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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『古代魚』



「ある魚を入手して欲しいんです」
 草間・零は首を捻った。この女性の依頼が魚釣り、とは…
「私はいわば霊媒の仕事に関わる人間なんです」

 ははあ…やっぱり『怪奇探偵』の名前に釣られて来た人か…。兄さん、悲しむだろうな。

「北海道の山奥に私たちの同業者しか知らない古代魚が棲んでまして…。私たちは単にシチェプと呼んでいます。私たちのまじないに使う、重要な素材なんです」
 その絶対数は少なく、彼らは絶滅を恐れてほんのわずかずつしか漁獲してこなかった。また、シチェプの地底湖の秘密を長い間守ってきた。
「ですが今、緊急にシチェプが数匹必要でして…。しかし私たちは仕事に追われて、誰も獲りに行けないんです。それで…怪奇探偵のお名前高い草間さんならば、と…」
「えっと…シチェプの特徴とか、いる場所とか、そういう手掛かりになりそうなことを、何でも話していただけませんか?」
「はい。シチェプは真っ白な古代魚で、鋭く固い口と歯を持つ魚です。シーラカンスのように手足に似たヒレを持ちます。人が襲われるようなことは…多分、ありません。小さな個体で一メートル、大きいのは一メートル半を超えます」
「大きいお魚ですね…他には?食べ物とか?」
「他の魚を食べているようですが何分、研究されてはいないもので…。あ、しかし、シチェプは特殊な霊質を持った魚です。霊能力者ならば、地底湖内に澄んだ霊気を感じ取ることが出来ますが…同時に自分を霊力の皮膜で保護し、気配と姿を水に溶け込ませて消せるようなんです。こうされると、特殊能力者であっても簡単には気付けないほどだとか」
「それで今まで見付からなかったんですね」
「向こうも霊力で、接近や攻撃はある程度探知してきます。勘の鋭い魚なんです。もちろん、力も強いですが…。それと…生きたまま捕まえて欲しいんです。釣った段階で死んでしまうと腐敗が早く、すぐに役に立たなくなってしまうんです」
「うー…難しい条件ですね…」
 これは私たちだけではなく、他の人の協力も仰いだほうがいいかもしれない。零はそう思いつつ、仕事を引き受けた。



■北海道某所、某山中 午前九時半

「俺のいない間に…依頼を受けたのは良いとして…」
 草間・武彦は山道で息を切らしていた。
「山登り…させられるとは…」
「お金なかったじゃないですか、もう」
 零は息を切らしていない。というよりも、この土地の霊気の集中によって、むしろ活き活きしているらしく、愉しげに歩を進めて草間を追い抜いた。
 膝に手を当てながら懸命に一歩ずつ登っていく草間の後ろで、未だ活気を残す声がからかう。
「こんな程度でへばるのか?情けない奴だな」
 微かに汗を浮かべながらも、微笑んで見せたのは黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)だ。いつもの黒服を纏っているのは、余裕の表れか、その格好が能力的に都合がよいからなのか…。
「お前みたいな怪物野郎と一緒にしないでく…――」
「私は、女だ」
 お決まりのセリフと共に、尻が蹴り上げられる。ガイドと共に先頭を進むシュライン・エマが苦笑と共に振り返った。
「馬鹿やってないで、早く行きましょう。着く前にへばってどうするの」
 彼女も息を切らし、汗を滲ませてはいるが、たまに訪れる田舎の山野、澄んだ空気が都会の雑踏を洗い流すように心地良い疲労を感じている程度らしい。
 草間から見れば、こんな山の中はド田舎もいいところだ。
「けれど冥月さん、どうして影の力を使わないの?」
 ふと、当然の疑問をシュラインが口にする。冥月の影操作能力は上手く使えば十キロほどの跳躍も可能な特殊能力だ。
「私の能力は万能じゃない。もちろん、やろうと思えば影から影への跳躍は出来るが…」
 人間ならば影は独立しているし、身長を聞くだけで、大きく数を絞れる。が、今回は地続きの地形な上に、手掛かりは大まかな印象だけ。似たような場所はいくらでもある。ふるいに掛けようがなければ、検索は不可能だ。観測図や位置のデータがあるというのなら話は別だが。
 と、彼女は自分の能力を伝えた。
「それに、山登りもこれはこれで鍛錬になるだろう」
「まあ、そうね…標高千メートルっていうのは聞いてなかったけど」
 そう言って、シュラインは苦笑した。



■洞窟入り口 午後十二時

 洞窟は巨大な岩に走った亀裂のようにぽっかりと暗い口を開いていた。脇から流れ出る小川は巨大な化け物の涎のようだ。ふざけた考えが一瞬脳裏をよぎって、冥月は苦笑した。
 ガイドが中にあった発電機を起動させると、垂れ下がった豆電球が輝いて、洞中を照らす。尤も、冥月はそんなものがなくとも、洞窟の形は隅々まで探知できている。
 光を柔らかく飲み込む冷たい岩肌を天蓋に、黒く輝く地面、奥へ続く透明な水の流れ、木で出来た古めかしい足場…それら全てが気まぐれな曲線の向こうに消えている。古代魚がいると言うなら、これほど相応しい場所もないだろう。
 零が静かに息を吸い込んで、満足げに吐き出した。
「霊気の綺麗なところですね」
「シチェプとかいう魚の気配は感じるか?」
「少しだけ、ですが」
 零が頷く。とすれば、向こうからも察知されていると見るべきか。零は早く入りたがっているようで、草間とシュラインを呼んだ。草間がシュライン手製のおにぎりを食べ終えて、のんびりとやってくる。
「さて…じゃあ冥月、向こうに着いたら荷物を頼む」
 全く、重たい荷物はみんな自分の影にしまい込むから困り者だ。まあ確かに、釣竿本体にリール、ルアー一式や巨大なクーラーボックスなどなど、全てを担ぐ気にはなれないが。
「行きましょうか」
 シュラインが言ったのを皮切りに、一行は洞窟内へと歩を進めた。



■洞窟内 午後十二時半

 入ってから、冥月と草間は失敗に気がついた。北海道とは言え、すでに夏に差し掛かりつつある時期、長袖なら平気だろうとやって来たのだが…
「寒い…」
 忌々しく腕をさすりながら言うと、草間も歯を鳴らしながら頷く。まるで冷蔵庫に入ったかのような寒さだ。
「まったく…洞窟っていうのは東京でも肌寒いくらいなのよ…ほら、防寒具」
 シュラインの準備のよさには感謝するしかない。
「いや、全く誤算だった…」
 黒スーツを着てきた自分がそうなのだから、草間は放っておけば凍死していた気がする。零は肉体的な耐性が高いのか、あまり気にしていない。それでも一応と、シュラインは彼女にも防寒具を手渡した。
「暖かい飲み物とかも用意しておいたから、地底湖に着いたら振舞うわね」
 彼女が魔法瓶を振る脇で、水音が強くなっていく。豆電球の明かりを反射する流れの中には、時折、魚影も見える。ごつごつとした岩肌が黒く湿って水を滴らせる。
「…冥月、下の川は深いのか?」
「…平均したら腰までだな」
「この温度じゃ、下手に落ちたら心臓麻痺起こしちゃうかもね」
 しばらく進んだ後、唐突にその地底湖は姿を現した。
「…ずいぶん、凄いわね…」
 ぽかんと口を開けてその光景を眺めるシュライン。草間も零も同様に驚いていたが、自分だけは感知済みだ。
 十メートルはある天井。氷柱のように垂れ下がった岩。いつの間にか足場下の川は静かな轟きを立てて滝となり、地底湖は水音を反響させながら、深々と水を湛えている。足場は壁に沿ってしばらく進み、中心へ向けた桟橋になって終わっていた。
 神秘の洞窟とでも言うべき場所は、ただ静かに自分たちを受け入れて、気にも留めようとしていないかのようだ。

 …探せばこういう場所もまだあるのか…

 一行はしばらくの間、ただ静かにその光景に見惚れた。



■地底湖、足場 午後一時

 釣りの準備を始めた草間の隣で、シュラインは簡易テーブルを組み立て、四人分のお茶を注いでいた。ガイドはすでに戻っている。冥月がいれば、帰る分には困らない。

 けど…それにしても…――

 特殊能力者と触れ合い、無数の怪奇現象と出会ってなお、この地底湖には神秘を感じずにはいられない。水音の響く静寂。波紋を広げる鏡面。別世界への入り口のように透明な水。この奥は死者たちが安らかに眠る黄泉にでも通じているのではないか。
 久しく忘れていた、心をざわつかせる感覚。神秘そのものに触れた時に感じる、不安感の入り混じった感動。子供のころに忘れ去ったと思って物を、今になって思い出す。
「はい、武彦さん。冥月さんも、お茶淹れたわよ」
 それを差し出しながら、ふと零が桟橋の先で独り佇んでいるのを見付け、シュラインはお茶を持って行った。
「いる?」
「いえ…私は、飲まなくても平気ですから」
 その瞳は、嬉しそうにも、哀しそうにも見える。深い感慨がその瞳に宿っているのを、シュラインは感じ取った気がした。



■地底湖、足場 午後二時

「姿も気配も消せるとは私に挑むかの様な魚だな」
 竿を垂らした草間の隣で、冥月がむぅと唸る。
「姿を消されたら影もへったくれもないからな」
「まぁいいさ。能力の鍛え具合を試すいい機会だ」
 冥月がそう鼻で笑った時、草間が何か言おうとした。言う前に、思わずどついていた。
「おい、まだ何も言ってないだろ!」
「ああ、すまん。また男だ何だと言うのかと思ってな」
「手の早い野郎だな」
「結局それか!」
 どつき漫才のようなことをやりながら、シュラインの用意したお茶をすすり、すでに一時間。当然のように竿に掛かる魚はいない。
「しかし、掛からないな…ルアーが駄目なのか?」
 草間は普通の魚釣りの感覚に陥っているが、さすがに釣れないだろう。シチェプとやらの勘はかなり鋭いらしい。
 冥月は彼と離れ、独自の方法でシチェプを狙うことにした。桟橋の先端で佇む零に近づき、その脇に立つ。
「順調か?」
「いえ…お魚の亡霊を使って探してもらっているんですけど…」
「やっぱり見付からないか」
「それどころか、小魚だったら幽霊でも食べちゃうみたいで…何匹か、いなくなっちゃいました」
 冥月は内心で毒づいた。霊能力魚は、幽霊まで食べるか…。
「冥月さんはどうなさるんです?」
「そうだな…まずは本当に影が探知できないかやってみる。半透明になる程度だったら、薄くても影が出来るからな。薄影の探知は難しいが、私も力に磨きを掛けてきたんだ」
 そう言って冥月は静かに探知の網を広げた。



■地底湖、桟橋先端 午後三時

 忌々しいことに、影など形もありはしない。水中で光が濁っているとは言え、これほど集中して影を掴めないとは。冥月は舌打ちと共に汗を拭った。
「どうでした?」
 零が微笑みながら聞いてくる。
「駄目だな…本格的に透けるらしい。こうなったら、最後の手段を使うか…」
 零が言葉の前半に対して、にこやかな顔で頷いた。
「私も同じです。全然、見付かりません」
「…愉しそうだな?」
 そう言うと、零は意外そうに自分の目を見た。そこに映る自身の姿が、愉しそうに見えたのか、確かめようとするかのように。
「そうかも知れませんね。ここ、凄く気分のいい場所ですから」
「そうか?純粋な影がそこかしこにあるから、利用しやすい場所ではあるが…気分がいい?」
「ええ。思わないんですか?」
 そう尋ね返されて、意外な気持ちがした。
「私だけなのかな…。ほら、ここって霊山みたいな場所だから、凄く霊気が澄んでて…。それに、綺麗じゃないですか。この洞窟」
「綺麗…か。まあ、言われて見ればそうか」
 闇を捉えることに意識を集中していて、気付かなかった。自分は、影の支配者だ。闇に触れて感じることが出来る。この洞窟も、単に3Dの図面になっているに過ぎなかった。
 だが目で見てみれば、意外に美しい。影で探知していたのでは、星空のように煌く天井を見ることは出来ない。あれは水滴が黒い岩に反射して光っているのか。
「目当てのお魚が住んでるのもわかります。霊気の綺麗なところにしか住めないんですね」
 零は儚くも美しいものであるかのように、目標を語る。冥月にとっては、ただのターゲットに過ぎなかったもの。それが突然、命として肉付けがされたような気がした。
「いや…だが、お前の操る幽霊を喰う連中だろう?」
「だって、小魚を食べるお魚はいっぱいいるじゃないですか。食べられちゃった子たちも、成仏して自然に還してもらったんであって、別に悪さをされたわけじゃないですし」
 穏やかな顔でそう言う零を見て、段々と彼女の考えがわかってきた。
「ここは全部、自然なままで…人の手が全く入ってなくて…幽霊たちさえ、生き物と同じように、自然に溶け込んでいく。素敵なところです」
 そもそも何故、零は自分ひとりでこの依頼を受けたのか。普通は草間に話を通す彼女が、『お金が尽きたから』という理由があるにせよ、この依頼に食いついたのは、このためだったか。
「…ここに来てみたかったのか」
「ばれました?」
「顔を見てればな」
 若干、申し訳なさそうな顔をする零を安心させようと、冥月は軽く微笑みかけた。
「ずっと人の情念が渦巻く都会にいたんだ。たまには骨休めもいいさ。疲れてたんだろう?私だって排ガスばかり吸っていたら、少しは澄んだ空気を吸いたくなる」
 零は安心したように頷き、天井を見上げた。水滴の煌く、澄んだ暗黒。
「綺麗な闇ですね。冥月さんは、それに触れられるんですよね…いいなあ」
「いや…実を言うと、お前と話し始めるまで、全然意識してなかった。私も少しばかり、都会暮らしに慣れ過ぎてたか。闇が身近にありすぎて、その神秘も、それへの敬意も忘れかけていたな…」

 綺麗な闇、か…――。耳にもしていなかった表現だ。

「でも、思い出せたんですよね」
 いつの間にか、自分も天井を見上げていた。零の言葉に振り返ってそれに気付く。頷いて、微笑み返した。二人でしばらく闇を見つめた後、零が尋ねる。
「あの…最後の手段って?」
 煌く闇に劣らず、澄んだ表情でそれを尋ねる零に、ありのままを話すのは何故か憚られた。
 例えば湖を立体的に影で覆いこんでしまえば、影の中に包み込んだ異物は感知できる。例え相手が透明であってもだ。そしてその中から影のある対象だけをはじき出してしまえば、残るはシチェプのみ。徐々に水を抜き少量になった所で影で抉った別の窪みに全て排出すれば、生きたまま手掴みできる形に出来る。必要数を捕獲して後は戻せば、それでいい。

 しかし、こうも純な瞳で期待されるとな…。

 言い出しづらくはある。投網で捕まえるような方式だ。魚たちを傷める可能性はある。草間は契約違反だと騒ぐかも知れない。尤も、そうなる前に黙らせるつもりではあったが。
 神経をすり減らす作業だろうが、自分ならば出来る。しかし、忌み嫌われる運命にあるはずの闇に敬意を払ってくれた者がいるなら、その敬意に応えるのもいいかもしれない…。自分は、闇を従える者なのだから。
「…じゃあ、少し手伝ってくれるか?」
 そう言うと、零は期待に目を輝かせて大きく頷いた。



■地底湖 午後三時半

 意識を完璧に釣りから逸らすことに(いつの間にか)成功してしまっていたから、草間のみならずシュラインにとってもそれは意外な当たりだった。引っ張られた竿を草間が慌てて引き返す。合図をするまでもない。
「手伝え!」
 シュラインも竿に飛びついたが、それでも二人はわずかに引きずられた。この力から考えるに、引っかかったのは狙いの魚に違いない。
「リールを巻いて!引っ張るから!」
「頼んだ!この水温で水に落ちるなんて洒落にならないからな!」
 そういう草間の顔から、興奮の笑みがこぼれる。左右に激しく揺れる釣竿を押さえつけて、水面に目を凝らす。彼方で、水しぶきがあがる。姿は見えないが、あそこにいるのか。何か、工夫はないか…例えば、糸に振動を与えるとか…いや…――
「せっかく掛かったんだ。もう小細工はなしで、綱引きと行こう」
「いいわよ。一、二の三、でね」
 たまには、それでもいいか。草間と一緒に釣竿を握って、フィッシングに興じる機会がそうあるわけでもあるまい。童心に帰った彼の隣に並ぶ機会はもっと少ない。

 なら、私も楽しんだ方が得よね。

 笑みをこぼして、共に釣竿を引く。大人二人に引っ張られて、徐々に相手は足場に詰め寄らされた。しばらくの格闘の後、暴れまわる水しぶきが、顔に掛かるほどになった。
「後一歩だ!気を抜くなよ!」
「上げるわよ、せーの!」
 引き上げた瞬間、わずかに空間が歪み、魚が姿を現した。アルビノとしか思えない白い鱗。外骨格のついた、三角形の頭。シーラカンスのようなヒレ…引き上げた衝撃で冷たい水をかぶり、尻餅をついた二人は、しばし呆然と物珍しい魚を見つめていた。
「…って、武彦さん、クーラーボックス!」
 慌てて二人で魚を持ち上げ、水を張った箱に詰める。重たさと活きのいい抵抗から解き放たれて、ようやく腰を落としたときには、顔はびしょ濡れで、息も上がっていた。
 しばらく無言で息を整えた後、顔を見合わせる。
「…釣れたな。何でだ?」
「話に夢中になって、意識を逸らしてたからでしょ」
「狙ってたのか?」
「最初はね。でも後半は打算なし。武彦さんもそうでしょ?」
 草間は「負けたよ」とでも言うように肩を落として、口元を綻ばせた。
「釣る方法は、釣ろうと思わないことだったってわけか。ああ、全く、面白い魚釣りだったよ」
「…冥月さんたちの方も獲ったみたいね」
 零と冥月は桟橋の向こうからのんびりと歩いてきた。零の肩には、大きな箱が抱えられている。
「どうやったの?」
「零に魚の亡霊を具現化してもらって、その影を追った。食べられれば、影が消える。その地点に、こいつらがいるというわけさ。後はその周辺をすぐに影で覆い込んで水を抜けば、それで捕まえられる」
「なるほど…」

 冥月さんなら、もう少し乱暴な方法を使うかも知れないと危惧してたけど…。珍しいわね。

「もうちょっと、大掛かりにやろうかとも思ってたが。まあ…わざわざ疲れる方法を取ることもないからな」
「手伝えたみたいで、良かったです」
 嬉しそうに成果を抱きかかえる零。そうか。彼女は零に配慮してやったのだ。取り込む範囲を大きくすれば、本当は自分一人でも出来たことなのだろうが、手伝わせた方が彼女は喜ぶだろうから。

 気が利くのね。たまには。

 微笑ましい気持ちで二人を眺めるシュラインの後ろで、草間が立ち上がった。
「さて…それじゃあ、戻るか。二匹捕まえたのなら、十分だろ。冥月、帰りは影の跳躍で頼む。こんな重いもん担いで、山を降りるなんて想像するのもゴメンだ」



■後日談

 良い思い出と澄んだ気持ちを胸に、東京に戻った零の元に、依頼主から一つの贈り物が届いたのは、それから一週間後のこと。

『無理な依頼を引き受けてくださり、まことにありがとうございました。今回、私たちが必要としていたのは、シチェプの切り身のみですので、骨から作れる霊薬をご依頼料とは別に感謝の印としてお送りいたします。本来は売り物にしているものですので、お気に召されたらこちらにご連絡ください』

 という簡単な感謝状と共に、彼らがまじないに使っているらしい、シチェプの骨をすり潰した粉薬のようなものが届けられた。あの土地、あの魚の持つ、澄んだ霊気を含んだ粉末。
 参加した全員に届けられたようだが、他の面々はともかく、草間には何の役にも立たないものだ。しかし、零にとっては最高の贈り物であったらしい。
「また、あの粉末煎じて飲んでるのか?」
 珍しく自分から湯飲みを呷る零を見ながら、草間が言う。
「兄さんのコーヒーみたいなものなんです」
 嬉しそうにそう言われると、草間としては納得するしかない。まあ、食事をする必要のない零が、自分の好物を見出したのは良いことだろう。
「それじゃあ、今度は買ってやるよ。依頼主の連中から買えるんだろ?それ」
「良いんですか!本当に?」
 手放しで喜ぶ零というのも珍しい。愛情を感じて、草間は確約した。
「今度、二瓶くらい注文しておいてやるよ」
「ありがとうございます、兄さん!これ、高いものなのに…一瓶、二百万もするのに…本当に、ありがとうございます!」
 さーっと、血の気が引いた草間の視線の先では、瞳を潤ませるほど感動している零がいる。窒息しかかった金魚のようにパクパクと口を動かした後、彼は電話帳を開いた。

 シュラインと冥月の携帯番号は、何番だったか。それを調べるために。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月(へい・みんゆぇ)/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】


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■         ライター通信          ■
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 冥月様、四度目の依頼参加、まことにありがとうございました。

 今回の話は参加者様が少なかったことと、両PL様のプレイングにNPCとの交流を多く表現する描写が含まれていたので、そちらを重視してみました。冥月様には、草間探偵とだけでなく零ちゃんの心情に触れてもらい、彼女を文字通り影で支えつつ目的を達成して頂きました。
 物語の都合上、若干プレイングの描写を縮小してしまいましたが、能力的に出来たはずのことをあえてやらない、という色を出してドラマ性を強調してみました。いかがでしたでしょうか。

 それと今回、ラストで零ちゃんが服用しているアイテムを配布させていただきました。

 それでは、また別の依頼でお会いできますことを、心よりお待ち申し上げております。