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<東京怪談ノベル(シングル)>


もしも…絶対無いだろう対決:草間零編


 歓声――
 そして、高らかなファンファーレ。
 神聖都学園の学舎と青空を背景に、鳥たちが飛び立ってゆく。
 中庭に設営された特設ステージには、学生のみならず、多くの観客がつめかけ、雛壇状の座席をびっしりと埋めている。
 そのあいだを行き交う、おさだまりの物売りたち。おせんにコーラ、アイスクリームはいかがっすかぁ。
 オリンピックかワールドカップかといった熱気。
 しかし、どこか現実感を欠いていて――。
 それが何かと問うてはいけない。
 これがいったい、いつの出来事で、なぜ、こんなことが起こったのか、などということは。
 ここは東京――、無数の異界が交錯する場所。
 ならば、その幾多の並行世界の彼方に、いつか、こんなことがあったかもしれない。
 そう、それで充分ではないか。
 それは、いつか、ありえたかもしれない、物語の中の出来事だというだけで。

 アナウンスが次のたたかいの始まりを告げると、会場はいっそうの喧騒に沸く。
 入場ゲートの一方が、吹き出すスモークに包まれ、フラッシュライトが弾けた。
 せりあがるステージの上のシルエット――。ひときわ高い歓声が飛びかった。
 彼女は、一瞬、その盛り上がりに気押されたようだったけれど、すぐに、にこりと微笑んで、観客たちに手を振って見せた。それに反応してまた、爆発的な拍手とかけ声。
 巨大ビジョンには、彼女のアップが大写になり、字幕が流れた。

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 REI KUSAMA
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「さあ、いよいよ登場! 草間興信所のアイドル、永遠の妹キャラ、零ちゃんです!!」
 アナウンスが絶叫する。
「兄さんの煙草代のためにがんばります」(ここでまたどよめき)
「またコメントが泣かせる〜! さあ、気になる対戦相手は……?」
 反対側のゲートから、同様の演出でステージが出現する。
 そこに立ったのは……スポットライトを浴びていなければ、一見、見過ごしてしまいそうな、派手なところのないひとりの女性だった。ごく地味な服装に、おとなしいひっつめ髪。眼鏡の奥で穏やかに微笑む瞳は柔和だ。

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 TSUYU SUMIJOU
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「都由さんキターーー! 神聖都学園のみなさまにはおなじみ、購買部の微笑みの女神、鷲見条都由さんであります!」
「あら、いやだ。女神だなんて。ただの購買のおばさんですよ〜」
 のほほんと笑って見せる都由
 そして、ふたりは、スタジアム中央へと進み出る。そこには、古式ゆかしく、裏返して置かれたミカン箱がひとつ。
 その数十平方センチメートルのフィールドで、これからいかなる熾烈な熱戦が行われるか、期待に観客席の熱気が高まってゆく。
 巨大ビジョンに流れる対戦カード。

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 REI KUSAMA VS TSUYU SUMIJOU
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 そしてふたりは、レフリーの見守る中、箱の上に、彼女たちの獲物を並べはじめた。
 すなわち、丸型の、メンコを――。

■ ROUND1 ■

「先攻は零選手です。愛用の一枚を大きく振りかぶって……」
 パシィィン!と、小気味よい音がスタジアムに反響した。
 零の第一投が決まる。
 叩き付けられた丸メンコが起こす風圧に、傍にあった都由のメンコの一枚がめくりあがる。
「決まったァ! 零選手、順調に1枚奪取です!」
 自分のメンコで、相手のそれを裏返し、取ってゆくのが、永遠普遍なるメンコのルール。まずは零が先制点を得た形になる。都由は、しかし、余裕があるのか、何なのか、ただ黙って他人事のようににこにこと場を見守るばかり。
 続いて二投目――奪取に成功した場合、その投者が続けてプレイすることができる――を振りかぶる……。
「ああっ、これは惜しい! 二投目は不発だぁ!」
 しかし、零の一撃は、都由のメンコをすこし浮かせはしたが、裏返すには至らなかった。
 これにより攻守交替となる。
「よろしくお願いしますね〜」
 あくまでマイペースなまま、都由は、一見、さして力が入っているようにも見えぬ姿勢で、自身のメンコを取り上げた。そして。
 ぱん、と軽く落とされたメンコが、ふわり、と零のメンコを裏返す。
「んんっ、都由選手、1枚返しました。これで一対一となります! 続いて二投目……おおっと、これも成功だ! 都由選手、着実に点を得ていきます。かたい! 実にかたい! そして、三投目。……あ〜っと、これもかぁ!?」
 一枚ずつではあるが、面白いように零のメンコをめくっていく都由。
 それも落ち着き払った様子で淡々と。
 その様子は、どこか、伝票の整理をする姿にも似て、にこやかな笑顔の裏で、ひそかに生徒たちの成績でトトカルチョをしているという噂が流れるほどの、その底の深さをかいま見せられたような場面であった。
「な、なんと、都由選手、そのまま全部返してしまいましたぁ〜!? 1Rは鷲見条都由先取の取得でありますーーーーッ!!」
 どっと、沸く観客席。零の贔屓からは悲鳴のような声があがった。
 零自身も、う〜と口惜しそうな表情。
 だが当人は、
「まだ1R目ですから〜」
 と、あいかわらずの調子である。

■ ROUND2 ■

「さあ、第2ラウンドとなりました。今度は先攻後攻かわりまして、都由選手から。……ここで情報が入って参りました。都由選手の手持ちのメンコは、油をしみこませて強化した勝負メンコとのことです。購買のヒマな時間帯にコツコツとチューンナップに励んでいた模様です。さあ、まず第一投……ああ〜っと、これはぁ、さきほどの連続返しのあざやかさもどこへやら、いきなり失敗かぁ!?」
「あら〜」
「それでも穏やかな笑みは変わりません。これは余裕なのでしょうか。さて、零選手です。反撃なりますでしょうか。これは対照的に大きなアクションで……」
 零のメンコが、箱の中央に、鋭く決まった。
 雷撃のように鋭いシュート。ピシィ!と鞭でも打ったかのような音とともに、めくれあがったメンコは3枚。
「これはすごーーーい! 3枚だ! 零選手、3枚同時に返しました! ……これには都由選手も――って、一緒に拍手しているぞォ?」
 零の続投。
 力任せの攻勢に転じたらしい零は、続いて二枚を奪取。そして……
「三投目にして失敗です。攻守、入れ替わりました。都由選手の第一投。まず1枚です。確かな技巧は職人技の美しさ! ……ああっと、しかし、二投目で失敗か! 再び零選手。またも2枚返しました。えー、現在のところ、零選手残り9枚、都由選手、3枚。そろそろ都由選手は苦しい局面ですが……おおおおっと、出た! 零選手の稲妻3枚返しーーーっ! 第2ラウンドは零選手が制しましたーーー!」
「やりましたよ、兄さん!」
「あら〜、残念〜」

■ ROUND3 ■

 熱戦は続く――。

「神聖都学園の特設会場からお送りしております。勝敗は第3ラウンドにもつれこみましたが……波瀾の展開、目が離せません。先攻零選手、なんと立続けに稲妻3枚返しを決め、都由選手残り4枚というところまで追い詰められております。このまま零選手の勝利となるか、零選手の3投目――」
 パシィン、と小気味よい音とともに、都由のメンコの2枚が吹き飛ぶ。
「圧倒的なパワー! 2枚を返しました。これは決まってしまったかぁ!? さあ、パーフェクトに王手をかけました、4投目、ふりかぶって…………、おぉーーーっと、これはしくじったぁ!?」
 都由の手番だ。しかし、すでに形勢は一対十。これをくつがえすことは、さすがに不可能と誰もが思った。だが――
 都由の眼鏡が、きらりと、陽光を反射し、その奥の、目尻にかすかな笑い皺をたたんだ双眸が、いつにない真剣さをおびたのを、いったい幾人が見たであろうか。
 日頃は電卓を叩き、伝票をめくるばかりの都由の指に挟まれたメンコ。
 それが今、風に乗る渡り鳥のように優雅に、獲物を見定めた猛禽のように鋭く、彼女の手を離れて、飛んだ。

「――ッ」

 しん、と、水を打ったように静まり返る会場。
 一拍置いて、万雷の拍手が、都由の頭上で爆発したようだった。
「こ、これは凄い! 7枚です。7枚を一気に返しました! ……モニターをご覧ください。ただいまの一投をスローモーションでお送りします。……これは、都由選手のメンコが零選手のメンコの『下』をくぐり抜けていきます。なんというテクニックでしょうか!」
 呆然とする零と、にこにこ笑っている都由の、それぞれの表情をモニターがとらえる。
「都由選手、今の技を名づけるならば?」
「そうですねぇ。……『在庫一掃』?」
「これはまた、微妙なネーミング! しかしそんなセンスも都由さんらしい! さあ、これが反撃ののろしとなるのでしょうか。残り3枚を返さねば、都由選手に後がないことは変わりませんが……ああっと、まずは着実に1枚! 続いて……うまい! これも決めた。なんと一対一まで迫りました。さあ、運命の第四投目――……獲ったァァァあ!!!! 都由さん! 都由さんの勝利でェーーーすッ!!」


 それはいつか、どこかであったかもしれないし、決してありえないことだったかもしれない、一幕。そう、くるくると裏返ってゆく、メンコの図柄のようにうつろってゆく異界のまぼろし。
 ほら、耳を澄ませば、万雷の歓声が。
 そこでは、購買部のおばちゃんが、愛用のメンコを手に、どこかで見たような強敵に次々と立ち向かってゆくのである。

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