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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ウゴドラクの牙

 「また難儀なものが入ってきたねぇ…」
 小さな木箱の中には一対の鋭い牙。
「ウゴドラクの牙かい…こんなものを保存しているなんて…狩った奴ぁ随分自己顕示欲の強いことだ」
 セルビア語でヴァンパイア。
 イストリア語やスロヴェニア語では、クドラク。
 元は人狼を意味する言葉。
「さぁて…魔術が施されているようだが、此れをつければ人狼になれるってぇトコかね」
 誰ぞに売るべきか。
 処分するべきか。
 それとも魔術を解除してただの飾り物とすべきか。
 蓮が迷っているそんな時、アナタは来店します。
「ああ、いらっしゃい。ちょうどいいや、お前さんならこれをどうするね?」

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■星野清香の場合

 「…狼の牙かぁ…これってのがなかなかなぁ…」
 学校の劇で使うための小道具を揃えなければならない期限が迫っている。
 星野・清香(ほしの・さやか)はイメージに合うものが見つからず途方にくれていた。
 そんな帰り道。ふとアンティークショップ・レンが視界に入り、蓮の店ならばイメージに合うものが見つかるかもしれないと、店の扉を開けた。
「すみませーん」
「おや、いらっしゃい。ちょうどいいところに」
「はい?」
 来客を待ちわびていたかのような蓮の反応に、清香は首をかしげる。
 カウンターに頬杖をつく蓮の前には、小さな木箱と一枚の紙切れ。
「――実はね」
 蓮の持ちかけた話に、清香は半信半疑で尋ねる。
「ウゴドラクの牙…ですか?」
「そう、人狼になれる牙さ」
 説明書さえよく読んでいれば心配はない。
「使い方は説明書をよく読むといい。とりあえずはお試し期間って事で丸一日。それで使えそうだと思えば買えばいいさ」
「…そうですね、せっかくだからお借りします。学校でやる劇で狼役をやらなきゃならないので、小道具に使えるかもしれませんし」
 学校の演劇で使うと言うなら昼間だろう。
 牙がその効力を発揮するのは夜。
 なんら問題はない。
「感想を楽しみにしてるよ」
 戸口で清香を見送り、蓮は扉を閉めた。

  帰宅後、清香は劇の練習をしておこうと、ウゴドラクの牙を取り出した。
 だが、ここで彼女は大きなミスをする。
 代々薬師として栄えた家柄の娘にもかかわらず、今このときに限って説明書を読み忘れたのだ。
 勿論、説明書は木箱の中にキチンと収められている。
 しかし清香はそれを読む前に牙を装着してしまったのだ。
「!?」
 普段薬で動物に姿を変えることに慣れた体だが、免疫のない魔力での変化に体中が悲鳴をあげ、清香は自室で倒れこんだ。
「あっ…あああっ…!!」
 あまりの激痛に声を上げることもままならない。
 喉から発せられたのは消え入りそうなかすれ声。
 誰か。
 気づいて。
 助けて…
 その願いも空しく、清香の体はみるみる変化を遂げていく。
 感じたことのない苦痛の中、じわじわと体を支配する高揚感。
 その相反する感覚に、清香の自我は吹き飛びかけていた。
 かすかに人としての意識はあるものの、人狼の魔力に翻弄され、漆黒の狼が夜の闇の飛び出した。
『跳べる…どこまでも…………』
 屋根から屋根へ、ビルからビルへ。
 黒い影が目にも留まらぬ速さで駆け抜けていく。
 ふと、清香が立ち止まった。


 ニ ン ゲ ン

 エ モ ノ


 くるりときびすを返し、自らが獲物と定めた通行人めがけて襲い掛かる。
 通行人は自分に危険が迫っていることなど気づくはずもない。
 夜の闇に紛れ、清香の爪が、牙があと少しでかかろうとした刹那。
『だめ!!!』
「え!?」
 通行人は急にすぐ傍を突風が吹きぬけていったように感じた。
「…何今の…」
 本当のことなど知る由もなく、いぶかしみつつもそのまま道を歩き出す。
 その様子を電柱の上から見下ろす清香。
『だめ…人を、襲ったりしたらだめ…ッ』
 人狼の姿をした清香の目からボロボロと涙が零れ落ちる。
 いま自分は何をしようとしたのだ。
 自分は人間だ。
 魔物じゃない。
 獣じゃない。
 人間なのだ。
『もど…らなきゃ……!』
 また、身の内がざわめく。
 享楽的な感情が。
 血を、肉を喰らいたいという衝動が。
 駆け抜ける間、波のように何度も、何度も…
『私は人間…私は…薬師………私は……』
 人の意識がどんどん薄れていく。
 いけない、このままでは。
 余力をふり絞り、清香は自宅へたどり着いた。
 人としての最後の自我だけを頼りに、清香は薬の材料に使う銀を用いてこの状況を何とかしようと試みた。
 勿論、説明書には一度なると朝日を浴びるまで取れないとは書いてある。
 だが今の清香に説明書の存在など思い出せるはずもない。
 思い出せるのは今まで培ってきた己の技術のみ。
『ふっ…ぅ…っあ…!…あぅっ…!!』
 銀は魔を祓う。
 吸血鬼も人狼も、銀の魔力には弱い。
 ましてやなり立ての…いや、完全な人狼ではない清香には殊更効いているようだった。
 皮膚がただれ、肉がこげる。
 催吐性のある臭い、と言っても、この場合は精神的なものであることが大きいが。
 今の清香には、何とも言いがたい激痛の中でもそれが甘美な香りになっている。
 嗅覚の変化にゾッとしながらも、清香は沸きあがってくる血肉への渇望を必死で抑えこんだ。
 銀に触れた箇所は重度の火傷を伴い、回復することなく体を蝕む。
 そして、どれ程時間が経っただろう。
 部屋に朝日が差し込む。
 すると今まであれほど激痛を与えていた銀はその効力をなくし、体を覆ってい黒い体毛もざわざわと引いていく。
 まるで潮が引くように。
「……あ…さ…?」
 窓を見やれば、差し込んでくるのは清らかな朝の光。
 浄化の光。
「…あ…」
 カチン、と何かが薬を調合する為の器に当たった。
 視線を落とせばそこには一対の牙。
「―――朝日…だったんだ…」
 激痛に耐え、銀で人狼の魔力を抑制し朝を迎えた。
 眩いばかりの光の中、清香の頬を涙がつたう。
 その涙がどういう意味を示すものなのか、それは清香にしかわからない。
 清香はそのまま倒れこみ、泥のように眠る。
 両の手には薄っすらと赤い、火傷の跡が。
 この一夜の出来事がまやかしではないその証拠として残った。

  夕暮れになって、蓮の店に赴いた清香は、何故か躊躇いつつも店の扉を開ける。
「いらっしゃい、で、感想は?」
 清香は無言のままに箱を差し出し、俯いたまま蓮に言った。
「………やっぱり、これは処分すべきだと思います」
「――そうかい」
 蓮は紫煙を吐きながらそう呟いた。
 清香は何も言わない。
「学芸会にはもちっと安全な、ただの飾りを使うんだねぇ。それと、説明書はきっちり読むこった」
 開かれた形跡のない折りを見て、蓮は苦笑交じりにそう告げる。
 清香はただ頷くだけだ。
 そして決して目をあわそうとしない。
 いや、見ようとしない。
 目の前にあるものを。
「……それじゃあ、またいつでもおいで」
「…失礼しました…ッ」
 わき目も振らず店を後にする清香の背中を見送り、蓮は肩をすくめる。
 蓮にはわかっていた。
 あれは必ずもう一度店に足を運ぶと。
「…ありゃ魅入られたね」
 まずい事をしたとばかりにため息をつく蓮は、清香が置いていった木箱を目に付きやすいところに置いた。
 勿論、清香の目に触れやすいように、だ。
 ちゃんと使用法を間違えなければ、いいストレス解消アイテムでしかない。
 それを守らず牙の魔力に魅入られたのは己の責任だ。
 店の扉の鈴がチリンと鳴る。
 訪れた者に、蓮は何も言わずただ微笑んだ。
 ただ、蠱惑的に。
 そして木箱を差し出す。
「お代は――安くしとくよ?」
 震える手で木箱を取り、支払いを済ませて足早に立ち去る。
「――魔力の誘惑に負けやすいねぇ、人間って奴は」
 蓮は見送る。
 走り去るその姿を。
 薬師の少女の背中を。


 木箱はあと三つ。
 


 木箱は待っている。
 自分の新たなる持ち主を。
 それが誰になるかは、また別のお話。



 勿論、取り扱いにはくれぐれもご注意を。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6088 / 星野・清香 / 女性 / 17歳 / 高校生兼薬師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
初めまして、清香さん。このたびはウゴドラクの牙お買い上げ有難うございます…
と、言っていいのかどうかは定かではありませんが。
気に入っていただければ嬉しいです。

ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。