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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間武彦の日雇日記 − case シュライン・エマ −


 草間興信所‥‥東京の片隅にひっそりと存在しているそこを知る者はそう多くない。それは、愛想のない鉄筋作りの古い雑居ビルの一室に居を構えていた。しがない探偵・草間武彦と、探偵見習いであり妹である草間零が細々と経営している興信所だ。

 世間で言う、ゴトウビ。五日・十日・十五日等、所謂「決算等の〆日」が集中する日のことである。今回の場合は、特に月末を指す。
 興信所の所長である草間武彦は、悩んでいた。
 経営している自分が云うのもなんではあるが、この興信所はまったくといって金が貯まらない。収入がない訳ではないのだ。時には法外に近い謝礼を渡されることもあった。散財しているわけでもない(珈琲はインスタントでもいいです。でも煙草だけは許してください)。何故か貯まらないのである。
 そして、今月は本当に不味かった。このままでは首が回らない。この月末さえ乗り切れば、来月頭にはこの前の大仕事の入金があるというのに!
 ウンウン唸っているところに、アトラス編集部の取材先から戻ってきたシュライン・エマが興信所の入り口に立っていた。
「丁度いいところに帰ってきたな。悪いが、俺に日雇いの仕事を紹介してくれ!」
 なにそれ。
 シュラインは呆気にとられてその場に立ち尽くし、草間を見ていた。

「あー‥‥来月だものね、あの仕事の報酬が入るのって」
 自分のデスクにカバンを降ろしながら、シュラインは右斜め上あたりを見た。曲がり形にも草間興信所に籍を置き、ある程度この興信所の金の流れは掴んでいるつもりだ。
――まだ、締めが足りないのかしら‥‥?
「足りなくない。足りなくないぞ、シュライン」
「‥‥まだ、何も云ってないわ」
 二人の付き合いは長い。シュラインの思案顔を見て、草間は牽制した。
「見ろ、ここまでして吸ってるんだぞ」
 煙草のフィルターに爪楊枝を刺し、限界まで吸っている。そこまでするの、なんだか侘しい。
「7月から増税だから、いっそ禁煙してみたら? 見てよ、この天井。いつ掃除するの?」
 煙草で黒‥‥いや、茶色ずんだ天井を指しシュラインは溜め息をついた。定期的に掃除はするものの、ヘビースモーカーの御仁のせいで天井はすぐに汚れてしまう。それだけ、この興信所内に長時間居るイコール仕事がない、ということか。まぁ、今日は天井のことなどどうでもいい。
「そうね‥‥。あのね、作家の友人に動物好きの人が居て、忙しくてどうしても都合つかない日とか、時々ペットの世話を頼まれてるの、私。恐縮しちゃうぐらい気前の良い人だから、武彦さんも行ってみる? 他にも世話してくれる人を探してたから」
「ペット? 犬かなんかか?」
「いろいろね、居るの。犬猫それぞれ数匹、鳥籠の掃除・餌と水の入れ替え、熱帯魚の温度管理と掃除と餌やり。蛇やトカゲも居るわね。とにかく、いろいろ」
「へ、蛇?」
「毒は持ってないから大丈夫。人の出入りがあるから、毒持ちは飼わない方針なのよ。その点は安心して。みんな愛嬌があって、とっても可愛いわよ」
 ニコニコ微笑みながらシュラインは続けて云う。
「責任感もあるし、体力も充分。私自身、武彦さんなら安心してあちらに紹介できるもの。ね?」
「‥‥俺、ひょっとして云い包められてる?」
「失礼ねっ 武彦さんが仕事紹介してくれって云ったんでしょ。行くの、行かないの?」
「はい、行きます。行かせて頂きます。宜しくお願い致します」
 デスクに両手を付いて、草間は深く頭を下げた。

 零(ワンちゃんいっぱいなんですね!)、雷火(暇だから行ってもいい?)も引き連れ、シュラインたちは作家である友人のマンションへとやってきた。その友人本人は現在ホテルに缶詰になっており、不在である。よくある事だ。鍵を預かっていたシュラインは、玄関の鍵を開けた。扉を開けると、鍵の音を聞きつけて集まっていた犬たちが尻尾を振りながら歓迎していた。大きいのから小さいのまで、さまざまな種類の犬たちが。
「わっ 凄いですー。こんにちは、ワンちゃんたち!」
 零は座り込むと正面に居た犬を撫でた。他の犬たちも零に集(たか)っていく。文字通り犬に埋まっていく零を見て、草間は呆気に取られた。前以てシュラインから聞かされてはいたが、
「こりゃ‥‥凄いな、本当に」
「奥にもまだイロイロ居るわよ。さ、上がっちゃって」
 呆然と立ち尽くしている草間と雷火を促し、シュラインは勝手知ったる様子でリビングへ歩いていった。
「えーと、ムツゴロウ王国?」
 シュラインに続いてリビングに入った雷火も感嘆の声を上げる。文字数の都合で割愛するが、とにかくイロイロいるのである。
「まず、犬の散歩ね。皆零ちゃんが気に入ったみたいだから、零ちゃんお願いね。雷火さん‥‥猫、好きなのね。長い毛の子の毛梳きをしてあげて。武彦さん、どうする?」
 ナニが入っているのかよく分からない幾つかの水槽を覗き込んでいた草間に、シュラインは声を掛ける。
「なにが一番無難だと思う?」
「そうね‥‥鳥籠の掃除、する?」
 九官鳥の入った鳥籠を指差す。シュラインが掃除の方法を指示すると、草間はのろのろと籠のほうへ寄っていった。

 各々ペットたちの世話や遊びに付き合い、数時間経った頃。数匹の猫たちが、少々興奮して部屋の片隅に溜まってるのを雷火は見付けた。そっとその輪を覗き込む。納得した。熱帯魚の入った水槽のゴミ掬いをしていたシュラインの背後に立ち、
「シュライン、ちょっと失礼」
 雷火は振り向き様のシュラインを横抱きに抱え上げた。姫抱っこだ。
「ちょっ‥‥雷火さん!?」
 シュラインの声に、九官鳥を頭に乗せたまま(否、九官鳥が退かないので仕方なく)の草間が振り返る。その草間の方へシュラインを抱え歩いてきた雷火が、
「武彦、Gショック」
「‥‥そうか。Gショックか」
 草間も納得しているようだが、シュラインは訳が分からない。腕時計が、なに?
 雷火が「ん」と草間にシュラインを託し、部屋の片隅に戻っていく。
「あー‥‥シュライン? 目は瞑ってたほうがいいかもな。ついでに耳も塞いどけ」
 九官鳥を頭に(以下略)の草間が、雷火の方を向いたまま云う。その視線につられて、思わずシュラインも雷火の方を見る。
 瞬間、その『Gショック』が一体なんであるか、シュラインは理解した。
「――――――――――っ!」
 草間の頭に乗っていた九官鳥が飛び立つ。
 人間の認識可能な音域をはるかに越えた声を発し、シュラインはバタバタと暴れて雷火の方を指差した。
「――――っ ――――っ!!」
「だから目ぇ瞑っとけって。雷火、頼むわ」
 ぐるりと身体を回転させて、草間は雷火に背を向けた。姿は見えなくなるが、それでも音はする。パシーンと小気味好い音があたりに響く。しかし、聴力の良いシュラインの耳には、それは拷問のような音だった。
「あは。動物多くて食べ物が多いから、出ちゃうんだね、どうしても」
 後処理をしながら、のほほんとした笑顔を湛えた雷火。自分を床に降ろそうする草間に、シュラインは叫んだ。
「イヤ、武彦さん! あああ、あっち!あっちに降ろして!!」
 ソファを指差し、シュラインは草間の胸を叩く。
 ようやく身体を降ろされたシュラインだが、床には足を着けずソファの上で体育座りをする。そんなシュラインを見て、二人は顔を見合わせた。
「シュライン、大丈夫?」
「動物とか霊とかなんともないけど、お前、本っ当にアレだけはダメだよなぁ」
「‥‥やめて。話題に出すだけでもダメだから。お願い」
「まぁ、なんて云うか。今まで一人のときに遭遇しなくて良かったね」
 フォローなのか何なのか。
 残念ながら、持ってきた救急箱の中にアレに対抗できるスプレーは入っていなかった(入っている訳がない)。雷火の言葉に、ここの友人に頼みコンバットを置かせてもらおう、と固く心に誓うシュラインであった。

 翌日、シュライン経由で草間に報酬が渡された。確かに世話は大変だったが、思わぬ収入に草間は驚いているようだった。
(‥‥だって、私と雷火さんの分も入っているんですもの)
 その後シュラインは、ペットの世話へ向かう際は必ず草間か雷火を伴うようになった。
――アレだけは、どうしてもダメなの。
 可愛いペットたちには罪はないのだが、なんだか散々な月末にシュラインは溜め息をついた。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登場人物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/

【 0086 】 シュライン・エマ | 女性 | 26歳 | 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
【 NPC 】  雷火、草間武彦、草間零

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/

こんにちは、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。この度はご参加誠にありがとうございました。

シナリオ属性・日常という形で募集致しましたので「興信所面々のある一日」というような仕上がりとなっており、会話中心で進めさせて頂きました。「他にも人数を探している」とありましたので、雷火・零ちゃんも同行致しました。ダイスを振った結果、選んでいただいた数字がマイナスを示したため、本文のような展開となりました。
今月末、草間興信所は持ち堪えられそうでしょうか? いざとなったら、雷火からアヤシゲな仕事を斡旋してもらってください(笑
またのご参加、お待ちしております。

細かい私信など → blogにて、たまにナニやらボヤいている時がございます

2006-06-21 四月一日。