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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


木彫り人形の館


 ゴーストネットOFF。
 それは、怪奇大好き少女・瀬名雫の作ったサイトの名称である。情報量は関東一の規模を誇っており、東京を中心に日本各地の怪奇現象の情報が集まってくる。
 投稿情報を元に、怪奇現象の真偽を確かめるコーナー‥‥それが、サイトの中で最も人気がある。投稿には嘘や創作、追跡不可能なものも多く含まれている。また、真相は闇に葬った方がよい事例もあり、実際に真相が明らかにされるのは全体の一割に満たない。
 パスワードを入力し管理ページに入った雫は、画面に並んだ投稿情報を見て瞳を輝かせた。投稿を見ることを家まで待ちきれない雫は、ここネットカフェ【ノクターン】をよく利用している。
「うん、今日も豊作豊作♪」
 いくつかの投稿を読み進める。ふと、ある投稿が雫の目に留まる。


|投稿日:200x.05.21 23:59
|投稿者:ミサト <misato_xxx@docodemo.ne.jp>

|○市郊外の森の中にある古い洋館は「木彫り人形の館」と呼ばれています。
|館の中には、何十体何百体という人形の木彫りがたくさん置いてあるそうです。
|昔から、この近辺では人が行方不明になることが多いそうです。
|まぁ、●●樹海が近いですから、直接は関係なくそういうことなのかもしれませんが。

|木彫りの人形の中に、自分に似たものがあると
|館へ引き摺り込まれてしまうとか言われているそうです。

|実は最近、知り合い(友達の友達ですが)がこの近くで行方不明になってしまいました。
|私ではどうすることもできないので、このコーナーで館を調べてみてくれませんか?


「‥‥それって。素直に警察に頼んだほうが、いいんじゃないの?」
 ねぇ?とアイスティを運んできた【ノクターン】店主・雷火に同意を求める。
「そうだねー。館を開けたら死屍累々、とかイヤだよねぇ」
 緊張感のない顔でさらりと身の毛が弥立つことを云うこの店主のことが、雫は時々怖かった。
「でも、ちょっと興味あるわよね。雷火ちゃん、いつものメンバー、集めてくれる?」

「雫様、雷火様、ご機嫌麗しゅう。この度はご連絡、ありがとうございます」
 二人に深々と頭を下げ、鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす) は微笑を浮かべる。
「曰く付きの人形の館らしいから。そういうの、デルフェス好きなんじゃないかな〜って」
 どーぞ、と雷火は椅子を引く。デルフェスは雷火に会釈をすると、その椅子に腰掛けた。
「ええ。わたくしも木彫り人形の館には、大変興味を惹かれましたわ。もちろん死屍累々ということはなく、行方不明の方々は洋館の‥‥そうですわね。『呪い』で人形に変えられているのではないかと思いますの」
「うっ‥‥雷火ちゃん、そんなことまで云ったの? だからみんなの反応が微妙だったんだ‥‥」
 デルフェスの口から「死屍累々」という言葉が出、雫は頭を抱えた。確かに、いつもはすぐ返ってくるメールや電話が、今回に限って鈍かった。飲み物を持って再びテーブルへ戻ってきた雷火に、雫はぶーたれる。
「また、みんなに余計なこと云ったね雷火ちゃん」
「‥‥あら、わたくしとしたことが。皆さまご都合が悪かったんです。雷火様のお電話は関係ありませんわ、きっと」
「主観を交えて云っただけだよ? オレ」
「雷火ちゃんのはヘンな主観入り過ぎー。取り敢えず。いつも来てくれてありがとね、デルフェスちゃんv」
 デルフェスは、にっこり笑って「はい」と肩を竦ませた。
「雫様、投稿者のミサト様と連絡は取れますの? お知り合いの方をお探しするのに、外見などお伺いしておいたほうが宜しいかと思うのですが」
 アイスティのストローを噛みながら「それは聞いておいた」と雫はモゴモゴ云う。今度は雷火に向き直って、
「雷火様。『木彫り人形の館』のお噂や、館の周辺で行方不明になった方の何か情報があれば先に調べておきたいのですが、宜しいでしょうか?」
 デルフェスは軽く両腕を空中に上げ「あまり得意ではないんですの」と、キーボードを叩くような動作をした。親指と人差し指で丸を作り「OK」と雷火はウィンクする。
 他の情報を仕入れてくると連絡のあったシュライン・エマと草間武彦を待ち、一行は一路、山梨県○市を目指す。


 日本一の山・富士山を背景に持つ、山梨県○市N村。目指す洋館はそこに存在した。
 首都高から中央道に入り、東富士五湖道路の富士Yインターから一般道・富士パノラマラインを南下。富士パノラマラインとは、富士五湖周辺を走る国道138と139号を指す。富士山北側を半周する、景観の良いドライブルートだ。調査のことを暫し忘れ、一行はその緑を堪能した。
 周辺は風穴や氷穴などが多く点在する。華やかな観光スポットを抜け、いよいよ人里離れた細道へと入っていく。
「ここを登っていくのね」
 車を降り、シュラインは細い山道を仰ぎ見た。ここから洋館までは徒歩になる。それぞれ山道を歩きやすい靴に履き替え、木々が鬱蒼と茂った山道に入っていく。
「わたくし、最後尾を歩かせていただきますわ。御免あそばせ」
 和服の褄を端折(はしょ)り、デルフェスは頬を染め少し恥ずかしそうに笑った。
 三十分ほど歩いただろうか、果たしてその洋館を姿を現した。外壁には蔦が絡まり、全体的にしっとりとした印象を持つ。考えていたより、建物は荒れていないようだ。
「おい、シュライン。なにやってんだ?」
 入り口近くの樹木にテグスを括り付けているシュラインの姿を見付け、草間は覗き込んだ。
「中で迷わないように、糸を引っ張っていこうかと思って」
 草間は気付かなかったが、糸はお神酒に浸して清めてあった。仮に館の中に取り込まれることへの阻止になれば、とシュラインが考えた防御策だった。
「さて、と。どこから見ていく?」
 シュラインが糸を括り付け終わるのを確認すると、雷火は館の間取り図を出した。
「わたくしは展示室と執事室を確認したいと思いますわ」
「取り合えず、私は1階の手前の部屋から順番に」
「了解。じゃ、デルフェスとオレは上の階から、シュラインと武彦は下の階からね」
 それぞれを指差して、雷火は図面をシュラインに手渡した。雫が腕組みして雷火を睨む。
「ちょっと、あたしは?」
「中でなにかあったら困るでしょ、キミはココで留守番」
 そう云いながら入り口のドアノブを触ろうとした雷火を、シュラインは制する。
「待って。念のため」
 カバンの中から液体の入ったビンを取り出し、シュラインはドアノブに液体をかけた。見ると、カバンの中には複数のビンが入っている。シュラインはその場にいた皆にそのビンを配った。
「はい、雫ちゃんにも。お神酒が入ってるの。今回あいにくソッチ系に強い人が居ないみたいだから、何も無いよりはマシかなと思って」
「ヘ‥ヘンなこと云わないでよー‥‥」
 半泣きになりながら、雫は震える手を出す。
「ありがとうございます、シュライン様。では、参りましょう」
 デルフェスはビンを両手で受け取り、にっこり微笑った。
 扉を開けると、ギイィィィー‥と甲高い音が響いた。生暖かい風と共に、カビ臭いにおいが立ち込める。シュラインは懐中電灯を持ち、床を照らした。床の埃の様子を確認しているようだ。
「ん。比較的新しい足跡もあるみたいね。ほら‥‥」
 手前から奥へ、シュラインは懐中電灯の明かりを照らした。埃の被っていない新しいもの、再び埃が堆積している古いもの。幾つかの足跡があるようだ。四人はその足跡を確認すると、館内へ入っていった。

 3階。
 間取り図によると、この階は館の主人や家族の寝室・ゲストルームが殆どを占めているようだ。
 シュラインから受け取ったお神酒をドアノブにかけ、デルフェスは慎重にノブを握る。
「こちらの階は、どこも開きませんわね。持ち主のいらっしゃる館ですから、壊すわけにも参りませんし‥‥」
 二、三度ドアノブを廻す。ガチャガチャと音を立てるだけで、この階に存在する階の部屋はどこも開かなかった。
「怪しいといえば怪しいけど、仕方ないね。2階、周ってみようか?」
 廊下の奥からやってきた雷火が肩を竦める。デルフェスは納得いかないような表情をするが、ややあって「そうですわね‥‥」と階段へ歩みを進めた。
 1階。
 同じく、シュラインもドアノブにお神酒をかけたあと、ノブを握ってゆっくり廻した。窓には深い赤のカーテンが引かれ、昼間にもかかわらず室内は暗かった。懐中電灯を当て、足跡がないか、人形がないか確認する。足元にお神酒を一滴落としてからシュラインは室内に入った。その様子を見て、草間は怪訝そうな顔をする。
「さっきから、お前なにやってんだ?」
「お清め‥‥っていうのもあるけど、外界との接点を持ちながら進んだほうが良いかなーって思って。この部屋には人形も‥‥そのほかも何も無いみたいね」
「‥‥『そのほか』って、やめて」
 ブルッと身体を震わせ、草間は半眼でシュラインを見る。シュラインは、部屋の奥にある机の下などにも光りを当て確認していた。
 2階。
 上階から降りてきたデルフェスと雷火。この階には、前主の趣味だったという人形の展示室がある。お神酒をかけ、ドアを開く。
「これは‥‥圧巻ですわね」
 さすがのデルフェスも息を呑んだ。そこには、おびただしい数の人形が置かれていた。
 洋物・和物、さまざまな人形がデルフェスたちを見据えている(ように見える)。その中でも、一番多いのは。
「木彫りの、人形だね」
 ガラステーブルの上に所狭しと置かれた、木彫りの人形。こけしのような単純なものではなく、そのひとつひとつが精巧なフィギュアを思わせる。
「‥‥凄。こんなの作れる人なら、きっと売れっ子造形師になれるね」
「――っ いけません!」
 木彫り人形を触ろうとした雷火を、デルフェスは大きな声で制した。呆気にとられてデルフェスを見る雷火。その視線に気付いて、デルフェスはカァッと顔を紅くした。
「失礼致しましたわ。でも、お触りにならない方が宜しいと思いますの。雷火様、よくご覧になって。その人形たち‥‥」
 取り合えず手を引っ込め、デルフェスに云われた通り雷火は人形を見る。
 どれも女性‥‥少女に見えなくもない。
「‥‥あ」
「どれも、同じような背格好。ミサト様のお知り合いの外見と、とても似てらっしゃいますわ」
 二人は顔を見合わせる。
「シュライン様たちと合流致しましょう。ここは、人形の気配以外は感じられませんの‥‥」
 沈痛な面持ちでデルフェスは呟いた。

「武彦」
 背後から声が掛かり、草間は振り向く。
「シュライン様、草間様。こちらは如何でしょうか?」
 デルフェスと雷火が階段を下りてきた。シュラインはペンを持ちながら、間取り図を睨んでいた。
「今のところ、人形やらそのほか変わったモンはなさそうだな。そっちは?」
「人形の展示室は2階ですわ、他の部屋にはございませんでした。でも‥‥」
「3階はどこも扉が開かなかった」
「人形のことなのですが、似ていらっしゃるの。ミサト様のお知り合いの外見に」
 シュラインがふと視線を上げる。デルフェスはシュラインに頷き、
「あとは、ココだけですのね? シュライン様」
 4人が立っているのは、1階の一番奥。間取り図には『執事室』と明記されていた。
 シュラインはドアノブに手を掛け、ゆっくりと捻る。手応えもなく、それは小さくカチンと音を立てた。鍵は掛かっていない。一呼吸置いてから、シュラインは扉を開いた。
 他の部屋と同じように、窓には深い赤のカーテンが引かれている。ただ、異なるのは。
『――どなたですかな?』
 男が立っていた。
 白髪が混ざったグラデーション・ボブに、ローレイヤー‥‥50代だろうか、顔には若干のしわが見受けられる。グレーの上下を着た品の良さそうな笑顔を草間たちに向けていた。
「‥‥鹿沼・デルフェスと申しますわ。館内へ勝手に立ち入ったご無礼、お許しください」
 シュラインを制し、デルフェスは一歩前へ出た。危害が及ぶようなら、換石の術で皆を石化し護ろうと思ったのだ。
『鹿沼様、でございますね。本日はどのようなご用件でございますか?』
「ミサト様をご存知で?」
 男の顔が、僅かだがピクリと反応した。
「ご存知ですのね?」
『‥‥ミサト様、お嬢様は、まだ館にお戻りではありません。鹿沼様は、お嬢様のお知り合いでいらっしゃるのですか』
 男はゆっくりと、デルフェスの方へと歩いてくる。デルフェスから優しい笑みが消え、普段あまり見せない表情が浮かぶ。
「ええ」
 短く答え、デルフェスは頷いた。シュラインたちは、じっとその様子を伺っていた。しかし、シュラインは僅かに場が動いたことに気付いた。ふと、背後を振り向く。
「――あなた」
 そのシュラインの声に、皆が振り返る。
『サカキバラ‥‥』
 見覚えのある顔の少女が立っていた。
 少女の特徴は、シュラインがミサトから聞いた友人に、そしてデルフェスが見た木彫り人形にそっくりだった。
『お嬢様』
 男‥‥サカキバラは顔をほころばせた。少女‥‥ミサトは淋しそうに微笑んだ。

 ミサトは、友人と遊びに行ったまま帰ってこなかった。

 誰とどこへ遊びに行ったのか、使用人はもとより家族も知らないままだった。
 彼女は友人ともども川の深みにはまり、命を落としたのだ。遺体は流され、別々のところへ流れ着いた。判別不能な状態になっていた二人は、親族に見つかることなく無縁仏として葬られたのだという。
 ミサトが『自分』という存在に目覚め、やっとの思いで屋敷に帰ってきたが、すでに家族は無く。
 一方、ミサトの世話を任されていたサカキバラは、一家に監督不行き届きとされ解雇された。心の中に蟠(わだかま)りを残したまま、数年後にこの世を去った彼の念は、この屋敷へと戻ってきた。
 長い年月を経て変質してしまったサカキバラの念が、この屋敷へミサトが戻ることを拒んでいた。
 ミサトの特徴に似た少女がこの屋敷に近付く度、サカキバラは念で彼女たちを呼び寄せ心を木彫り人形に封じ込めたのだ。
『お嬢様が、二度と家から勝手に出ないように』
 ただ、それだけ。
 シュラインのお神酒によって浄化された屋敷に、ミサトは入ることができたのだ。
 そして、今。
 3階の扉は開かれた。
 そこには、何人もの少女や女性が眠っていた。胸が僅かに上下しているので、生きているのだろう。何年も前に取り込まれたのであろう少女は、成長し、大人の女性の風貌をあらわしていた。
 少女たちが目覚めるたび、精巧な木彫り人形は変哲の無い人形へと変わる。いや、これが人形の本来の姿だったのだろう。
 一様に惚けた表情をしていが、一人また一人と、少女たちは屋敷をあとにした。

 アンティークショップ・レンの店内で、デルフェスは木彫りの人形を眺めていた。
「おや。どうしたんだい、その人形は。綺麗だが、えらく気の抜けた人形だねぇ」
 主人の碧摩蓮は、煙管の柄で肩を叩きながら奥から出てきた。その人形は、まさに『気』の抜けた、あの館から持ち帰ったものだった。
「うふふ‥‥この子が淋しくないように、一緒に飾らせてくださいませ」
「まぁ、いいけどね。商品と間違われて、買っていかれないように気を付けな。うちが扱うのは『曰く付き』の商品だけだからね」
 はい、と頷きながらデルフェスは蓮に微笑む。
 その木彫り人形も聖女のような微笑を湛え、デルフェスを見ていた。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登場人物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/ ※PC整理番号順

【 番号 】 PC名 | 性別 | 年齢 | 職業 |
【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
【 2181 】 鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)| 女性 | 463歳 | アンティークショップ・レンの店員 |

【 NPC 】  雷火、草間武彦

 ※ 参考にした土地・固有名詞等はありますが、実在のものと関係・関連はございません。

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは&初めまして、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
美人女性お二人vのご参加でしたので、ボディガード代わりに雷火・草間氏も同行させていただきました‥‥役立ちませんが。

導入・終了部分以外、今回は共通となっております。
ストーリーの最後がしんみりなのは、私の仕様のようです。


【 シュライン・エマ様 】
ミサトのことを大変気にしてくださったので、最終的に「彼女(と執事)を解放する」というストーリーになりました。
じ‥実は最初、彼女はただのNPC(しかもモブ‥)でした。

【 鹿沼・デルフェス様 】
お持ち帰りいただいた木彫り人形に害はございません。曰くはなくなってしまいましたが、ぜひお店の片隅に飾ってあげてください。


細かい私信など → blogにて、たまにナニやらボヤいている時がございます

2006-06-20 四月一日。