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<東京怪談・PCゲームノベル>


[ 雪月花1.5 迷子はどっち? ]



 独りの旅が二人になって、二人の旅が三人になって少し。五円チョコから始まった二人と一人のその縁は、意外にもまともに続いていた。
 とは言え、一緒に行動をしているものの、それぞれが自由に旅をしているようなものだ。相変わらずこれといった目的の場所等無く、日々あっちの町からこっちの町へと点々とする。それが、洸と柾葵――そしてつい最近、みちづれとなった比嘉耶棗の旅だった。
 暫くはそれなりに晴天の続いていた空も、今日ばかりは朝から雨が降り、僅かな霧も出るような嫌な日だった。
 それぞれが差す傘は前を見えにくくする。それでも進むしかなかった。二人には休む時間すら惜しかったから。棗にも、急ぎではないものの求めるもの、美味なチョコ探しという、二人からすればそれなりな、彼女にしたら立派な目的があったから。
 冬が来れば、更に一日の進行速度は減ってしまう。まだ、多少暖かいうちに少しでも先へと進みたかった。それが……三人、それぞれにとって災いした。

 洸の少し後ろを棗が歩き、その更に後ろを柾葵が子供のようにパシャパシャと、靴が濡れるのも気にせず歩いていた筈だった。しかし、何時からかその水溜りを蹴る、水を撥ねる音が聞こえなくなる。勿論、足音さえも聞こえてこない。
 振り返ったそこにあるべき姿は無く。気づけば視界は悪くなっていた。傘のせいではなく、雨のせいでもない。いつの間にか一層濃く立ち込め始めた霧が原因だった。
「――――ねぇ、柾葵さんが……いないよ?」
 思わずポツリ。かろうじて前を歩いているのが確認できる洸へと言うと、彼は歩いていた足を止め棗の方を振り返った。
「……柾葵、が?」
 少し怪訝そうな顔を見せた洸は、棗の後ろに目を向け、ただジッと濃い霧の中を見る。
「――確かに、いつの間にか気配が全然無いな…又、何処行ったんだあの馬鹿はっ……」
 溜息と同時に出た言葉には、焦りや心配といった色は微塵も見えなかった。ただ、そんな洸の反応に棗は全く気づいてない。
「早く柾葵さん探さなくちゃ! えっと、えっと……どこだろうー? 柾葵さーん!?」
 霧の中、辛うじて二人の存在が分かる中、棗はオタオタオロオロと行ったり来たりを繰り返し、あっという間に洸の元を独り、離れて行こうとした。そんな彼女の行動を、洸は声一つで制止する。
「ちょっ……いいから、少し落ち着いてくださいよ。そんな闇雲に歩き回っても見つかりませんよ、あいつは。それに水が撥ねるからとにかく止まってください」
「え? でも早く捜してあげないと! こんな雨の中じゃ寒いし冷たいし、それに良く見えないし。早く皆一緒の方が良いでしょ?」
 一刻も早くと思っていた棗は、洸の言葉に素直に前へ進む足を止め振り返るが、依然早く早くと洸を急かそうとしていた。その証拠に、先へ進むことはなくなったが、足がその場で動きを止めることは無い。そんな彼女の様子に、洸は思わず苦笑した。この先少しでも離れることがあれば、彼女はこうして慌てふためくのだろうか……。態度には決して表さないが、洸は半ば頭を抱え棗の方をもう一度見る。ただ、その視線は下――つまり顔ではない。
「っ……そう、ですね――――でもその、多分そこにあるっぽい手は一体なんなんですか?」
 洸の視線の先、そこには確かに棗の右手がある。勿論ただあるだけではない。洸に向かって差し出されていた。まるで握手を求めるかのように。ただ、今の状況でそれは不自然で、思わず問えば棗はきょとんとした顔で首を傾げながら言った。
「ん? 手、繋ごうよ。はぐれたら迷子になっちゃうよ?」
「…………それ、本気ですか? どう考えても俺よりも比嘉耶さんのほうが――」
 まるで冗談には聞こえない棗の言葉に、洸は暫く間を置き返答するものの、彼女は一歩も引く様子が無い。それどころか、以降沈黙を続ける洸の様子に薄っすらと彼から拒否されていることを察し始めたのか。堪えている様子にも見えるものの、どう見ても泣く寸前の表情を見せ始めた。それは彼女自身、洸が手を繋いでくれるものと信じていたのが根底の原因だ。
「何も…そんな……」
 うーうー唸りながら半ば棗に威嚇されている気になってきた洸は、たじろぎながらもやがて大きく溜息を吐き彼女を見た。
「分かりましたよ……そんなに言うならジャケットの裾でも掴んででください。そうすればあなたが離さない限りはぐれませんから」
 そう言った洸の言葉に、思わず棗は「ぇ……」と返し、唸ることを止める。
「それが嫌なら諦めてください。で、あの馬鹿捜しに行くんでしょ? それなら早くしないともっと距離が離れますよ」
 踵を返す洸にとってはギリギリの妥協だったものの、一度は断られかけた棗にはそれが酷く嬉しく。大きく頷くと「うん! 行こう、行こうっ。柾葵さぁーん!!」と。早速ムズッと洸のジャケットの裾を持ち柾葵の名を呼び始めた。
 そんな彼女には、「もっとも、どんなに距離が離れても意味無いんだろうけど……」――そう、ゆっくりと歩き出しながらポツリ言った洸の声など聞こえやしない。そう、彼にとってはコレが初めてのことではない。
 ただ、彼女にそう言われた瞬間「又か」と思ったのと同時、確かに微かな不安は過ぎっていた。しかしそれをそれ以上思わせない――と言うべきか、思わせる暇さえ与えなかったのは彼女の存在だった、ということは確かで。けれど――――…‥。
「……(感謝するべきなのか…もう少し大人しくしてくださいと注意するべきなのか……)」
 彼の悩みを一つ増やしたのもまた、確かであった。



    □□□



 雨は依然止まぬまま。洸の後ろを棗が出来るだけ同じ速度で歩き続けていた。とは言え、洸の歩調は棗よりも早い。もとより、身長の違いが歩幅の差に繋がる。
「はわっ!? わわっ!?」
 元々辺りの視界が悪いということもあり、棗にすれば目の前を歩く洸と自分の足元が辛うじて見えているというところだった。しかし今、彼女は自分の足元にさえ気が回らない。
「あの、大丈夫ですか?」
 二人で歩き出し数分、後ろで奇声を発し続ける棗に洸が足を止め振り返った。同時ぱしゃりと、水溜りを撥ねる音が響く。勿論棗が撥ねたものだ。ただ、彼女が履いているのは10センチもある厚底ブーツ。単に彼女自身、あまり水を撥ねている自覚が無いのかもしれない。それゆえに、返答も平然としたものだった。
「ん、大丈夫だよ? 早く柾葵さん見つけなくちゃだしね」
 そうやって意気込む彼女に、洸は更に言葉を投げかける。
「……天然だかなんだか分かりませんけど、言ってもらわないと分かりませんからね、俺」
「?」
 思わず浮かべた疑問符。洸は既にその反応を察していたのか、すぐ言葉を続けた。
「さっきからやたら水溜りに足、取られてるんじゃないですか? 良く分からないけど、俺のペースが速いならそう言って下さいよ。一応裾掴ませてる責任もあるんで」
 そう言われて初めて、棗は納得したようで。
「――――あ、えーっと…うん。でも大丈夫だよ」
 一瞬視線は宙へと向くが、あっという間に洸の方へと下ろされ、にっこり微笑んだ。
「…なら、それはそれで良いんですけどね。転んでからじゃ遅いって、頭に置いといてくださいよ。舗装されて無い道ばかりでぬかるんでるんで……その靴じゃ歩きづらいでしょ?」
 やはり溜息交じりの一言に、棗は「うん」と、また大きく頷き「でも大丈夫、ありがとう」と礼を告げた。それを確認し、洸は再び前を見ると足を進める。しかし、それを境に洸の歩調が今までより少し遅く感じるのは気のせいなのか。
 ただ本当は、洸自身早く歩くことによる不都合に頭を悩ませていた。雨の中、ただ歩く分には構わない。けれど、棗は無自覚になのか。転びそうになるたびにジャケットの裾を思い切り引っ張るため、洸までバランスを崩れかけたことがしばしばあった。
「今ばかりはあの馬鹿を早く見つけないとな……」
 棗には決して聞こえぬよう呟いた言葉。雨はまだ暫く、止みそうにはない。


「どこだろうね?」
 暫くは来た道を戻るよう洸は歩いていた。勿論、彼の裾を掴みながら続く棗も共に。
「近くに気配は…完全に無いから……いつも通りのパターンかな…」
 ぶつぶつ呟きながらどんどん先を行く洸に、棗は首を傾げた。ようやく彼の言っている意味を理解したらしい。
「いつも通りって、柾葵さんよく居なくなっちゃうの?」
「……ええ。今に始まったことじゃないし、見つからなければ置いていくことはお互い承知だし。でもいつも合流するから、そんな騒ぐことじゃ――っ!?」
 平然と言う洸の言葉を止めたのは、勿論棗の行動だ。今度は意図的に、洸の袖を思い切り引っ張りその動きを止めさせたと言うのが正しいだろう。
「――なんとなくあっちじゃないかな? ね、行こ行こっ」
 そうして彼を引っ張っていく彼女は、嬉々とした様子で。
「ホント……聞いてないですよね…?」
 項垂れながらも洸は棗の行動に身を委ねる事にする。どうせ暫くは見つからないのだから、いつもとは違う行動を取ってみるのも暇つぶしにはなるだろうと考えての事――の筈だった。



    □□□



 やがて雨が小降りになり始めた頃、思いもよらぬ形で二人は見慣れた姿を見つけた。
「あ…!」
 それは棗にとっては嬉しいことであり、洸にとって、そして柾葵にとっては予想外のことだ。理由は明らか、どう考えても何時もより再会が早かった。本来の二人ならば、最低でももう一時間ははぐれたままだろう。
 何よりこの状況に一番驚いたのは洸だった。散々棗のインスピレーションなのか――適当に連れ回され続け、神社や森の中を彷徨い、田んぼを横切り。小さな学校を突っ切り、今まで歩いていたとは又別の畦道へと出る。三人がバッタリと再会したのは、それから僅か五分後のことだった。
 柾葵はいつのまにか傘を無くしたのか、びしょ濡れ状態で、ぼんやりと林の中から現れ、棗を喜ばせた反面少し驚かせもする。
 棗が差していた傘が地に転がるが、雨は既に傘が必要ないほどまで落ち着き始めていた。
「柾葵さん、柾葵さーん!」
 叫ぶと同時、棗は洸のジャケットの裾からようやく手を離し。彼に飛びつきに行くかのような勢いで走り出した。そんな彼女を止める気力など、もう洸には残されておらず。彼はその背を無言で見送ってみた。
「――……!!!?」
 そして、早々に棗に気づいた柾葵でさえ、それを拒むことなど出来なかった。もう遅かった、という意味で。
「良かったー!」
 歓喜の声を上げながら、がばっと柾葵に飛びついた棗は、飛びついたまま彼を見上げ言った。
「もう見つからないかと思ったよー?」
 そう、首を傾ける棗を、柾葵は必死で引き剥がそうとする。しかしそうなると意地の張り合いにでもなるのか、棗もなかなか離れようとはしない。力で言えば断然柾葵の方が有利だろう。事実、飛びついてきた棗を受け止めても、その表情が驚きに変わっただけで、足一歩も動かなかった。だとすれば、どうして今の状況のままなのか……棗は本気で引き剥がされていないことにすら気づかず、けれど洸はなんとなく、それに気づいていた。
「比嘉耶さん。もう、その位にしといてあげたらどうです?」
「?」
 「なんで?」と言いたそうな顔で、棗は柾葵に飛びついたまま視線を洸へと向けた。
「そいつ、何か言いたそうだけど、メモ帳もペンも出せなくて、でも下手に振り解くわけにもいかなくて困ってますよ」
「ん、あ…ごめんね。はい、どーぞ」
 パッと棗が手を離せば、柾葵は素早くメモ帳とペンを出し真っ先に彼女へと一枚、突きつける。
『苦しいし 痛い!』
「っははは、ごめんなさい。でももうこの通りだしね?」
 柾葵から離れた手をひらひらと振って見せ、棗は小さく「ぁ」と声に出した。その瞬間、洸が僅かに顔を顰める。どうやら、彼女が何か思いついたことを瞬時に察したらしい。と言っても、やはり彼に彼女を止める言葉の力も理由も無く。放っておけば、棗は「そうだそうだ……」と呟きながらごそごそと、何処からか出し手に取ったものを二人にそれぞれ手渡した。
「はいこれっ、再会のお祝いに」
 プレゼント、とにっこり笑顔で渡すのは勿論――。
「……チョコ、ですか」
 そうポツリ呟き、洸に渡されたチョコレートは即鞄行き。そして、柾葵に渡されたチョコレートはすぐさま彼の口の中へと放り込まれ、棗にはメモが手渡された。
『再会する度にチョコ貰えるなら俺、又消えるかも‥』
「ダメだよ、もう居なくなっちゃ。捜すの大変だったんだから、ねー?」
 同意を求めてきた棗に、洸は思わず顔ごと逸らし呟く。
「……あぁ、俺がね…」
「あと、そうだ!」
 更に思いついたと言わんばかりに両手をパンッと胸の前で叩いて見せた棗に、洸がすかさず警告を出した。
「なんなんですか? もう先に進みますから、話は歩きながらにしてくださいよ」
 言いながら、早くも踵を返す洸のすぐ後に柾葵が続く。そしてその後を、棗が慌てて追い始めた。
 雨上がり、夕焼け空の下では三人分の足音が戻る。そして、水溜りを撥ねる二人分の足音。然程距離を空けず、縦に並んで歩く洸と柾葵の間辺りに棗は入り込むと、話の続きを口にした。
「あのね――――これからは三人で手繋いで行こ? そうすれば、もう絶対迷子にならないから」
「「…………」」
 足を止めるまではいかないが、一瞬歩みが躊躇われたその瞬間、洸と柾葵の考えは完全に一致していたと思う。
「あ、勿論私が真ん中、かな……うん!」
 笑顔で大きく頷いた棗に同意の声は掛からない。
 けれどその時、洸が浮かべた笑み、柾葵が腹を抱えた姿を彼女は知らない。
 そして彼女は勿論のこと、彼等もまだ気づいていなかった。彼女が加わる前と後での、旅の変化に。正しくは二人の――自分自身の変化に。



 旅は続く。穏やかに、賑やかに。そして……それぞれのゆく先は未だ見えぬまま――――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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→PC
 [6001/比嘉耶・棗/女性/18歳/気まぐれ人形作製者]

→NPC
 [  洸・男性・16歳・放浪者 ]
 [ 柾葵・男性・21歳・大学生 ]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、亀ライターの李月です。前回に引き続き、1.5話への参加有難うございます!
 なんとも賑やかな様子で洸と共に柾葵を捜し西へ東へ……(笑)
 洸にとってはちょっと苦手な存在だった比嘉耶さんでしたが、確かにそれは変わらないものの、ならばそれ相応の扱いをしなければ厄介だということに気づいたようで(言うならば洸にとって比嘉耶さんは柾葵と同タイプなようです)、このような形になりました。ある意味、接することには慣れてしまった、という点ではいい方向に進んでいるのではないかと。
 相変わらずというべきか、柾葵は餌付け状態に近くなってます。本当に、又消えてしまってもおかしくないですね……(笑)
 お好きに――ということで、なかなか激しい行動とってしまいましたが、何か不都合ありましたらご連絡ください!
 また、散々注意はしているのですが誤字脱字ありましたらすみません。

 それでは、又のご縁がありましたら…‥。
 李月蒼