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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ゴースト・バスター

------<オープニング>--------------------------------------

 東京郊外に、古びた邸宅があった。
 2階合わせて部屋数は10を下らず、個々の部屋は10畳以上ある。周囲はちょっとした庭に囲まれて、周辺の家屋から距離を保っていた。
 さる資産家の遺産だが、譲り受けた一人息子は別の場所に住み、屋敷は10年以上無人で置かれていた。
「月に一度は手入れをしていましたから、今すぐでも住めますがね」
 屋敷の主、三上豊次は、草間零が出した緑茶を一口含んだ。
「私の子供達も皆あの家に住む気は無いようですので。末っ子の独立を機に処分しようかと」
 50代半ばを過ぎた三上氏自身、今後も屋敷を利用する予定は無い。
 曰く付きの家屋だった訳では無い。三上氏やその子供達が、それぞれの生活に合った住居を求めた結果、郊外の別宅は住み手がなくなったのだ。
 曰く付きでは無かった……これまでは。
「それが、お宅の処分が具体化した途端、怪奇現象が起こり始めた、と」
 草間武彦の問いに、三上氏は静かに頷く。
「家の状態を調べに来た業者が、部屋に閉じ込められたり。庭木用の水道が勝手に開いて、ずぶ濡れになったり。今はまだ、その程度です」
 三上氏は、知人のつてで、多少霊感力がある女性に調べてもらった。彼女が言うには、三上家に恨みを持っていたり、昔からその土地や家に憑いていたものではないようだ。どこからか流れてきて、適当な空家を見つけて落ち着いていたのではないかと。
「近頃は、東京で幽霊が落ち着ける場所はめっきり減りましたからね」
 納得した顔で続ける三上氏に、武彦は
(野良猫じゃあるまいし)
 とは口に出さずに相槌を打つ。
 ともあれ、このままでは屋敷を処分できない。三上氏の知人は、漠然と霊の存在や雰囲気を感じられるだけである。除霊や交信能力は無い。
 三上氏の依頼は、屋敷から幽霊をなくす事。屋敷からいなくなりさえすれば、退治、昇天、他所へ移すだけ等手段は問わない。
 また、屋敷内には先代が集めた骨董品や武具の類がある。食器を含めた壊れ物、貴重品も今はあえてそのままにしてある。必要であれば、その移動や保護を含めて処理して欲しい。
 幽霊は弱いものから割と強いものまで、複数いるようだ。全部始末しきれなかった時は、報酬は幽霊を減らせた分に応じた出来高払いになる。

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●始まり
 梅雨入りを迎えた東京の空は、どんよりとしていた。
 その曇り空に負けず、草間興信所にも暗雲が立ち込めているかと思いきや。応接室でのミーティングは、どことなく和やかだった。
 三上氏の要請に応え、集まったゴーストハンターは4名。尤も、彼らを「ハンター」と呼ぶのは、少々そぐわないかもしれない。4人の内、霊を祓う力を持つのは、物部真言(ものべ・まこと)ただ一人なのだから。
 その真言にしろ、戦闘意欲に満ち溢れて参加を申し出たのでは無い。
「可哀想と言えば可哀想なんだが」
 温かな湯気がほんのりと漂うティーカップに視線を落とし、真言は暫し言葉を切る。
「現し世に留まり続ける方が、生者と死者の両方に良くないだろう」
「そうねえ」
 シュライン・エマがゆっくりと頷く。
「供養を望む方には、しかるべき手順を踏んで、相応の場所へお連れしたいわね。ただ」
 供養を望まない場合はどうするべきか。土地や家に憑いていなくても、特定の物品に憑いている可能性は、未確認だ。
「先代が蒐集した物には、結構な年代を経た物があるそうだし。付喪神になっていれば、下手に祓わない方が良い場合があるかもしれないわ」
「そうかな。経緯はどうあれ、現世は死者がいるべき場所ではないと思うが」
 単調な言葉の後に、真言はそっと付け加えた。
「見送るにしろ、なるべくなら霊が想うものを聞き入れた後には、したいものだが」
「財力に富む好事家が集めた物なら、相当な値打ち物もありそうだな」
 二人の会話に、ラン・ファーが割って入った。緑の瞳は楽しそうにくるめき、手にした扇をパタパタと開閉する。
「まずは、高価な物から外へ運び出しておくか」
 こちらが荒事に及ぶ気がなくても、幽霊側で何か仕掛けてくるかもしれない。幽霊にとっては、貴重な品かどうかなど関係ないだろうから。
「ファー、あんたは言霊を扱えたわよね」
「まあ、な。姿を見る事もできるぞ」
 足を組み替え、シュラインに向かってファーは鷹揚に頷いた。
「だったら、私と組んでくれない? 霊の言葉を伝えてもらえると助かるわ」
「良いだろう」
 僅かに唇の端を上げて、ファーは固いソファに凭(もた)れかかった。自室の高級ソファなら、ふかふかと身が沈むものだが、興信所の安ソファでは、そうはいかない。
 だが、ファーには些細な問題らしく、気にする様子は無かった。
「これで一通り方針は決まったのか」
 それまで、気配を感じさせずに隅のソファに座っていた、黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)が、静かに口を開いた。
「お前さんはどうするつもりだ? 霊関連の力は、無かったんじゃないか?」
 草間武彦が横から口を挟んだ。傍らのデスクで、自分が抱える仕事の資料から顔を上げる。
「確かに、私の力は姿無きものに、直接は作用しない」
 だが、と冥月は続けた。全く音を立てずに、ゆらりとソファから立ち上がる。
 それまで閉ざしていた、切れ長の涼やかな瞳が、うっすらと開いた。
「最後には、役に立つ事もあるだろう」
 微かな吐息と共に、冷ややかな笑みが口元に浮かんだ。
「そうか。なるほど」
 武彦は、おどけた調子でにやりと笑った。
「いやぁ、それにしても、ほんっと男前だな。いつもながら、惚れ惚れする……」
 どごぉぉぉぉぉぉっ!
 目にも止まらぬ速さで、凄まじい鉄拳が武彦の顔面にめり込んだ。
「わ・た・し・は、女だ!」
「ひょ、ひょふか……」
 ぱん、と埃を払うと、冥月は踵を返し、再び音も無くソファに浅く腰を下ろす。
「それで、武彦さん。事務所にいるなら、お願いしたいのだけど」
 シュラインは手際よく、武彦の顔に絆創膏を貼り付けていった。
「蓮さんの店とあやかし荘に連絡を入れておいて貰えないかしら」
 他にも幾つか、心当たりがある場所を書き出して、武彦に渡す。
 浄化が難しく、そっとしておく方が良い物があったなら。その手の品を扱い慣れている場所に、引き渡す方が懸命だろう。
「俺も自分の調査がだな」
 奇跡的に無傷なサングラスを押し上げ、もごもご言っていたが、シュラインに「お願い」と頭を下げられると、断り切れない。
「ま、いいさ。俺もちょっと聞きたい件があるし」
「では、決まりだな。皆特に準備が必要無いのなら、すぐにでも行ってみるか?」
 何事も無かったかのように淡々と告げ、真言はティーカップを置いた。

 翌日も、すっきりしない天気が続いた。幸い、雨にはなっていない。
 なるべくまとまった時間を取りたいというファーの主張もあり、朝早い内から4人揃って、郊外の三上邸に向かう。
「こんにちは。お掃除に来ました。お邪魔します」
 インターフォン越しに呼びかけて、シュラインは緊張した面持ちで門を押した。玄関で再び同じように呼びかけて、すぐ後ろにいるファーに、視線を送った。
 珍しそうに辺りを見回していたファーは、合図を受けて屋内へと意識を向けた。
「返事はないが、拒む気配は感じられぬな」
「そう」
 小さく息を吐いて、シュラインは扉をくぐった。これまでは、悪戯程度の被害しか出ていないとはいえ、相手は霊だ。やはり緊張する。
 ファー、冥月と続き、最後に真言が玄関に入った。
「扉は開けておくか?」
「そうね」
 シュラインは暫し考え込んだ。門は閉めてあるから、扉を開け放しておいても、防犯上の問題は小さい。むしろ、閉じ込められてしまう方が怖い。
「出入りに不便だ。開けておく方が良かろう」
 何か考えがあるのか、ファーがとんと軽く足を鳴らした。
「じゃあ、始めましょうか。どの部屋から回る?」
 エプロンがけに、手にするバケツには新しい雑巾と叩(はた)き。空いた手に持つ筆記用具がなければ、完全にお掃除お姉さんの出で立ちで、シュラインは両側の扉を眺める。
「シュラインの予想が正しければ、古物の収納部屋が最も厄介なのではないか?」
 そこへ行きたいと言わんばかりに、ファーは扇を翳す。
 真言がすっと歩み出た。
「俺はひとまず順番に部屋を見て回る。何かあれば知らせる」
 言うと同時に、彼は一番手前の部屋に入った。
「当分は、私の出番は無いだろうからな。仕事が出来るまで、好きにさせてもらう」
 冥月は、まっすぐに骨董品が最も多いと思われる部屋へ足を向ける。
 どうする、と問いた気に、ファーはシュラインを見つめた。
「地道に行きましょ」
 手前の部屋、真言とは廊下を挟んだ反対の部屋へ、残った二人は扉を開いた。

●捜索1
 三上邸では、蒐集物はあらゆる部屋に分散していた。展示部屋に近い部屋も一応はある。その部屋と応接室に、比較的多数の蒐集物がある。けれども、キッチンやトイレにまで、ちょっとした置物くらいは使っている。
 どうやら、ここの主人は、古物とはいえ、集めたものはただ眺めるより、実用する主義だったらしい。
 いきなり本丸に踏み込むような真似をするよりは、霊が少ない部屋で話を聞きつつ少しずつ減らしていく方が、安全で確実だろう。
 ファーは部屋の中央に立ち、ゆっくりと頭を巡らせた。
「ここには居ないな」
「そう。じゃあ、次ね」
 怪しげな物全てに霊が憑いているとは限らない。シュラインは、当初は片端から調べていくつもりだった。けれども、実際に霊が見え、言霊を使うファーがいれば、差し当たって問題がある物と、そうでない物の判別がつく。問題がない物は後に回せるので、仕事は予想より捗った。
「そちらの花瓶と、壁際の棚にある香炉だな」
 シュラインは、ファーが指摘した物に順に向かい、手を合わせてから丁寧に取り上げる。
(何故、ここに居るの? どうしてもここが良いのかしら。ここに居ても、誰も来てくれないでしょう。この花瓶と共に、ちゃんと大事に扱ってくれる場所へ移る気は無い?)
 呼びかけながら、優しく埃を払い、綺麗に磨き上げる。
 確実な聞き取りにはファーの力が必要だが、何となくの気配くらいは、シュラインも察せられる。
(そう、ありがとう。大切にするからね)
「後で様子を見に来る。暫く外しても良いか」
 数部屋回ると、ファーは飽きてきた。というより、他に気になる物があるのか。
 シュラインが掃除をしている間は、ファーは手持ち無沙汰になってしまう。
 ファーが抜け出した後も、シュラインはせっせと掃除を続けていた。そろそろ、次の部屋へ移ろうかという時に。
「拠点を見つけた。外へ出てくれ」
 部屋の入り口から、真言の声がした。

●大物現る
 問題の場所は、先代の寝室だった。
「じゃあ、それがあの子達が言っていた」
 シュラインが尋ねた微弱な霊達は、一点を除けば移動を拒まなかった。浄化ではなく、移動を望むものがただ一つ難色を示したのは、「おおきなひと」だった。
 彼らを庇護する強力な力に、引き付けられているらしい。
「強い霊が居れば、そこに集う。もしやと思ったが」
 真言は僅かに眉を寄せた。この場合、手遅れになる前に気付けて幸いというべきか。
 荒事になるかもしれないと、シュラインは屋外へ出された。しかし、冥月とファーは同行を申し出る。
 3人の身を案じて、玄関先の庭でシュラインはひたすら祈っていた。万が一の時には、草間興信所へ緊急連絡をしなければならない。
 やがて、冥月が造った異空間から彼らが無事に帰って来た時、シュラインは心から安堵した。そして、彼らの口から、戦いの様子と、彼女が説得しておいた霊達のおかげで、相手に隙が出来た事を知る。

●エピローグ
「これで全部片付いたのか?」
 三上邸の庭で、冥月は物品リストを作り続けるシュラインに尋ねた。
「まだ残っているようだけど。大物は消えたし、残りのどうしても聞き入れてくれない人は、真言の力で消せるでしょう」
「ちまちまと面倒だな」
 成り行きで屋敷から持ち出したままになっていた青龍刀を担ぎ、くるりと向き直る。
 次の瞬間。三上邸は、跡形もなく消失した。
「どうせ、壊す屋敷なのだろう? ならば、私が貰おう」
 他の3人は、瞬時言葉を失った。確かに、三上氏は屋敷を処分すると言っていたが、家屋は残したままで売るつもりだったのではないのだろうか。それに、邸内にはまだ少なからず貴重品が残っていた気がする。
(もし、始末に負えない物なら、話をつけて蓮さんの店に引き取って貰わなければならなかったかもしれないし)
 ここは、草間探偵の営業トーク次第だろうか。
(武彦さん、お願い)
 シュラインは心の中で手を合わせる。
「心配は無用だ。目ぼしい物は、既に運び出してある」
 ファーが胸を張った。
「買い取れる物は、私が買おう。それで、損失は小さくなろう」
「足りない分は、あんたが皿洗いでもするか」
 冥月に向かい、真言が珍しくからかう。
「失敬な。必要な物は、すぐにでも出すぞ」
 その後、現三上家で皿洗いをする冥月の姿があったかどうかは、定かではない。
 ただ、彼女は屋敷ごと影に取り込んだだけで、破壊はしていない。必要であれば、屋敷ごと影から出すこともできただろう。
 因みに、ファーが後に買い取ったランプは、臆病な霊が様々な光を出すランプだった。霊感がなければ見えないが、中々からかい甲斐があるらしい。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 /シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 2778 /黒・冥月 /女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
 4441 /物部・真言 /男性/24歳/フリーアルバイター
 6224 /ラン・ファー /女性/18歳/万屋斡旋

■ライターより■
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