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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間武彦の日雇日記 − case 黒・冥月 −


 草間興信所‥‥東京の片隅にひっそりと存在しているそこを知る者はそう多くない。それは、愛想のない鉄筋作りの古い雑居ビルの一室に居を構えていた。しがない探偵・草間武彦と、探偵見習いであり妹である草間零が細々と経営している興信所だ。

 世間で言う、ゴトウビ。五日・十日・十五日等、所謂「決算等の〆日」が集中する日のことである。今回の場合は、特に月末を指す。
 興信所の所長である草間武彦は、悩んでいた。
 経営している自分が云うのもなんではあるが、この興信所はまったくといって金が貯まらない。収入がない訳ではないのだ。時には法外に近い謝礼を渡されることもあった。散財しているわけでもない(珈琲はインスタントでもいいです。でも煙草だけは許してください)。何故か貯まらないのである。
 そして、今月は本当に不味かった。このままでは首が回らない。この月末さえ乗り切れば、来月頭にはこの前の大仕事の入金があるというのに!
 ウンウン唸っているところに、黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)が興信所の入り口に立っていた。
「おお、冥月! 丁度いいところに来たな。悪いが、俺に日雇いの仕事を紹介してくれ!」
 なんだそれは。
 冥月は腕組みしてその場に立ち、草間の顔を睨んだ。

「そうだな――ヤクザが、暇を持て余す人妻の相手をする男を探していたが‥‥」
 デスクの前にやってきた冥月は、ニヤリと笑い草間を見る。この言葉には続きがあり、冥月が『冗談だ』と云おうとした矢先、ビシィッ!と草間は右手を前に挙げた。
「いや。それはお前の方が適任だから任せる。俺には別の仕事を」
「その趣味はない」
 冥月は握った拳を前に突き出し、草間に躊躇のない鉄拳を見舞った。草間は椅子もろとも仰向けにひっくり返り、興信所内に派手な音を響かせた。
「‥‥あ、相変わらず男らし‥――いや、まぁいい」
 身体を起こし、椅子に座り直そうとしながら草間は一言。その言葉に冥月が腕を構えようとしたので、彼女を制した。
「その、なんだ冥月。カクカクシカジカで、俺は大変困っている」
「端折るな。全っ然、伝わってないから」
 草間の阿呆は、今に始まったことではないが――。
 そして斯く斯く云々、冥月は草間より「ゴトウビなんちゃら」の話しを延々聞かされる羽目となった訳である。
「そうか。丁度したかったことがある、お前にやらせてやろう」
 冥月は組んだ腕をそのままに、上に乗せたほうの腕の手首をヒラヒラして草間に椅子から退くよう意思表示をした。草間は立ち上がって「?」という表情。そのまま手首を振り続け、草間を興信所の片隅へと追いやる。
 冥月は屈み、床‥‥自分の影に手を付いた。そしてまるで床にあった黒い布を取り上げるが如く動作で、ソレを引っ張り揚げる。黒い布(亜空間倉庫、と冥月は呼んでいる)の中から突然、ありとあらゆる国の紙幣・硬貨、金銀宝石、株券、小切手等が噴出してきた。
「‥なっ お前!人の事務所の中に、ゴ・ミ‥‥?」
 最初、紙幣類だと気付かなかった草間は大声で叫びそうになった。それらが紙幣や株券だと気付くと、草間は口を開け、呆気にとられた表情をしてその噴出している影の布を見つめていた。
 数分後。
 興信所内は、腰の高さほどまで紙幣類で埋め尽くされていた。
「に‥‥兄さぁ〜ん。ドアが開きません〜」
 ドンドンドン。扉を叩く音がした。
 奥の部屋で片付けをしていた草間零は、紙幣の重さで開かない扉の向こうに閉じ込められたらしい。
「零。大丈夫だから、取り敢えずそこで寝てろ」
「はいー。分かりましたぁ〜」
――いや‥‥訳分からんから、それ。
「冥月。一体何なんだ、コレは?」
「ああ‥‥。昔請負った仕事の報酬のごく一部だ。日本を基盤にするには結構不便な紙幣もあってな、いつか整理しようと思っていたんだ。これを全部、金額や種類毎、商品毎に綺麗に分類してくれ」
 無造作に出された金品――それよりも、何処に仕舞い込んでいるのか。
 確かにこのご時勢、銀行に預けても大した利子は付かないが。
「じゃぁ、頼むぞ」
 そう云いながら、冥月はまるでプールの中を掻き分けるように紙幣の海をソファに向かって進む。ソファの上に積もった紙幣や宝石を一人が座れるスペースだけ退かし、そこにすっぽりときれいに収まった。ガラステーブルがあると思しき小山の中に手を突っ込み、置きっ放しにしてあった本を探す。本を掴み一気に引っ張り出すと、小山はザザザっと音を立てて崩れた。部屋の片隅で「なんだか、ありがたみがない‥‥」という草間の声が聞こえた気がした。
 数時間後。
 冥月はふと視線を上げる。草間は相変わらず、部屋の片隅でブツブツ云いながら紙幣を分別していた。草間の周りの空間が円のように広がっている様子を見ると、少しははかどっている様だ。奥の部屋から物音がまったくしないが、零は本当に眠っているらしい。
 おびただしい量の紙幣類、実はこれでも冥月の持つ財産の一部だった。亡き恋人のものも管理しており、働かなくても多分人生を数回過ごせるほどの大金を持っていたが、物欲も金銭欲も薄い冥月にはあまり関心のないことだった。
 無償で支援しても良いのだが、プライドの高いこの男のことだ、労働に見合わぬ金額は受け取らぬだろう。
「おい、草間。茶でも淹れてやろうか?」
 草間は無言で顔を上げ、コクリと頷く。その瞳はなんだか血走っていて、怖かった。
――本当に金に困っているのか、この男‥‥。
 再び紙幣の海を掻き分け、冥月はキッチンへ向かった。ガスレンジにケトルを置き、水が沸騰するのを腕組みしながら待っていると、入り口の方から「あぁあ〜」と腑抜けた声が聞こえてきた。
 紙幣類がざらざらと廊下へ流れ出る。紙幣を握り締めながら、草間は入り口に立っていた男に怒鳴った。
「うわっ 馬鹿!ドア閉めろドア!!」
「‥ど、したの、コレ?」
 男‥‥この興信所へよく出入りしているネットカフェ・ノクターンの主、雷火である。冥月は不貞不貞しい態度のこの男のことが、あまり好きではない。そして、とある出来事で男にヘンな嗜好があるらしいということに至り、なんだか近寄り難いのだ。
 雷火は素早く興信所の中へと入った。廊下に零れた紙幣類は、ついて来ていた助手のメガネに拾わせているらしい。
「やぁ冥月、久し振り。この間はありがとう、お嬢がお世話になったみたいだねぇ」
 奥に居た冥月に気付き、雷火はへろっと微笑う。お嬢とは多分絵梨香のことで、先日雷火から子守と称し預かった少女の名前だった。
「‥‥ああ、元気そうか?」
「また冥月と遊びたいみたいだったよ。よかったら今度ウチの店にも来てよ、珈琲ぐらい奢るからさ。で、これはなんの騒ぎなの?」
 これまた紙幣の海をわさわさと泳ぎ、部屋の中央までやってきた雷火は辺りを見回した。
「草間が仕事を寄越せというので、私の財産整理をやらせている」
「あー、あの仕事の入金来月だもんね。経費かかってたみたいだし、今月は大変なんだっけ武彦。コレ持ってきたんだけど、追い討ちだったかな」
 雷火は手に持っていた紙の束を草間のデスクの上に置いた。そこまで直ぐに行けない草間が「なんだソレ」と顎で聞いた。
「今月の請求書。ウチは月末締め当月末払いだから」
 こんな昼行灯のような態度の雷火だが、腕利きのハッカーらしいと聞いたことがある。パソコンに弱い草間の手伝い(勿論有償)をしているのだろう。ケトルがけたたましい音を上げたので、冥月はガスを止めた。
「そういえば、冥月。絵梨香から聞いたんだけど、このあいだジャンピング・キックが凄かったって」
「なんだ、武勇伝か。またオト‥‥ふぼぁっ!」
「貴様、何度云ったら分かるんだ!私は女だ!!」
 妙な声を上げ、まるでコントの階段昇降のように草間の頭がガクンと沈む。冥月が草間の足元で亜空間倉庫を開いたのだ。インスタント珈琲の入ったビンとスプーンを持ち、冥月は振り返って叫ぶ。草間は床に顎を引っ掛け、かろうじて現世に留まっているようだ。
「あー‥‥凄く喜んでたみたい。あんなにはしゃいだお嬢、初めて見たよ。あの子、感情表現が結構屈折してるから冥月には分かり辛かったかもしれないけど。オレにもくれる? 珈琲」
 その様子を見ながら、雷火はデスクに腰掛け笑っていた。
「――へぇ‥。確かにあんまり見たことない札ばっかりだね。手伝おうか? 武彦独りじゃ、月またいでも終わりそうにないし」
 冥月の入れた珈琲を飲みながら、部屋の片隅の草間を見る。冥月と同じようにソファの紙幣類を退かし、雷火もすっぽりと収まっていた。草間は相変わらず、ブツブツ云いながら紙幣を分別している。ちなみに今は倉庫も閉じ、草間は床の上に座っていた。珈琲は草間の前まで持って行ってやった。
「別に構わん」
 冥月にとって、実は紙幣類の分類などどうでもよかった。先も述べた通り、施しをしてやってもあの男は喜ばないと思ったから口実を作ってやっただけの話しである。ただ、先程の様子だと「報酬は、ここから適当に取って構わんぞ」と云ったら、今なら三桁ぐらい余計に持って行きそうだ。
――憐れだ。
「珈琲もご馳走になったし。じゃ、やろっか、武彦」
 腕捲りをしながら雷火は立ち上がる。彼は近場の紙幣を種類別に分別していく。冥月はその様子をじっと見ていた。
 トロそうなくせに、意外と無駄のない動作だ。
 さらに、数時間後。
「さすがに時間掛かったねー」
 額の汗を拭いながら、雷火は爽やかな笑顔を向ける。
「あ、ああ‥‥」
 その顔につられて返事をするが、冥月は呆気にとられた表情をする。
『全て』分別するのは到底無理だと承知、分かっていて出したのだが、この男たちは、部屋の中の全ての紙幣や宝石を分別をやってのけた。しかし、殆どが雷火の作業ではあったが。
「‥‥つっーことで、仕事終了だな!」
「いや、お前は何もやっていないだろう」
 鉄拳も忘れ、冥月は草間にツッコミを入れる。
――いや、まぁ‥。あのままごちゃ混ぜでも仕方なかったし、今回は良しとするか‥‥。
 冥月的には、単なる暇つぶしの筈だったのだが。
「取り敢えず、助かった」
 そう云いながら近場にあった宝石をひとつ取り、冥月は雷火に手渡す。草間には、どこの国のものかよく分からない紙幣を一枚手渡した。

 翌日。
 暇だったから手伝っただけ、と雷火から渡された宝石を持ち質屋へと向かった草間。主人は震える声で「即金では揃えることができません」と答え、草間もその場で泡を吹いてひっくり返ったらしい。迎えに行った質屋でそのことを聞いた零が、後日興信所で冥月にペコペコ頭を下げている姿が見られたとか見られなかったとか。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登場人物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/

【 2778 】 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)| 女性 | 20歳 | 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。
納品時エラーとはいえ、お待たせしてしまい申し訳ございません。

シナリオ属性・日常という形で募集致しましたので「興信所面々のある一日」というような仕上がりとなっており、会話中心で進めさせて頂きました。
零ちゃんのことなので、お借りした代金は翌月宝石と一緒に冥月さんにお返ししていると思います。
不甲斐ない草間兄妹を、今後も支えてやってくださいませ。

細かい私信など → blogにて、たまにナニやらボヤいている時がございます

2006-06-21 四月一日。