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『1日だけの幸せ』
投稿者:微笑みハウス管理人 01:56
皆様は、悪霊に憑かれた人々が、最後を迎える施設をご存知でしょうか?
霊能力者の手に負えない悪霊に憑かれている者達を、隔離させている施設です。
私はその施設の管理を任されています。
悲しいことに、最近では特に多感な少年少女達がこの施設で命を落としています。
彼等を助ける手段は現在のところ、存在しません。
せめて、彼等の最後を幸せなものにしてあげたいのです。
私の力で、1人の悪霊を1日だけ、封じ込めることができます。
彼等を1日だけ施設から連れ出し、遊んであげてはいただけませんか?
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「初めまして……」
現れたのは、色の白い女の子だった。
彼女の名前は、鈴木奈美。13歳の女の子だ。
黒い髪は肩で切り揃えられている。髪と同じ色の瞳は不安気で、こちらを真直ぐ見ようとはしない。
「じゃ、行こうか」
ぽん。と、紫東暁空は奈美の肩を叩いて、先に施設――微笑みハウスの外へ出た。
「ねえねえ、奈美ちゃんは、毎日どんなことしてるの〜?」
瀬名雫が奈美の手を引いて、外に連れ出す。
戸惑いながら、奈美は雫と共に暁空の後を追った。
暁空は予め雫に、興味本位で余計なことを聞いたりするなと口止めをしておいた。
怪談好きな彼女でも、聞いていいことといけないことの区別くらはつくだろう。
三人で談笑しながら、暁空の勤務先へと向う。
「午前中は、勉強をしてるの。午後から検査をして、その後は本を読んだりして過ごしてる」
「へ〜、本好きなんだ? ネットとかはやらないの? 私HP持ってるんだよ!」
雫がいつもの調子で明るく語りかけ、奈美は少しずつ打ち解けていく。
「今日は、一日俺のサポートをしてもらうからな」
暁空が微笑みかけると、奈美は恥ずかしそうに俯きながら、頷いた。男性に対しての免疫がないらしい。
会社に着くと、暁空は今日のスケジュールを確認する。
暁空の仕事は便利屋だ。仕事は多岐にわたる。
本日の仕事は、朝一番で犬の散歩。その後に一人暮らしの老人の昼食準備と掃除。昼食を挟み、デパートのヒーローショーの舞台準備とある。
最初に、飼い犬の散歩へとでかける。依頼主は旅行で留守にしている。
暁空は数日前からこの家に寄り、飼い主の前で犬との面会を済ませているため、犬達にも警戒されなかった。
2匹の犬を、奈美と雫に引かせる。2匹とも雑種の中型犬だ。
「わ、わわわわっ、こらこらこらーっ!」
雫は早速犬に引っ張られ走らされている。
奈美の方は暁空が時折綱をひっぱり、犬の行動を抑えてあげている。
歩きながら、少しずつ手を緩め、奈美一人に引かせる。
「家で猫飼ってたの。でも犬も可愛い」
奈美は犬の世話をしながら、微笑んでいた。
暁空と目が合うと、ちょっと赤くなる。純情な少女だ。
施設での勉強は、家庭科や美術の授業が多く盛り込まれているらしい。
その後の老人の世話では、奈美は雫以上に役に立った。素直で、働き者で、本当に部下に欲しいくらいだと、暁空は思うのだった。
雫の方は、老人と仲良くなって、あの世の話に夢中で全く仕事をしていないが……まあいいだろう。
お昼ご飯は、奈美の希望でハンバーガーを食べた。
施設では出ることのないメニューだから、一度食べてみたかったんだと彼女は言った。
頼んだハンバーガーは大きく、食べ方に困っていたようだが、雫が大口を開けて齧り付いているのを見て、奈美も真似して口を大きくあけて齧り付く。
鼻にソースがついてしまい、雫は奈美を見て笑った。そんな雫の口の周りはトマトソースで真っ赤であり、奈美と暁空も雫を見て笑った。
食事後、3人はデパートへと向う。
受付で手続きを済ませ、会場作りを始める。
暁空は、奈美に段取りを話して聞かせ、奈美は素直に頷きながら、教えられた仕事をこなしていった。
ただ、彼女はあまりヒーローショーは好きではないらしい。それは、興味の問題ではなく、感受性が強く怪物に対しての恐怖心が強いからだ。
準備が整うと、奈美と雫は観客席の隅に腰掛ける。
子供たちの手を引き……中には子供に手を引っ張られて親子が次々に席を埋めていく。
奈美は少し、そわそわしていた。人ごみには慣れていないらしい。
「奈美ちゃん奈美ちゃん、これ食べる〜?」
雫はそんな奈美の様子に気付きもせず、ショルダーバッグから取り出したポップコーンの袋を開けて、奈美に差し出した。
「ありがとう」
奈美は、袋に手をいれ、一つだけ取り出して口に運ぶ。雫は片手でがばっと掴み、押し込めるように自分の口に運んでいくのだった。
そうしているうちに、ショーが始まる。暁空は最後の打ち合わせがあるということで、二人の側に戻ってきてはいない。
舞台は平和な街中の公園だ。そこに突如、怪人が現れる。
子供達が騒ぎ出す。怖がって両親にしがみつく子供もいた。
奈美は下を向いてしまった。
「きゃ〜。可愛い〜☆」
やはり奈美の様子に気付くことなく、雫は怪人に見惚れていた。
「ぎゃははははは。どの子を土産としようか……」
ぎょろりとした作り物の目で、怪人が観客席を見回すと、泣き出す子供もいた。
「よぉし、決めた!」
引き摺るような音が響き、奈美が顔を上げた時には、あの怪人は彼女の目の前に来ていた。
「ひっ」
「来い!」
「うわっ」
怪人に抱え上げられたのは、奈美の隣の男の子だった。
「あっ」
奈美が小さく声を上げ、男の子を助けようと怪人に手を伸ばす。怪人のあの大きな目が奈美を捉えた。
「ふぐぐぐぐ、可愛い女の子もいい土産になりそうだ」
ぐいっと、奈美の手を引っ張る怪人。
「おおーっ、私も私も!」
自分をアピールする雫は無視し、怪人は男の子と奈美を引っ張り、大声で笑いながら舞台から姿を消したのだった。
「ついに、アジトを突き止めたぞ!」
物語は佳境に入る。
専用のスーツを着たヒーロー達が、怪物のアジトに突入をし、アクションが始まる。
お菓子を食べるのも忘れ、子供たちが楽しそうに見入っている。
必殺技で見事怪人を倒すヒーロー。
客席から拍手と歓声が飛んだ。
倒れた怪人の後ろには、男の子と奈美がいる。
奈美は男の子の手をぎゅっと握り締めていた。
ヒーロー達が二人を抱えあげると、会場から再び拍手が沸く。
奈美は恥ずかしそうにうつむいた。
舞台の袖から、暁空が穏やかな顔を覗かせていた……。
男の子は親の元に戻って行き、奈美はヒーロー達とともに、舞台袖、暁空の元に戻ってきた。
「怖かったか?」
暁空の言葉に、奈美はこくりと頷いた。
「だけど……怖くなかったって言ってた」
「ん?」
「あの子が……一緒に捕まったあの子は、怖くないって言ってた」
奈美は笑った。
可憐な花が咲くように。
空気が一気に温まるような微笑を見せた。
「私と一緒にいたから、怖くなかった。って言ってた」
「そっか」
奈美の肩を叩いて、そっと手を引いて仕事に戻る。
それからの奈美は、別人のようだった。
先ほどまでは、暁空の指示通り動いていただけだったが、積極的にクライアントや役者に声をかけ、自分の仕事を見つけ、働いた。
元々暁空一人で行なうはずだった作業である。奈美と多少の雫の手助けにより、予定より早く片付けは終わった。
「ありがとう。そうだ、お嬢ちゃん達にこれをあげよう」
クライアントが、奈美と雫に差し出したのは、花束であった。舞台袖に飾ってあったものだ。
「ありがとう……ございます」
奈美は両手で花束を抱えて、その色とりどりの花よりも可愛らしい笑顔を浮かべた。
……雫は、花束より怪人の衣装を欲したが、それは却下された。
日が暮れかかり、3人は帰路につく。
雫はいつものネットカフェに寄るということで、街中で別れた。
暁空は、奈美を微笑みハウスに送り届ける。
その間中、二人は他愛もない話を続けていた。
暁空の人柄が、奈美の人柄が、互いに伝わっていく。
互いの心が優しく絡み合い、穏やかな時を作り出した。
施設の前まで送ると、最後に暁空は奈美にこう言った。
「お前さんのお陰で、クライアントも俺も助かった。ありがとう」
暁空の言葉に、奈美は「はい」と素直に答えた。
世話をした、老人の感謝の言葉が思い浮かぶ。
共に捕まった子供のお礼の言葉が思い浮かぶ。
沢山のスタッフのお礼……そして、なによりも、暁空の今の言葉が、胸に響いていた。
「お役に立てて、嬉しい、です」
声が詰まっていた。
人の役に立ちたいという気持ちは誰もが持っているものだ。
しかし、彼女には何もなかった。
何をすることも、できなかった。
ずっと、施設に一人。
孤独な時を過ごしている。
だけど……。
「ありがとうございます。また、会えますか? ……いえ、会いに行きます。そしたら、会ってくれますか? 私にまた仕事をさせて下さい!」
奈美の言葉に、暁空は強く頷いた。
いつか、また。街の便利屋で――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6330/紫東・暁空/男性/26歳/便利屋】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、川岸満里亜です。
少女に素敵な時間をありがとうございます。
彼女が将来、暁空さんに会いに伺うことができたのなら、その時はまた雇ってあげてください!
ご参加ありがとうございました。
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