった。辻斬りなんてしてしまったのだ――ここは上書きされていなかったらしい――刑務所でくさい飯をこれから食べていくことになるであろう彼のためにも、何としても餅をゲットしてやらねばならない、と思っていた。
 シオンは使命感に燃えていたのである。
 それは決死の覚悟であった。
 金がないのであった。
 買ってあげられないのだから、分けてもらうしかない。
 果たして選手権に参加しなくても、餅を分けてもらえるのだろうか。
 シオンは勝手口からこっそり中を覗いた。
「なんだい、あんた」
 突然、後ろから声をかけられ、驚いたシオンは条件反射のように思わずシャキッと直立不動の体勢をとる。それからゆっくり後ろを振り返って、ホッと息を吐き出した。
「椛さんじゃないですか」
「何で私の名前を知ってるんだい?」
「わ……私のこと忘れてしまったんですか」
「……ごめん。思い出せない。忘れたみたい。でも、ご贔屓さんならあんまり邪険には出来ないわね」
 椛はそう言って笑った。
「店に用かい?」
「あの……お餅を分けて欲しいんですが」
「お餅?」
「はい」
「なら、こんなとこから覗いてないで中に入ればいいのに」
 苦笑を滲ませつつ、椛が勝手口を全開にする。中に入れと誘っているようだ。
 シオンは全身から汗を噴出した。笑顔の頬が引きつってしまう。
 刹那、庭の方から何かが飛んできてシオンの頭を直撃した。そのまま傾いだ体はゆっくりと地面に倒れこむ。
 椛は半ば呆気にとられたようにそれを見つめていた。
「大丈夫?」
「……はい」
「しょうがないわね。ここで待ってて。今、貰ってきてあげるから」
「お願いします」
 シオンは倒れたまま言った。
 椛は程なくして、両手いっぱいに餅を抱えて戻ってきた。両手いっぱいだが、どうやらそれで一つらしい。
「なんか、変な餅しかなくて、これでいい?」
「はい、いいです」
 それは細長く、蛇がとぐろを巻いたようになっていた。色は何ともカラフルだ。しかし、餅は餅である。
 シオンは何度も椛に礼を言うと、その餅を持って、さっそくCASLLの待つ牢屋に急いだのだった。
 しかしそこはもぬけの空だった。
 シオンは首を傾げつつ傍にいた同心の一人に所在を尋ねた。
「ああ、あいつなら刑場に連れて行かれたぞ」
「えぇ!? ……それはどこですか?」
「小塚原の刑場って聞いてるぜ」
 同心が言い終わらない内にシオンは牢屋敷を飛び出していた。


 辻斬りでこんなに早く刑が執行されるものなのだろうか。シオンは長いお餅を両手に抱え、千切っては食べ、千切っては食べ、しながら刑場へと向かった。
 牢屋敷のある小伝馬町から小塚原まで普通に歩けば1時間以上かかる距離である。しかし、何故か5分足らずでたどり着いた。江戸艇はそんなに広くないのである。
 と、それはさておき、公開処刑場では、既に人だかりが出来ていた。
「辻斬りか」
「いや、火付けって話だよ」
「おらぁ、黒船の間者だって聞いたぜ」
「なに!? って事はキリシタンか」
「なら、即刻火あぶりもしょうがねぇなぁ」
 そんな会話があちこちで巡らされている。
 もしかして、テレビか何かの撮影中だったのだろうか、とシオンはふと思った。そういえば彼は悪役俳優だったのである。そもそも彼は辻斬りなんかするタイプではない。勿論、辻斬りされるタイプでもないが。されそうになっても相手は裸足で逃げ出し自首するに違いない。
 結論。気付かない間に自分はエキストラとして参加していたらしい。
 シオンは衝撃の事実を確信して、さっそく野次馬の中に加わった。もしかしたらこれは憧れの『慌てん坊将軍』の撮影中かもしれないのだ。と思い立ったら居ても立ってもいられなくなった。
 大げさに号泣して見せながら、シオンはおもむろに、竹で出来た柵をよじ登り始めたのである。
 もしかしたら、自分が映ってるかもしれない。
 誰もが呆気に取られる中、シオンは下手人を哀れむ町人の役に成りきった。
 シオンの仕事を斡旋しようとしていたあの八丁堀の旦那がシオンに気付いて慌てて駆け寄った。
 シオンは餅を千切ってCASLLの口の中へ押し込む。
 目隠しされ、磔にされ、両手足の自由にならないCASLLは、突然口の中に何かを押し込まれ、目を白黒させた。勿論、それは外からはわからなかったが。
「美味しいですか?」
 と、聞き知った声が尋ねてきても、それがシオンだ、などと思う余裕などCASLLには微塵もない。お餅で気道をふさがれ、CASLLは空気を求めてじたばたともがいた。
 それをどう取ったのか、余りに嬉しくて感動をあらわしているとでも思ったのだろう、シオンは焼餅も作ってやろうと、そこにあった薪に火をつける。
「バッ……!? やめろ! 一緒に死ぬ気か!?」
 八丁堀の旦那が大声で止めようとしたが、シオンは気付いた風もない。
 火あぶり用にくべられた薪は、油を染み込ませてあるのか、瞬く間に燃え広がり、シオンは自分の逃げ場がなくなったのに慌てふためいた。
「ど…どうしましょう!?」
 一方、CASLLは目隠しされているので何が起こっているのか皆目検討もつかないまま、肺活量の限界値に達していた。
 互いに死を覚悟したかもしれない。
 その時、深川の方で花火があがった。
 ドーンというでっかい花火だ。
 刹那、世界は真っ白にかすんで消えた。





 ■5■

 息が出来る!?

 CASLLはハンドルを握っていた。
 それを認識した時には既に手遅れだった。
 アスファルトを滑るタイヤが甲高い悲鳴をあげる。
 脇に鈍い衝撃があった。
「あ……」
 と思った時には何かをひっかけていた。
 滑るアスファルトの上で横倒しになって倒れているCASLLの上に人が乗っていた。
 走るバイクの前に飛び出してきた相手は、跳ね飛ばされる事無くハンドルに引っかかって付いてきてしまったらしい。おかげで、地面にたたきつけられることなく、最悪の事態を免れた、とも言える。
 お互いに。
 CASLLの上でぐったりしながらシオンが呟いた。
「10円さん……」
 目尻に涙を溜めている。
 この期に及んで、追いかけていた小銭の方が気になるらしい彼に、CASLLは何とも複雑なため息を吐き出した。
 シオンの着ている服が、ついさっき牢屋の中で見た彼の姿と同じである事に気づいて、一抹の不安を感じながらCASLLは自分を振り返る。
「…………」

 夢にしてはリアルで、現実にしては途方もない。
 一体、何があったのか。





 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だが、彼らは時間を越え、空間をも越えやってきて、ただ今東京の上空に居座り中。

 夢にしてはリアルで、現実にしては途方もない、そんな物語を紡ぎながら――――。





 ■大団円■





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3356/シオン・レ・ハイ/男/42/びんぼーにん +α】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】


異界−江戸艇
【NPC/江戸屋・椛/女/20/若い女役】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。