コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


夢見の香 〜戦〜

●オープニング
 幽玄堂という、お香・お線香・アロマ等のお香専門店が東京の片隅にある。
 その店は毎日のように良い香が漂っている。その香に釣られ、見学に訪れる客が多い。

 あなたは幽玄堂から漂う良い香りに導かれるように、歩みを進めた。
 老舗と呼ぶに相応しい、外観の作りの店の引き戸を開けた。

「いらっしゃいませ。どのようなお香をお求めですか?」
 男性、いや、女性にも見える中性的な店主、香月那智があなたに声をかけた。
 誘われるかのように来たと言えないあなたに、那智はニッコリと微笑み、ある香を取り出した。
「お時間がおありでしたら、私に付き合っていただけませんか? 新しい香を編み出したのです。その香を楽しんでいってください」
 モニターになって欲しいんだなという軽い気持ちで、あなたは引き受けた。

「この香は『夢見の香』と言って、あなたが望む、様々な夢が見られるのです。どのような夢をご覧になるかというのは、あなた次第ですが…ね」

●本日のお客様 黒・冥月様
 良い香の匂いに釣られ、黒冥月(ヘイ・ミンユェ)は幽玄堂を訪れた。
 店内にあるソファに腰掛け、 両手で抱えるように香炉を手にし、穏やかな表情のい那智を訝し気に見る。
「それで本当に私が望む夢が見られるのだな?」
「勿論。ですが、この『夢見の香』は試作品故、どのような内容になるかは私にも存ぜません。本当に自分が望む夢が本当に見られるのか、とお疑いなら、試してみるのが一番です」
「わかった」 
「ありがとうございます。では、良い夢を…」
 那智の言葉と同時に香炉から漂う揺らめく一筋の煙に冥月は身を任せると、心と身体がリラックスし、何時しか眠りについた。
 
●冥月の『戦』
 冥月は今、が所有している倉庫のひとつにいる。そこにある山積みされた荷物が入っているダンボール箱と姿見を睨み、彼女は戦闘態勢に臨む。
 ダンボール箱の中身は、ありとあらゆる衣類・小物・靴等。ご丁寧にも、その衣装一式を揃えて詰められていた。
 昔、中国の闇組織の暗殺者だった頃は利便性のみを求め、恋人に女らしい格好を見せてやれなかった。何れと思いつつあったが、恋人はその姿を見せることなく組織の幹部に殺され、現在に至る。
 冥月が女らしい格好をしようと決意した事の発端は、時々バイトをしている興信所の某ヘボ探偵にあった。
 そのヘボ探偵は事ある毎に冥月の言動を男前だと揶揄するのだ。男の友情とほざき、自分をいちいち呼び出すあの男をおもいっきり見返してやろうと…。
 否々、別にあいつ、ヘボ探偵の為にする訳ではない。亡き彼の墓に着飾った姿で参る為だ。

 ―彼の生前に果たせなかったこと、今、すべき。これは女の尊厳の戦いだ!

 しかし…冷静に考えれば阿呆な事した。
 雑誌を見ても判らず、面倒なので一番の有名どころから、マニア向けのまでのカタログにある商品全てを通販で購入。金銭の心配は、暗殺仕事で稼いだ金が腐る程あるので問題は無い。
 購入しても、着ないのでは宝の持ち腐れ。仕方ないので、冥月は最新からマニア向けまで揃っている衣装を全部試着してみることにした。

●衣装との戦い
 最初の衣装はゴスロリ。
 ゴシック&ロリータ・ファッションの略称というのはいうまでもない。
 白一色で統一された「白ロリ」、ピンクや花柄を基調とした「甘ロリ」等もあるが、冥月が手にしたのは「黒ロリ」だった。
 因みに、ゴスロリとメイド服は混同されがちだが、全くの別物である。
 何気ない違和感を感じながらも、フリルやレースのあしらわれた少女趣味な衣装を袖を通した。
「うむ…」
 
 ―十代の頃ならまだしも、二十歳の自分には似合うのかどうか…。
 
 ゴスロリは大変批評に悩む衣装であった。
「私にはこのような少女趣味は無いのだが似合わない、というほどでも無い。しかし、どうもしっくり来ない」
 美人で体格抜群の自覚あり、何を着ても似合うが日頃黒の簡素な女物スーツしか着ない冥月は違和感を感じた。
 しっくりこない、という理由で却下。

 次はピンクのナース服。
 この衣装はコスプレ系か職業系の雑誌を見て通販で購入したものだろう。
 ピンクに違和感を感じながらも、ナース服に袖を通した。
 姿見を見ると、そこには一人の看護士がいた。自分自身とはわかっていても、病院勤務の看護士に見えた。
「ふむ…こうして見ると私も看護士らしく見えるな。衣装は悪くは無いが、私にピンクが似合うのかどうか…」

 ―この格好で病院に潜入してみようか…。しかし、ピンクはちょっとな…。

 衣装自身は不満は無いのだが、黒系の衣装しか来たことがない冥月にとってナース服を着ることは未知の世界に遭遇するのと
同レベルではないだろうか。
「悪くはないが、この格好で出歩くのもな…」
 結論。ピンクは似合わない、ゴスロリ同様、違和感を感じるという理由で却下。

 その次は紺色の冬服セーラー。紺地に白い三本のラインに赤のスカーフが映えるタイプだった。
 清楚な感じがするこの衣装ならいけるかもという期待感を抱き、早速着替えた。
「これはなかなか良いな」
 姿見に映る姿にルンルン気分の冥月。
 ふと足元を見ると、黒皮の指抜きグローブとヨーヨーが床に置いてあった。衣装にばかり気をとられ、オプションには全く気づいていなかったのだ。 
「嵌めてみるか」
 両手にグローブを装着してみたが、皮素材独特の張り付く雰囲気があった。
「しかし…ヨーヨーは何に使うのだろうか」
 グローブとヨーヨーを交互に見て、これは何の衣装かと考える冥月。

 ―しかし…初夏の今ではこの衣装は暑いな。

 動き回ると暑くなるという理由で却下。

 これまで三種類の衣装を着てみたが、不思議なことに、適当に発注したにも関わらずそれら全てはサイズがぴったりであった。

●花嫁に近づきし男は
 あれこれ試着し、最後に残ったのは純白のウェディングドレス。白手袋、ヴェール、ブーケ等、アクセサリ一式が揃えられている。
「綺麗な衣装だ。これを着て、彼と結婚式を挙げたかった」
 昔、組織を抜ける前の彼女ではウェディングドレスに憧れはしなかっただろう。
 今しかチャンスがない! と意気込み、白いドレスに袖を通し、ヴェールを被り、銀色のティアラを乗せる。
 これから結婚式でも始まるかのような雰囲気が漂った。
「これを着ていけば、墓で眠っている彼も喜ぶだろう。よし、これにしよう」
 
 ―本当はこの姿を見せて…彼を驚かせたかったな…。

 今としてはもう叶わぬ夢を思うと、冥月の瞳が緩み、涙が零れた。
「彼が生きているうちにこれを着て…模擬でも良い、結婚式を挙げたかった」
 ウェディングドレスを濡らさないよう気をつけ、冥月は泣き続けた。

 彼女の背後から、足音が聞こえる。その人物は黒のタキシードを身に纏っていた。
「あんたは…」
 男は冥月の死んだ恋人だった。彼は冥月に近づくと、彼女の唇にそっと自分の唇を重ねた。
「あ…」
 それ以上、冥月は何も言えなかった。
 振り返り、後ろを歩いていく彼を呼び止めようとしたが、途中ですぅっと消えた。

 ―私を花嫁として見てくれた。

 冥月はそれだけで満足だった。
「しかしこの衣装、何故歩き辛いのだ。裾を踏んづけてこけどうになるではないか」
 自分には似合わないな、やはり…と呟き、ウェディングドレスを脱ぎ、いつもの服に着替えた。

「結局、私には着慣れたスーツが似合う。どれもしっくり来なかったのは残念だった」
 結局、どの衣装も似合わず敗北感をおぼえるだけだった。そういう気持ちを抱えつつ、影内の倉庫に仕舞って冥月の個人ファッションショーは終了した。

●覚醒
「う…ん…」
 冥月の目が少しずつ開き、店内の照明の眩しさを感じた。
 手で照明の光を遮ろうとしたところに那智が現れ、トレイに乗せたティーカップを冥月に差し入れた。
「どうぞ。気分が落ち着くジャスミンティーです」
「ありがとう」
 冥月は差し出されたジャスミンティーを少しずつ、味わうように飲む。
「望む夢をご覧になれましたか?」
「どういうワケだか…死んだ彼が出てきた」
 那智は冥月が眠りについている時に、香の煙に何かが入っていくのを感じた。それは亡き彼の幽霊だろうと話した。
「そんなことがあるのか?」
 那智は間を少し置いて「この世には、常識で計り知れないことがあります」と答え、帰ろうとする冥月にお香をお試しになられたお礼ですと『お香白猫』の根付けを渡した。
「ありがとう、店主」
「あなたの『戦』の結果ですよ。もう外は暗いですね」
 近くまでお送りしましょうかという那智の申し出を冥月は「一人で帰れる」と断った。
「またのお越しを、お待ちしております」
 店を去る冥月が遠ざかるまで、那智は彼女を見送った。


 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 /  黒・冥月 / 女性 / 20歳  / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

黒冥月様

はじめまして。ライターの火村 笙でございます。
異界依頼のご参加、まことにありがとうございます。

女性ならではの『戦』でしたね。
衣装のほうはほぼお任せ状態でしたので、こちらで服装を決めましたが…如何でしたでしょうか?
冥月様も結婚に憧れているのではないかと思い、ラストにウェディングドレスを着せてみました。

ご意見、ご感想等がありましたら、ご遠慮なくお申し出下さい。

またお会いできることを楽しみにしつつ、失礼致します。