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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「心臓・こころ」



 ぶつかる視線。
 だがそこには絶対零度があるのみ。
 物部真言は日無子を見据え、口を開いた。
「…………おまえが本当にそれを望むんなら、好きにしてくれ」
 抵抗はしない。
 真言の言葉に日無子はなんの反応も示さなかった。
「殺されるのも、記憶だけを奪われるのも……今の俺は、正直……選べない」
「…………せっかく与えた選択を、むざむざ放棄するというのか」
「選べないものは、しょうがない。それに…………演技と判ったまま続ける関係っていうのも、お互い嫌だろう?」
「…………」
 どこか諦めのように真言は呟く。
 一度崩れた関係は、完全に元に戻ることはない。一度破壊された物を組み立てても、別物にしかならないように。
 偽の友情。
 嘘の関係。
 そんなものを、偽りのまま続けても…………いいことなどない。真言はそれを望まない。
「……続ける必要は無い。おまえは全てを忘れる。もしくは、考えることもできなくなる。そこに好き嫌いなどは存在しない」
「……確かにそうだな」
 記憶を失えば、真言は目の前の少女が誰なのかさえ、わからなくなるのだ。そして日無子もまた、二度と姿を現すことはない。
 なぜなら……彼女はもうすぐ死んでしまう。
「だがやはり、嫌なものだ。演技だと知っている記憶そのものが無くなったとしても……な」
「ソレは『今』のおまえの感情だ。忘れれば、おまえはそんなこと、感じることもないだろう」
「…………」
 まるで、人形だ。
 日無子は真っ直ぐこちらを見てはいるが、その瞳に感情はない。
 もうすぐ命の火が消える人形。もうすぐ……。
「…………わざわざ死ぬ必要はないと俺に言ったが、それはおまえも同じだ」
「……なに?」
 真言は少し視線を伏せ、続ける。
「俺は欠けていくのが辛い。俺の周囲から、俺の中から、消えていかれるのが耐え難い。だから…………消えるのは俺のほうでいい」
「…………自身の心の呵責に耐えられない、というわけか?」
「そう、なのかもな。よくわからない。
 もし、おまえが死んだら……別の生を与えてやりたいとは、思うんだが。それまで……待てるなら」
「…………それをするということは、それなりのカウンターを覚悟の上、ということか」
「それを、おまえが望むなら」
 しん、と静まり返った。
 重苦しい空気に真言はなんだかそわそわしてしまう。
 日無子が真に望むのなら、それを叶えたいと思う。
「…………生き返るために、その為におまえに死んで欲しいなんて……願いたくもない話だが。――日無子、これからおまえが自分の為に生きていけるって言うなら、俺の言葉に偽りなく、おまえの望む通りにする」
 耐え切れなくて先にそう言いだした。
「だから……おまえも、おまえの意志で決めてくれ。…………生か、死か」
 風が吹いた。
 日無子の袴と髪、リボンが揺れる。
 真言は待っている。彼女の決断を。
「…………愚かな男だ」
 日無子は囁いた。
「ヒトは…………死に向かうからこそ美しい。一度きりの人生だからこそ、ヒトは限りある命を使い切ることを望むのではないのか?」
「…………」
「別の生を欲するのは、後悔にまみれた魂だけだ」
 彼女ははっきりとそう言いきった。
 いらないと。
 真言の提示した、もう一つの道を彼女は呆気なく拒否した。真言は怪訝そうにした。
「…………おまえは死にたいのか? 生きることは望まないのか?」
 理解できない。日無子は何を考えている!?
「どんな人間も、死の次に『もう一度チャンスがある』などと思わない。イカサマをしろと言っているようなものだ」
「もう一度生きたいとは、思わないのか?」
「『もう一度生きる』のなら、ソレはもはや『あたし』ではない。別のモノだ」
「なら……おまえは死ぬというのか」
 今の生き方に、後悔をしないと?
 日無子は静かに告げる。
「ニンゲンは、死ぬ生物だ」
「……それは、そうだが……。なぜ、わざわざ死のうとする?」
「わざわざ死ぬだと……?」
 彼女は暗い瞳を細めた。
「…………何を聞いていたんだ? あたしの残る命は少ない。ならば、役立つほうに使ったほうが最善ではないか?」
 贄になるために死ぬのではない。
 彼女は、命の残りが少ないから贄になることにしたのだ。
「コレは……おまえの言う『自分のため』の選択ではないか?」
 そうだ。
 日無子の言葉は、間違っていない。
 日無子に生きていて欲しい。彼女自身が、自分の為に生きるというのなら――――。
 本当にそうだろうか?
 真言は、自分が嫌だから、彼女にそう持ちかけているのではないのか?
 だって。
(俺は……俺だって、自分の為に……)
 生きていると言えるのか――?
「自分が選択できもしないくせに…………他人にそれを迫る。愚かなことだ。
 言えばいいじゃないか。はっきりと。
 耐エラレナイカラ、楽ニナリタイカラ、殺シテクダサイ――とな」
 彼女は真言の心を抉る。残忍な言葉で。
 日無子は手から武器を落とす。武器は溶け、影に戻ってしまった。
「…………抵抗すらせず、答えも導けず………………あたしはおまえを買い被っていたようだ」
 どこか落胆したような声だ。
「殺す気は失せた。消えろ」
「日無子……」
「あたしは言った。『選べ』と。
 あたしの望む通りにするだと? ならばなぜ、耐えられないと泣き言を言うんだ?」
 彼女は両手を降ろし、きびすを返した。そして歩き出す。
 真言は彼女の後ろ姿を見ていることしかできない。だがそれは、真言が今まで見てきた日無子と何一つ違わない――。
 そう、彼女は何一つ変わっていないのではないのか?
「日無……」
 声をかけた瞬間、日無子がどしゃ、とその場に倒れた。
 受身もとらず、完全に転倒してしまったのだ。
「だ、大丈夫か!?」
 戸惑いながら駆け寄って声をかけるが、彼女は応えはしなかった。彼女の意識は完全に、なかったのだから。

 ―――― 一ヶ月ほど経っても、病院に運ばれた日無子は目覚めはしなかった。
 彼女はただ静かに眠り続けている…………今も。



 病院のベッドで横たわる日無子は、瞼をしっかりと閉じたままだった。
 だがなぜか、『見えていた』。
 ベッドのすぐ横に、白い着物の長い髪の娘が立って、こちらを見下ろしている。
「ひなこ……」
 自分とそっくりの娘に、日無子は意識をそちらに向ける。
「……そうか。あなたはこの肉体の持ち主か」
 口は開いていないが、言葉が出た。
 とても病弱そうで、儚い感じの娘だ。日無子の元気な様子を見ていては信じられないほどの。
 病で苦しみの生活を送っていた遠逆雛。その一生のほとんどを、布団の上で過ごした。
 短い一生を終えてしまった悲劇の娘。
「あなたが羨ましい……」
「……どうしてそう思う? あたしはあなたこそが羨ましい」
 感情がある。死にたくないと思える。
 だが日無子には何もない。
 生きたいという感情さえ、わからない。
「とても元気で……わたしができなかったことが、できたから」
 恨めしそうな瞳で日無子をじっと見下ろした。
 今にも日無子の首を締めそうな雰囲気だ。だがそうはしなかった。
「わたしも戦いたかった。わたしたちが仕えていたあの方たちだけ、いつも戦いに出るから。
 傷だらけで帰ってくる……。
 わたしはくやしい」
 雛は吐露し、それから歪んだ笑みを浮かべた。
「くやしい……くやしい……。
 ただ待っているのがくやしい。
 あの方たちの無事を待っているだけ。
 死がやってくるのを待っているだけ。
 わたしはいつも、ただ『待つ』ことだけしかできなかった……」
 日無子はそれをただ聞いていた。
 いや、聞くことくらいしかできない。感情のない自分は、彼女の悔しさはわからない。
「だから……赴いてしまったの。手助けできるかもしれないと思って。
 でも……結果はわかるでしょう?」
「…………そうか。妖魔の氷に閉じ込められたのか」
「わたしは冷たい氷に閉ざされてしまった。でも最期に、思ったように行動して、良かった」
「……後悔はしていないのか」
「してる。すごくしてる。
 あなたみたいに走り回って、戦いたかった。役立たずじゃないって思いたかった。
 必要とされているんだって、思いたかった……!」
「…………」
「でもいいの。わたしの夢は叶った」
 日無子はそれが不思議でならない。
「いつ壊れるかわからない心臓に怯えることのない日々……手に入れたかったのはそれ。
 わたしは手に入れた」
「…………そうか。この肉体はあなたに返せるのか」
 日無子は苦笑した。
「……そのほうがいい。あたしは、誰かを傷つけてばかりだからな」
 彼女は窓から外を見た。広がる青空はとても美しい。
「わたしがその身体をあなたから取り上げて……あなたになりすますことがいいと思うの?」
 日無子は無言だ。
 それがいいことかどうか、わからないから。
「わたしはそんな情けはいらない……! あなたの『代わり』なんて嫌よ!」
「…………」
「いいこと……? あなたの魂の一部はわたしでできているの……。わたしがいることで、あなたは感情が発生したの……!」
「なんだって……?」
「人造の魂は生きることをしない。憑物封印をするためには『生きる』ことが必要だった。
 そのためにわたしの魂の残りカスが使われたの……。わたしはあなたなのよ、日無子」
「うそだ……」
「でなければ……あなたが『迷う』ことはなかった」
 雛は振り向き、苦笑いを浮かべた。
「こうして話すことはもうないわ……。もうあなたの中のわたしは全て消耗されてしまう」
 彼女は続ける。
「だから目覚めなさい。
 その肉体はもうあなたのもの。もうすぐあなたはまた、苦しい世界に身を堕とす」
「…………」
「わたしはあなたを簡単には死なせない。見届ける…………最期まで」
 日無子は雛をじっと見つめた。
 そして、ゆっくりと頷いたのだ。



 真言は病院を後にした。自動ドアから外に出ると、振り向く。
 この病院には、眠り続けている日無子がいる。
 いつ目覚めるかわからないが……。
 なんだろう。もうすぐ起きそうな予感がする。
 だがかける言葉が見つからない。ただ今は……目覚めるのを待つばかり。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4441/物部・真言(ものべ・まこと)/男/24/フリーアルバイター】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました物部様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。